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2015年1月 6日 (火)

れいちゃんの意見2

友人のれいちゃんのfacebook記事が面白いので紹介します。
面白いと思う人が多いようで今日紹介する文章にも書かれているが結構拡散されているようだ。

前に書いた以下の文章で一つ紹介したのでこれは2としました。

「戦略的投票」の陥穽について

何が面白いかというと

・自分の頭で考えたことを自分の言葉で書いている。
・誰にも遠慮することなく書かれている。
・多くの知見に基づいて書かれている
・考える範囲が広い

本日のテーマは【日本人と民主主義】

この言葉が印象的でした。

弁護士の宇都宮けんじさんが以前ある集会の場でそのことについてこう仰っていました。 「なぜリベラルの声がこうも社会に届かなくなったのか、と嘆く向きも少なくないけどね、ちょっと厳しいことを言えば、リベラルが存在感を失った原因は、リベラル自身にもあるんだよ。特に日本国憲法の原理の中核を占める基本的人権の尊重については、それを社会に定着させる努力をリベラルの側が怠ってきたと感じるね。それは日本の文化面の問題もあると思うんだけれど。」

こういう多少耳の痛い指摘もある。

創造性より他人を落ち度を探すことばかりに熱心な人たちがいて、そういう人達の特徴は、相手が完全に自分と意見が同じでないと気が済まないかのような、ある種性急な偏狭さです。 おそらくそれは元々高いフラストレーションを内側に抱えている人達だから、特に運動の停滞期にはなかなか変わらない目の前の社会に地道に粘り強く向き合っていくことよりも、手っ取り早く身近で自分達の批判精神を発揮したくなる、ということなのでしょう。

次の文章などは都知事選で一緒に応援した宇都宮けんじさんを尊敬しているのがよくわかります。

それにしてもそういう高潔な人ほど本当にタフですね。宇都宮けんじさんなどを末端の支持者として遠巻きに見ていてもそういった風であられるのが伝わってきます。 私達の社会はそういうきちんとお手本になるような立派な人物も生み出していて、そうした方達が表立って活動して下さってもいるのですから、まだまだ捨てたものではありません。 ですから、そうした方々が健在なうちに吸収出来るものは吸収して、そしてそれが可能である方は感謝の気持ちとともに、自分達自身で主体的に、民主主義の希望を大きく広げていこうじゃないですか。

まあ全文をお読みください。
これは今後シリーズで紹介します。

【日本人と民主主義】

最近、特に選挙の街宣や市民運動の何らかの集会やイベントのツイートやレポート記事等をSNS上にアップしていると、なんかタイミング次第では一々確認していられなくらい自分の書いた記事がシェアされたりリツイートなどで拡散されていくこともたまにあります。
それで後でシェアされた投稿をまとめて見てみると、私の書いた記事内容やイベントそのものに否定的なコメントが添えられて知らない間にシェアされていることがよくあります。私がコメントしようにも出来ない設定であったりすらする赤の他人にシェアされていくわけです。
ですが、私自身はそれも含めて人それぞれが多様な考えを持てる、全体主義的でない思想・信条と表現の自由が国家の最高法規である憲法によって保証されている国に住んでいる意味なんだ、と考えています。ですから、個人的にはあまり気にしません。
もし、嫌だったら最初から限定公開にするか、そういう媒体に自分が載せなければいいのです。

その逆に、例えば私が他の方がある事件の記事にコメントを付けた投稿を目にして、元の記事そのものに興味を持ってシェアし、そのシェア元の方とは違う私の意見を展開したら批判されたこともありますし、それじゃあ勝手に元記事のリンクを辿って書けば自由だろうと思って、元リンクから直に引いて自分独自の解釈コメントを付けて投稿しておいたら、後から「断りもなしに知ったかぶって」とまでは言われませんでしたが、何かチクッと嫌味っぽいことを言われたことも何回かあります。そうした方々とはすぐにご縁も切れるわけですが(笑)。

