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2010年10月15日 (金)

チリの奇跡!サンチャゴに雨は降ってない

Photo

アジェンデ(wikiより)

昨日からのチリ鉱山救出劇は今日の午前中に33人全員が救出され終わった。
世紀の救出劇だった。
リーダーの果たす役割や、家族の愛情や、妻と愛人の問題や、和ます役割の大事さや数々のことが語られている。
これからも語られるだろう。
映画やドラマにもなるだろう。
語り継ぐ話となるだろう。

ところで政治的にはチリはアジェンデ政権で始めて議会で社会主義が出来た国だ。
またその政権がクーデターで覆された国だ。
『サンチャゴに雨が降る』という映画を思い出す。

反乱軍が迫っている危機を伝えるため、ラジオ局のアナウンサーが「雨が降っています!」と叫んだと言われるが、サンチャゴに今雨は降っていない。
ピノチェット政権の時代は失われた10年と言われているそうだ。
今回の救出された人も救出した人も心を寄せた人も新しい民主的な国作りに頑張って欲しいと思う。


社会的発言の多い藤原紀香さんはこの事故について、衛生状態の過酷さなどに触れ「あんな中では、本当に精神力が必要だと思います」と作業員を気遣っている。
 また、事故現場の側でずっと見守ってきた家族について「毎日毎日、地下のお父さんや夫や恋人に手紙を書いてやりとりしていたそうです。地下にいるみなさんには、どれほどの支えになったでしょうか。。。愛です」
と言っている。
http://www.norikanesque.com/jpn/index.html


田中和彦の小説
チリの奇跡!
http://blogs.yahoo.co.jp/tanakazu5232/33852403.html
から紹介します。


1970年、サルバドール・アジェンデ博士が民主選挙で大統領に選ばれ、チリは世界で初めて選挙による社会主義政権を樹立した国となった。
 
アジェンデ政権は国内の銅採掘会社を次々と国有化し、すべての国民を貧困から救うことを目指したが、チリの共産化を恐れたアメリカ政府はチリ国内の反アジェンデ派を支援し、さらにチリ経済に打撃を与えるため、アメリカ国内の銅を市場に大量放出し、銅価格の大暴落を引き起こした。
 
労働者たちのゼネスト、経済の混乱、左派と右派の対立と衝突でチリは内戦状態に陥る。そして1973年9月11日、ついにアウグスト・ピノチェト将軍の軍事クーデターに発展する。
 
映画『サンチャゴに雨が降る』は、このチリ・クーデターを描いたものである。沖合に冷たい海流が流れ、年中ほとんど雨の降らないサンティアゴに、反乱軍が迫っている危機を伝えるため、ラジオ局のアナウンサーが「雨が降っています!」と叫んだと言われる。
 
反乱軍に包囲されたアジェンデ大統領は、大統領官邸から最後のラジオ演説を行ない、燃え盛るモネダ宮殿の中で、65年の生涯を閉じた。
 
ピノチェト政権は国内の反体制派や知識層を徹底的に弾圧し、その後、17年にわたる軍事独裁を敷いた。チリの詩人ビクトル・ハラは、サンティアゴのスタジアムに連行され、他の囚われた人々を勇気づけようと歌を歌ったところ、「二度と歌えないように」兵士に虐殺された。
 
ある者は裸にされ、石油を浴びせられた。ある者は飛行機に乗せられ、特殊な薬剤を注射されて、空中から太平洋に突き落とされた。薬液の成分は不明だが、魚をおびき寄せ、遺体を魚に始末させる効果があったという。
 
同政権下で弾圧の犠牲になった者は、少なく見積もって3千人、実際はもっと多いという指摘もある。チリのバチェレ前大統領も、軍政下で拷問の被害に遭っている。
 
一方で、ピノチェト政権は国営企業の民営化や経済の自由化に成功し、「チリの奇跡」と呼ばれるほどの経済成長をもたらした。後年、イギリスのサッチャー首相は、チリのケースを参考にしたと言われる。
 
