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あなたは笠木透を知っているか

 笠木 透が逝った。2014年12月22日(月)午前2時10分 77歳 死因 直腸がん

昨日の記事にも書いたが今笠木 透がマイブームとなっている。

2005年に提唱した「憲法フォークジャンボリー」はフォーク界では伝説的な出来事となっているが、マスメディアに載らないで

残された1000曲に及ぶ曲は後世に残したいものだ。

最近まとめられた以下のアルバムを全部聞きたい。

①「みんな生きている海」~日本国憲法104条~
②「ホウセン花」~韓国併合100年~ 
③「ポスター」~大逆事件100年~  
④「非暴力」 ~愛するもののために~
⑤「私の子どもたちへ」~東日本大震災~    
⑥「豊かな青い海」~東日本大震災2~ 
⑦「われここにあり」~田中正造没後100年~ 
⑧「でれすけ原発」~東日本大震災3~                  
⑨「平和の暦」~Peace Almanac Singers~


笠木透の生き方はこうでした。

「歌と生き方に分裂がないことでした。歌は歌、暮らしは暮らしではなく、うたったように生き、生きたことをうたってこられたと思うのです。いつも人びとと、平和と自由を求めて。」

笠木透の「想い」と「生き様」を真っ直ぐに受け止めて行きたいと思う。
そして笠木透の様に「文化で闘う」事を身上としたい。

ツトム尾崎さんのfacebookの投稿をご了解を頂いて紹介し笠木 透さんを偲び、紹介する。

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笠木透 同facebookより


2014年のfacebookコメントは、田中全さんの「追悼 笠木透」をシェアさせて頂くことで、終えることとする。田中全さんは、前・四万十市長(高知県)である。  「国が間違っていました。幸徳秋水さん あなたは無罪です。2011年1月24日日本国」(「ポスター」詩:笠木透 曲:佐藤せいごう)   まさに、2011年1月24日、「笠木透と雑花塾」は高知県四万十市における幸徳秋水墓前祭で、この「ポスター」を献歌させて頂いた。このことが実現に至る経過については、田中全さんが、心のこもった素晴らしい追悼文に詳細に書かれている。   この「うた」が収録されているCD文庫vol.3「ポスター」~大逆事件100年~で、OZAKI UNITは初めてCD文庫のレコーディングに参加させて頂いたのだが、ギタリスト黒瀬尚彦の参加により、「笠木透と雑花塾」のCDに初めてエレキギターの爆音が響くことにもなった。
   
 笠木 透が逝った。2014年12月22日(月)午前2時10分 77歳 死因 直腸がん  逝く直前まで「生きる」ことへの執念を示し、CD文庫やSONGBOOKの長期的な構想を練っていたという。人生最後のセレモニーは、赤いアロハシャツにブルージーンズといったステージ衣装をご家族に着せて頂いたようだ。そして、その姿のまま空の彼方へ旅立っていった。戒名は「雑花透頴居士」とのことである。  笠木 透…「フォークシンガー」として、限りなく大きな存在であった。また、スケールの大きなプロデューサーでもあった。全国各地を飛び廻り、フォークソング(人々のうた)の種を撒き続けた。「時代への警鐘」を鳴らし、「生きることの意味」「本当に大切なこと」を語り続けていた。そして、「文化で闘う」ことを高らかに宣言していた。  笠木 透が逝った今、多くの友人たちが「大きな喪失感」の中を漂っている。その友人たちは、それぞれが暮らす地域で、フォークソング活動や文化活動のみならず、様々な市民運動や社会変革の活動等々で、個性を発揮しながら存在感を発揮している人たちだ。そういった人たちをも...「大きな喪失感」を味あわせる…そこが笠木 透の「笠木 透」たる由縁であろうか…唯一無二の存在といって良いのだろう。  友人たちの「喪失感」について書いたが、その友人たちは、失意の中で茫然として無為な日々をおくることこそ笠木 透が忌み嫌うことであるということを認識している。少しだけ時間を要するかも知れないが、「笠木 透がやり残したことを継承発展させる」ために立ち上がるだろう。  「100年後を見据えて笠木 透が撒いた種」を育て花咲かせる…それが「残されたもの」「笠木 透を敬愛するもの」の責務だと認識している。  私自身の心境、それは「感謝」のみである。昔観た映画「旅芸人の記録」(アンゲロプロス監督)の1シーンのように、彼の人生を讃え、友人たちと共に大きな拍手を送りたい。

 ※笠木 透について語るのは、まだ早い。語られねばならぬことも、限りなく多い。彼の人生のごく一部にしか同行していない私ごときが、語る資格がないことも承知している。でも、私とて、語りたいのだ。笠木 透は、おそらく許してくれるであろう。
 ※写真は、笠木透を撮り続けた写真家・田邊順一さんが撮影されたものである。

 
【笠木 透 プロフィール】
 1937年岐阜県生まれ。「60年安保」は全学連の闘士として反対運動に奔走する。教員・出版社員を経て中津川労音事務局長に。わが国のポピュラー音楽史で永遠に語り継かれるであろう「中津川フォークジャンボリー」(69~71)を企画・制作。その後、生活の中からの歌作り「フイールドフォーク・ムーブメント」を提唱。「我夢土下座」「フォークス」のリーダーを経てソロ活動に。そして創作演奏集団「雑花塾」を創立。今日まで「私の子どもたちへ」「私に人生といえるものがあるなら」「わが大地のうた」など1000曲を超える「うた」を生み出している。
 平和・環境・障害者・加害等々をテーマとした笠木透の歌は、マスコミに登場することはほとんど無いが、人々の「手渡し」によって全国に広まり、多くの人に愛され、歌われている。
 永六輔は、京都・円山野外音楽堂で開かれた「宵々山コンサート」のステージで、「私は笠木透の存在を知って、詩を書くことを止めた。」と語り、文学者の今江詳智は、「私の子どもたちへ」を日本の国歌にしたら良い~と語っている。
 憲法九条改悪の流れに抗して、2005年に提唱した「憲法フォークジャンボリー」は、全国規模の大きなコンサートの他、岡山・中津川・京都・光・金沢・北関東など各地で様々な形態によるコンサートが開かれている。
 笠木透は、これまでに、多くの著書やアルバム(CD)を発表しているが、2010年からテーマ別のCD文庫の制作に着手、以下の9作品が完成している。 (各1000円)
①「みんな生きている海」~日本国憲法104条~
②「ホウセン花」~韓国併合100年~ 
③「ポスター」~大逆事件100年~  
④「非暴力」 ~愛するもののために~
⑤「私の子どもたちへ」~東日本大震災~    
⑥「豊かな青い海」~東日本大震災2~ 
⑦「われここにあり」~田中正造没後100年~ 
⑧「でれすけ原発」~東日本大震災3~                  
⑨「平和の暦」~Peace Almanac Singers~
 

以上です。


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