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栗木京子さんと社会詠

Kuriki

読売新聞 詩歌俳句賞 栗木京子歌集「夏のうしろ」より

栗木京子さんの短歌の作り方に続いて

2004年1月号 インタビュー「栗木京子さんに聞く」
インタビュー 栗木京子さんに聞く

 時代への視線

聞き手:吉川宏志 記録:なみの亜子

から更に紹介します。

最初に歌作りに参考になるこんな話があった。
ーーー
@いい歌集をたくさん出している歌人でも、私にとって一番影響があって今でも好きな歌集となると、大体第一歌集

@永田さんから「きみは葛原妙子だ」って決められて、刷り込まれた。

@自分は比喩の歌が作りやすいな、オノマトペの歌が作りやすいな、と思ったら、一回極めたらどうか。今月の十首は全部比喩でいきますとか。

@詰め込み過ぎが気になる。
ーーー

そして社会詠に付いての議論がされている。

時代閉塞の情況は啄木以来なり行方不明の鬼こそが鬼
という 馬場あき子 さんの歌が紹介されている。

昨日の啄木祭で小森陽一さんが引用した啄木の評論「時代閉塞の情況」がここでも生きている。

啄木は歌人の中に深く根を下ろしているようだ。

啄木の時代と現代の類似性もある。

もっと啄木を勉強しなければならない。

最近亡くなった原爆歌人竹山広さんの歌の紹介もあります。

以下「情報と社会詠」を全文紹介します。



●情報と社会詠

吉川 『夏のうしろ』では、思い切って社会詠に挑戦していますよね。テロ事件をはじめ、いろんな事件の起こった時期という事情もありますが。いくつかのパターンの歌があるなかで、例えば、九・一一テロを詠んだ、

  靴下をはきたる救助犬あまた火災の熱のこもる地を嗅ぐ

こういう歌。細かいところをよく見ていたんだなあ、と思います。社会詠が今、情報詠になってしまうようなところがありますでしょう。結局、情報のどこを見るかということが問題になるような。この歌は、あれだけ流された映像のなかで、「靴下」をはいているところを見ている、というのが興味深かった。

栗木 でも私ね、社会詠では吉川さんの歌から、ものすごく勉強しているんですよ。ほんとほんと。例えばこの湾岸戦争の歌ね。

  「イラク軍の盲撃ち」と言いしキャスターが謝罪しており地形図を背に
               吉川宏志『青蝉』

これ、テレビを見て作った歌ですよね。

吉川 作歌の都合上、少し変えているところもあるんですが、軍事評論家の江畑謙介さんているでしょ?あの人が「盲撃ち」と言ったんですよ。そうしたら、キャスターがすぐに「すみません」って謝ったんですね。

栗木 この歌が歌っているのは、差別用語とそれに対するメディアの反応であって、戦争そのものを歌っているわけではないですよね。でもそういう視点って、意外に力を発揮するな、と思って。だって江畑さんが出ると、言っている内容よりヘアースタイルばっかり気にする(笑)なんていう事実は、隠しようもなくあるわけじゃないですか。

吉川 ただ自分でも怖いのは、それがパターン化する、常に映像のあら探しをするような目になる、そんな怖さを感じる時があって。

栗木 トリビアリズムに陥って、重箱の隅をつつくような発見で、満足してしまうんじゃないか。

吉川 そうです。それと湾岸戦争の時はこういうのが面白かったんだけど、この方法が有効だということがみんなにわかってきたのか、今はこの手の歌が多くなってきました。

栗木 方法というのはすぐに古びる。みんなが使って、色褪せるものだから。それでも、もう一つ吉川さんの『夜光』の歌。

  戦争を紙で教えていたりけり夜光の雲が山の背をゆく 吉川宏志『夜光』

太平洋戦争にしても南京の虐殺にしても、今戦争は紙で知る、知識で知るしかないわけです。「戦争を紙で教えていたりけり」というのはさりげない発見だけれども、真理でもあるわけですよね。ここまで高められたら、本当に力をもつと思います。吉川さんの「短歌研究」の作品連載のなかでも、

