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父が亡くなった

父がなくなった。
父の死顔は大変穏やかでした。
文字通り眠るような最後でした。父は実直という言葉が相応しい国鉄マンでした。私には国鉄のパスを使って一緒に旅行した思い出がいくつかありますきが、お客さんのいない時に深く頭を下げてお願いしますと言って改札を入るように何度か言われた事を覚えています。
父は大分機関区で蒸気機関車の整備をしていました。事故があると夜中でも飛んで行っていました。仕事に対する責任感というものを教えてくれました。私の息子におじいちゃんは機関車のお医者さんだと言って鉄道博物館等に連れて行ってくれました。息子は電車の名前が全部言えるようになるほど影響を受けました。息子は今車に嵌ってますが何かに打ち込む性格はおじいちゃん譲りだと思います。

思い起こせば母と一緒に出来たばかりのグループホームに入居させて頂いて以来今日までグループホームの皆さんには大変お世話になりました。
おかげ様で穏かないい最後を迎えられたと思います。父は模範的入居者だったようです。10月に祝う予定だった米寿を迎えられなかった事が残念ではありますが他の兄妹よりも断然長生きを出来た父は大往生だったと思います。


百合咲きて死に顔穏やかなりしかな
花の里咲き盛るとき父は逝く

天道虫父逝きし日にころり 

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コメント

JUNSKYさん

有難うございます。
大分、五島を経て福岡の数時間を妻と過ごしています。

お悔み申し上げます。

ご長寿で大往生されたのでしょう。

SLの整備をしておられたんですか?

ご冥福をお祈り申し上げます。

青い鳥さん

有難うございます。しずかないい最期でした。

ご愁傷様です。 心から、お父様のご冥福をお祈りします。

パリ郊外にお住みのイル・サンジェルマンの散歩道のjeanvaljeanさんですね。

コメント有難うございます。
大往生だったので父も満足している事でしょう。

ご心中、察します。歳をいって肉親を失うのは辛いことです。お父様のご冥福をお祈りいたします。

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