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大学のOBの勉強会を三ヶ月に一度行なっている。各自が喋りたい事を順番に報告している。
昨日は私の当番だったので短歌と俳句と川柳について喋りました。
一部手を入れて紹介します。


短歌と俳句と川柳について

①2014・6・8記事数調査
短歌 俳句 川柳 詩 小説というキーワードでネット上で検索を行いその記事数を比較してみた。

ネット上の検索結果は検索会社によって大きな違いはなく傾向は同じであり短歌<俳句<川柳<詩<小説の順番である。
GOOGLEよりもBINGで短歌と俳句の差が開いたのはBINGの方が日本の記事を多く拾っているということだろうか?
英語では Senryu< Tanka<Haikuの順番である。
Senryuの知名度がTanka、Haikuに比べて大きく低いのはhaikuに包摂されているからであろうか?
 
検索結果です。

BING 
短歌1,860,000 件
俳句5,810,000 件
川柳5,980,000 件
詩 18,100,000 件
小説36,900,000 件
GOOGLE
短歌 2,070,000件
俳句 3,050,000件
川柳 3,650,000件
詩  27,300,000件
小説 56,600,000件

YAHOO(GOOGLEを使用)
短歌 2,080,000件
俳句 3,850,000件
川柳 3,650,000件
詩  27,300,000件
小説 56,600,000件
Tanka   2,560,000
Haiku   6,490,000
Senryu   644,000
Poem  34,700,000
Novel 118,000,000

②次に20世紀に書いた文章です。

短歌と俳句の違いについての諸家の言葉

炎第8号に書いた「俳句+14音は短歌か?」について問題意識を持ち続けていますがまだ結論に至りません、先輩方のお知恵も拝借して短歌と俳句の違いについての諸家の言葉をいくつかの項目にまとめてみました。

表題の最初が短歌で次が俳句です。


無季と有季

「俳句は短い上に季語の負担があって窮屈であるが色々工夫して短縮造語を使って独特の表現をする。」(水原秋桜子「俳句の作り方」)

「俳句は普通、季語を含む。季語とは四季に関わることばである。それは「自然」を表すものが、ほとんどである。と、考えてみると、虚子のこのことば(花鳥諷詠)は普遍性を持っている。俳句の本質を示したことばであることが知られる。季語を含む事を必ずしも強制しない短歌に比べると、俳句はより多く、「自然」を素材としていると言ってよいだろう。」(小澤實「短歌・俳句同時入門」(以下「入門」)


流れと衝撃

夏氷鋸荒くひきにけり 川端茅舎

自転車のうへの氷を忽ちに鋸もちて挽きはじめたり 斎藤茂吉

誓子は「夏氷」と提示しその氷に「鋸荒くひきにけり」といどみかかった。「物と事とのぶつかりあいだ」「俳句が衝撃であるからだ」と結ぶ。

誓子はこれを「自転車のうへの氷を忽ちに鋸もちて」と一筋に流れる。その勢いに乗りつつ「挽きはじめたり」と読み続けばいつまでも挽き続けている様に思われる。短歌が流れであるからだ」と結ぶ。(俳句鑑賞入門「山口誓子」から)


主情と客観

短歌では感情の流れを表現できるが、俳句では、形式の短さゆえに、感情の流れを表現しにくいのだ。俳句で自分の感情を表現する場合、その思いを極力一点に絞り、凝縮し、切り詰めて、暗示的に言語化することが必要なのである。(中岡毅雄「入門」)

秋立つや川瀬にまじる風の音 飯田蛇忽

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行(古今集)


俳句は物の把握がきわめて定かである。「川瀬にまじる風の音」は明瞭に客観の輪郭を呈している。


短歌はリズムを主としており「風の音」はどこかおぼろげに主情化(理智よりも感情・情緒を重んじる)した趣のものである。


俳句は「秋立つや」で確固として切れる。この潔い切れの間合いに鑑賞の心を留めねばならぬ。「立秋の」と続けた場合とは全く異なる。切るとは精神を集中することである。(友岡子卿「俳句創刊40周年記念特別号」)


