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河村澄子さんの為に

小林加津美様のご了解を頂いて弊メールを紹介します。

小林加津美様
河村澄子さんの四十九日法要でお配りになった冊子「ふたたび 私の庭に」をお送り頂きまして有難うございました。読ませて頂きました。以下に感想を書かせて頂きました。
最初の頁の「姉・河村澄子へ」の最後の歌
姉の分も生きて詠むようにと碓田のぼる涙ふき出て返事もできずに感動し、
姉からの大き贈り物この短歌生あるかぎり詠み続けたしに心からのエールを送ります。

澄子さんの歌を引きます。
ゆいクンのママが戻るのは夜十時どうやって待っているのだろうか
(啄木コンクールの佳作の「子ども食堂」の中で私が一番好きな一首です。今、教育ボランティアをされているという前川元文科省事務次官の思いと重なるものを感じました。)
知る人は夫と姑のみの大都会葉書に埋めた心細さを
(帯広から横浜に出て来た時の心細さを、九州から東京に来た自分の妻が同様に持っていただろうと思い共有しました。)

澄子さんと私の歌友の歌の一部だけを引きます。
背筋良き息子ふたりを育みてみ棺に靜けく友は逝きにき
佐藤久美子
(この冊子の蓮の花に乗る澄子さんの絵に添えられた歌で、確かな親子関係も感じさせます。)
入院前「ちょっと"別荘"へ行って来る」冗談めかした笑顔残して田之口久司
(確かに、冗談を言う明るい人でした。)
病室の河村さんより励まされ「啄木コンクール」初めて応募す
白井恵子
(河村さんの遺志はここに引き継がれた。)
友であり歌の師である君逝きぬ我らに歌会の後事を託し加藤文裕
(後事を託された文裕さんは河村さんの代わりに新日本歌人の常任幹事になられた)
亡き人に「光陽印刷」への道教わりき「鯛と亀」との看板見よと森田ヤイ子
(河村さんの雑誌の校正場所への道筋の目印が「鯛と亀」だったか。)

小生が葬儀に行く時に作った歌です。

大津留公彦
黒背広着て東横線に聞くサン・サーンス温かき日に妙蓮寺まで
ショーソンのバイオリンの曲哀し河村澄子は春召されたり
全幹や啄木祭の準備終えお通夜の席に今向かいおり
昨日は雨今日は満天の蒼空なり故人の道行き安らかなれと
蒼穹にG線上のアリア流れ逝く人送る修辞の如し
大津留公彦

以上

以上です。

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