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既に書いたがこの春に三人の友人をなくした。

二人は歌友であり一人は地域の友人だ。

それぞれ81歳、72歳、72歳で昔なら高齢長寿だが今はまだまだこれからという年代だった。

残念ではあるが、私はそれぞれの人のやろうとしたことを引き継いで行きたいと思います。

宮本百合子は小林多喜二の死について、戦後に次のように述べたことがあります。

『人間一個の価値を、最大に、最高に、最も多彩に美しく歴史のうちに発揮せよ。小林多喜二の文学者としての生涯は、日本の最悪の条件のなかにあって猶且つ、そのように生き貫いた典型のひとつである』

今日も頑張ろう!

4月28日(金)18:30共謀罪緊急学習集会にご参加下さい。

ーー

この一週間の俳句です。
私の俳句:   @twryossy
私のコメント: ★

2017年04月24日(月)

@twryossy 母子草気になる花となりにけり 公彦

★母の存命中は気になる花ではなかったが。

【今日の季語2674】母子草(ははこぐさ):晩春の植物季語で「はわこぐさ」の転呼形の他、「ははこ・はわこ」の短略形でも。全体にビロード状の白い綿毛に覆われ、晩春から初夏にかけて小さい球状の黄色い花を付ける。◆島どこもばつてん訛り母子草(川村哲夫)

【今日の季語2674:別記①】この草は「御形(ごぎょう・おぎょう)」の別名でも呼ばれ、春の七草の一つとして食されるほか、今日では蓬(よもぎ)に代わった草餅の材料にも用いられ、その若葉を搗きまぜた餅は「母子餅(ははこもちい)」と呼ばれた。

【今日の季語2674:別記②】この草の名は平安期の歴史書『日本文徳天皇実録』嘉祥三年(850)の条に「母子草」とあり、古くからハハコは《母子》の意に解されていたことが知られる

【今日の季語2674:別記③】その語源については、この花が寄り添い合って咲く様を母子の姿に喩えたものとする語源解や、別名ハウコグサから《這う子草》の意と解するものなどもあるが、いずれも俗解の域を出ず、漢字表記そのものにも疑いが残る。

【今日の季語2674:別記④】これとは別に、この草が全体に白い綿毛に覆われる特徴を持つところから、《毛羽立つ》の意を表す動詞ホホク(蓬)・ホホメクと関連づけて、草名のハハをこれらに含まれるホホの母音交替形と捉える解があり、これがもっとも説得力が高い。

2017年04月23日(日)

@twryossy 茶摘唄聞きて「日本」か江戸俳句 公彦

★ 山門を出れば日本ぞ茶摘唄(田上菊舎)を味わっての句である。

【今日の季語2673】茶摘唄(ちゃつみうた):晩春の生活季語「茶摘」の傍題の一つで、「茶摘女」「茶摘籠」などと類縁の季語。かつては晩春から初夏の時季にかけての風物詩の一つであった。◆山門を出れば日本ぞ茶摘うた(菊舎)

【今日の季語2673:別記①】例句の作者は江戸後期の尼僧で美濃派の俳人で寛政三年(1790)に宇治黄檗山萬福寺を参詣した折の吟。寺の中国的雰囲気から唐土にいるような気分でいたのが、山門退出時に耳にした茶摘唄ではっと我に返った、その驚きを詠んだもの。

【今日の季語2673:別記②】例句中七「出れば」は、文語文法に従って「いづれば」と読めば字余りになるが、この動詞の基本形はイヅ(出)からイヅルを経て中世末期に語頭を脱落したヅル(下二段)に転じ、さらに近世にデル(下一段)に変化したことに目を向けたい。

【今日の季語2673:別記③】本句の詠まれた時期には下二段動詞の一段化がすでに起きており、作者はこれに基づく「でれば」を用いたか、あるいは一時代前の古形「づれば」に従ったかのいずれかと見て差し支えない。あえて規範文法を持ち出して字余りを招く必要

2017年04月22日(土)

@twryossy 李花茫洋未生の我を観るごとし 公彦

★延々と広がる杏の花の写真を観て出来た句です。

【今日の季語2672】杏の花(あんずのはな):晩春の植物季語で「花杏」「からももの花」などの傍題でも。同じ晩春の季語にあたる「桃の花」「李(すもも)の花に先んじて、梅に似てやや大きめの花を付ける。◆一村は杏の花に眠るなり(星野立子)

【今日の季語2672:別記①】花名のアンズは、中近世期に伝えられた「(唐)宋音」と呼ばれる、中国近代音の「杏(あん)子(ず)」に基づく漢語。古称「からもも」もまた《唐桃》の意で、中国から伝来したものであることを示す呼び名。

【今日の季語2672:別記②】古今和歌集「物名」の部には「逢ふからもものはなほこそ悲しけれ 別れんことをかねて思へば(清原深養父)」が収められている。これは本花の古称「からもものはな」を歌中に詠み込む技巧を用いたもので「物名(もののな)歌」と呼ばれる。

@twryossy 鶏合わせジャワ人血湧き肉躍る 公彦

★インドネシアにいた時に見た光景です。アジア全体に闘鶏はあるのでしょう。

【今日の季語2671】鶏合(とりあわせ):晩春の生活季語。傍題の「闘鶏」の方が現代では通用度が高い。中国の隋唐時代に盛行した習わしが伝来して、三月上巳の節句の宮中行事となり、後に民間にも広まった。◆老人の首にタオルや鶏合(小澤 實)

【今日の季語2671:別記①】闘鶏用のシャモは江戸初期頃にタイ王国から輸入され、その呼称には首都シャムロ(暹羅)の短略転音形が用いられた。これに「軍鶏」の熟字を当てるようになったのは明治期以降のことである。

【今日の季語2671:別記②】明治初期の簡便辞書『音訓新聞字引』(1876)には「軍+鳥」字に「鶏」を添えた熟字にグンケイ・タウマルの読みが見える。このタウマルは「唐丸」が通用表記で、この鶏の飼育に用いる目の粗い「唐丸籠」にその名を留める。

【今日の季語2671:別記③】ちなみに「唐丸」の呼称はすでに中世期の抄物『玉塵』(1563)に見えるものの、当時はシャモとは別種の大形鶏「蜀鶏」の俗称であったのが、後にシャモを指す名になった。

2017年04月20日(木)

@twryossy 穀雨受け目覚めし如き狭庭かな 公彦

★雨によって庭は元気を取り戻す。

【今日の季語2670】穀雨(こくう):二十四節気の一つ。春の雨が穀物を潤して芽生えを促す意を表す節気名。前節の「清明」から十五日を経て暦はこの日から晩春後半に入る。◆仮名の名の町を穀雨の包みけり(布川直幸)

2017年04月18日(火)

@twryossy 食べる草母は目聡く野に遊ぶ公彦

★あまり多くはないが母と野に遊んだ時の記憶である。

【今日の季語2668】野に遊ぶ(のにあそぶ):晩春の生活季語「野遊(のあそび)」の動詞形傍題で「山遊」「春遊」の他、洋語の「ピクニック」も。この時季は花見を兼ねた行楽とも重なる。◆茣蓙の上の母を標(しるべ)や野に遊ぶ(不破 博)

【今日の季語2668:別記】今日では春のレジャーの一つになっているが、かつては農事に先駈けて田の神を祀る資格を身に備えるために、山に籠もって精進を重ねる儀式であったとされる。

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