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短歌の友人に誘われて昨日新松戸九条の会 DVD上映会に参加した。

特攻に散ったある学徒兵 上原良司の物語だ。
彼が出撃の前の日に書いた「所感」いう文章は戦没学徒の遺稿集「聞けわだつみの声」の冒頭に掲載されている。

私も読んだのはかなり昔ですが「明日は自由主義者が一人この世から去っていきます。」という印象深いフレーズは記憶しています。

DVDの上映の後に松戸在住の妹さんの上原トシエさんのこんな挨拶がありました。

女学校3年の時に兄は亡くなったし兄たちは大学へ行っていたのでよく覚えてない。

8月15日の敗戦の日のひまわりと青空をよく覚えている。

「ああ祖国よ恋人よ」という本を良司の後輩の中島さんという人出したがその本を読んだ長野放送の慶応の後輩の人がこのDVDを作った。

良司は大正11年生まれ。(我が父より一年年上)

12年前に作られたビデオだが語ってくれた人は皆亡くなった。
「靖国神社に行かないからね」と冗談めいて私にだけ言った。
多分何も分からない妹だったからだろう。
「所感」は軍隊の報道の係の高木トシロウさんというひとが他の人が酒を飲んでいるのに一人で過ごしているいる良司に書かせたものを持ち帰ってくれたもの。
途中でインクがなくなって鉛筆で書いている。
誤字もなくよくこれだけのものを書いたと思う。

兄三人が戦死したので来てくれる人がいたので上原性を継いだ。

靖国神社で頭を下げた事はない。
そこに入れると死んで行った人の事を思うとそれはできない。
私は靖国神社は要りません。

兄は軍隊に入ってからの経験で考え方が変わっていっていると思う。
下の兄は潜水艦の軍医でただ一度の出撃で18年に死んだ。
良司は20年の5月に亡くなった。
(兄弟のいなくなったものは特攻免除になったが当時上の兄はまだ生きていた。)
終戦の年に上の兄が亡くなった。

良司辞世の句

春雨や
思ひすてたる
身もぬるる

五十八振武隊 上原少尉

以下が「所感」の全文です。

Ueharaisho1

アメリカの国務省を定年退職された元外交官ののヒュー・ヤングさんはこう書いています。

たった一人だけ「日本が負ける」と言った人がいました。上原大尉でした。特攻の母として慕われた鳥浜とめさんの談話の一片である。

 特攻隊員、上原良司氏は、出撃前夜に「所感」を綴った。この偽りのない文章の中に、ファシズム、全体主義を否定し、自由主義の普遍性が明確に描かれている。

「自由の勝利は明白な事実だと思います」との上原良司氏の自由主義者としてのメッセージは、戦後61年を経た現在にも耳を研ぎ澄ます価値があると思われる。とりわけ、テロ戦争、アフガン戦争、イラク戦争といった新しいタイプの戦争に悩むアメリカへの一抹のメッセージになると思われてならない。

 さらに、自由の普遍性がファシズムや全体主義に打ち勝ったように、上原氏の所感の中から読み取れる人間の本性たる自由思想は、イラクで起こっている宗教間の闘争への妙薬になると考えられる。

 特攻隊の行為を美化するのではなく、純粋に敵国でありながらアメリカの自由を信奉した特攻隊員が存在したという事実を伝えたく思う。そして、願わくば戦争や紛争の不調和を正し、自由思想を通じた和解や調和の一助となることを願いたい。

参考
萬晩報
アメリカへのメッセージ 自由主義者上原良司
2007年01月09日(火)
Nakano Associates シンクタンカー 中野 有

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