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人間的な高潔さと謙虚さ(十二年の手紙)

哀悼 宮本顕治様に少し書きましたが亡くなった宮本顕治さんと宮本百合子の往復書簡「十二年の手紙」のことを書きます。

学生時代に読んで以来読んでいませんが、「十二年の手紙」は自分の中では最高のラブレターとして位置付けられています。
宮本百合子の方が年上なのですが宮本顕治が年上のようにリードする形で書簡のやり取りが続きます。
制限された状況の中なので言葉も選ばざるを得なかった時代ですがそれが余計に含蓄を持たせ文学的形象化がされていると思います。
人間的な高潔さと謙虚さと言うものが判る本といえるでしょう。
またゆっくりと読んで見たいと思います。

何故こんなことを思い出だしたかというと2007年7月20日(金)「しんぶん赤旗 の志位和夫さんの演説にこういうくだりがあったからです。

宮本元議長が終戦直後に書いた回想記『網走の覚書』の一節、弟・達治さんが広島で原爆で亡くなったことにふれたくだりを語りかけるように紹介しました。

 「混乱と苦痛の中に、おそらく誰にも十分みとられず、行方も分からず死んだだろう弟のことを壁にもたれて静かに考えていると、まぶたに涙を感じた。専制的天皇制は、われわれから何と多数のものを奪い去っただろう。しかし、歴史は審判する。審判しなければならない。専制主義は打倒されねばならぬ」


2007年7月20日(金)「しんぶん赤旗


■[北海道新聞卓上四季]070719
 はてなダイアリーさいとう
の「網走の覚書」関係からも三浦綾子さんのこの本への傾倒ぶりを紹介します。

▼出獄の見通しがないはずなのに、トランクに冬の衣類を入れて来た。帰り支度をしていたのだ。「今年中には戦争は日本の敗北で終わる。そうすれば政治犯は釈放されるだろう」。日本中が必勝を信じていた時代、獄中で敗戦を予見した ▼幼いころ札幌に住んだ作家・宮本百合子が妻だ。獄内外を結ぶ書簡集「十二年の手紙」がまとまっている。キリスト教を信じる三浦綾子さんが愛読した ▼三浦さんは書く。「思想への好き嫌いは別として、私はこの二人の生き方に深い敬意を表さずにはいられない」「軍国主義時代に、天皇制反対、侵略戦争反対をとなえることがどれほどの勇気を要するか」(「わが青春に出会った本」)

それでは定年後の読書ノートより
「十二年の手紙」を紹介します。


彼女の素晴らしさは、一貫して常に「如何に生きるべきか」を、真正面から追求した作家であり、数々の困難に接しながら、常に人生に元気一杯立ち向った作家であり、我々はここに本物の美しさを見ることが出来る。宮本百合子は、ギリシャ少年像の如くと喩える人もいるが、他方戦中のあの弾圧下で何の屈折も経ない宮本百合子とは、人間として当然あるべき弱さとか、卑屈さとかそういうものに無縁な、人間的陰影の複雑さを感じさせない理解困難な作家と語る批評家もいる。
一方、宮本顕治は東大在学中、雑誌改造懸賞論文「敗北の文学」で登場した当時最も進んだ文芸評論家であり青年コムニストであった。1932年ロシア帰りの宮本百合子と結婚、1933年治安維持法違反で逮捕、1945年敗戦まで12年間囚われの身。この間妻宮本百合子との間に交わされた手紙は、監獄の検閲という特殊な条件下にありながら、無謀な権力に対する歴史的な抵抗記録であり、かつその生きる姿勢は知識人の良心の灯として多くの人々に深い感動を今も与えている。

顕治の手紙の感銘部分は太字にし百合子の手紙のそれにはアンダーバーを入れました。

1936/6/26YよりKへ。
総て充実したもの、生粋なるものは常にどちらかと言えば単純なような形であらわれ、しかも言い尽くせぬ美にみちている。人間も、この美に精神を鼓舞されるには、出来合いの生き方では駄目。

1936/8/22KよりYへ。
われわれは何の為に生活しているのだということをいつもはっきりさせていること。充実した生命の美しさは出来合いの生活では見られないと言っていたね。この言葉の底を貫いて生きる限り、正しい幸福は常に満ち溢れている。複雑な困難な現実はある、が恐ろしい動きの取れない現実なんか有り得ない。

1937/1/6KよりYへ。
生きがいのある時代にお互い生まれ合わせた悦びを伝えたい思いに駆られる。

1937/7/10KよりYへ。
要するに生活の純化、理性そのものの科学化、その理性と感情の統一、個人主義的自立性でない共同的献身の情熱、低いところの合理化ではなく、仕事に対する勇気ある謙譲と努力、こういうことが成長のモラルではないだろうか。完成されたものとして自身をいささかも考えず。

