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映画「風に立つライオン 」を観てきました。

この映画を9回も観たという人の勧めがあったからだ。
きっと泣くからということだったが、やはり自分も泣いた。

この映画は長崎の映画であり五島の映画だ。
事実に基づいている。

この映画は音楽から始まった。
さだまさしの同名の曲「風に立つライオン」から始まった。
この曲に惚れ込んだ大沢たかお(主人公役)がさだに小説化を頼みそれを映画化したものだ。
私もこの曲が好きだった。
しかしさだのこの小説の完成度は高い。
それは事実に基づいているからだろう。

この映画は生き方を考えさせる映画だ。
ケニヤという異郷の地で作られた日本映画は今の日本に生きる我々にこれでいいのかと問いかけて来る。
さだの曲にも「この国ははどこかで間違えたようです」という詩がある。
歌の内容と映画の中身が見事にマッチしている。

役者としては真木よう子の独特の陰性の存在感がいい。
この人はテレビで初めて見たときから注目していたがこの映画でもいい味を出している。

来週くらいまでの上映のようだ。
それにしても平日とは言え観客はわずかだった。

相当なお金の掛かったいい映画だと思うので多くの人に見て欲しいと思う。

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風に立つライオン トレイラー

「風に立つライオン」特別映像(主題歌フルバージョン)


さだまさしが1987年に発表した楽曲「風に立つライオン」。アフリカ・ケニアで国際医療活動に従事した実在の日本人医師・柴田紘一郎をモデルに作られたこの曲は、日本に残してきた恋人に宛てた手紙を歌にのせ、壮大なスケールで綴る名曲です。その曲に惚れ込んだのが、俳優の大沢たかお。彼はこれまで、視力が徐々に失われていく難病“ベーチェット病”に侵された青年と恋人との絆を描いた「解夏(げげ)」(04年)、長年確執のある母と娘が、末期がんに侵された母が死後に自分の体を解剖学の実験材料として提供する“献体”を申し出たことから、すれ違ってきた二人の関係が修復されていく「眉山‐びざん‐」(07年)と、医療と人間をテーマにさだまさしが書き上げた小説の映画化作品に出演してきました。原作者との交流を深めてきたその大沢たかおが、「風に立つライオン」の小説化・映画化を熱望したことから、今回のプロジェクトは始まったのです。彼の願いを受けたさだまさしが、同名の小説を発表したのは13年。そして今年、大沢たかお主演による念願の映画版が遂に誕生しました。
物語の主人公は、長崎の大学病院からケニアの研究施設・熱帯医学研究所に派遣された日本人医師・航一郎。周辺で戦闘が続くこの地で、心に傷を負った元少年兵と出会った彼は、少年と真っ直ぐ向き合うことで医師としての生き方を見つめ直します。銃や地雷で負傷した人々が次々に運び込まれてくる過酷な医療の現場で、アフリカの大地に向かって「ガンバレッ」と叫び、自分を鼓舞しながら常に前向きに生きる航一郎を、原作者が彼をイメージしてキャラクターを作り上げたという大沢たかおがはまり役で演じています。その彼と共にケニアで懸命に働く看護師・和歌子に扮するのは、今年も「進撃の巨人」を始め、出演作が相次ぐ人気女優・石原さとみ。有能な看護師としての一面を持ちながら、やがて航一郎の優しい人間的な魅力に惹かれていく女性を演じます。もう一人重要なキャラクターが、原点となった曲にも登場する、主人公が日本へ残してきた恋人・貴子。アフリカ医療に生涯を捧げたシュバイツァーに感銘を受けて医師になった航一郎が、夢を叶えるためにケニアへ行くことを知りながら、自分は父親が経営してきた離島の個人病院を継ぐことで、医師として彼とは別の道を進もうとする貴子を、2014年の日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞と最優秀助演女優賞をW受賞した演技派・真木よう子が繊細に演じています。他にも航一郎と共にケニアで働く医師・青木に萩原聖人、貴子が心を通わせていく離島の漁師・田上太郎に鈴木亮平、航一郎の上司であるケニアの熱帯医学研究所所長・村上に石橋蓮司など、実力派の俳優が集結しました。
監督は、アクション大作「藁の楯 わらのたて」(13年)でも大沢たかおと組んだ三池崇史。世界が注目する鬼才が、これまで「黄泉がえり」(03年)や「余命1ヶ月の花嫁」(09年)、「抱きしめたい‐真実の物語‐」(14年)など、生きることにひたむきな人間たちの物語を感動的に描いてきた斉藤ひろしの脚本を得て、シュバイツァーから航一郎、そして次の世代へと受け継がれる人間たちの「希望」のドラマを、ケニアの美しい自然を背景に見事に紡ぎだしています。その他のスタッフには撮影・北 信康、照明・渡部 嘉、美術・林田裕至など三池組のベテランが揃い、日本とケニア、航一郎の少年時代(68年)から現在までを結ぶ、雄大なスケールの作品に仕上げました。一人の日本人医師がもたらす、人種も時間も超えた他人を思う心の奇跡を、是非その目で確かめてください。

以上です。
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2015年啄木祭
以上です。

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コメント

豊島さん
ご無沙汰しています。
いつもトラックバックをありがとうございます。記事を参考にさせて頂いています。

さてこの映画の問題提起は確かに弱いかもしれません。

>しかしこのような「窓」をこの映画にはめ込もうとすると,それがどの方向に開けられているかなど,どうしても政治的な問題に絡まざるを得ないでしょう.それを避けてしまったのではないか,と,そんな印象を持ちました.

さだまさしというメジャーな世界に生きる有名人の精いっぱいの抵抗なのだろうと思います。
「この国ははどこかで間違えたようです」というのは現在の状況に対する精いっぱいの抵抗だと思います。

この曲のこのフレーズが私も好きでしたがこれがさだの一番言いたい事ではないかと思いす。


この映画が赤字で無い事を望みます。

これから新しい映画評論を書きます。

私もこの映画を少し前に見ました.長崎の離島の,言わば僻地医療の描写と,アフリカの極限的な医療のそれとを組み合わせ,なかなか立体的な作りになっていてよかったと思います.長崎のエキストラの素人そのままの演技がまたいい味を出していました.

ただ,私自身今ひとつ満足度が高くなかった理由を考えてみると,やはり観客への問題提起という点にあるのかと思います.何かやはり今日的な,そして医療関係者に限らない,もっと一般的な問題提起があればもっと骨太なものになったかと思います.

たとえば,アフリカのシーンでは戦争を扱っていますが,そうなると戦争に対する眼差しというものも,なにがしかのウェイトが与えられるべきではなかったかと.もちろん戦争がテーマの映画ではないので,そのための多くのシーンや描写を求めるわけではありませんが,なにかそのような視界への窓がいくつか開けられていてもよかったと思います.戦争という方角でなくても,たとえば日本の対外支援のありかたの問題,という方角でもいいかも知れません.

しかしこのような「窓」をこの映画にはめ込もうとすると,それがどの方向に開けられているかなど,どうしても政治的な問題に絡まざるを得ないでしょう.それを避けてしまったのではないか,と,そんな印象を持ちました.

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