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 「死を恐れますか?」
 「孤独よりましね」
 「女性へのアドバイスをいただけますか?」
 「愛しなさい」
 「若い娘には?」
 「愛しなさい」
 「子供には?」
 「愛しなさい」
  ……

シネマぶらり観て歩き(105)

             エディット・ピアフ
                           フランス・イギリス・チェコ

1915年にパリで生まれたエディットの母親は歌手を目指し、路上で歌っていた母親が失踪する。父親は第一次世界大戦に出征するため、エディトを祖母の営む娼館に預ける。幼い彼女は娼婦たちから可愛がられた。一次、病気に罹り、失明してしまうが奇跡的に回復する。父親が戦争から戻り、大道芸人として街角で日銭を稼ぐ日々が続いた。エディットも稼ぎの足しにストリートで歌っていたが、名門クラブのオーナー、ルイ・ルプレに見出される。ルイは彼女の歌声から“ピアフ(雀)”と名づける。やがて世界的スターとなった彼女は生涯最愛の恋人、アメリカのボクサー、マルセルと出会う……。
1995年、お芝居で上月晃演ずるピアフを観たことがある。感動してCDを求め、繰り返し聞いた。彼女の身長は150センチメートルにも満たないが、低いしゃがれた声で体全体を震わせて歌うその力強さに圧倒される。私は疲れて帰る車内で「パダン・パダン」を良く聞いた。
「フラ・ガール」が追い込まれた人間たちの紐帯のすばらしさとそれが生み出すパワーを与えてくれる映画だとするなら、「ピアフ」は善悪を超えた迫力でもって生きる哲学を教えてくれる。
「走馬灯のように」という言葉がある。この映画は走馬灯の映画である。1963年、最後の舞台で倒れ、療養する47歳のピアフからカットバックを繰り返し、数々のエピソードを提示する。印象に残る場面やセリフを紹介しよう。
娼館に預けられていた子ども時代、彼女は全盲となるが、一心に「聖テレーズ」に祈り、再び見えるようになった。このテレーズ信仰(マリア・テレサの名はこれに由来する)は彼女の支えとなる。
父は戦争から帰り、サーカスに入るが仲間と喧嘩して飛び出し、大道芸人となる。街頭で父の傍らに佇んでいたが、ある日、父にせかされ思わず歌ったのは国歌「ラ・マルセイエーズ」だった。
いざ進め 祖国の子らよ
栄光の日は やって来た
我らに対し 暴君の
血塗られた軍旗は 掲げられた
……
この過激な内容をもつ国歌が彼女の歌手への出発点となる。ここは前半の見所だ。子役(ポリーヌ・ビュルレ)が実に上手い。
「もし、人生を変えたければここにきてくれ」
こう声をかけたのはパリ市内の名門クラブ、ジェルニーズのオーナー、ルイ・ルプレだった。彼女は、ここで一躍有名になる。しかし、ルプレがある日、死体で発見され、犯人に疑われる。舞台の彼女に浴びせられる罵声。
その彼女を救ったのは作詞家・作曲家のレイモン・アッソだった。素質はあるが粗さが目立つ彼女にレッスンを施す。
「言葉の意味を考え、歌のなかで生きるんだ」
ピアフの表現力は豊かになり、彼女の歌は聴くものにはドラマとなった。
そして、有名なボクサー、マルセルとの運命的な恋。そして、予期せぬ悲劇。あの有名な「愛の賛歌」はこの悲しみのなかから生まれた。(岩谷時子作詞は自由訳であり原詩は異なる)度を超えた飲酒による黄疸や数度の交通事故にもあい、痛みを抑えるために使ったモルヒネ中毒によって体はボロボロとなる。曲がった腰、たるんだ皮膚。まだ、40歳台だというのに老婆のようだ。(32歳のマリオン・コティヤールの演技は鬼気迫るものがある。首筋のたるんだ皺まで作り込んでいる)
映画は「老いぼれた」姿を「現在」にして何度も登場させる。ピアフを「愛の歌姫」のイメージでとらえている人にはむごい場面だ。こうして、現在と過去を行き来しながら、140分があっという間に終わる。観客は複雑な名状し難い感情にとらわれる。
館を出てからもその感情は付きまとう。そして、考える。
「一体、彼女の人生とは何だったのだろう」と。
 晩年、ジャーナリストのインタヴューに答えるシーンがある。
 「死を恐れますか?」
 「孤独よりましね」
 「女性へのアドバイスをいただけますか?」
 「愛しなさい」
 「若い娘には?」
 「愛しなさい」
 「子供には?」
 「愛しなさい」
  ……
何故3回も愛しなさいを繰り返したのだろう。時には傍若無人に振舞う彼女を観た人にはその態度と愛がなかなか結びつかない。私はこのインタヴューに彼女を理解するヒントがあると思う。
アメリカの精神医学者H.S.サリヴァン(1862~1949)は人間の社会的欲求を年齢に応じて次の5段階に分けている。乳児期(0~2歳)、幼児期(2~6歳)、児童期(6~9歳)、前青年期(9~12歳)、青年前期(12~16歳)である。ピアフにとって重要だったのは幼児期と前青年期である。幼児期には子どもの遊びに両親も参加して欲しいという欲求が芽生え、これが欠けると孤立感が深まる。前青年期には自分の同級生との友情を求めるようになり、自分の親以外との親密な対人関係を経験し、人から愛されているという実感をもつことができるようになるという。(「愛とは何か」p.75小林司  日本放送出版協会)
愛情を受けて育った人しか、人を愛することはできないと言う。同じことだが、自己愛を有する人しか、他人を愛することが出来ないとも言う。ピアフは娼館で娼婦ティティーヌから実子のように愛情を注がれているし、父親の無骨な愛も感じていただろう。しかし、3歳で娼館に預けられ、15歳で父から独立してパリの路上で歌うようになるまで彼女には通常の子どもが社会的な人間関係を学習する機会がなかった。だから、自分を愛することができないし、他人との間合いの取り方が分からない。前のめりに歩き、いつも何かに怯えるようにおどおどしていた。唯一の評価のものさしは観客の拍手である。彼女にとって生きるとは歌うことであり、心の空洞は愛への渇望と向かった。
先の女性記者のインタヴューにもうひとつ大事な問があった。
 「歌えなくなったら」
 「生きてないわ」
1963年10月、ピアフは47歳の若さで亡くなる。葬儀では第二次世界大戦後、初めてパリの交通が完全にストップしたという。
監督・脚本は「クリムゾン・リバー2」などのオリヴィエ・ダアン。決して心が晴れる映画ではない。ある程度の人生経験がいる。が、それでも人々の心を捉えるのは、彼女が力の限り生きたこと、死を前にした彼女がその人生を肯定的に振り返ることへの共感を作り出すからだ。大人のピアフを演じたマリオン・コティヤールの生涯の代表作となるだろう。

                                   (M男)
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コメント

JUNSKY さん
どうも・・
「M男の映画評論」は単なる映画鑑賞記録ではなく豊富な読書量に支えられた社会評論のようなところがあります。
映画を見たあと原作を何度も読み直したり・・・
とても私にはできないことです。
さすがに出版社も目をつけたのかどうも本になるようです。
本が出たら買って途中でやめないで最後まで読んで下さい。

M男の映画評論は相変わらず長い!
読みくたびれて途中でやめた。
なんか他からの借用が多いみたいだし・・・

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