要するに、みんな、「自分の権利」のテリトリーを過大に捉えている面があるのです。それはどうやら日本人が「空気を読む」協調性に重きを置く美徳や忖度に慣れ親しんでいるので、個人の権利とか表現の自由といったものへの理解が稚拙な部分がある、ということと関係しているようです。
自己主張として何かの意見を出しているのなら、それに対して様々な反応が返って来るのは当然なことなのに、自分の考えに反対であったり、部分的にでも批判的なニュアンスが含まれていると、まるで自身の人間性が否定されたかのような、論理展開とは無関係の感情的な反応が返ってきたりすることが多いのが日本社会の特色の一つです。
そして、それが民主主義の進展を考えた場合にはリベラル側にも存在する大きな弊害だと思います。
弁護士の宇都宮けんじさんが以前ある集会の場でそのことについてこう仰っていました。
「なぜリベラルの声がこうも社会に届かなくなったのか、と嘆く向きも少なくないけどね、ちょっと厳しいことを言えば、リベラルが存在感を失った原因は、リベラル自身にもあるんだよ。特に日本国憲法の原理の中核を占める基本的人権の尊重については、それを社会に定着させる努力をリベラルの側が怠ってきたと感じるね。それは日本の文化面の問題もあると思うんだけれど。」

普段、互いの顔色を見合って、意見を活発に交わし合うよりも空気を読んでその場にいる多くの人が同意してくれそうな態度を察知する社会的学習・訓練を、日本人は子供の頃から家庭でも学校でも職場でも、その他様々な社会的な場面で学んできています。なので、いざ自分の意見を表明する場面になっても、論理として何かを主張する上では矛盾した態度を取りがちなのです。
それが日本人の優しさや礼儀正しさであり、秩序立った高い管理能力、企業や各種機関がチームプレイに秀でていて、世界トップクラスの経済大国に上り詰めた一つの大きな要因でもあるわけですが、反面、この性質は、あまりにも為政者に従順で、自ら被抑圧者に回ってしまうような隷属的なお上主義と簡単に結びついてしまうので、自由と平等を旨とする民主主義社会を目指そうとするのならば、そこは現状のままではすこぶる具合がよくありません。

先日もある知人の方から聞いたのですが、ある街頭宣伝でその方が一生懸命に太鼓を叩いていたら、たまたま近くにいてスピーチを聞きたいのに太鼓の音の方が大きかったのでしょうか、知り合いが「太鼓を止めろ!」とSNS上に書き込み、それをさらにその方の別の友人が拡散している、ということがあったようです。
私も同じ場にいましたが、規模の大きな集会となって大変賑やかな状況だったので、そういう盛り上げ方も大いに役立っていたはずですし、別にその人がスピーチが聞こえないよう邪魔をした、というようなことはなくて、身動き出来ないほどの大観衆の中で、たまたまSNSに書き込んだ方が近場にいてうるさく感じた、というだけのことだったと想像します。
しかし、現場を見ていない人の印象は何らかの媒体に乗った情報によってとかく一人歩きしやすいものです。なので、それが当事者が弁明出来ないような形で広まってしまった、ということなのでしょう。
「そんなに思うなら知らない仲ではないのだから、言ってくださればいいのに!」とその方は落胆されていて、酷く気の毒に思いました。

協調性を重んじるあまり、相互監視社会になっている面があり、痴漢冤罪事件の多さにも見られるように、先に文句を言われた側が弱い、という側面が日本社会にはあります。みんな、自分が非難される側に回りたくないので勝ち馬に乗りたがる、という傾向も顕著です。
だから出る杭になって目立ち過ぎ他人から攻撃されないよう、自己主張や表現はおとなしくして、なるべく大人数の集団や組織の陰に隠れていた方が処世術として賢明なんだ、しかもそれが謙虚で共同体の秩序維持に貢献している美徳なんだ、とされているところさえあります。
それは慎重に扱わないと密告社会まであと一歩の、極めて危険な要素であり、実際、戦前には大本営報道とともに日本はそういったファシズム国家となっていた歴史的事実を忘れてはならないと思います。

