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うちべいびいの独り言さんから宝井其角の俳句を送って頂きました。

説明と合わせて読むとなかなか味わい深い俳句でした。

これです。

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我が物と思えば軽し笠の雪

宝井其角(たからいきかく)

――――

いやいや荷物を持てば、本当は軽いはずのものも重く感じてしまう。人生は心の置き所ひとつで、楽しくもなり悲しくもなる。ものの見方を変え、心を積極的肯定的に向けて行けば、難有るも有り難しである。

早速以下の俳句をお返ししました。

我がものと思えど重し冬の雲 公彦

其角はん御免なさい。

以下wikiからご其角はんの参考情報です。

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江戸堀江町で、近江国膳所藩御殿医・竹下東順の長男として生まれた。延宝年間(1673年 - 1681年)の初めの頃、父親の紹介で松尾芭蕉の門に入り俳諧を学ぶ。

はじめ、母方の榎本姓を名乗っていたが、のち自ら宝井と改める。

蕉門十哲の第一の門弟と言われている。芭蕉の没後は日本橋茅場町江戸座を開き、江戸俳諧では一番の勢力となる。なお、隣接して、荻生徂徠が起居、私塾蘐園塾を開いており、「梅が香や隣は荻生惣右衛門」 の句がある。

宝永4年、永年の飲酒が祟ってか47歳の若さで亡くなっている。

[編集] 人物評

芭蕉とは違い、酒を好み作風は派手で、平明かつ口語調の洒落風を起こした。しかし、博覧強記の其角であるが故に、句の解釈に取り掛かろうとすれば、その中に隠された難解さに驚かされる。

去来抄中の以下の逸話が、芭蕉による其角観をよく物語っている。

切られたるゆめはまことかのみのあと 其角
去來曰く「其角は誠に作者にて侍る。わずかに、のみの喰ひつきたる事、たれかかくは謂ひつくさん」。先師曰く「しかり。かれは定家の卿也。さしてもなき事を、ことごとしくいひつらね侍る、ときこへし評に似たり」。
(現代語訳)
「其角は本当に巧みですね。ちょっと、ノミが喰いついただけの事を、誰がここまで言い尽くせるでしょう」と向井去来がいうと、芭蕉が応えて、「確かに。彼は藤原定家卿だよ。大したことでもないのに、仰々しくいい連ねると評されたのに似ているね」と言った。

また、芭蕉がライバル視していた井原西鶴とも交際し、生涯に2度、西鶴を訪ねて上方に行っている。其角の逸話の一つとして、赤穂浪士討ち入り前夜、四十七士の一人・大高源五と会い、また討ち入りも見物したともされている。

ーーーーーーーーーーーーーー

まことに恥ずかしながらこの中に出てくる「博覧強記」という言葉は知りませんでした。
中学校で習う言葉だそうです。
総理大臣がどうか等とかは言いますまい。
人間日々成長期です。

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