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@iMatchanさんの「坂の上の雲」「子規逝く」を見てのtwitterの9つのコメントを紹介します。

歌人/俳人/文章家にとってなかなかの金言だと思います。

・絶筆三句は辞世の句ではないのか?
・毎日 辞世の創作をしていたのでは。
・意識的に「士の死の儀式」の演出しているようにも見える。

・「俳句の復興革新」に続き 「短歌の革新」を成就し、さらに「文章の革新」をも思い立ち、言文一致の写生文を普及させる活動をした。

・「真実を自然のままに叙写するのでなければ、到底 永遠の生命ある文章を得べからざる」

・「文章には山(クライマックス)が要る」

・漱石は子規に習った俳句のエッセンスを取り込んで「吾輩は猫である」を完成させた。その 中篇自序 で漱石は子規を追悼している。

・『 子規がいきて居たら「猫」を読んで何と云うか知らぬ。・・「墨汁一滴」のうちで暗に余を激励した故人に対しては、此作を地下に寄するのが或は恰好かも知れ ぬ。・・故人の意に酬いたと云うから、余も亦「猫」を碣頭に献じて、往日の気の毒を五年後の今日に晴そうと思う』 (漱石)

以下全文です。

@iMatchanさんの「坂の上の雲」「子規逝く」を見ての9つのコメント

RT @iMatchan: 「子規逝く」。再放送で「坂の上の雲」を見る。病床六尺内の 香川照之の演技が迫真迫る。子規になり切っての神がかり的な演技、横顔まで子規にそっくりだ。17キロも減量して最後のシーンに臨んだ香川、リアリティ溢れる渾身の演技だった。演技力を評価されて橋田賞を受賞。見ごたえがあった。

RT @iMatchan: 「子規逝く」(2)。子規は凄い。迫る死の限界の中で、闘病と渾然一体の創作活動。ユーモアで病気を笑い飛ばす、まるで病気を楽しんでいるような達観。子規の精神力と気迫、無邪気さと明るさ、アイロニーと諧謔、リアリズムと楽観、解脱と諦観、などを直感した。印象はストロングな子規に尽きる。

RT @iMatchan: 「子規逝く」(3)。一枚の紙に書かれた絶筆三句、どう解し どう感じる 戸惑う。死を客観視した悟りの境地、自虐的なユーモアの中に哀愁が漂う。絶筆三句は辞世の句ではないのか? 毎日 死を悟り、毎日 辞世の創作をしていたのでは。意識的に「士の死の儀式」の演出しているようにも見える。

RT @iMatchan: 「子規逝く」(4)。絶筆三句は「へちま三句」だ。「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」「痰一斗糸瓜の水も間に合はず」「をととひのへちまの水も取らざりき」 何故 ヘチマ三句なのだろうか? 庭の竹柵に下がるヘチマを床に伏して眺め、詠い、写生した子規。「長けれど何の糸瓜とさがりけり」(漱石)

RT @hagokoro: 『子規と律』闘病生活7年の歴史。昨日TVで、リアルな資料を元に“正岡律”という人物についての番組。病と闘いながらも素晴らしき俳句を遺した子規 ―――その傍らには常に妹の力強い支えが…!兄に少しでも楽しんで貰う為に庭の造りまで変化させ、それが句の重要な材料に☆律の愛情は無限である…☆

RT @iMatchan: 「子規逝く」(5)。子規には「九月十四日の朝」という死の直前の身辺雑記がある。子規の心を慰めた草花、鶏頭、女郎花、秋海棠、それに糸瓜、眺めること に安らぎを感じる。「病気になって以来 今朝ほど安らかな頭を持って静かにこの庭を眺めたことがない」と言う。「鶏頭の十四五本もありぬべし」

RT @iMatchan: 「子規逝く」(6)。手段としての俳句。子規には俳句という自己表現のスベがあった、それが病気と闘う救いだったようにも思える。草花を題材として自分の 心を詠み、さらに詠んだ俳句から自分を客観視して眺める。気持ちが鎮まるのであろう。俳句による自己顕示も一つのストレス解消法になりそうだ。

RT @iMatchan: 「子規逝く」(7) 「俳句の復興革新」に続き 「短歌の革新」を成就し、さらに「文章の革新」をも思い立ち、言文一致の写生文を普及させる活動をした。「真実を自然のままに叙写するのでなければ、到底 永遠の生命ある文章を得べからざる」、「文章には山(クライマックス)が要る」 と。

RT @iMatchan: 「子規逝く」(8) 子規の文章活動は「墨汁一滴」「病牀六尺」「仰臥漫録」の随筆に結実している。なお、子規は人間的にも文学的にも漱石に影響を与え、漱石は子規に習った俳句のエッセンスを取り込んで「吾輩は猫である」を完成させた。その 中篇自序 で漱石は子規を追悼している。

RT @iMatchan: 「子規逝く」(9)。『 子規がいきて居たら「猫」を読んで何と云うか知らぬ。・・「墨汁一滴」のうちで暗に余を激励した故人に対しては、此作を地下に寄するのが或は恰好かも知れ ぬ。・・故人の意に酬いたと云うから、余も亦「猫」を碣頭に献じて、往日の気の毒を五年後の今日に晴そうと思う』 


今日はここまでです。

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