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青春の歌24(香椎の思い出)

2018年9月24日
青春の歌24(香椎の思い出)
大津留公彦

呼び鈴を我が押す真似に逃げ去りし赤旗配布の朝の二人よ

潮風に夜明けの鳥の声を聞き登り行く君素晴らしと思う

二人して回りし香椎の読者宅香りも高く歴史ある街

香椎浜任務終わりて佇めり朝の潮風忘れえぬ日々

素晴らしき海岸線の松の波記憶の箱にしっかり残る

異常なる値上がり続くデパートに二十三歳の祝い定まらぬまま

唐突に黒き塊り怖くなる 帰りの電車に頭髪満ちる

何故に狭き車両に積めこまるる腕取りしは誰そ足踏みしは誰そ

一首選んで頂けと有り難いです。

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青春の歌23(日光7)

2018年9月23日
青春の歌23(日光7)
大津留公彦

蟻潰し手紙を書けばもう一匹彷徨いて居り憐れみてつまむ

初夏となり一つ季節が過ぎにけり広き布団にかも寝ん

抵抗の壁を日毎に崩さるるごときなれこそ静かに焦らず

あまりにも淡き躑躅に雨落ちて消えはせぬかと思い尽くせり

落葉松の林の緑目に痛く立ち尽くし居り裏男体山道

静かなる疲れを五体に感じつつ手紙認む投票前夜

実朝の恨みを知るか大銀杏夏影落とす我等が間に

荘重な人間の死に黙したる歌人のあり よしと思えり

一首選んで頂けると有り難いです。

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石川啄木の小説「雲は天才である」を読んだ。


石川啄木の処女小説「雲は天才である」を読んだ。
明治三九年に書かれた啄木二十歳の三十五頁の中編小説です。

渋民の代用教員時代に題を取った教員集団の話として面白いと思って読んでいて妙だなと思ったのは突如その教員集団の緊張した場面の話はそのままにしてそこに突然訪問してきた珍客「石本俊吉」の話になってしまう。いつかその教員集団の緊張した場面に戻るのだろうと思って読んでいたが結局その場面には戻らずに小説は終わってしまった。
読者と激論をしていた教員集団は職員室に置き去りになったままです。
描写力には感心をしますが、まだほとんど会話をしてない「石本俊吉」の描写はなんと四頁にも及んでいます。
この小説はいわゆるオムニバス形式となっています。
当時こういう手法がどの程度あったのか不明ですが、読者のフラストレーションは再度職員室に帰って続きをやって貰わないと解消出来ない。
小説としてはその方がまとまりがいいと思いますがどうでしょうか?
しかし今さら啄木に続きを書いて貰うわけには行かないので読者がこのまま評価するしかない。

岩城之徳さんらの解題では「雲は天才である」の「雲」は放浪者の象徴だという。
すなわち主たる登場人物「新田耕助」「石本俊吉」「天野大助」の三人が「雲」です。
ゴーリキーを尊敬していた啄木は自分がモデルの「新田耕助」によせて自分を放浪者の運命を辿るものと規定したのではという。

では「天才」は誰でしょうか?
「新田耕助」でしょうか?この三人でしょうか?
いずれにせよこの題は魅力があります。読んでみる気を起こさせる題です。
昔文学学校で、題は主題と付かず離れずがいいと習いました。
主題が放浪者であればこの題はふさわしい題といえるでしょう。
この「天才」の意味は「天才」石川啄木に聞いてみるしかないですが、、

三郷の勉強会で啄木と種田山頭火を隔月で読んでいます。
この「雲」には啄木の四年先輩である山頭火がふさわしいでしょう。
「石本俊吉」あたりは山頭火に置き換えられるでしょう。
場所も境遇も作品も違いますが意外と啄木と山頭火は近いのかも知れません。
2018年9月22日 大津留公彦


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青春の歌22(日光6)(足尾銅山見学)

2018年9月22日
青春の歌22(日光6)(足尾銅山見学)
大津留公彦

唐突に緑なき山開けたりこのままでいいと言う人もあり

卑猥なる岩膚見せる銅山の麓に残る旧社宅跡

仕事終えし抗夫の疲れ癒せしや繁栄を説く立て札残れり

閉ざされし鉱山に残りし坑道に涼しき風の吹き抜くるなり

銅鉱の今は出で来ぬ坑口に冬入る風が今出づるなり

採鉱を止めし銅山静かなり映画のロケで騒がしきとか

鉱毒にわが社はかくも気を使う飲料水になるまでも とか

補償金鼻歌交じりで払えると言いし所長は不真面目ならず

裸なる山は火事で焼けしという焼け跡もなき臭き銅山

硫酸の臭い苦しき工場抜け五月の足尾の空澄むを知る

一首選んで頂けると有り難いです。

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青春の歌21(日光5)

2018年9月21日
青春の歌21(日光5)
大津留公彦

労働の実感とは正にこれなるか働かぬとき落ち着かぬなり

騒音が騒音として聞こえぬほど我は工場と近くなりたり

雨の降る工場の天井見上げれば緑十字の旗薄汚れたり

黄ヘルをしっかり被りエプロンを固く結びてさて仕事せん

爽快な和楽踊りの楽しき夜君と過ごさん日光の夏

別れ居る我等が生命の闘いはいつ果てるともなく続くともなく

紫の藤の一房手を遣れば雫に濡るる別れ来し後

藤の花影落つ池に一人居て憩うを覚えし五月の労働

一首選んで頂けると有り難いです。

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