謹賀新年!
今年も宜しくお願いします。
今年最初に見た番組はこれだった。
NHK特集選「原発事故への道程」
新年になってから3時間以上妻と観てしまった。
島村武久元原子力委員会委員が1985年から94年にかけて主宰した「原子力政策研究会」の録音記録及びその文書化資料を使った番組の再放送でした。
見ていて妻がイライラしていた。
福島の事故の前に島村研究会報告書が世に出ていれば福島第一発電所は廃炉になっていたかも知れない。
20年にわたる伊方原発訴訟の争点としてECCSの不稼働が挙げられている。まさに福島で起こった事。この最初の放送の時はまだECCSの使い方を東電が知らなかった事は明らかになってなかったのではないか?
また伊方訴訟最高裁敗訴弁護士はこう発言している
「これから起こる原発事故に最高裁は共同責任を負う。」
中曽根康広等の導入と推進した政治家と官僚と東電幹部には責任を取らせるべきだろう。
小出さんの言うように処罰無くして再発防止はない。
福島の事故は最高裁も責任を取るべきだろう。
最高裁の判事の責任はどうして取らせればいいのか?
「島村原子力政策研究会」資料は2008年8月に製本版とCD版の両方で作成され、文部科学省内原子力関係者等に配布されたが、一般に公開されていなかったが最近公表された。
ただ、「公にすることにより国の事業遂行に支障を及ぼすおそれがある」との理由から、北海道幌延(ほろのべ)町の放射性廃棄物貯蔵・処分問題の経緯などを不開示としました。一方、島村研究会の議事録は都内の財団法人も保管しており、閲覧も可能です。これと照合すると、不開示部分の内容が判明しました。
通産省で原子力局長をやっていた島村武久氏は古河電気工業副社長から最後は原子燃料工業社長を勤めており生涯を原子力とともに生きており原発反対の立場ではなかったが国の原子力政策の無計画さとアメリカの意図を良く理解していた人です。
島村武久さんは『原子力談義』という本で、「日本政府 がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎな い、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無 計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまっ たことが原因です。はっきりノーといわないから持 たされてしまったのです。そして日本はそれらで核 兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、 その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、 原発をもっともっと造ろうということになるのです」 と書いています。
資料の発掘と資料に出て来る現存の人に多く取材され追求されたNHKの担当者に敬意を表します。
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番組の内容
ETV特集・選 シリーズ 原発事故への道程(前編)「置き去りにされた慎重論」
なぜ福島第一原発事故は起きてしまったのか。原発を巡る“安全神話”形成の過程を歴史的な視点で振り返るシリーズ。前編は原発れい明期の50年代から70年代までをたどる
「島村原子力政策研究会」と呼ばれた非公式の会合の録音テープが残されている。そこには、日本の原子力発電を支えた研究者や官僚、電力業界の重鎮たちの本音が、100時間にわたって記録されていた。当初は原発を地震大国に立地することに慎重だった流れが、米ソ冷戦や経済復興の論理によって強引に導入されていく実態が、赤裸々に語られている。経済性追求と安全性確保の矛盾を抱えていった過程を、テープと証言から検証する。
ETV特集・選 シリーズ 原発事故への道程(後編)
福島原発事故の歴史的深層を探るシリーズ。後編は原発が次々建設された70年代以降、日本の原発で事故は起きないという「安全神話」がいかにして誕生したかを明らかにする
1973年の石油ショック翌年に、電源三法が成立し、「安全」を前提に原発建設が加速していった。このとき、日本で初めて原発の安全性を科学的に問う裁判「伊方原発訴訟」が始まっていた。そこでは、今回の福島原発で起きた「全電源喪失」や「炉心溶融」などの事態が、ほぼすべて、そ上に載せられていた。伊方裁判の消長を軸にして、安全神話が、いかにして独り歩きしていったか、その歴史的メカニズムを検証する。
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以下つぶやきです。
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