  あじさいの花かさかさに乾きおり戦争あればアンケート来る
             吉川宏志「短歌研究」2003/10

ほんとにそうだ、「戦争あればアンケート来る」と。またそれに何となく、いそいそと応じちゃったりするわけでしょ。危機感もなく。

吉川 「短歌往来」十二月号でも、自衛隊派遣についてのアンケートがありましたね。

栗木 日の丸、君が代のときも。

吉川 アンケートを読んでいても、何か違和感の残ることがあります。みんな真剣に答えているんだけれど何か違うな、という感じがあるんですよ。最近。

栗木 やっぱり人ごと。旅行はどこへ行きたいですか、というアンケートに答えるみたいな気分……。

吉川 アンケートという形式自体が、そういう軽さをはらむんですかね。

栗木 だからそこに発見があるんだけれども、人間が誰でも持っている醜いところ、どうしようもないところに届いている歌が本当の力をもつなあ、と思って。特に女の人の歌には、結構いいなと思う歌が多いです。

  時代閉塞の情況は啄木以来なり行方不明の鬼こそが鬼
 馬場あき子「かりん」2003/07

これ、上の句はつぶつぶと述べているんだけれど、「行方不明の鬼」というのはビン・ラディンのことでもあり、フセインのことでもあるんでしょう。単に断罪するとか、テロが悪い、アメリカが悪いとか言うんではなくて、隠れている鬼に対して何か不思議な連帯感があるでしょう?「鬼」というかたちで今の戦争なりテロなりを捉えたところに、馬場さんの深いまなざしがあるなあ、と思いました。それから、拉致問題の歌ですが、

  帰国せし人三越に服選ぶこの国はただ服の照る国
 米川千嘉子「短歌」2003/02

拉致被害者の方が帰っていらしたときには、どこか垢抜けない格好でしたよね。それがどんどんお洒落に、きれいになったじゃないですか。で、この日本という国はただ、洋服だけがデパートで照り輝いている国なんだ……という風に、米川さんは痛みをもって日本の繁栄を見つめているわけで、この捉え方は女性ならではのものです。

吉川 確かに言われてみると、ファッションが変わりましたよね。そうか、女性はそういうところを見るか……。

栗木 男性ではこの歌。

  勝利する軍のみがゐる戦場のはなばなしきをまたわれら見む
 竹山広「短歌往来」2003/03

テレビの映像は、倒れている軍隊や潰滅されたものは映さない。だから「勝利する軍のみがゐる」という見方。これはピンスポットで見ているんだけれども、点にとどまっていない普遍性があるな、というふうに思います。

吉川 今日のインタビューの前に、ベトナム戦争のころの歌を『昭和万葉集』で読み返してみたのですけど、あの当時のテレビにはかなり死体も映ってたみたいですね。けれども最近は、死体は映さなかったり、映ってもぼかしがかけられたりするでしょう?クリーンな戦争なんだとアメリカは主張しますが、マスメディアがさらにクリーンに見せている部分もあるのかなあ、と思ったんですね。

栗木 操作されている部分がありますよね。その裏側まで視線を届かせようと思いながら見ないと、こちらが操作されてしまう。だから詠まない、という人もいます。

吉川 イラク戦争で、一時期アメリカ軍が苦戦しているという情報が流れたじゃないですか。僕はアメリカ軍がいくら強くても、砂漠に入ったらやはり駄目なのかな、と思ったんですよ、その時。そうしたらすぐにバグダッドがあっさり陥落してしまって。後で聞いたところ、あの情報はアメリカ軍が相手を油断させるために、わざと流した情報らしい。本当かどうかわかりませんが。でも情報を疑っていけば騙されないんだ、と思っていた自分が完全に騙されてしまっていた。本当にあっさり騙されてしまうものなんだ……というのが、すごくショックだったんですよ。騙されない、ということはもうないんじゃないか、という気がして。

栗木 二重、三重に騙しがかかっているから……。広告戦争だとも、言われますよね。

吉川 僕らは、情報は鵜呑みにしちゃいけないよ、と教えられてきた世代なんですけど、あっさりそれも覆されてしまったというか。

栗木 大本営発表は、負けているのに勝っていると言った。今回は、有利なのに不利だと言って、油断させたんだ。

吉川 かなりのショックでした。太平洋戦争当時の人々を笑えないんだ、と身に染みて感じました。ただテレビを見て歌を作るのは良くない、という言い方は結構ありましたけど、それはどうなんでしょうね。

