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今夜は関連会社に出向している会社の先輩と飲んだ。

31年前の私たち夫婦の人前結婚式の立会人の一人だ。

思い出したので少し私たちの結婚式の話をします。

結婚式は妻の故郷の長崎県五島列島で行った。
出来たばかりの公民館で町長以下町をあげての結婚式だった。
新郎新婦はいつのまにか関係なくなり朝までの飲み会になったようだ。
式場に行くまでに町の中を練り歩くのだがそのときに言う仲人さんの地元言葉でない「お褒め下さい!」というのがおかしいと通りのみんなが笑っていた。
(五島の言葉では「ほめしゃしゃれー」という) 私の地元の大分の親戚を五島まで連れて行ったのがその後の親戚の共通話題となった。
(あんな大きい鯛は食べた事がないとか・・・)

福岡では中華料理屋の二回で仲間が集まってくれて会をやってくれた。

東京では会費制の「祝う会」を実行委員会形式で会社の若い仲間がやってくれた。
当時は会社に入社して1年後で3千円の会費を出してみんな来てくれるのかと実行委員の方々は心配してくれたようだ。

私たちは長崎県五島列島での結婚式のあと、一気に日本列島を北上し渋民・北海道函館・小樽と啄木を追っての新婚旅行から帰り参加するだけだった。
しかも式にぎりぎりになり新郎新婦のいない結婚式をやるかどうかと話していたところに到着するという離れ業を披露した。

この「祝う会」は会社の上下関係もなく(最も偉い人は呼ばなかったが・・)演劇披露やギター演奏もある楽しい会だった。
その中で新しい友人のカップルも生まれた。

この祝う会をやって頂いた人たちとはその後もお付き合いを頂いており私たちの財産となっている。 結婚した息子達にも自慢げに語ったものだ。

この3つの結婚式及び祝う会に参加していただいた人たちを大事にしたいと思います。
何せ私たちの原点はここにあるのですから。
思えば遠くへ来たものですがこの原点は忘れずに居たいと思います。

結婚式のことを思い起こされてくれた先輩、有難うございます。

先輩また飲みましょう。

あ、それから、どうもご馳走様でした。

当時の短歌を紹介します。

全部かみさんのことを歌っている20首です。

(日経人気調査で日本一の五島・高浜海水浴場)

三井楽の浜 大津留公彦

三井楽の浜に駆け出し振り返る「婦女暴行罪」と言葉一つ

婚約を告げらるる父の狼狽と静かに語る母を観ている

相会はば自分が小さく見ゆるごとき君の手紙のどこか幼し

我妻となるべき君を見つめつつ曾祖母は瞳を曇らせている

我が為にも会社の為にも働かず君の手紙の優しくはあれ

やわらかき肌に触れたるその日より我はその身をいとしむとせり

君が愛我が一身に感じつつ共に暮らせるその日の為に

手繋ごう香椎の浜に手繋ごう紅茶一杯に思うはそのこと

身も心も暮らしも一つにならむ春雪解けて来る静かに静かに

女らしさを越えた女らしさを持つ君と人も語りぬ寝顔を見つめる

啄木の道を我は歩まじと妻となる君の寝顔に誓う

心臓が止まるように寒いという君の肩取り啄木の墓に

照り返す雪の光に浅黒くなりしと喜ぶホテルの二人

瀬戸内に沿いて汽車行く何気なく曇るガラスに君の名を記す

長き浜海に駆け寄り息継ぎて我に示ししピンクの桜貝

薄赤きばらの蕾を買い来てはウイスキーのびんに差す君と居り

扉越し我は思わず拍手せり赤子の泣声聞こえ来たりて

数多くアラビア人を使う身なれど打ちとける互いに妻を語る時のみ

松ぼくり若木より採り君に投げ砂に埋れし三井楽の浜

別れ住み悩みはあれど遥かなる三井楽の浜われらに輝く

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