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誤った天皇の国事行為論を小沢氏が間違いだとやっと認めた
についてのBLOG BLUESさんとのやり取りを記事として置きます。
BLOG BLUESさんがユニークな意見なので記事にする意味があると思いました。

twirtterの画面をブログに表示しました。

ーーーー

ブルースさんの意見はいつもユニークで拝見する価値があります。

「天皇の政治利用を」というのも左翼ブログでは見ない独自の見解だと思います。
しかしそれは一般に受け入れられるかというと難しいでしょう。

特に天皇の名で「聖戦」を闘わされた人達にとってはとても受け入れられないものでしょう。

いずれにしても今の憲法の下では天皇の反動的利用がないように全てを疑った見ておく必要があるでしょう。

投稿: おおつる | 2009年12月23日 (水) 07時03分

こんばんは。『国民主権ということと、特定の世襲の個人に特別の地位を与えることは、本質的には、相容れないわけである』んなバカな。

それじゃデンマークをはじめ、王位が継承されつつも民主主義先進国である、多くのヨーロッパ諸国の説明がつきませんよ。国民主権と王制は、別物ですよ。論より証拠。国民主権の民主主義政体から、独裁国家が生まれた事実だってある。

なぜ、左翼の人は、客観的事実よりも自己の想念を優位に置くのか。病弊である。きびしく慎まねばならない。

ご紹介のブログは僕も読んだが、松竹氏は、浅墓である。今回も「内閣の助言と承認」を「政治利用」とし、それが途中から、保守反動勢力に逆利用される危険性に気づいたので、周章狼狽して、『こうゆう問題が起こるのも外国の要人を天皇が接受するからだ。なるべく接受しないようにすべきだ』などと、「開かれた皇室」とは逆コースの物言い。

あそこは、批判コメントには対応しないという、不誠実とも取れる管理方針なので、コメントを寄せないが、僕は、潔くないなと思っている。

「開かれた皇室」じゃダメなんですか。憲法の理念を世界に広めるべく、大いに天皇を「政治利用」するって考えだってあるじゃないか。憲法の下に存在する天皇なんですよ。決して、神聖にして侵すべからずって存在じゃない。

天皇の「政治利用」=保守反動と決めつけているから、そうゆう発想が出てこないわけで。そんなのどこが超左翼やねん。旧左翼でしょ。旧左翼を乗り超えていきまっしょい。

あなたが、僕が、主権者なんだ。この性根を据えてかからなければ、国民主権なんて、天皇制がつづこうがなくなろうが、形骸化の途を辿る。そうではありませんか。

キリがないので、僕はもう、これ以上、お邪魔しません。真実は、マルクスの箴言の中にある。すべてを疑え。既成概念なんて、その最たるものだ。

投稿: BLOG BLUES | 2009年12月23日 (水) 02時07分

BLOG BLUESさん

どうも

私は理念として共和制が立憲君主制より優れていると思います。
現実の政治は又別の要素がありますが・・
天皇の神格化による政治的利用は明治以降のことだと思います。

>われら平成の護憲派は、戦後左翼の失敗から学ばなければならない。

「平成の」というのが面映ゆいですが、我々護憲派が道を探究しなければならないのは確かでしょう。

超左翼おじさんの挑戦にあった次の文章を紹介します。
ーー
国民主権ということと、特定の世襲の個人に特別の地位を与えることは、本質的には、相容れないわけである。

 この問題は、きれいに解決しようと思えば、二つしかない。天皇の位置をもっと明確にするか、この制度そのものをなくすかである。

 けれども、それでは憲法の改正が必要となる。そこまで踏み込もうという合意は、なかなか得にくい。

 そこで、いろいろな考え方が存在してきた。憲法を守るということを前提にしていたとしてもて、ずいぶんと異なる立場がある。

 もっとも左よりの立場は、天皇ができるのは、「国事行為」として規定された10項目だけだというものだ。この立場だと、「国会を召集すること」とあるのは、ただ招集すればいいだけで、開会日に国会に出てきて発言することは、憲法違反だということになる。ましてや、国事行為とまったく関係のないような行為、たとえば国民体育大会への出席などは論外ということになる。

