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久しぶりにM男さんの映画評論です。
今回は「武士の一分」です。
この映画の感想は昨年の記事に書きました。

私はその中で「愛妻記」とならなくて良かったと書きましたがM男さんは
山田監督は当初、「愛妻記」というタイトルを考えたそうだが、それでも良かったと思う。「武士の一分」のタイトルにこだわると、映画の本質を見失う。
と書いています。

(私は、「愛妻記」というタイトルには少し引いてしまいますが・・・)

さらにこう書いています。

これは、藤沢周平3部作の最後を締めくくる作品となる。観る前まで私は「たそがれ清衛兵」が持つ緊張を超えることはあり得ないと思っていた。しかし、監督は別の世界を創っていた。

主演の木村拓哉が変わっていく新之亟を好演し、アイドルのイメージを超えている。
妻・加世を演じた壇れいは、凛として美しい。梅馥郁(ふくいく)という常套句があるが、そのような香を放っている。
また、徳平役の笹野高史の軽妙さを抑えた演技が奥行きをもたらしている。
いつまでも心に沁みる名作といえる。

シネマぶらり観て歩き(95)

             武士の一分               
                                     邦画

下級武士、三村新之丞(木村拓哉)の役目はお殿様の毒見役。嫌気がさしながらも、妻・加世(壇れい)、中間・徳平(笹野高史)とつましい毎日を送っていた。ある日、貝毒にあたり、新之丞は意識を失う。なんとか、一命はとりとめたが視力を失った。人の世話になる自分を恥じ、一度は命を絶とうとするが、加世と徳平のために思い留まる。ある日、義姉(桃井かおり)から加世が男と密会しているという噂を聞く。新之丞は徳平に尾行させる。密会の相手は番頭・島田(板東三津五郎)だった……。

館を出て、雑踏のなかを歩きながら、胸に温かいものが溢れてきた。この映画を観た人は人に優しくなれる。そう思いながら家路に着いた。
山田洋次監督はこの作品で人のこころを描いている。平穏な澄んだこころではない。激しく揺れ動くこころである。愛と憎しみ、矜持と屈辱、希望と絶望。人生の長短を問わず、我われは死ぬまでこれらのアンビヴァレントな感情とともにある。しかし、その波乱に満ちた生の陰翳をも山田監督はむしろ生の充実として浮かび上がらせている。(注:以下、結末に触れている)
盲目になった新之丞は妻・加世を頼りにしないと生きて行けない。厄介者の自分を背負う加世は不憫だ。いっそのこと、死のうと刀を探す。しかし、刀は無い。自死を避けるため、加世が隠したのだ。しかし、隠した加世の気持ちも分かっている。分かっていながら、加世をなじる。
加世は盲目となった新之丞が引き続き仕官出来るように上司の島田に身を任せる。不義は死罪に相当する。やがて、新之丞の禄は保たれることになったが加世の心は救われない。以前のようにこころを開いて夫と向き合うことができないのだ。

問い詰められて、加世は告白する。
「あなたのお命守るためでがんす。…何度も死のうと考えました」
不義を知った新之丞は離縁し、「これは武士の一分にかかわる事だ」と島田に果し合いを挑み、勝つ。しかし、彼の心は晴れない。そして、自問する。命を賭けてまで手に入れたものは何なのかと。
画面には絢爛豪華な殿中や重厚な武家屋敷は登場しない。簡素な新之丞の家とほの暗いお城の厨房を中心に進行する。この限局された空間のなかで人間の利害と感情が交錯する。小さな世界と寡黙な台詞による進行が、その外部にある大きく非情な封建社会を浮かび上がらせる。
夫婦の葛藤は観る者の葛藤に転化する。加世は夫(・)の(・)ため(・)に(・)不義を働いたのだ。決して自分のためではない。立場の強い新之丞がその気持ちを思いやることができれば、離縁せずに済んだはずだ。着の身着のままで家を追い出すとはあんまりだ。加世にしても、彼女が自分を犠牲にして得ようとしたものは新之亟の「こころ」ではなく、「もの」である禄だった。盲目となった新之丞に「私が付いています」と言った中身は何だったのか。容易に解決を見出せない問が頭を巡る。
そして、山田監督はこうして突然、襲いかかった不幸に翻弄される善良な人間の営みを透徹した、しかし、いとおしむような眼差しで見つめる。
新之丞が絞り出す言葉がある。
「(不義を)知らなければ良かったのか。そうではないはずだ」
終盤、飯炊き女として加世は家に戻る。徳平が連れ戻したのだ。新之亟は空気で加世が家にいることを感じている。そして、加世を受け入れる。(*その伏線は新之丞が果し合いにて加世の襷を鉢巻きにするところにある)
当時、不貞を働いた妻は斬っても良い存在だった。加世を受け入れたということは、新之丞にとっては武士の否定であり、自分自身の否定である。しかし、同時に、憎しみや怨みからの解放、長い拘泥からの脱出であり、新しい夫婦関係の始まりでもあった。様々なものが凝縮したこのシークエンスに観客の心は激しく揺さぶられ、浄化の涙が頬を伝う。見事というほかはない。
哲学者マルティン・ブーバーは「すべて真の生とは出会いである」(「我と汝」岩波文庫p.19、植田重男訳)と言った。新之丞は自分自身と格闘することによって、新しく生まれた自分に出会った。おなじく、新之丞と加世は向き合うことによって、新たな「出会い」を果たしたのだ。
山田監督は当初、「愛妻記」というタイトルを考えたそうだが、それでも良かったと思う。「武士の一分」のタイトルにこだわると、映画の本質を見失う。
これは、藤沢周平3部作の最後を締めくくる作品となる。観る前まで私は「たそがれ清衛兵」が持つ緊張を超えることはあり得ないと思っていた。しかし、監督は別の世界を創っていた。
主演の木村拓哉が変わっていく新之亟を好演し、アイドルのイメージを超えている。妻・加世を演じた壇れいは、凛として美しい。梅馥郁(ふくいく)という常套句があるが、そのような香を放っている。また、徳平役の笹野高史の軽妙さを抑えた演技が奥行きをもたらしている。
いつまでも心に沁みる名作といえる。

                                       (M男)
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コメント

同じ男女の『愛』を描いても
「武士の一分」と
「愛の流刑地」は
全く異なる表現である。

「武士の一分」は深く重い。

「愛の流刑地」は刹那的で軽薄である。
「愛の流刑地」での「愛」の描き方は単なるエクスタシーであり、精神すなわち「こころ」ではない。興行的にはある程度成功するかも知れないが、私(わたくし)的には駄作である。

これに比べて、山田洋次監督の
「武士の一分」は傑作と言える。
アッ!「愛の流刑地」なんぞと比べてはいけないな!
正真正銘、何と比較することもなく
「武士の一分」は傑作です。
木村拓哉も本物の俳優です!
壇れいも『宝塚さ』が抜けて女優に一歩前進です。

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