1938/5/14KよりYへ。
平常状態にあっては誰でも一応尤もらしく振る舞えるが、大切なことは生活が困難なとき、どう生きるかということだ。
1939/5/2KよりYへ。
世間的にいえば、自由のない生活にいることは最も悲惨とされています。しかし人間生活に最も大切な点は、その理性的良心に背かないところにあるので、それを歪めてどんな気楽らしい日々があろうと、それは動物と異ならないわけで、堂々たる人間生活とはいうことは出来ません。理性の声に恥じない生活は、外見上どんなでも真の希望と明るさのあるものと思います。不自由そのものを歓迎するものは誰一人ないわけですが、理性を歪め、それに盲目にならなければならない内心の暗黒生活に比べるならば、どういう条件にあろうと常に理性的良心とともにあるということは、人間として生きがいある上乗のもととおもいます。

1940/9/9KよりYへ。
インテリの弱さは、快適な基本生活の習性がまといついて、困難な長い条件の中で腰を据えて正面からじっくり困難を打開出来ないところにある。だが歴史的に背負っている苦労の中で、その苦労を逃避せずに立ち向っている文学こそ、文学としても血肉のにじんだものなのだ。

1944/3/6KよりYへ。
人間はどんな場合でも、たとい灼熱地獄が現出したときでも、人間的義務と誠実から行動すべきで、公私にかかわらず義務感から沈着に生きてこそ人間たる美しさがある。生活に無駄な負荷、犠牲を減少するために、技術的によく配慮する事は聡明でまた大切なことであるが、その際、義務を忘れ、ただ安全感から日和見暮らしをすることになれば、もうそれは賢明の反対、誠勇の欠如となる。

1944/3/31KよりYへ。
常に真実を、自己批判も真実が不断のモットーとならなくては。真実の上にこそ不動の信頼と成長は始めて可能なのだから。いいかげんな調子合わせは必ず馬脚をあらわすのが必定だ。

1944/6/26YよりKへ。
世界はこんなに歴史が響いて推移しており、その波は日夜この生活にさしているというのに、意識した関心事といえば、けちなけちな一身の欲望、どんなに尻尾をだすまいか、口実を見つけようかというのだというのは、何と不思議でしょう。世相にけずられ、追い込まれ、小さく小さく、下らなく、下らなくとなります。
1944/7/5YよりKへ。すこしきりつめた言い方をすれば、現在のように、今夜の自分を信じず、まして数ヶ月後の自分をについて信じず、しかも人間の未来の輝やかしさについて益々深く信じた心を持って、こうやって書いていると、命への愛が凝集して叫びたくなるようね。

1944/10/10KよりYへ。
人生を漂流しているのではなく、確乎として羅針盤の示す方向へ航海しているということは、それにどんな苦労が伴おうと、確かに生きる甲斐ある幸福だね。

1944/10/18YよりKへ。
何も本を読むばかりが勉強ではないが、本を読もうとする身がためには、勉強の精神と通じたものがあります。生活の中心から勉強心がぼけると、遊びかたがちがってくるのね。

1944/11/14KよりYへ。
生活の波は回転する地表上の緊迫の度と伴って、これからも様々なしぶきをあげるだろうが、誠実と理性とおおらかな勇気で航海する船は、結局ある朝、彼岸への到達の果実のかくも早く、又実り多かったことに驚くであろう。地平線は悠々としているようだが、太陽の足取りは確乎不動の前進をしている。

1944/12/19KよりYへ。
史の陶汰が古きものと新しきもの、善きものと悪しきものとを裁断する的確さは未曾有の景観を示すことだろう。

1945/1/8KよりYへ。
すぐれた作者達の力作が歳月の風雪に耐えて、更により善き芸術的開花を発揮し得る日、芸術の神神もその壮麗豪華な饗宴に目を見張らざるをえないだろう。

1944/8/14YよりKへ。
雲になり風になりたいというのではなく、1本の矢となるようです。それは1条の路を一つの方向に走ります。そうしかゆけないのよ。

1945/8/18YよりKへ。

この5年の間、私はこんなに健康を失ったし、充分その健康にふさわしい形で勉強もしかねる苦しい日々を送りましたが、それでも作家としては一点恥じざる生活を過ごしたことを感謝します。私の内部に、何よりも大切なそういう安定の礎が与えられるほど無垢な生活が傍らにあったことをありがたいとおもいます。

定年後の読書ノートより

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