栗木 それは確かに悩みました。でも作り始めたんなら、見届けるまで何度も何度も作る責任があるな、というのは思ったんです。それをどう作ったらいいのかな、と考えた時に非常に参考になったのが、佐佐木幸綱さんの『瀧の時間』という歌集。この歌集の時期にちょうど、湾岸戦争はあるし、昭和天皇の崩御があった。ソ連のクーデターの一連もあって、それが一九九一年の八月なんですが、その時幸綱さんは、ちょうど家族で温泉に行っているんです。で湯上がりの浴衣の胸をはだけながらテレビを見ていたら、突然戦車が映って、ロシアの民衆が叫んでいる。

  湯上がりの浴衣にて見るテレビにて素早く向きを変え行く戦車
 佐佐木幸綱『瀧の時間』
  言葉とはつまりは場(ば)かも風中の戦車に登り口開く人

これ有名な歌ですが、無造作に並べてあって、世の中の動きとはこういうものなんだ、歴史というのはこうやって、日常から蛇行しながら出たり入ったりして進んでいくものなんだ、ということを率直に歌っておられる。とても参考になりました。

●社会を詠むとは

吉川 栗木さんのテロを歌った歌でも、

  鉈彫りの円空仏見ればくらぐらとビルに喰ひ込みし刃(やいば)思ほゆ

あのテロの情況を詠んだ歌としてはすごく鮮烈で、印象がはっきりしていていいな、と思いました。でも逆に、あのような悲劇をこう詠んでいいのか、というような批判も一方でありますよね。そのあたりは作っている時、どう考えていましたか。

栗木 この歌は理屈ではないんです。円空仏は飛騨にたくさんあって、好きなんですよ。木から鉈で彫っていく仏なんですけど。これ、もうほとんど直観です。見立てとしてはとても不遜かもわからない。イメージとしても、すっきりとまとめ過ぎているのかな。比喩が決まった!というかたちで悲劇的な社会詠を作ると、冷たいという印象を与えてしまうところはありますよね。

吉川 今回の歌集の社会詠については、やはり批判がありましたか。

栗木 「短歌往来」のインタビューでも触れましたが、復員兵の歌に対してとか。また批判ではないんですが、小高賢さんは、少し危うさがあるのではないか、という意味のコメントもくださいました。確かに、断片的な知識だけで作っているところはあるんですよね。メディアの仕事をしている立場の方なんかは、迂闊なことは表現できない、お茶の間のワイドショー的な聞きかじりの知識ではできない、という構えがあるから、それは本当にたいへんだろうな、とは思います。

吉川 この歌なんかは、どうでしょう。

  「旗を見せよShow the flag」声迫られて日本は影法師のみまた差し出すか
  後方支援どこまでが前か後ろかとみづからの尾を追ひつつ廻る

日本の対応はいつも腰が引けてるところがあって、どこか後ろめたさが残る、という感じがありました。この歌はそういう感覚をよくつかんでいる、と思います。『夏のうしろ』には、こうした自分の批評意識を前面に出す歌も多かったですね。

栗木 そこが多分、恐れ気もなく言い過ぎる、というか。よくわかっている人からすると、ある種の危うさなんでしょう。

吉川 岡井隆さんも、恐れ気もなく?、情熱的にテロの歌を作られましたけど。

栗木 岡井さんはさすがに重層的に作っていますよね。含みがあって。小池光さんもそう。うまいな、とは思いますけど、ああいう作り方は私はできない。むしろさっきの馬場さんの歌のような、よくわかんないけど隠れている鬼よ頑張りな、というようなストレートな感じ方に、シンパシーを覚えます。

吉川 斎藤茂吉の昭和十四年の歌に、

  豆もやし蒸せるがごとき感動よ欧州戦を背景とする 『寒雲』

という歌があって、ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃発したときの歌です。「豆もやしむせるが如き感動よ」はじつに奇抜な比喩なんですが、時代認識としては脳天気すぎるというか、疑問符がつく歌なんですね。これがきっかけになって、おびただしい数の人間が死んでいったわけだから。けれども今、歌の表現として読むと、なかなか面白い。海外の戦争に興奮している様子がリアルに伝わってくる。社会詠というのは、読者がいつ読むかによっても評価が変わってくるところがあるんじゃないか、と感じました。