 もっとも右よりの立場は、象徴ということは元首であることと同じだというものだ。この立場は、国事行為について解釈をひろげるだけでなく、国事行為以外にもできることがあるとして、「公的行為」をも拡大してきた。国事行為は内閣の助言と承認が必要だが、公的行為についてはそのような憲法規定がないので、自由にできるのだという人までいる

 そういういろいろな立場のなかでも、外国要人との会見は、特別に難しい問題だ。元首かそうでないのかという問題が、密接にかかわっているからである。(続)
http://chousayoku.blog100.fc2.com/blog-entry-296.html

投稿: 大津留公彦 | 2009年12月23日 (水) 00時21分

こんばんは。民主主義の発展と天皇制は関係ないっしょ。民主主義がばっちり機能し、世界で最も幸福度が高いと謳われるデンマークは、立憲君主制ですよ。共和制の米国は、とんでもない格差社会で戦争国家ですよ。

共和制が立憲君主制より優れているなんて、一概には言えないことが、お分かりになるでしょ。言うまでもないことですが、民主主義から独裁国家が誕生することだってある。ナチスドイツを鑑み給え。

管理人様は、天皇制=天皇国家主義と決めてかかっていませんか。それは、間違いだ。天皇国家主義が誕生する遥か千年前より、天皇制はつづいているのですから。

味噌と糞は、きっちり分別しなくてはなりません。天皇制と密接というか、そのものとも言える神道もそう。神道=国家神道では、断じてない。

保守反動の手口は、天皇制や神道でコーティングして、天皇国家主義や国家神道の浸透を図るのです。戦後左翼は、まんまとこの手口に載せられ、味噌も糞も一緒くたに否定し、多くの国民の支持を失った。

われら平成の護憲派は、戦後左翼の失敗から学ばなければならない。

投稿: BLOG BLUES | 2009年12月23日 (水) 00時03分

どうも

意見が違うかもしれませんが私は天皇という制度は民主主義の発展の中でその役割を終えて行くものだろうと思っています。

ただその存在の論議が今切羽詰まった時期ではないのでその廃止までには時間がかかると思います。
今少なくとも天皇が政治的に利用される危険性は極力排除されなければなりません。
法制局等が積み上げてきた微妙な憲法と天皇のバランスと平和憲法と自衛隊のバランスを一気に壊そうとする小沢流の政治手法に私は危惧を持っています。

投稿: おおつる | 2009年12月22日 (火) 19時27分

こんにちは。国際親善というのは、相手があってのことですよ。外国の方が、日本国民と仲良くしたいと思うなら、先ず会うことだ。言葉を交わすことだ。だからといって、1億2千万人に会うことは不可能だ。

だったら、どうします。外国の方から見れば相手国である日本の憲法を尊重し、国民統合の象徴である天皇に会い、言葉を交わすことだ。

天皇個人とっては、会いたくない相手もいるだろうし、会いたくない気分の時もあるでしょうが。皇室の最大のミッションの一つに「国際親善」があると深く認識され、それに努めて来られたことは、大方の国民の知るところです。

人間には、それぞれ役割ってもんがあるでしょ。天皇もまた人間なんです。少なくとも、僕は、そう認識している。で、天皇の役割を担える人間が、天皇以外にいますか?答えは、NOだろう。

じゃあ、そんな役割を担う人間は要らないと考えるか、せっかくそういう希有な人間がいるのだから、この希有な存在を大切にしたいと考えるか、だ。

僕は、後者である。大切にしましょうよ。これを打ち捨てるのは、いくらなんでもMOTTAINAI!

