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2010年4月 1日 (木)

「おとうと」

M男さんの映画評論です。

今回は「おとうと」

もうすぐ上映が終わる映画です。

私にはおとうとはいない
しかしいもうとがひとりいる
改めて大事にしたいと思いました。

公式ホームページのコメント欄から著名人のコメントの一部を紹介します。

ーーーーー

喧嘩したって、憎しみ合ったって肉親の絆は断ち切れるものじゃない。
画面を通してその情を伝えている。
どんなに悪態をついたとて、姉ちゃん、おおきにと云って死んで逝く弟を
胸にする姉弟の絆、見事に画き出している。
―――海老名香葉子さん(エッセイスト)


たった一人だけでいい。
人生で自分の味方になってくれる人がいたら…。
人はそれだけで、前を向いて生きていけるのですね。
吉永小百合さんと鶴瓶さんの姉弟愛に、涙が止まりませんでした。
―――小林幸子さん(歌手)


家族でもないのに、無条件で愛してくれる人たちがいる!
最後の看取りの家の場面で、この泣き笑いの映画は「家族の物語」を超えた。
―――高畑勲さん(アニメーション映画監督)
鶴瓶演じる“鉄郎”に、“寅さん”の面影を感じた。
『男はつらいよ』シリーズでは、看取ることが叶わなかった寅さんの最期――
山田監督は、寅さんへのオマージュを込めて本作の鉄郎にその想いを投影させたのではないだろうか
―――弘兼憲史さん (漫画家/「島耕作」シリーズ、「黄昏流星群」)

切っても切れない縁(えにし)のリボンで結ばれた家族。
どこにいてもケンカをしても、元気でも、いつも心の奥に深く宿る家族への想い。
この大きな地球で1度しかない人生、何故あなたと出会ったのでしょう。かけがえのない家族。
―――森山良子さん(歌手)

映画『おとうと』スペシャル動画 【1】

ーーーーー
では
シネマぶらり観て歩き(133)
です

シネマぶらり観て歩き(133)

おとうと                 邦画


夫を早くに亡くした高野吟子(吉永小百合)は、東京の私鉄沿線の一角で、小さな薬局を営み、一人娘の小春(蒼井優)、義母の絹代(加藤治子)と3人でつましく暮らしていた。小春と将来を嘱望されたエリート医師との結婚が決まった。結婚式当日、披露宴に長く音信不通になっていた吟子の弟・鉄郎(笑福亭鶴瓶)が現れ、酔っぱらって式を台無しにしてしまう……。

