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東京の子規

「東京の子規」(歩く人・正岡子規)(井上明久著・創風社)を読んだ。
子規は病床の人というイメージが強いがこの本を読んで子規が東京をよく歩いていることが分かった。東京に出て来てからの子規なので各地に旅行した事も書かれている。
幸いにマラソンに出る程足腰の丈夫な私はその足跡を辿って見たいと思いました。

五つほど付箋を付けた興味深い所を拾ってみます。

1.子規が小説家で名をなしていたら

同い年の幸田露伴の「風流仏」に影響を受けて書いた「月の都」という小説はこんな書出しで始まっているという。

「三十一文字の徳は神明に通じ十七文字の感応は鬼神を驚かすというめるを花に寄せ鳥に寄せては詠み出ずる歌に恋の誠をあらわし月に比(たぐ)えて雪に比えては口すさむ句に世になき美人の面影を忍ぶことここに何年、、、その名を高木直人と云う。」
作者は「先ずは最初に主人公のプロフィールをサッと一刷毛で紹介するのは、小説の常道の一つ」として紹介しているのだが、私は短歌と俳句を作る者として「三十一文字の徳は神明に通じ十七文字の感応は鬼神を驚かす」という部分に反応した。
そののち名をなしす歌人であり俳人である子規の面目躍如である。
結局師と仰いだ幸田露伴にこの小説は評価されず子規は短詩系文学に進むことになる。
もし露伴がこの「月の都」を絶賛していたら短歌や俳句の歴史は変わっていたかもしれない。

2.子規と虚子の俳句の違い

二十七歳(明治の年号と一緒なので明治二十七年)の子規と二十歳の虚子は千住、草加、西新井と歩いている。
草加あたりでこんな句を詠んでいる。

梅を見て 野を見て行きぬ 草加迄 子規

順礼や 草加あたりを 帰る雁 虚子

井上さんの二人の句の比較の解釈はこうだ。

「直情でズバリ切りとる子規の写生に対して、虚子は風景から一編の物語を詠み出そうとする。」

西新井への道では
こんな句を詠んでいる。

一村の 梅咲きこぞる 二月かな 子規

茨焼けて 蛇寒き 二月かな 虚子

確かに特徴の対比がある。

西新井太師では名前の紹介の必要はないだろうとしてこんな句をあげている。

日陰濃く 梅の野茶屋の 夜寒かな

乞食の 梅にわずらふ 夜寒かな

二人はそのあと王子から上野を通って根岸の自宅へと帰っている。

3.食意地について

松山の漱石が愚陀仏庵と読んだ住居の一階に子規は五十日間居候している。
その時に子規は昼になると鰻の蒲焼きを注文して「ぴちゃぴちゃ」と音をさせて喰って勘定は漱石に持たせて東京に帰ったという。
子規は相当な大食漢だったようだ。
もっとも学生時代は子規が漱石に奢っていたようだが。

4.子規は漱石だった

明治二十三年(子規二十三歳)に書かれた「筆任勢」にある「雅号」という文章にこんな記述がある。

「予は雅号をつける事を好みてみずから沢山選みし中に「走兎」「風簾」「漱石」などのあるだけ記憶しいれど其他は忘れたり走兎とは余兎の歳の生れ故 それにちなみてつけて漱石とは高慢なるよりつけたるものか」とあり上欄の余白に自注として、「漱石は今友人の仮名と変セリ」と子規は書き加えている。

という事は漱石という名前は子規が漱石にプレゼントした事になる。
もし子規が「漱石」を選んでいたら正岡漱石となっていたわけで夏目漱石はなかった。
その時は夏目何だったろうか?
案外夏目子規だったかもしれないなどと勝手に想像している。

5.旅の旅の旅
明治二十五年(子規二十五歳)に子規は十日ほど大磯に滞在した後、国府津、箱根、湯本、三島、修善寺、韮山、仁田、熱海など二週間の旅をしている。
その旅の記録は「旅の旅の旅」と題されて「日本」に連載された。
旅先の大磯から又別の旅に出たので「旅の旅の旅」と題したらしい。
文中の最初の句がこれだ。

旅の旅 その又旅の 秋の風

旅先からの旅ならなぜ「旅の旅」ではないのか?

文中にこう書いている。

「身は今旅の旅にありながら風雲の念いなお已みがたく」
つまり子規はお大磯が「旅の旅」であったのでそれから先は「旅の旅の旅」という事になる。
つまり松山を出てからの十年が既に旅だというのである。
大分生まれの私には同じような思いがある。
私にも東京に出て来ることが既に旅だった。

子規には人生を旅と見た西行や芭蕉に通じるものがある。
子規が「老いの旅」が出来なかった所を除けば、、、


正月に今年は子規を読むと書いたのでその実践の第一弾として読みました。

ドナルド・キーンの「正岡子規」を昨日買ったのでこれから読んで第二弾として又感想文を書きます。


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