「流れるようなリズム」と「確かな物の把握」(同上)


抒情と美的秩序

「俳句は勿論抒情詩です。しかし俳句独自の抒情詩を生かすためには短歌抒情、抒情詩的抒情とは自己峻別する美的秩序を求めねばならないという心構えだけは何といっても必要だといえます。でないと俳句は短歌の上半分、抒情詩の一行となり下がってしまうからです。」(楠本憲吉「俳句入門」)


長刀と短刀

「短歌は流れる様に経過を語る事ができる長刀の様なものである。俳句は理屈や思いのたけを述べつくすことは出来ず結果だけを言い放つ短刀であると言える。猟犬で言うと短歌はセッターで俳句はポインターである。有無を言わせず急所をぐさりとつかみとる」

(毎日グラフ別冊「俳句」1988年)


機会詩と非機会詩

「日常的現実に即して、ある日ある時の事実とか感情を残しておきたいという動機から短歌が作られる場面も多い。身近な者の死や自身の病などの危機にあって、やむにやまれずうたうこと、個人的な悲嘆に客観的な表現を与えることで得られる慰めがけっして小さくないことも、多くの人が経験しているところだろう。そうした動機でしばしば短歌が作られる点もまた、俳句と少し違うようだ。」(米川千嘉子「入門」)

短歌は俳句に比べて、機会詩(儀式や出来事に当たってそれを記念するために作られる詩)としての要素が強いが、それにしてもたった三十一文字で表現するのはなかなか難しい。(小島ゆかり「入門」)


師系と一匹オオカミ

「短歌は心を述べる、あるいは物の場面を表現するという意識がとても強いものでしすから、百匹の一匹オオカミが自分なりの何かを遂げていけばいい、という気持ちがとても強くて、むしろ所属しないのが潔いという気持ちを持っている人も非常に多いのが特徴ですね。だれからも習わない、あるいは一人から習うということではなくて一遍に50人から習っちゃう、自分はその中で勝手に切磋琢磨してやっていきます。・・

俳句の方にはいまだに、いい作品やいい師匠に対する一種の謙虚さのようなものがありますよね。」

「俳句と短歌の体質の決定的な違いは、俳句は師系と結社というものをものすごく大切にすることね」(馬場あき子「入門」)

大津留公彦のブログ2
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/223234/190315/17685664

③川柳を作りました。

政府は今国会会期中の6月20日迄に集団的自衛権容認の閣議決定をしようとしています。
あり得ないような14項目を集団的自衛権という名の戦争の突破口にしようとしています。
それを阻止するための川柳を作りました。
各項目毎に読んで下さい。
Image
①離島守る?五島列島の振興を
②演習が戦争になるシュミレーション
③米艦の防護ばかりか自衛権
④戦闘地域で支援をすれば正規軍
⑤PKO駆け付け警護という戦闘
⑥武器使うPKOに平和なし
⑦邦人の救出名義に開戦か
⑧米輸送機に邦人が乗る訳もなし
⑨米艦の防護よりさき原発廃炉
10停船検査応じなかったら発砲か
11誰が撃つ弾道ミサイルアメリカへ
12もういいよ米艦防護は不要です
13何回も米艦防護言いますね
14機雷除去危ない仕事は買って出る
15自衛隊出ないが一番民の為

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/images/PK2014052702100123_size0.jpg

このあと新日本歌人6月号を参加された7人に配り私の「ノーニュークスデー」という行わけ短歌を紹介しました。
このあと三人から用意された宿題の短歌と俳句と川柳を味わいました。 
なかなか味わいのある作品たちでした。
嬉しいことに「新日本歌人」の読者が一人増えました。

以上です。
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俳句は新俳句人連盟

短歌は新日本歌人

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宇都宮健児・井戸川克隆 未来を語る

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