映画はエンディングの「市川昆監督に捧ぐ」という献辞が示すように、2008年に逝去した同監督の名作「おとうと」(1960、大映)をベースにしている。ただし、リメイクではない。
市川監督の「おとうと」はこんな作品だ。
物書きの父(森雅之)、後妻(田中絹代)、婚期を過ぎようとしている姉(岸恵子)、不良っぽい素行を繰り返す弟(川口浩)の4人がそれぞれ居心地の悪さを感じながら暮らしている。騒動を起すのはいつも弟である。姉は弟の不始末に追われる。が、弟が結核に罹ったことにより、家族の隙間が埋まり、関係に変化が起こる……。
歯切れのよいセリフ。今は使われなくなった日本語が美しい。
今作も姉弟の基本的な構図は変わらない。両親はすでに居ないが、しっかりものの姉、うだつの上がらない弟を軸に話が進んでいく。この二人に娘・小春、義母・絹代がからみ、厄介でもあり、愛おしくもある家族を描いた見所多い作品となっている。毎回のことだが、笑わせ、最後はホロリとさせる映画づくりの巧さに脱帽する。
“ぶらり”に山田洋次監督作品が登場するのは5回目である。今号ではパンフレットのなかで山田監督がイプセンの『人形の家』から採ったと述べているセリフを手がかりに、一見、地味ともいえる作品群がなぜ観客に感動をもたらすのか、その構造に迫ってみたい。
小春の結婚式をぶちこわした鉄郎は姿を消す。結婚した小春はほどなく、エリート医師とのすれ違い生活に破局を迎えようとしていた。
吟子が病院でエリート医師と面談する。
「もっと、きちんと向き合って話すべきだわ」
医師は答える。
「向き合って何の話をするんですか」
このやりとりである。『人形の家』(矢崎源九郎訳、新潮文庫)を読み返した。
弁護士であるヘルメルは妻ノラを“可愛い小鳥さん”と呼び、愛玩動物のように扱っていた。ある事件をきっかけにノラは窮地に追い込まれることになるが、夫は妻を一人の人間として認めようとしない。
ノラ「あたしたちは結婚してから、もう8年間になります。それでいて、あたしたち二人が、あなたとわたしが、夫と妻が、こうして向かい合って真面目にお話するのは、今日が初めてだということにお気づきになりませんの」
ヘルメルは「そんなことはお前にむかないじゃないのか?」と返す。その結果が余りにも有名なノラの家出である。1879年に書かれたこの戯曲は女性の自立を描いた近代劇史上の傑作と言われている。
再読による発見もあった。実は小春の破局は鉄郎の失態も遠因になっていた。鉄郎が結婚式をぶち壊した後、新郎の親族が「小春さんがあの叔父さんと同じDNAをもっているなんてぞっとするわ」と言う。同じようなセリフが『人形の家』にも登場する。
夫ヘルメルがノラに言い放つ。
「お前の親父の軽はずみな性質を、お前は残らず受継いでいるんだ」
……
向き合うということは山田作品の底流に流れる重要なテーマである。兄は結婚式以来、鉄郎と縁を切り、映画の前半、鉄郎にきちんと向き合っているのは吟子ただ一人だった。水商売風の女が鉄郎へ貸した金の返済を求めて現れた時も、吟子は肩代わりした。立ち直りを期待して、姉弟という血のつながりがそうさせたのだが、小春はそんな母が理解できない。
以前、「武士の一分」(No.95)にこう書いたことがある。
「哲学者マルティン・ブーバーは“すべて真の生とは出会いである”(『我とEQ \* jc2 \* "Font:MS 明朝" \* hps10 \o\ad(\s\up 9(なんじ),汝)』)と言った。新之丞は自分自身と格闘することによって、新しく生まれた自分に出会った。おなじく、新之丞と加世は向き合うことによって、新たな“出会い”を果たしたのだ」
ブーバーは人間の関係性を掘り下げる。彼によれば、夫が妻と向き合っていない時、妻は物と同じ「それ(Es)」でしかなく、向き合って初めて、妻は「汝(Du*)」に変わる。山田監督は「向き合って、何の話をするんですか」といったエリート医師について、「彼は生活者としての知的レベルはかなり低いと思うんですよ」と述べている。日本語の曖昧さを排して言い換えれば、知力は高いかもしれないが知性は低いということだろう。向き合わないところに、関係性は生まれない。現代の人びとは向き合うという面倒くさく、手間がかかる行為が大変苦手である。山田作品が人びとの心を揺さぶるのは、孤立から関係性の構築へ、関係性の深化から人間的成長へと人が変わっていく動的な構造をもっているからではないか。
 * ドイツ語で家族・友人など親密な間柄で相手を呼ぶ言葉。君、お前、なんじ。
映画が急展開を見せるのは後半である。吟子は行方不明になった鉄郎を心配して捜索願を出していた。連絡があって行った先は大阪の「みどりの家」という民間ホスピスだった。窓から通天閣が望める部屋で鉄郎はがん末期の状態にあった。「みどりの家」は、ボランティアの夫婦がどん底まで落ち込んだ人びとの最期を見守っていた。
鉄郎は吟子の見舞いに相変わらず減らず口を叩いていたが、夫婦の援助や入所者仲間の励ましによって、次第に心を開いていった。そんな鉄郎を見て、ようやく小春も赦す気になる。いよいよ今夜が峠だという日、声を出せない鉄郎は吟子に合図を送るため、自分と吟子の手をリボンで結んでくれと頼む。(市川作品を踏襲している)そして、ピンクのリボンが伸びきった時、鉄郎は安らかな死を迎えた……。
山田監督は常に時代の流れのなかで真面目に生きようとしている人間を描いてきた。今作は分断社会のなかでも、励ましあい、つながり合っていく(連帯)ことの素晴らしさを慈しむような眼差しで映像化している。松竹・大船調の味わいが随所に登場し、市川昆監督への見事なオマージュとなっている。
「母べえ」以来の共演となった吉永小百合、笑福亭鶴瓶が好演。二人の呼吸が実に合っている。鶴瓶は初期の寅さんを髣髴させる。小春を演じた蒼井優には故郷の匂いがし、大工・加瀬亮との新たな恋の芽生えは60・70年代の雰囲気にも似て懐かしかった。
作品は第60回ベルリン国際映画祭のクロージング作品として上映され、山田監督は特別功労賞の栄誉に輝いた。心に残る作品。
                                     (M男)

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