だが、貧富の格差は増大し、国民の4分の1が「まったく収入がない」という異常事態に陥った。軍政は1989年の国民投票で敗れ、翌年、チリは民政移管に成功した。
 
チリは南米で最も長く民主主義の伝統が続いた国であり、1980年代にラテンアメリカ諸国を襲った債務危機とハイパー・インフレの中で、リスケ(債務返済の繰り延べ)をしなかったのは、チリとコロンビアだけであった。
 
チリと日本の因縁は深い。昭和35年(1960年)5月23日の「チリ地震津波」は、日本の三陸沿岸に押し寄せ、 宮城県や 岩手県で多くの死者を出した。仙台の松島海岸には、この時の津波で出来たという奇岩「チリ島」がある。
 
近年は、チリ産のワインやサーモン、植物油などが日本の食卓にのぼる機会が増えてい
る。
 
今回の落盤事故での救出劇は、全世界を感動させた。だが、救出された作業員たちには、これから過酷な人生が待っている。
 
すでに事故の映画化のオファーも来ている。作業員たちの体験談や手記が飛ぶように売れるだろう。彼らをカネにしようとする連中が群がってくる。その過程で身を持ち崩したり、とんでもない災難に巻き込まれる人も出てくる。ラテン系の国は、金や女の誘惑
が多い。彼らの戦いは、今、始まったばかりだ。


最後に
wikiから
サルバトーレ・アジェンデの項を長々と引用します。
今回の問題の背景となっていると思います。

「共産主義国は暴力革命によってしか生まれない」と認識し、また共産主義の不当性の宣伝材料としてきたホワイトハウスにとって、選挙によって選ばれたアジェンデ政権は自説の正当性を揺るがす存在となった。リチャード・ヘルムズCIA 長官は、「おそらく10に1つのチャンスしかないが、チリを救わなければならない!……リスクはどうでもいい……1000万ドル使え、必要ならばもっと使 える……経済を苦しめさせろ……」と指示し、どんな手を使ってもアジェンデ政権を打倒する姿勢を見せた。合衆国などの西側諸国は経済封鎖を発動、もともと反共的である富裕層(多くは会社・店などを経営している)は自主的にストライキを開始した。さらにCIAは物流の要である1972年9月にはトラック協会に多額の資金を援助しストライキをさせた外、政府関係者を買収してスパイに仕立て上げた。
加えて、アジェンデ政権の経済的失政も苦境に拍車を掛けた。当初アジェンデ政権のペドロ・ブスコビッチ経済相の経済政策は政府支出の拡大、国民の所得引上げによって有効需要を生み出すことにあり、そのための手段としての賃金上昇政策と農地改革が採用された。農地改革は驚異的なペースで進み、フレイ政権が6年間で収用したのと同等の農地面積が就任してから1年で収用された[3]。さらに、それまでチリの銅産業を支配しており、チリの税制から、チリにとって極めて不利な資本流出を起こしていたアメリカ合衆国系のアナコンダ・カッパー・マイニング・カンパニーとケネコット・カッパー・カンパニーなどの外資系の鉱山会社が国有化され、コデルコに統合され、チリの銅山は「ポンチョを着て、拍車をつけ」チリの下に戻った[4]。 コデルコはその後のピノチェト時代にも新自由主義政策にもかかわらず、民営化を逃れチリの巨大な歳入源として存続した。しかし、チリ経済の実力に見合わな い支出拡大により外貨準備は1971年末に3000ドルにまで減少するなど急速に底を着き、加えて合衆国による銅価格の操作や援助の削減、国際金融機関に よるチリへの貸付停止措置はチリ経済に深刻な影響を与えた[5]。このような状況が複合的に進行した結果、民間投資は激減し、更なる資本流出が進む悪循環が生じた。
こうした混乱により、1971年末から野党は連合して人民連合政府を批判するようになり、さらに1972年6月には人民連合内部での路線対立が尖鋭 化した。アジェンデはキリスト教民主党との妥協工作を図り、社会主義的な経済政策を追求するブスコビッチ経済相を更迭し、経済回復を重視する方針を打ち出 した。しかし、経済の衰退に歯止めはかからず、チリ国内では悪性のインフレが進行し、物資が困窮し、社会は混乱した。同年9月にトラック業界のストライキ が始まったが、このストは10月に入ると全国的な規模に拡大し、一ヶ月以上続くことになった。この「資本家スト」に対抗し、内戦の危機に備えてアジェンデ は軍から立憲派の陸軍司令官カルロス・プラッツ将軍を入閣させ、11月にストを終わらせた。
しかし、経済の衰退に歯止めがかからないことには変わらず、極右と極左の衝突、混乱は激しさを増すことになった。
クーデター [編集]
詳細は「チリ・クーデター」を参照


