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外人にわかるものか日本文学の普遍性

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エドワード・G・サイデンステッカー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/12/08 02:38 UTC 版)

家の掃除をしていたら何十年か前の新日本歌人協会の関東近県集会で自分が書いたメモが出てきた。
講演はサイデンステッカー教授の講演でタイトルは「外人にわかるものか日本文学の普遍性」

まずこのタイトルは誰が付けたのか知らないがなかなかキャッチーだ。
外人が喋るタイトルとしては意外性があった記憶がある。
この集会の開催時期も今は不明だが「12年前の川端康成ノーベル賞受賞」とあるので1968年の受賞後12年の1980年だと思われる。
メモを手掛かりに多少意味の不明なところもあるがメモに比較的忠実に書き起こしてみよう。


ーーー

①日本文学のみの特殊性はない。
②外人に日本文学が解らないとすれば外国文学は日本人に解らない。
12年前の川端康成ノーベル賞受賞にはディフェンシブなものがあった。
第三世界には先進国に解って貰いたくない傾向がある。
スウエーデン芸術院には観光趣味がある。
川端の「古都」は英米で全然評価されておらず翻訳もされていない。

言語の暗示的な使い方が文学的であり実用的な言葉とは違う。
古今集などの掛詞の全体の意味を言おうとすると説明になる。
それは翻訳ではない。

日本文学の普遍性が外人にわかるか?
→解るという言葉が解らない。
楽しめるか?ということなら楽しめると思う。

アンドレ・ジードはフランス文学にないものを求めていた。
日本人の米文学の読み方は米らしいものを求める。
私は米文学よりも英文学が好き
東京の本屋でヘンリー・ジェームスは見つからぬ。
ローレンス・グリーン(英)、スタインベック、ポーは米人に言わせれば二流。

源氏物語やシェークスピアはづっと読まれているが西鶴は読まれない時代がある。

ドライザーは悪文家。
マーク・トウエインは方言で書かれているので翻訳不能。

夏目漱石は理知的、能率的で谷崎潤一郎は感覚的、本能的だが文章は似ているが川端文学は難しい。

短詩系文学は翻訳が難しい。
日本人は夏目漱石、志賀直哉、森鴎外を高く評価するが外人は夏目漱石、谷崎潤一郎、川端康成を高く評価する。

小説と文章は密接な関係ではないが詩歌は違う。
紫式部もドストエフスキーも悪文家。
志賀直哉は見るべきは文章のみで中身がない。
「雨夜の品定め」の文章は面白くない。

上手に書けるなら上手に読める。
翻訳は自分の言葉で書くべきだ。

日本文学には普遍性がある。

ーーー

この集会で代表(の一人)だった赤木健介は新日本歌人協会は現在600人だが夏までに700人に、数年中に1000人にすると報告しているが現在1000人の大台を守るために努力をしている我々には励ましの言葉となるものだ。
このメモには高橋大造の「時代と短歌」という講演メモがあるがここでは省略する。
今から思えばテープで残しておけば良かったと思う。
今後、音声や映像で残しておくことの大事さを思います。
以上ですー

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wikiよりの経歴
コロラド州の農家に生まれる。父方はドイツ系プロテスタント、母方はアイルランド系カトリックの出自。コロラド大学経済学部に進んだが、中途で英文学専攻に変更。海軍日本語学校で日本語を学んだ後、第二次世界大戦に従軍し、海兵隊員として日本に進駐。帰米後、コロンビア大学で公法及び行政学の修士号を取得。1947年に国務省外交局へ入り、イェール大学とハーヴァード大学に出向して日本語の訓練を重ねる。当時まだ日本にアメリカ大使館が存在しなかったため、連合軍最高司令長官付外交部局の一員として滞日。その傍ら、東京大学に籍を置いて吉田精一のもとで日本文学を勉強した。その時の友人が直木賞作家の高橋治。日本語に熟達して評論活動を行ったが、1962年からスタンフォード大学に奉職、のちコロンビア大学教授として日本文学を講じ、アンソニー・チェンバースのような後進を育てた。また谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫ら日本の文学作品を英訳し、アーサー・ウェイリーに続く二度目の『源氏物語』の英語完訳も行った。

『雪国』の英訳では、川端康成のノーベル文学賞受賞に貢献した。 実際、川端康成自身、「ノーベル賞の半分は、サイデンステッカー教授のものだ」と言い、賞金も半分渡している。 また、日本文学の研究者であるドナルド・キーンとも親交が深く、東大在学中は彼を家に宿泊させており、コロンビア大学で、春学期はキーンが、秋学期はサイデンステッカーが教鞭を取っていたとされる。

1971年、『山の音』の翻訳で第22回全米図書賞翻訳部門受賞。1975年、勲三等旭日中綬章受章。

2006年、日本への永住を決意して東京の湯島を生活の拠点とする。だが、翌2007年4月26日、不忍池を散歩中に転倒して頭部を強打、そのまま意識を失って入院し、4カ月間の療養の甲斐もなく8月26日に死去した。


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