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この所京大小出助教のたねまきジャーナルでの話を見てなかった。
あぶないあぶない、いつのまにか政府の原発安全宣伝に毒される自分がいた。
小出さんのような人たちがもしいなければ原発はいつかゾンビのように息を吹き替えしているだろう。

せめて小出さんの話しを伝える人でありたい。

17日の小出さんの話です。
小出さんが何故自分がこうなったのかの説明をしています。


 そして、小出先生のお話、その反骨人生に迫ると言うと、断ると言われました(笑)。終戦の4年後上野に生まれ、中学・高校(一貫校)で皆勤であり、60年代、東京オリンピックがあり、広島・長崎の展示を見て、原爆は悲惨と思い、これを平和的に利用したらいいと、マスコミがそう思っていた時代であったのです。

68年に東北大学に入り原子力を学び、3年の時、70年10月、原子力をやりたくて仙台にいて、東北電力が原発計画を発表し、それをこの時は良かったと思ったのです。が、建てるのが仙台ではなく、女川であり、小さな漁港に立てて、仙台に長い送電線を引く計画であり、女川の人がなぜ仙台に建てないのかと言い、その時答えはなく、なぜかと思い、答を探したら、大学では原発はいいものとしか教えてくれないので、大学と離れて勉強し、アメリカで原子力の問題点が発信され始めた頃で、結果、答は、原発は都会では引き受けられない危険を持っているものと知ったのです。学校で教えられたのではなく、自分で知ったものであり、残念で、夢が打ち砕かれたもので、悔しい、複雑な思いで、落とし前を付けたくて、原子力を止めさせたいと思い始めたのです。

大学闘争の時代であり、学問の意味、社会的な責任を考えていた(学生、教員)、学問に問題があり、小出さんに共感する人も出たのです。教授たちと議論して、授業をやらせないようにした、ある教員は、福島原発で絶対安全と発言して、この教授と論議し、小出さんの同学年の人は、全員がこの教授の講義をボイコットし、小出さんの論議に相手は勝てなかったのです。

しかし、大学の研究者は、原発は安全とは思っていなかったのです。学問は細分化され、自分のやるところは分かるが、領域外は分からない、原発の全体像を教員が理解しておらず、原子力を進めるのは、そんなことを言っても家族が、生活があり、国のやることに反対して大学を去れないという教員がいたのです。そこまで言ってくれた人は正直で、何も言わない人もいたのです。

そして、親の期待を背負って大学に来た人もいる、自分の説を曲げて企業に行った人もいるのです。原子力ではなく、土木に行った人もいる、自分の人生を、言い訳を作りながらいたくないと、土木に行って、とび職の親方にまで行った人もいました(今でも女川反対の中心にいる)。小出さん、自分はそうしない、原子力の場にいて、反対する人もいるとして、残ったのです。

小出さんの親は放任であり、自分がこうしたいと決めたら、そうしていたので、親は信頼してくれたのです。生き方が損だと思ったことはないのです。給料は教授より低いのですが、37年助手、最下位にいて、他の大学の人があり得ないと言うのですが、原子力の研究をするなら賛成しないと研究費は来ない、研究費が来ないならそれなりの研究をしたらいい、困ったことはないと言うのです。説を曲げて原子力に反対する思いはなかったのです。

平野さん、組織内の発言力、助教では思う通りにならないのではと聞かれて、京大原子炉実験所は大学であり、基礎学問をやる、ある人は物理、ある人は化学、原子力推進の機関ではない、それを原子力反対のために動かしたいと思ったことはなかったのです。その代り、自分のやることに口出しするなと言える、学問的な嘘を言わない限り、自由にできる恵まれた立場なのです。教授になり、実験所をどうしたいと思ったことはないのです。

リスナーより、小出先生、苦行僧と言うと、誤解である、楽しんでいる、小出先生が迫害されていると思われているかも知れないが、お金で苦労したことはないと言うのです。小出先生、エレベーターを使わないのです。しかし、ホテルでは階段がないのです、不便です(笑)。

伊方の裁判で、敵が圧倒的に有利であり、負けの続く人生(連戦連敗)、悲しい、負けている間は良かったが、いつか事故が起こるからと思い、事故が起こったので、言い争っていた時は良かったが、事実として負けてしまい、言葉に尽くせず無念なのです。

平野さん、若い人が原子力に進む人がいなくなることを懸念していることについて、小出先生に学びたい人はいるかは、原子力は全廃すべきと言っており、しかし、核廃棄物の処理が広島原爆120万個分ある、子孫に負担を100万年かける、何とか、これを後世の重荷にしない学問があるべきと思っているのです。そういう学生に来てほしいものの、小出先生が原子力の夢に思っていた時と、ごみを残して負の毒物しかない時と、このために来てくれる学生がいるか、難しい、しかし、その責任を取りたいと言う学生も来てくれているのです。

 私は、化学に夢を抱き研究生活を進めたものの、その後病魔に襲われて夢砕かれて、今も病気と闘っている毎日です。その中で、小出先生の研究生活に、改めて敬意を表したいです。小出先生、本日は本当にありがとうございました。

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