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ノー・カントリー

今やこのブログの共同執筆者とも言えるM男さんの映画評論の今回は「ノー・カントリー」
今回は「なぜオスカーなのかわからない」と手厳しいです。
バランスをとる為にこの映画を2007年のNO1に推した人のコメントを下に掲げておきます。
ではどうぞ・・・
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シネマぶらり観て歩き(111)
             ノー・カントリー


メキシコ国境に近い砂漠で狩りをしていたルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)は死体の山に出会う。そこには、大量のヘロインと現金200万ドルが残されていた。危険を感じながらも大金を持ち去ったモスはすぐさま追われる身になった。追うのは殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)。次々に居所を変え、必死に逃亡するモスをあたかも知っていたように見つけ出し、銃を乱射した。そしてことの真相を知った老保安官エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)はモスを救うべく二人の後を追った…。
暗い映画だ。えんえんと殺人が続く。映画はモスがハンティングする場面で始まり、全編、狩の緊張が続く。観客は追われるモスに感情移入し、かつての映画にはない恐怖を味わう。終盤に夢の場面が登場する。現実のなかで生きる希望を表そうとしたのだろうが、負の余韻がかき消してしまう。
一言で言えば、この作品の特徴は恐怖感を極大化させたことにある。
シガーは怖さのあらゆる要素を持っている。ぎょろりと見開いた目、無表情な顔、威圧的な肉体、ナチスのヘルメットに似た異様な髪型、見た者は思わず立ちすくむ。
次に、行動の怖さ。シガーはモスを追い、潜んでいそうな空間に銃を乱射する。たとえ、人違いであっても表情は変わらない。そして、出会った市民にコイントス(コインの裏表を当てるゲーム)を強制し、相手が外れたら殺す。遭遇しただけで殺される不条理、次々と出来る死体のおびただしさ。観客はある時はモスに、ある時は市民にわが身を重ね、戦慄する。パンフによると、原作者コーマック・マッカーシー(「血と暴力の国」扶桑社刊)はこの暴力を「純粋悪」(pure evil)と呼んでいるそうだ。聞きなれない言葉だが、人間感情が一切通じない悪魔と理解すれば納得する。悪魔は狡知を駆使して人間を地獄に陥れる。ボンベに圧縮空気を溜めたエアガンや完璧なまでの消音銃の無機質な光が脳裏に残る。
私は味わう恐怖が殺人者へのそれであることは論を俟たないとしても、圧倒的にはシガーの「抽象性」に起因すると考える。視線を隠すサングラスが不気味なように、正体の知れないものは怖い。(逆に「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」のように分かってしまったら恐怖心は消える)つまり、容貌や道具立てより、怖さは彼の得体の知れなさから来ている。それは、相手が何を考えているのかわからない怖さである。
人はみな自らの行動原理を生み出す価値観をもっている。追うシガーにも価値観があるはずだ。殺人を重ねて200万ドルにこだわる何かがあるはずだ。しかし、映画は彼がどのような人間か、何のために殺し屋をやっているのか一切説明しない。ただただ、圧倒的な迫力で獲物を追い詰めていく。殺人が起きる時は決まって人通りがなかったり、密閉された部屋のなかであったりで、その孤独さが死ぬ恐怖を倍加させる。さらに効果音楽がない。銃撃音のあとは静寂が支配するのみ。その怖さ。コーエン兄弟はこれらを上手く使って、ひとつの寓意あるストーリーに仕立てた。
アメリカの隠喩であることは伝わってくる。アメリカ大陸にわたったアングロサクソンは他民族や他国侵略を繰り返してきたが、かつては大義名分があった。神の御心の示すままにであったり、自由と民主主義のためであったりで、その「正しさ」を世界に発信してきた。ところが、最近のアメリカは「9.11テロ」や「大量破壊兵器」にまつわる情報が誤りだったと判明した後もアフガンやイラクに居座り続け、大量殺戮を続けている。「正しさ」の原理に返ることができなくなっている。
行き着くところ、それはニヒリズムの世界だろう。この思想は社会の善悪や人生の意義・目的などには無関心であり、自分の身の回りに関する支配とその手段としての武器、金だけが真実である。映画はこの行き着いた世界を示す。
しかし、作品はここから内面的な深化を遂げることはない。本当に恐ろしい悪魔は、いつも市民たちの諦観や絶望の背後でほくそ笑んでいるのだがそこは描かれない。シガーのあっけない結末には腰を折られるし、ラストの夢の部分が有効に働いているのか疑問である。現実の不条理を切り取ったとは言えるものの、人間を描いたという点では同じコーエン兄弟による「ファーゴ」(1996)が優れている。
原題はNo Country for Old Men、“年寄りのいる国はない”ほどの意味。老保安官エドが法と秩序のシンボルとして登場するが、シガーは彼の手には負えず、不安と諦念が漂うことを暗示する。邦題はfor Old Menを省略したので分かりにくいものになった。
第80回アカデミー賞最優秀作品賞など4部門を受賞。
                                       (M男)
―――――――――――――――――――
『ノーカントリー』は『ゲッタウェイ』以来最高の現代西部劇で、またかつてないほど素晴らしい小説の完璧な脚色だ。最大の驚きは、サイコパスの殺し屋アントン・シガー役として、映画を盗みかねない、かつてない怪演を披露しているハビエル・バルデムだ。  ― スティーブン・キング

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