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2008年8月12日 (火)

歩いても歩いてもーアンビバレントなもの

人気のコーナー M男さんの映画評論 今回は「歩いても歩いても」

小津作品をみるような家庭劇です。ただ、タッチは現代。涙を流している人もいました。じんわりと心に残ります。家族は暖かく、しかし、やっかいで、時々どうしようもないものですね。(これもMさんの文章)

本当にそうなんです。!

「家族のなにげない会話のなかに生命の終わりと誕生という小宇宙を出現させた」秀作か?

シネマぶらり観て歩き(114)

    歩いても歩いても                邦画

ある夏の日、横山良多(阿部寛)はかつて開業医を営んでいた父・恭平(原田芳雄)と母・とし子(樹木希林)が暮らす実家を訪れる。良多は子連れのゆかり(夏川結衣)と結婚したばかり。いまは失業中している。長女・ちなみ(YOU)一家がすでに来ていた。その日は事故で亡くなった横山家の長男・純平の命日だった……。
 横山家の一日をドキュメンタリータッチで描く。館を出てからも、まるで自分が居合わせたかのような感触が残る。
ここで描かれた光景はだれしも、お盆やお正月などに経験している。久しぶりに親と会い、親族が集まる。兄弟や姉妹はそれぞれの道を歩んでいる。羽振りのよいものもいれば、うだつの上がらないものもいる。親との関係でも可愛がってもらったと思う人もいれば、疎まれて育ったと思っている人もいる。親子・兄弟の間で愛憎半ばする感情(アンビバレンス)が錯綜する。傍らにはそのつれあいが遠慮がちに座をしめており、その場所は半ば世間だ。
 さて、将来を嘱望されていた長男とは違い、父親とそりが合わない次男・良多は絵画の修復を生業としているが仕事がない。しかし、意地もあって失業していることを周囲に言えない。言えない良多に自動車のセールスをしている長女ちなみの夫が新型モデルを売り込む。負い目を背負った良多より辛いのは妻ゆかりだろう。子連れの再婚である。子どもは良多のことを「良ちゃん」と呼んでいる。このような設定にて進行するドラマはすでに激しい葛藤を内包している。

映画はさらに人間の深層を垣間見せる。長男は海に溺れている少年を助けようとして死んでいた。その少年は毎年命日に横山家に呼ばれている。今は大学生となり、商店街のチラシなどを作成する会社に就職するという。肥満体でシャツが汗だくになったいかにも凡庸な青年に一家の視線が集まる。彼がお線香をあげ、辞去した後、恭平が吐き出す言葉には怨嗟がこもっている。
「あんなくだらん奴のため」
横山家の「事件」はすでに終わっている。この作品はその余韻がつくるドラマだ。あたかも、恒星が爆発した後、宇宙空間にただよう塵のように過去の残影を見せる。しかし、人間の感情は燃え続けている。エネルギーは「憎しみ」という負の感情だ。父・恭平は家業を継ぐはずの長男が死に、次男は反発してばかりで無念の日々を過ごしてきた。過去へのとらわれで生きているといってもよい。引退後も医師という職業意識から抜け出せず、家族にたいしても近隣にたいしても変わらない態度をとり続けている。一方、母・とし子も思いを引きずっていた。助かった少年を命日に呼ぶ理由を良多に打ち明けるシークエンスがある。カメラは横顔のアップで迫る。いつもとは違う母の顔。母は少年を赦してはいなかった。
しかし、是枝裕和監督は単に「憎しみ」のドラマにはしなかった。
先の父親の言葉に間髪を入れず、良多が言い放った「医者ってそんなに偉いのか」。私はこの言葉が映画のキーワードだと思っている。良多は明らかに今までの人生に決着をつけようとしている。彼は父親に長らく憎しみの感情を抱いていたであろう。幼い頃や思春期に体験する“自分は親から愛されていない”という感情は容易に消えない。人によってはそのために心の成長が止まることすらある。
しかし、どのような葛藤があったかは分からないが、彼は憎しみから離脱している。過去と訣別し、両親を客観的に見られるようになっている。だから、本当はこう言いたかったのだ。
「もう過去のことは忘れましょう」と。
しかし、衝いて出たのは相手を非難するような言葉だった。この肉親ゆえの激しさ、哀しさ。是枝監督はどこまでもアンビバレントなものとして描く。この通底する動的構造が作品の生命力であり、観客は心を揺さぶられるのだ。
星が爆発し、寿命を終えた後、宇宙空間に漂う塵からやがて新たな星が誕生するという。
映画は家族のなにげない会話のなかに生命の終わりと誕生という小宇宙を出現させた。生命とはなんと残酷なのだろう。それでもひとびとは一瞬の光を求めて生きている。

                                  (M男)
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