「俺の気にいるように配慮してくれなかった」と後出しジャンケンで子供じみた文句を言い、当人がことを荒立てまいと我慢して直接的な反論を控えていると、その間に陰でせっせと根回しし、先に数を味方につけてその人が正当な弁明を出来ないようにしてしまうような、猿山の大将の如き習性の人間も実際にたくさんいます。
そういうのは卑怯者の弱い者いじめである、と感じて心底腹が立ちますし、そんなことにばかり力を入れていたらより大きな権力と闘っていけるはずがない、この人達は文句は言っていても最初から負け戦をしているのだ、と思ったりします。

日本社会はとかく自由と平等、人権などに関する概念・発想が、本来の言葉の意味合いと真逆に曲解されるということがあって、例えばその好例の一つが近年流行ったワークシェアリングという言葉の扱われ方です。
これは元々はヨーロッパでは、仕事先が少ないから労働時間を短縮し、「仕事」を「分かち合い」、雇用の確保、雇用の創出をするというものでした。
特にオランダでは、同一労働同一賃金の原則を生かし、フルタイムとパートタイムの時給あたりの格差をなくすることを主眼としました。そこで、パートタイムを「短時間で働く正規雇用労働者」と法的に位置付け、パートかフルタイムかは労働者が選択するようにしました。これは時短によりパートタイム労働者が増え雇用が創出された例ですが、明確に把握しておくべき点としては、使用者側が実質的な賃金を切り下げる結果とはなっていない、という事実です。
しかし、これが日本に導入されると、政府・経営者側は、現下の厳しい社会・雇用情勢を逆手にとって「雇用確保」を建前にしながらリストラ・合理化を行いながら非正規雇用を増やして、経営者側が賃金カットを行ない利潤を増大させる、といったデタラメに早変わりして、それが同じく「ワークシェアリング」と呼ばれたりします。

基本的人権の尊重というものも、それを唱えることによって他人の一挙一動を規制して、自分達の都合のいいように他者の主張や表現を抑圧するようであっては、「基本的人権の尊重」というお題目による「基本的人権の侵害・弾圧」であって、全くお話になりません。
とにかくこうした倒錯した曲解が多いのは、やはり日本人が民主主義や人権意識の尊重に対して主体的に理解しているところの底がまだまだ浅くて未成熟だからだ、と言うより他ないでしょう。

集会やデモでスピーチするとか選挙に立候補する、またそれらの活動のバックアップをする、といった行動以外にも、音とか映像・写真とか文章とか、結局何かを表出していかなければ運動にならないのに、まさに表出する人が一番の攻撃対象となります。
でもそんなことで過敏に相手を規制しようとすれば実際何も出来なくなるわけであって、個々の折り合いは寛容な精神で以って話し合いでつけて、重箱の隅をつつくような攻撃はなるべく慎むべきです。

創造性より他人を落ち度を探すことばかりに熱心な人たちがいて、そういう人達の特徴は、相手が完全に自分と意見が同じでないと気が済まないかのような、ある種性急な偏狭さです。
おそらくそれは元々高いフラストレーションを内側に抱えている人達だから、特に運動の停滞期にはなかなか変わらない目の前の社会に地道に粘り強く向き合っていくことよりも、手っ取り早く身近で自分達の批判精神を発揮したくなる、ということなのでしょう。
こういうことを書いている私だって「舐めんなよ、調子に乗っているといつまでも穏やかな顔をしていないぞ」という強い反骨精神の持ち主なのです。場合によっては時折もう少し荒っぽい剣幕を見せる時もあります。そういった連中は基本的に姑息なので、こちらが相手が何人いようが捨て身で立ち向かう姿勢であることを直接個人に示すと、十中八九尻尾を巻いて逃げ出します。
ですが、とにかく少なくとも弱い者いじめはしませんし、わざわざ自分から近い立場の人々に難癖をつけて足を引っ張ったり、それで得意になって優越感に浸ろうなどとは考えません。私は愚かな人間ですが、それでもおよそこの世の中にあるすべての事柄のうちで、弱い者いじめほど大嫌いなものはないのです。