アジェンデの眼鏡
これらの混乱はしかし、アジェンデ政権の誘導もあって、その真偽を問わずチリ国民の多くを占める労働者からは、反対派による陰謀と認知された。『敵の攻撃』は結果として労働者の団結を促進し、1973年の総選挙で、人民連合は大統領選より更に得票率を伸ばした。こうした状況に失望した反アジェンデ勢力は、ホワイトハウスの支援と黙認の下で、武力による国家転覆を狙うようになった。
チリ全土でストやデモが勃発する中、6月には軍と反アジェンデ勢力が首都のサンティアゴの大統領官邸を襲撃するが、プラッツ将軍の軍への統制による努力により、このクーデター未遂事件は失敗した。アジェンデはこの事件への報復に労働者への工場占拠を呼び掛け、500以上の工場が政府の直接統制に置かれ[6]、 労働者と軍の間で内戦の危機が迫った。このような左右対立の図式の中で、野党内部では秩序回復のための軍の政治介入を求める運動が広がり、次第にチリ軍内 部でのクーデター派のコンセンサスが確立すると、アジェンデにとって最大の軍内の同盟者だった陸軍司令官プラッツ将軍は孤立し、8月22日に辞職した。陸 軍の後任司令官にはアウグスト・ピノチェト将軍が就任した。
万策尽き、行政力も権威も失ったアジェンデは国民投票に訴えようとしたが、投票が実施される直前の9月11日に、アウグスト・ピノチェト将軍が陸海空軍とカラビネーロスを率いて再度大統領官邸を襲撃した(チリ・クーデター)。アジェンデはクーデター軍と大統領警備隊の間で砲弾が飛び交う中、最後のラジオ演説を行なった後、クーデター軍に殺害された(自殺という説もある)。ラテンアメリカで「9・11」というと、2001年のアメリカ同時多発テロ事件ではなく、1973年のチリ・クーデターを指す事も多い。先述のプラッツ将軍はクーデター直後の9月15日には、妻とアルゼンチンに亡命するが、翌年ブエノスアイレスで車爆弾で妻とともに暗殺された。
死後 [編集]
チリ・クーデターの結果、クーデターの首謀者であったピノチェトが大統領に就任し、チリはピノチェトによる軍事独裁下に置かれることになった。その後16年の長きに亘る軍事政権下で、数千人(数万人という説もある)の反体制派の市民が投獄・処刑された。又、ピノチェトは、ミルトン・フリードマンを代表格とするアメリカのシカゴ学派の経済学者を登用し、後に新自由主義と 呼ばれる市場原理主義政策を実行した。その結果、一時は「チリの奇跡」と呼ばれる程に経済は回復したかに見えた。しかし、結果的には一部の富裕階級が利益 を得ただけで、アジェンデ時代以上に大きな社会格差と貧困をチリ社会にもたらした。チリ国内における左派の間では、ピノチェト時代の16年間が「失われた10年」と目されている。
この間、ピノチェト将軍の後見人であったホワイトハウスは、1989年にベルリンの壁が崩壊して冷戦が終わった事で、「南アメリカの共産化による自国への脅威」が消えた直後の1990年3月まで、ピノチェトの軍政による酷い人権侵害を見て見ぬ振りをし続けた。

以上です。


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