シネカノンの映画「歓喜の歌」
今回のM男さんの映画評論は「歓喜の歌 」です。
例によってかなり詳しいストーリー解説があります。
あまり知りませんでしたがこれを読んで見たくなりました。
M男さんの解説にはこう書いています。
「企画・製作・配給は「フラガール」「パッチギ」などのシネカノン。残念ながら、シネカノンに資金力がなく、宣伝不足ゆえあまり知られていない。しかし、観た人から口伝てに広がり、息ながく上映された。」
シネカノンを応援しましょう。
その為にブロガーができる事はこれを見て記事にすることでしょう。
「靖国」の東京での上映中止に見るように文化が支配者に支配されているとするならばそれを打ち破るのはそういういいものを選び抜く「文化力」とweb2.0の双方向性を使った「発信力」でしょう。
これを見ることができれば又書きます。
以下本文です。
シネマぶらり観て歩き(110)
歓喜の歌 邦画
明日で1年が終わる12月30日。1本の電話が鳴った。
「はい、みたま文化会館です。ええ、コンサートご予約の確認ですね。『みたま町コーラスガールズ』さん、明日の夜7時から……大丈夫ですよ、お待ちしてます」
文化会館の飯塚正主任(小林薫)は愛想よく応えた。しかし、そのやりとりを聞いた瞬間、部下の加藤(伊藤淳史)が固まった。「みたま町コーラスガールズ」と「みたまレディースコーラス」がダブルブッキングされていた。
どちらかに辞退してもらうしかない。上流階級の奥様方からなる「レディース」の代表、松尾みすず(由紀さおり)は「明日は創立20周年の記念コンサート。今さら変更なんてありえない」と言い、結成間もない主婦・パート合唱団「ガールズ」代表・兼指揮者の五十嵐順子(安田成美)も「家事や仕事をやりくりして頑張ってきた」と譲らない。今までやっかいごとから逃げてきた飯塚主任は彼女らの気迫に圧倒される。どちらの合唱団が歌えるのか、はたまた、どちらもご破算か。そして、飯塚主任は責任を問われてまたもや左遷か。運命の二日間が過ぎてゆく…。
笑いと涙の映画である。涙がこぼれるほど笑い、逆に悲しい場面に笑いが出る。「男はつらいよ」が終わって12年、久方ぶりの上質喜劇である。
導入が面白い。老人会が文化会館を借りてカラオケを練習している。午後5時になって少しだけでも時間延長をと懇願する老人たちに、飯塚主任は「決まりは決まり」と無慈悲にもコンセントを引き抜く。一見、規則に厳格な公務員らしいが閉めて早く帰りたいだけである。それは、すぐ分かる。万事、のらりくらりのお役人生活。勤務時間を持て余し気味に過ごし、アフター5は行きつけのスナックへ。そこへ、ふって湧いたダブルブッキング騒動である。彼は紛らわしい名前をつけたコーラスグループが悪いとでも思っただろう。反省や謝罪をしない。そして、何とやっかいなことに巻き込まれてしまったと己の不運を嘆く。彼はいつの間にか完全に悲劇の主人公になっていた…。
こんな風にいってしまえば、読者にはあっと浮かぶものがあるだろう。そう、こんな人はどこにもいる。職場の足を引っ張っているのは当の本人なのだが、被害者意識で一杯。いつも上司(部下)が悪いと思っている。仕事が速い人は日頃、そんな人を疎ましく思い、密かに彼が(彼女が)他所へ配置転換されないかと思っている。そして、押し付けた人事部長を恨む。この作品が描いたのは昔風にいえばそんなスカタン社員である。
さて、ダブルブッキングした飯塚主任はもうどうにもならないと悟った瞬間から、事態の打開に走る。その内に、家族との軋轢やスナックのロシア人ホステスとの借金トラブルなど難問は雪だるま式に増えていく。しかし、逃げていては解決にならない。他人との話し合いや交渉が必要だ。それは一番、嫌いなことだ。ところが、やぶれかぶれで事態に向き合ううちに流れが出来て、他人から感謝されたり、一緒に喜びあったりする未体験の世界が出現する。それにやっていて何だか楽しくなってきた。
「俺って良いとこあるじゃん」内心、そう思ったかもしれない。
そして、幾多の障害を乗り越え、心を揺さぶる大団円へ向かう。エンドロールに「あの鐘を鳴らすのはあなた」の歌が流れ終わると、観客はグシャグシャになった顔で帰途につく。
不思議と言えば不思議である。ロールモデルとはかけ離れた飯塚主任のどこに観客は魅かれるのだろうか。きっと、人の心を揺さぶる何かがあるのだろう。
観る側には飯塚主任の生きかたに一通りではない感情が支配する。
うちの職場の○○社員にもこうなって欲しいと考える人もいるだろう。観客にとって主任は不出来なわが子のようにも思えてくる。ともかく、人が変わっていく、成長することの喜びを感じる。
もう一つは、やや固い言葉だが全体性の獲得ということだろうか。主任は職場で「ここまでしかしない」と決めている。その「私」領域から脱却し、より広く「みんなのために」の世界へ踏み出した。両コーラスグループにとってはまさに災難だった。間違ったのは会館であり、いがみ合う必然性はない。もし、コーラスグループが自分たちの権利だけを主張していればどちらか一方が実現しても心から演奏会を楽しむことはできなかっただろう。こうして、最初はばらばらだった個々の人間や集団がWIN-WINの関係を実現しようとつながっていく。人間が集まって何かをするって楽しいことだな、煩わしいだけではないのだと観客は思う。館内で見知らぬ同士が一体化するところがまた良い。
競争が良い社会を創るといわれ、実に生きづらい世の中である。人々は個々ばらばらに分断され、固い殻に閉じこもっているように見える。しかし、人は誰でも心の底で自分は一所懸命働いていると思っているし、正しいことをしていると思っている。飯塚主任だって自分はちゃんと仕事をしていたと思っていただろう。今回のダブルブッキングはヒューマンエラーに過ぎないのだから。しかし、この降って湧いた騒動が彼を鍛え、人々を繋いでいった。それは、各人のうちにある「一所懸命さ」を紡いだ。そして、なにより観客は知っている。飯塚主任のなかに自分自身の姿があることを。
このタイプは日本の喜劇では定番であった。植木等の「無責任男」、渥美清の「男はつらいよ」、西田敏行の「釣りバカ日誌」など日本人はこうした人物像とともに時代を生き、癒され、かつ励まされてきた。今風なのは、冒頭、老人たちの懇願を無視して、コンセントを引き抜くあたりだろうか。かつてのヒロインはこんな場合、相手を怒らせずに目的を達した。
原作は立川志の輔による同名の創作落語、監督は「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」で第31回日本アカデミー賞最優秀作品賞などを獲得した松岡錠司。企画・製作・配給は「フラガール」「パッチギ」などのシネカノン。残念ながら、シネカノンに資金力がなく、宣伝不足ゆえあまり知られていない。しかし、観た人から口伝てに広がり、息ながく上映された。小林薫の軽妙さ、おかしみが秀逸、また、指揮する安田成美の抜けるような笑顔が美しい。是非、ビデオで観て欲しい。
最後に、飯塚主任の行動変容は本物かって?いや、多分、明日からは今までと同じ仕事ぶりでしょう。ただ、心の中にあの出来事はしっかりと生きているはずですが…。
(M男)
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