栗木 そうですね。その点、五年後、十年後に読み返した時、新たな実感をもって読者に伝わるかどうかには、自信はないです。リアルタイムに詠み捨てた、という感じになってしまっているのかもわからない。

吉川 ただ茂吉でも、

  陣のなかにささやかに為(せ)る霊祭(たままつり)二本の麦酒(びいる)そなへ
ありたり 『寒雲』

とかニュース映画の細かいところを見て作っている歌があるんですが、今読むと当時の生活感情が見えてきて面白いんですよね。映像を見て作らない方がいいという意見もあるけど、作れば後になって残るものがあるのかな、という気もしたり。

栗木 その時の自分の気持ち、世の中の雰囲気をどこかに反映させながら映像を詠む、ということができれば。

吉川 当時は常識でも、今では忘れさられている、ということがありますから。

  三年(みとせ)以来「銃後」と言える日本語が時のま置かず脈うちきたる 『寒雲』

「銃後」というのはこの頃に作られた言葉なんでしょう、多分。当時は新しかった「銃後」という言葉が、戦況が厳しくなるうちにだんだん実感をもつようになってきた。

栗木 それは本当にそうですよね。これは、何戦争のときの歌?

吉川 日中戦争です。

栗木 それまでは戦勝気分が強くて、「銃後」という切実感がなかったんですか。

吉川 泥沼化していきましたからね。いつ終わるのかわからないし、だんだん周りの人も出征していって……という情況があったんでしょう。

栗木 事件が起こると、言葉って動きますから。新しく知る言葉も、たくさん出てきますよね。

吉川 炭疽菌とか。

栗木 つい飛びついちゃうんですよね、そういう言葉が出ると。

吉川 案外それが後になって残る、貴重な情報になる。

栗木 それを自分の内的必然みたいなところにうまくリンクしながら使えれば。

吉川 これもすっかり忘れてしまったけど、
  
  札幌をフォークランドにせぬようにざぶざぶざぶと税金そそがる

ワールドカップの時のイングランド・アルゼンチン戦ですよね。

栗木 フォークランド紛争を思い出させるような対決だとか言って、全国から警官が来てさんざん税金を使った。

吉川 こういうことって、すぐに忘れてしまいます。でも詠んでいれば、そういうこともあった、と。社会詠には忘れない装置、というか、そういう機能もあるのかもしれない。当時の実感が忘れずに残るような。社会詠の批評の軸が、正しいか正しくないか、上手いか下手か、ということばかりになっているところがありますが、それだけではないんじゃないか、とも思います。

栗木 島田修三さんだったかな、社会詠はどんどん詠んだらいい、という立場。良いものも悪いものもたくさん詠めばあるけれども、なかに必ず、時代の証言として残っていくものがあるはずだから、それがある限り読み続ける値打ちがある、とおっしゃっていて。

吉川 新聞記事をなぞったような、類型的な歌がどうしても大部分になりますね。もちろんそれも偽りのない感情なんでしょうけど。ただ、感情というのは単純ではないわけで、それ以外に確かに存在するもやもやとした思いを、どう言葉で残すか。『夏のうしろ』ではそのことを非常に意識されていると思いましたね。

栗木 オウムでも狂牛病でも、みんなは忘れているけれど私だけは年に一回詠む。もっと多くの歌人が、そういう自覚をもってもいいような気がします。

吉川 自分のテーマがあるべきなんでしょうね。たくさんは要らない。けれど何か一つ、自分だけの社会的なテーマはあった方がいいんでしょう。

栗木 小高賢さんは、オウムを自分の一つの関心事にしています。あれはエリートが突然はまっちゃったもの。恐らく小高さんの中に全く他人事ではない、或いは自分だったかもしれない、という危機感がどっかにあるんでしょうね。自分はずっと詠み続けていく、と表明していらっしゃいます。社会詠に限らずですが、そういう「自前のテーマ」をもつということは、大切なんじゃないでしょうか。
17/Oct.2009 [Sat] 20:18

ーーーーー

以上です。

社会詠作りに大変参考になる議論でした。

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