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映画オフィシャルホームページより


今回のM男さんの映画評論は「西の魔女が死んだ」

M男さんは「同じようなテーマで山間の美しい四季を綴った「阿弥陀堂だより」の水準は高い」と
この作品の自然描写に奥行きの無さを感じている。

山紫水明の日本の芸術は自然描写に奥行きが求められる。
(少なくとも今まではそうだった)

「魔女は自分の直観を大事にしなければなりません。でも、その直観にとりつかれてはなりません。そうなれば、それはもう、激しい思い込みとなって、その人自身を支配してしまうのです……」
含蓄がある言葉だ。


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中学生のまい(高橋真悠)とママ(りょう)に「西の魔女が死んだ」という知らせが入った。「西の魔女」とはママのママ、つまり、おばあちゃんのこと。おばあちゃん(サチ・パーカー)はイギリス人で日本の田舎に一人で暮らしている。まいは不登校になった時、おばあちゃんと二人で田舎に暮らした。おばあちゃんは「自分は魔女」だと言い、まいに魔女になる訓練をほどこした……。
梨木香歩原作の大ロングセラーの映画化。原作(新潮文庫)は2001年に初版を出して以来、今年59刷を重ねている。映画を観てから原作を読んだ。映画は原作にほぼ忠実に作られている。
緑に囲まれたロッジ風のおばあちゃんの家を中心に進む。この作品の生命はちりばめられた数々の「ことば」である。事件や行動によって話が進展するのではなく、ことばが紡ぐ物語といえる。印象に残るセリフをいくつか紹介しよう。(原作から引用)

○ママが単身赴任のパパへ電話している。
「あの子はとにかく……。何ていうのかしら、感受性が強すぎるのね。どうせ、何かで傷ついたには違いないんだろうけど。昔から扱いにくい子だったわ」
ベッドで凍りつくまい。
○おばあちゃんの家。ハイジがアルムに帰省して干し草のふとんでぐっすり眠ったように自然はまいを優しく抱いた。人間は自然と一体になった時、心が解き放たれる。
まいは学校でいじめにあっていたのだ。
「グループができるときの心理的な駆け引きみたいのがね。グループになりたいなって思う子の視線を捉えてにっこりするとか、興味もない話題に一生懸命相づちをうつとか、行きたくもないトイレについて行くとか。そういうのが、何となくあさましく卑しく思えてきたんだ」
「それで今年はもう一切そういうのやらなかったんだ。そうしたら……結局、一人になっちゃたんだ」
○おばあちゃんはまいに強い意志をもった人間になって欲しいと魔女になる訓練を施した。それは朝、起きたら顔を洗う、歯を磨く、料理を作る、ベッドメイキングをするなど日常生活に必要なことばかりだった。やがて、まいの生活にリズムが生まれた。自然のめぐりに同調したリズムだった。
「でも、気をつけなさい。一番大事なことは自分で見ようとしたり、聞こうとする意志の力ですよ。自分で見ようとしないのに何かが見えたり、聞こえたりするのはとても危険ですし、不快なことですし、一流の魔女にあるまじきことです」
○まいは自分でできることが増えるにつれ、外へ関心が向かった。
しかし、外の世界は良いことばかりではなかった。ある日、飼っていた鶏が何ものかに殺された。まいは「生き物はどうせ死ぬのだから成長なんて意味がない」と言う。そのとき、おばあちゃんがまいに魂について話す。
「春になったら種から芽がでるように、それが光に向かって伸びていくように、魂は成長したがっているのです」
○鶏殺しの犯人をめぐってまいはおばあちゃんと衝突した。物語中、事件らしい事件といえばこれだけだ。おばあちゃんはまいに思い込みがもたらす負の作用を話す。
「魔女は自分の直観を大事にしなければなりません。でも、その直観にとりつかれてはなりません。そうなれば、それはもう、激しい思い込みとなって、その人自身を支配してしまうのです……」
「あまり上等でなかった多くの魔女たちがそうやって自分自身の妄想に取りつかれて自滅していきましたよ」
そして、事件から2年後、西の魔女は見事にあるメッセージをまいに送って物語が終わる。

原作との比較でいえば、イメージに近いのはおばあちゃんとママだった。とくに、おばあちゃん役のサチ・パーカー(「愛と追憶の日々」の主演女優、シャーリー・マクレーンの娘。12才まで日本で暮らしていただけあって日本語が堪能)は言葉の深い意味を演技で表現していた。彼女がまいの目を見つめて「アイ ノウ」と言う時、観客もすべてが赦されたように館内の空気が緩んだ。
しかし、どこか西洋的雰囲気をもつ詩画集のような原作を読んで、劇場に足を運んだとしたら、やや不満に感じる人もいるかもしれない。ことばは文字の世界では自由に飛翔するが、映像に表すと固定される。その意味では重要な背景となるべき山里の自然描写に奥行きが乏しく、哲学的趣やはっとみはる風景がない。私は不覚にも中盤、うとうととしてしまった。姪っ子は原作のイメージを壊すから観ないという。
そして、改めて思った。同じようなテーマで山間の美しい四季を綴った「阿弥陀堂だより」の水準は高いと。
監督は長崎俊一、主題歌「虹」を福岡県出身の手嶌葵が歌う。館内は原作に魅了された女性が多い。

                                     (M男)

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公式サイト。 梨木香歩原作。長崎俊一監督、サチ・パーカー、高橋真悠、りょう、大森南朋、高橋克実、木村祐一。八ヶ岳山麓の別荘地らしき所に一人暮らしするおばあちゃん(サチ・パーカー)はイギリス人の祖母で未亡人。ちなみに個人名はない。... [続きを読む]

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