投稿: BLOG BLUES | 2009年12月22日 (火) 19時04分

BLOG BLUESさん

ご無沙汰です。
言われる気持ちはわかります。
このブログは勿論護憲ブログです。
天皇は国政に関する一切の権限はありません。

本来憲法の民主主義の精神と矛盾する天皇と言う制度を残す為に限定列挙で「国事行為」を定めたので外国の要人と会うこともすべきではないと思います。
少なくともこれから減らして行くべきだと思います。
小沢さんが自らの間違いを認めたのはいさぎよいと思います。


投稿: おおつる | 2009年12月22日 (火) 17時17分

こんにちは。天皇は、国民によって選ばれた存在ですか?違うでしょ。内閣は、どうですか?国民によって選ばれた国会議員によって選ばれる存在でしょ。

天皇の接受相手の肩書きが、大使や公使なら、内閣の助言と承認を受けるが、大統領や副主席なら、その必要はないとでも主張されるのですか。んなバカなことはありませんよね。

管理人様の政治的立場は、護憲でしょ。イチローくんは、国事行為と公的行為を言い間違えたに過ぎない。主張する内容は、日本国憲法に則った民主主義の原理原則を開陳したものだ。それが理解できない、管理人様ではありますまい。

「国事」であろうが「公的」であろうが、天皇の外国人相手の接受という行為は、すべて「国際親善活動」の範疇であり、それは、否応なく政治的意味を帯びる。ならば、内閣の助言と承認を受けるのは、国民主権国家である以上、当たり前のことだ。これを破ることは、反民主主義であり、天皇国家主義への道を拓くとになる。

イチローくんは、態度がデカいし、要点だけしか言わないので、誤解され勝ちだが、民主主義に立脚した誠に尤もな筋論を述べている。天皇国家主義への道を拓きたい勢力の尻馬に乗っては、ダメっしょ。

投稿: BLOG BLUES | 2009年12月22日 (火) 16時35分

Merry chiristmas!

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コメント

>天皇の役割を担える人間が、天皇以外
>にいますか?

「国際親善活動」なら、やろうと思えば誰でもできますよ。
「国事行為」にしても、何となれば天皇抜きで内閣だけでやっても何ら差し支えはない。
「希有」でも何でもありゃしない。

>イチローくんは、国事行為と公的行為
>を言い間違えたに過ぎない

公的行為というものは、内容によっては「国政に関する権能」に係わる恐れがあります。だから何でもかんでも容認される訳じゃない。「言い間違えた」などというのでは見識が疑われます。

>天皇の外国人相手の接受という行為は、
>すべて「国際親善活動」の範疇であり、
>それは、否応なく政治的意味を帯びる

天皇が「国政に関する権能」に係わる場合は違憲です。憲法上、天皇の行為が政治的意味を帯びては困るのです。政治家が自分の私的な都合のために天皇を政治的に利用するのもアウトです。

>大使や公使なら、内閣の助言と承認を
>受けるが、大統領や副主席なら、その
>必要はないとでも主張されるのですか

今回の場合、小沢が自分の私的な都合のために天皇を政治的に利用しました。
「中国は重要な国だから会見予約ルールを破っても会見すべきだ」
「ルール違反だと?、国事行為なんだから内閣の助言と承認に従うのは当然だろ!」
などと称して、自分の政治的な影響力を誇示しようとした。

だから
「特定の国を特別扱いをすれば政治的意味を帯びてしまうのでダメ、平等に扱わないと」
「ゆえに、会見相手が重要な国の場合はルールに縛られない、などというのはダメ」
「国事行為でもないし」
「ちゅーか小沢はん、アンタ何様のつもりでっか?」
というツッコミを入れられているのですよ。
鹿と馬を正しく識別できる人なら、まあ当然のツッコミですが♪

>憲法の理念を世界に広めるべく、大い
>に天皇を「政治利用」するって考え
>だってあるじゃないか

憲法の理念では、天皇の政治利用は厳禁ですので☆

>民主主義から独裁国家が誕生すること
>だってある

そういう意味では、宦官趙高の同類である小沢は要注意人物ですね。小選挙区制を推進して民主主義を形骸化しようとしてますし。小沢の「鹿を指して馬と為す」に喜んで追従する信者もいますし。

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