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寺山修司の新刊短歌集『月蝕書簡』

マッチ擦るつかのまの海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや

かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭り

学生時代に学校の夜警のアルバイトをしながら寺山修司ばかり読んでいた記憶がある。

寺山 修司 (てらやま しゅうじ、1935年12月10日 - 1983年5月4日)は、日本の詩人、歌人、俳人、エッセイスト、小説家、評論家、映画監督、俳優、作詞家、写真家、劇作家、演出家など。演劇実験室・天井桟敷主宰。本業を問われると「僕の職業は寺山修司です」とかえすのが常だった。
寺山修司 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日経の文化欄によるとその寺山修司のこんな新刊短歌集がが出た。
秘書の方が遺稿を整理・編集した由。

寺山修司没後25年。未発表作188首を収めた歌集『月蝕書簡』が、岩波書店から刊行された。寺山の秘書を長年つとめたアーアィストの田中未知さんが遺稿を整理し、編集したものである。短歌を捨てたと思われていた寺山が、その後も歌を作り続けていたことを示す興味深い歌集だ。
特集 没後25年の寺山修司

こんな歌がある。

                     

地平線描きわすれたる絵画にて鳥はどこまで墜ちゆかんかな


福島泰樹はこう書いている。

【週刊読書人】(2008年3月21日号)

巻末、田中未知氏の「『月蝕書簡』をめぐる経緯」によれば、歌の別れをしたはずの寺山修司が、再び歌を書いてみようと思い立ったのは、一九七三年の春頃から。以後、人文書院から新歌集の依頼を受けるに及び、七五年から海外公演の折も歌稿ノートを持ち歩くようになる。「一九七三年から十年かけて作られた短歌は、いろいろの紙片にメモされ、私の手元に残された」とのことである。
未発表作品集一巻の内容の特色を一言でいうならば、「死」が重要なテーマとなっていったということである。
早世していなければ現代詩歌に新たな豊饒を書き加えただろう
『月蝕書簡』を読む 福島泰樹

又寺山は俳句全集の中で、短歌と俳句について識別していたようだ。
なかなか分かりにくい短歌俳句論です。

「短歌は音楽だけど俳句は呼吸だと思う。 だから近代の微妙な恋愛感情は音楽にのる 程野性的じゃなくて、もっと知的な野獣性 を蔵していると思われてくる。 俳句は鍵だし、短歌はナイフだ。 最早近代の扉はナイフではこじあける事は 出来ないように思うね」

「短歌は音楽だけど俳句は呼吸]というのは分かる気がする。

「経験でも虚構でもいい。 唯それを超えた処にもう一つの創造の世界が なければいけないと思うんだ」

ここら辺が文学の論争になるところでしょう。

アカハタ売るわれを夏蝶越えゆけり母は故郷の田を打ちていむ

寺山修司はアカハタは売ったことがない。

私はなるべくなら虚構はない方がいいと思うが・・・・


参考
月灯りの舞
正剛 第四百十三夜【0413】2001年11月5日
三沢市寺山修司記念館

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