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M男さんの映画評論です。

佐々部監督とM男さんのやり取りが面白い。

又、佐々部監督の「一番大事なことを伝える時は、人の言葉や表情で伝えようって心がけています。これは浦山桐郎監督から教わったんだと思います。助監督としてついたことはないですけど、僕はどっかで、最後の浦山桐郎の弟子だと思っているんです」

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シネマぶらり観て歩き(102)
              夕凪の街 桜の国 
             
邦画

昭和33年の広島。原爆投下から13年。原爆で父と妹を失った平野皆実(麻生久美子)は、母フジミ(藤村志保)と暮らす。職場仲間の打越(吉沢悠)に愛を告白されるが、自分が生き残ったことが負い目になって素直に受け入れられない。そんな彼女に打越はそっと寄り添う。しかし、やがて皆実に原爆症の症状が……。
それから半世紀。水戸市に疎開して被爆を逃れた皆実の弟・旭(堺正章)は、子どもたちと東京で暮らしている。彼は時々、家から姿を消した。一体どこへ行っているのか。心配する娘の七波(田中麗奈)は友人とともに、旭の後を追う。行き先は広島だった……。
原作はこうの史代の同名の漫画。平成16年度文化庁メディア芸術マンガ部門大賞・第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞。それを監督、佐々部清が映像化した。

 “ぶらり”で佐々部監督作品を取り上げるのは「(61)半落ち」(2004.3)に続き、2回目である。次のように書いた。「結論的にいうと最後は主人公が守ろうとしたものが何であったかというテーマに収斂している。殺人事件を切り口にヒューマンな作品に転化させた筋運びは見事だ。しかし、意図の良い作品ほど注文もつけたくなる。社会的問題を扱ったにしては全体に不消化感が残り、シャープさに欠けるのだ」
 「半落ち」は2005年の第28回日本アカデミー賞最優秀賞を受賞した作品だが、ウェットな描写に抵抗を感じた。続いて観た「出口のない海」(06年)は血を流す場面が一切登場しない戦争映画だ。佐々部監督はひたすら人間の想像力を信頼し、内面に語りかける。しかし、あと一つ内部から弾ける力が欲しい。そう思った。続く今作、いささかの警戒感をもって館に足を運んだ。

半世紀を隔てた二つの時代を背景に、二人の女性を主人公に二つの物語(「夕凪の街」「桜の国」)が描かれる。貫くのは「ものいわぬ」被爆者である。 
結論から言えば、佐々部監督は自らのスタイルを貫き、かつ進化している。今作もやはり、被爆直後の死屍累々たる場面は登場しないし、原爆を憎む声高な叫びもない。代わりに彼が描いたのは込み合う銭湯で女たちが見せるケロイドの皮膚であり、一瞬の閃光が家族や恋人間に落とした心の闇だった。
前編「夕凪の街」で皆実に愛を打ち明ける打越。贈った刺繍入りハンカチがまぶしい。告げられた皆実はその喜びよりも、自分だけが幸せを受けてもよいのかと罪悪感にさいなまれる。打越は皆実が受け入れてくれるのを待つ。今考えるとじれったいような、この気持ちの交流が作品に命を吹き込んでいる。
しかし、それは表面的に過ぎたかもしれない。

皆実が死ぬ間際、吐き出す言葉がある。
「なあ、うれしい?13年も経ったけど、原爆を落とした人は私を見て『やったぁ、また一人殺せた!』って、ちゃんと思うてくれとる?」
遠慮がちの彼女にこんなに激しい気持ちがあったとは。観客は最後の最後に刃を突きつけられるのだ。
原爆は人の心に深く沈潜した。後編「桜の国」でドキリとする言葉がある。疎開して被爆を逃れた旭が「幼い時、ピカにあった」という結婚相手を母フジミに紹介する場面だ。
「あんた、被爆者と結婚する気ね」「なんのために疎開させ、養子に出したのか」
母がなじる。その言葉が館の暗闇の中に見えない波紋を作る。

人は皆、固有の評価軸をもっている。映画が良かったかどうかは、その人の価値観、感動点(心の沸点)プラス、私の経験では映画を観た時の体調によって決まる。私はそれに加えて、ある程度、客観的なものさしとして、エンディング時の観客の振る舞いに置いている。感銘を与えた作品で人は席を立たない。今作品では最後まで多くの観客が残った。(「バベル」をロングラン終了間際に観たが誰一人残らなかった)

実は、映画を見る一月前、佐々部監督の話しを聞く機会に恵まれた。講演後の質問コーナーで私は「シンドラーのリスト」をオスカー狙いだと激怒した淀川さんなどのエピソードを引き合いに出し、多様な「評価軸」(監督の側からは創作軸)について尋ねた。佐々部作品への評価も結構、振幅が大きいのだ。訥々とした調子で答えて頂いたが、残念ながらうろ覚えで自信がない。

映画のパンフレットに佐藤忠男氏との対談で同じような下りがあるので紹介したい。

佐 藤「あなたの映画は倫理観というか、そういうのが一貫していますね。いかにあるべきかと、いうようなことをいい加減にしないで、きちっとやっている」
佐々部「自分のなかの決め事は、どの映画でも通しているつもりです」
佐 藤「どういうことですか」
佐々部「一番大事なことを伝える時は、人の言葉や表情で伝えようって心がけています。これは浦山桐郎監督から教わったんだと思います。助監督としてついたことはないですけど、僕はどっかで、最後の浦山桐郎の弟子だと思っているんです」(パンフp.16一部略)

この意図が成功したかどうか。その結論は、読者が作品と切り結ぶなかから生まれる。
演技では二つの物語の主役を演じる麻生久美子・田中麗奈が素晴らしい。麻生は昭和30年代の顔になり、運命のはかなさを見事に演じている。田中はクールでお茶目な現代っ子になりきっている。驚いたのは、この二人が二歳しか違わないことだ。

最後に、佐々部監督のメッセージを送りたい。原作に感動して、この作品を映画化したいとメジャー系に持ちかけたが「地味で暗い」とことごとく拒否された。
意地でも作り、興行的にも成功させ、見返してやりたいと製作委員会を立ち上げ、完成させた。
日本人にしか出来ない映画だ。是非、多くの人に館に足を運んで欲しいと。
こう結んだ時、シャイな顔が引き締まった。
                                     (M男)
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