半分では自分達自身も基本的人権の尊重が個人個人の日常感覚にまで浸透していなくて前近代的な未成熟さを残している点、難癖を他人につけたがる度が過ぎて不毛な争いが多い点が、日本の市民運動が際限なく分裂してなかなかまとまった力となっていけない、一つの大きな問題点なのだと思います。
先述の太鼓がうるさいと陰で攻撃されたという方もこう述べられていました。
「日本人てほんとにねちねちしてますね。ずっと外資のサバサバしたところでやってきたので、仕事よりデモの人間関係って大変だなって。他にも海外経験が長くて、日本のデモの特有のノリに嫌気がさしてほぼ来なくなった方、いらっしゃいます。」
批判自体はいいとして、何かそれと個人の権利・個人主義の確立の不徹底さが、日本独特のねちねちしたいざこざにつながっている気がします。

別のある女性の方が非常に聡明なことを書いておられました。
「それぞれが自由にやればいいんですよね。十人いれば十通りのやり方があっていいんだから。あれはダメこれはダメより、あれも有りこれも有り、の方が楽しいもん。」

この発言をされた人は、実は非常に有名な活動家女性の方なのですが、まず、こういう分かりやすい優しい言葉でサラッと重要なことを表現出来るバランス感覚が凄いですよね。やはり最後にはそういう感覚的なセンスが周りの人々の気持ちを動かす鍵となるのでしょうし、はっきり言って私には一番ないものです(笑)。

彼女を何度かしばらく横から観察していただけでも、「さすが」と言うか、物凄く立派だなあ、と器の大きさを痛感してつくづく頭が下がりました。
ですが、同時にとても辛抱強く周囲に気配りされる方だからこそ御苦労が多いようにも見えました。
例えば、その方は気配りを思慮深くされる割には自分自身に対してはいつも丸腰状態で、裏のないシンプルな言葉を使われるので、言葉に裏があるんじゃないかと誤解されることはあるご様子でした。人間の利己的な感情のとばっちりを受けやすいわけですね。ですが、それこそ中身が本当にいい人の特徴なんだと思います。
角が立ちそうな可能性のある質問に対しては極めて慎重に言葉を選んでいるその方の様子から、私こそ一瞬深読みをしそうになったことが一二度あったのですが、段々分かってきたことは、その方は自分に悪意がないから、悪意を持って裏のある言葉を多用する人の言葉使いや受け取り方を想定していないらしい、という内実です。物事はきちんと理解出来るのだけれど、まず相手を信じようとする優しい気持ちが先に立っているようなのです。
現にそういう優しい、人に気を配る人だから誤解される、というのはとても理不尽だなあ、と思いましたし、私自身は「こういう人もやはりちょくちょくいるものなんだな」、と改めて思うととても明るい希望が湧きました。

ですが、それもある意味で日本の市民社会における民主主義の課題点を端的に表している気がしました。
まず私自身も含め我々は、そういう一番良心的な種類の人々にまで、ずいぶん利己的で粗野な真似をすぐに仕出かしてしまいかねないそそっかしいところがある、と自覚すべきなのでしょう。
私は地位も名誉もなく、経済力や健康に恵まれているわけでもない、図々しいことだけが取り柄の無名の一小市民です。私がこういうことを言うと「大げさだ」と揶揄されたこともあります。
ですが、目の前の個々の事例を真剣に自分で考察して見つめ直して判断する、という行為を試みたことのある人間であれば、そういう批判は決して出てこないと思うのです。
自分の日常感覚の中にある情緒的なものと思想性が皮膚感覚として自然に結びついていかなければ、どんな立派な理想・理念も砂上の楼閣にしかならないはずです。

それにしてもそういう高潔な人ほど本当にタフですね。宇都宮けんじさんなどを末端の支持者として遠巻きに見ていてもそういった風であられるのが伝わってきます。
私達の社会はそういうきちんとお手本になるような立派な人物も生み出していて、そうした方達が表立って活動して下さってもいるのですから、まだまだ捨てたものではありません。
ですから、そうした方々が健在なうちに吸収出来るものは吸収して、そしてそれが可能である方は感謝の気持ちとともに、自分達自身で主体的に、民主主義の希望を大きく広げていこうじゃないですか。

以上です。
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宇都宮健児・井戸川克隆 未来を語る

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