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先の記事で新日本歌人協会の常任幹事の同僚の神奈川の河村澄子さんが亡くなったと書きましたが今日お通夜に参列してきました。

妙蓮寺という東横線の駅の名前にもなっている大きなお寺で行われた盛大な式でした。

妹さんもわが新日本歌人に属する歌人であり、多くの歌の仲間と常任幹事も参列していました。


現役の新日本歌人の常任幹事の逝去というのは私の知る限りは過去あまりない事です。


今日の通夜の席に辞世として飾られていた歌二首です。


 

生きたまま帰してくれてありがとう 朝日に深ぶか頭を下げる

 

桜草蕾をつけてる再びを帰って来られた私の庭に

退院したのは癌の進行が激しくあと数日の命と宣告されてのことだったと今日初めて聞きました。

それを知ってこの歌を読むと胸にこみ上げるものがあります。


通夜でお別れをした後、35年前横浜支部にいた時の仲間達と横浜駅の地下でお茶を飲みました。

そこで亡くなった19日の歌会に出されていた河村澄子さんのこの三首を教えて貰いました。

 

自分らしく思い切り生きる振りむかず病院を出る細くなった足で
 

 

生かされてああ帰りきし雛の間に繰り返し歌う「あかりをつけましょ」
 

 

ラン、ラ、ラーン祝退院音符など三つ四つ付けて今日の記録は

この歌が横浜支部で合評が終わるころ河村澄子さんは逝去されました。

三番目の歌は議論になったそうですが、好評だったそうです。

日記に音符を付けるのが河村さんの癖だったそうで、三つ四つ付けたのは思いが溢れたのでしょう。

これらの歌もその事を聞くと最後まで前向きだった河村さんの常の生き方を思います。

これらの歌はもし日本歌人に投稿されていれば5月号に掲載されるはずです。


先の記事では昨年発行された平和万葉集巻四にはこの歌を紹介しました。

 

今夜また振る幾万のペンライトうねりとなりて政府を糺す

 

沿道の花屋も笑みて両手ふる戦争法ノーのデモのわれらに


昨日発送した新日本歌人4月号に出ている河村さんの入院中の歌です。

病窓②  河村澄子 神奈川

エアコンを切り忘れたかと目が覚めた病室の除菌装置の音に
  
「やっと 朝が来て嬉しい」と老婦人うす闇で幾度寝返り打ったか

いつ頃の正月だったか乾杯は甘酒だったよ丹沢の峰

丹沢の遠山脈に真向かえば甘酒飲んだ仲間が浮かぶ

点滴の管の向こうの広い空心遊ばせ時にまどろむ

ひと口の白湯がおいしく飲めた朝啄木コンクールの構想を練る


啄木コンクールには応募されたのだろうか?

その結果は5月6日の啄木祭で発表される。

もし応募されていれば何らかの賞になってればと思います。

河村澄子さんの哀悼をお祈りいたします。

合掌!

今日通夜に向かう道で作った歌です。

蒼空

晴れ上がる蒼空従え満開のハクモクレンよ明日も又咲け
蒼空の下自転車で配り行くその命日の啄木祭ビラ
黒背広着て東横線に聞くサン・サーンス妙蓮寺まで温かき日に
ショーソンのバイオリンの曲哀し河村澄子は春召されたり
全幹や啄木祭の準備終えお通夜の席に今向かいおり
昨日は雨今日は蒼空うきうきとする気分あれ悲しみのなか
蒼空の下に光れる芥子菜の黄に染まる水辺電車より見る
蒼穹にG線上のアリア流れ逝く人送る修辞の如し

今日は日中は実に抜けるような蒼空 でした。

以上です。

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