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父親たちの星条旗

久しぶりにM男さんの映画評論です。

今年話題の硫黄島シリーズの第一弾「父親たちの星条旗」です。

以下教訓的な文章です。

5千万人以上の犠牲者を出した第二次世界大戦がもし、人類の歴史に何か新しいものを付け加えたとすれば、それは日本国憲法第9条であろう。ここにはアメリカ独立宣言(1776)やパリ不戦条約(1928)など世界の叡智が凝縮されている。憲法制定国会で吉田茂首相がこう言ったのは記憶されてよい。
「近年の戦争は、多くは国家防衛権の名において行われたことは顕著な事実であります。ゆえに正当防衛権を認めることが偶(たまたま)戦争を誘発する所以であると思うのです。正当防衛、国家の防衛権による戦争を認めるというご意見のごときは有害無益のご議論と私は考えます」(1946年6月28日 衆院本会議)

シネマぶらり観て歩き(93)

         父親たちの星条旗
                                 アメリカ

ウィスコンシン州で葬儀社を営むジョン・“ドク”・ブラッドリーは最期の時を迎えていた。彼は1945年、海軍の衛生兵として硫黄島で戦い、そこで撮られた1枚の写真によってアメリカ中から“英雄”と賞賛された。しかし、彼はその後、硫黄島について語ることはなかった。硫黄島で何があったのか。息子が硫黄島の真実をたどり始めると、あの有名な写真に隠された秘密にたどり着いた…。
ベトナム戦争時代をご存知の読者は、裸の少女が泣きながら逃げる写真を覚えておいでだろう。南ベトナム政府軍が解放戦線を攻撃しようとして、誤って民間人にナパーム弾を投下してしまった。1972年6月8日AP通信のカメラマンが撮影し、翌年ピューリッツアー賞を受賞した。少女の名前はキム、この時、背中に大やけどを負っていた。ベトナム統一後、彼女は医師をめざしたが、この写真がきっかけとなり、戦争を伝える生き証人として西側のマスコミ攻勢にあう。そのため、学業を続けられず退学したが、退学後も新政府は彼女に学生を演じさせ、取材させたといわれる。((『ベトナムの少女』デニス・チョン 文春文庫 *叙述にはかなり西側のバイアスがかかっている)キムは希望をかなえるために首相に直訴し、キューバに留学する。しかし、結婚を機にカナダに亡命し、17回の皮膚移植手術を経て、現在はユネスコ親善大使として活動している。(『ナパーム弾とキムちゃん』早乙女勝元 草の根出版会)1枚の写真がもたらした人生である。

この映画の主人公たちも1枚の写真から、運命が変わっていった。(注意:結末に触れている)
AP通信カメラマン、ジョー・ローゼンタールがピューリッツアー賞を受賞した一枚の写真、擂鉢山頂上で6人の海兵隊員が星条旗を掲げる写真は報道カメラマンたちの嫉妬を買うほどの出来栄えだった。これは実際には二回目の掲揚を写したものだった。上陸4日目に掲揚した最初の旗を海軍長官が「記念にくれ」と取り上げたので、改めて大振りの旗を揚げたのだ。
写真は利用された。戦争が長引き、国内に厭戦気分が広がるなか、愛国心を高め、戦費を調達するために、アメリカ政府は仕掛けを作った。6人のうち、生き残ったドク、レイニー、アイラの3人を帰国させ、大がかりな戦時公債の募集キャンペーン・ツアーに動員した。
各地で歓迎パーティが催され、3人は国家の英雄を演じさせられた。彼らは恐らく、ことの本質を掴んでいただろう。が、それぞれ振る舞い方は異なった。ドクは寡黙にこなし、レイニーは成功の踏み台にしようとした。終始、違和感を覚えていたのはアリゾナ州ノースアメリカインディアン、ピマ族出身のアイラ(アダム・ビーチ)だった。彼は星条旗が林立するパーティではスターのごとき喝采を浴びながら、街へ一歩でると人種差別によって入店を断られた。英雄とは一緒にたたかったみんなであって、決して旗を立てた自分ではない。演じる自分と本音のはざまで、彼は酒に溺れるようになる。
第二次世界大戦は日独伊などの枢軸国と英米など連合軍のたたかいである。ファシズム勢力対反ファシズムのたたかいという性格ももつ。反ファシズムはいわば正義のたたかいである。これまでアメリカが作った作品はその立場からのものが通常であった。
しかし、今作品は無名の戦士の目から、正義の戦争の裏側を描く。いや戦争そのものを問うと言った方が適切かもしれない。
そのため、映画はのっけから軍隊とは何かを観客に投げかける。
足早に硫黄島に向かう艦隊から、誤って兵士が海に落ちた。20歳前後の若い兵士たちは、きっと船は停止して救助するだろうと考えた。しかし、船団は止まらない。
誰かが言った。
「軍隊が戦友を見捨てないというのは嘘だ」
隠れるところのない硫黄島の上陸作戦。砲弾が炸裂し、腕や頭が吹き飛ぶ。日本軍は土の中から銃を打ってくる。夜間の戦闘、負傷し、衛生兵を呼ぶと集中射撃が襲う。味方の誤射さえありふれた凄絶な戦い。もはや、正義や不正義、敵や味方などはなく、あるのは国家の思惑によって人が虫けらのように殺し合う殺戮である。かけがえのない命、たった一度の人生を賭して守るべき国家の大義とは何か。映画は根本のところで戦争の意味に疑問を投げかける。(*)
終盤、戦争が終わり、田舎で農業にいそしむアイラが人から本人かと問われ、「そうだ」と応え、星条旗の小旗を示すシークエンスがある。その時、彼にとっての星条旗とは何だったのだろうか。アイラの最期は冷たい路の上だった。
*その意味で5千万人以上の犠牲者を出した第二次世界大戦がもし、人類の歴史に何か新しいものを付け加えたとすれば、それは日本国憲法第9条であろう。ここにはアメリカ独立宣言(1776)やパリ不戦条約(1928)など世界の叡智が凝縮されている。憲法制定国会で吉田茂首相がこう言ったのは記憶されてよい。
「近年の戦争は、多くは国家防衛権の名において行われたことは顕著な事実であります。ゆえに正当防衛権を認めることが偶(たまたま)戦争を誘発する所以であると思うのです。正当防衛、国家の防衛権による戦争を認めるというご意見のごときは有害無益のご議論と私は考えます」(1946年6月28日 衆院本会議)
脚本ポール・ハギスとウイリアム・ブロイレス、製作スティーブン・スピルバーグ、監督クリント・イーストウッドという豪華なスタッフ陣。ハギスとイーストウッドといえば、「ミリオンダラー・ベイビー」を思い出す。「ぶらりNo.77」で採り上げたが、私にはイーストウッドの器用な映画づくりがかえって仇になり、「問題は観客を構造に従わせようとする意図を感じることだ。『泣かされ感』に近い感覚が体のどこかに残ってしまった」と書いた。(私は天邪鬼なのだろう)だから、今回少し構えて館に向かったのだが、結果は自然体でイーストウッドの世界へ入って行けた。
作品は2部構成で、12/9から、日本側から硫黄島のたたかいを見た「硫黄島からの手紙」が公開される。ハリウッドが時折作る奇妙な日本人像にならないようにと祈りつつ、期待している。
                                     (M男)

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コメント

こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
映画「父親たちの星条旗」もとりあげています。
コメントらんは、寄せ書きのようになっています。
よかったら、寄ってみてください。

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