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おは!twitter俳句(願の糸)

9月29日午後新日本歌人の文学散歩で子規庵に行きます。

正岡子規の幻の歳旦帳丁度見れますね。

>毎小ニュース:文化 正岡子規、幻の歳旦帳見つかる 未発表5句や自画像など収める - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20170824/kei/00s/00s/002000c…

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この二週間の俳句です
私の俳句:  @twryossy
私のコメント: ★


2017年08月28日(月)

@twryossy 少女らの願の糸や五色かな 公彦

★中国と日本の行事が混ざった七夕祭り。少女たちの持つ糸は鮮やかにです。

【今日の季語2800】願の糸(ねがいのいと):旧暦七月七日に技芸の上達を願う「乞巧奠(きっこうでん)」と七夕伝説が結び付いた行事。竿の先に結んだ五色の糸を織女星に手向けたのが後に歌にも出る「五色の短冊」に転じた。◆恋さまざま願の糸も白きより(蕪村)

【今日の季語2800:別記①】「七夕(しちせき)」は、牽牛織女伝説にちなむ上記の乞巧奠が行われる《七日の夕》を指す漢語。これが日本に伝来し、織物や裁縫の上達を願う在来の「棚機(たなばた)」の風習と融合して「七夕」の熟字訓「たなばた」が定着した。


【今日の季語2800:別記②】これは、行事の内容面における両国文化の融合ばかりでなく、漢語の「七夕」とその字訓「たなばた」においても、これと軌を一にする言語面における和漢の混淆があったことを示すものである。


【今日の季語2800:追記】今日の通番は切りの良い2800。ここまで来ればもはや3000番達成まであと200日。それまでは達者でいたいと本日の季語に因む「願の糸」を七夕竹に掛けています。引き続きよろしくご贔屓のほどを<(_ _)>

2017年08月27日(日)

@twryossy 子の硯洗えば風の通りけり 公彦

★結婚して別に居を構えている息子の硯である。


【今日の季語2799】硯洗(すずりあらい):初秋の生活季語で「硯洗ふ」の動詞形でも。旧暦七夕の前日に学問の上達を祈願して常用の硯を洗い清めること。翌朝芋の葉の露を集めて墨を擦り七夕竹に吊す短冊を認める習慣があった。◆天に河地に川硯洗ひけり(飯沼三千古)

【今日の季語2799:別記②】平安期の古辞書『和名類聚抄』<934頃>には「硯」に「須美須利(すみすり)」の字訓が施されてあり、この古称スミスリ《墨擦》が後に短略してスズリに転じたと見られる。

【今日の季語2799:別記①】この「洗硯」の習慣は中国にはなく、天神信仰に由来する北野天満宮の神事と七夕伝説が結び付いたものと見られる。ただし現代の例句では生活の一端として詠まることが多く、例句のようにこれを踏まえた吟はきわめて少ない。

【今日の季語2799:別記③】同書にはまた、これと対をなす「筆」にも「布美天(ふみて)」の字訓が付されており、これもまたフミテ《文手》からフンデを経てフデに短略したものであることを示している。

【今日の季語2799:別記④】両筆記用具の古称は、スミスリ《墨を擦る道具》、フミテ《文を書く手段》と、それぞれの呼称が註釈的である点が注目される。これは文字とそれを表記する道具が日本のものでなく、中国から伝来したことに起因する言語的事象である。

2017年08月26日(土)

@twryossy そのかみの田無の銭湯星流る 公彦

★四十年前住んでいた田無の銭湯通いの思い出である。

【今日の季語2798】星流(ほしなが)る:三秋の天文季語「流れ星」の傍題の一つでこれに類する動詞形の「星飛ぶ」「星走る」なども。定期的に見られる大規模なものでは、八月半ば頃に現れるペルセウス座流星群が有名。◆星一つ命燃えつつ流れけり(高浜虚子)


【今日の季語2798:別記】例句の虚子吟は、「星」と「流る」の間に修飾語を介在させ、句末に切字を添えた句形によって一句に丈高さを付与する結果を生んでいる。範とすべき手法であろう。

2017年08月25日(金)

@twryossy 秋晴れや銀座の空を独り占め 公彦

★銀座のビルの屋上の景です。


【今日の季語2797】秋晴(あきばれ):三秋の天文季語で「秋の晴」の修飾形や「秋晴る」の動詞形による傍題も。別題「秋日和」「秋の空」と並ぶ秋天の爽やかさを表す季語。◆秋晴に倦み一片の雲を産む(鷹羽狩行)

【今日の季語2797:別記①】本日の例句には、基本形がウムの形を取る同音の動詞を連ねたところに巧まぬ響きの面白さがあり、その両語を空自身の行為として表現したところにも作者の用意のほどが感じられる。

【今日の季語2797:別記②】動詞「倦む」と形容詞「憂し」とは品詞面では異なる存在であるが、両語の語幹が同音「う」を共有していることと、語義の面において、好ましくない状態が続くことへの耐えきれない状態を表すところに通うものがある。

【今日の季語2797:別記③】このような観点から、両語は本来根を一にするものであったのが、後に動作性と状態性を分担して別の品詞に転じたと考えることもできる

2017年08月24日(木)

@twryossy 路地行けば地蔵盆多し京都かな 公彦

★昔高槻に住んでいた時にやっていた京都の路地歩きの印象です。

【今日の季語2796】地蔵盆(じぞうぼん):初秋の行事季語で「地蔵会(じぞうえ)」「地蔵参」などとも。この「地蔵」は寺院に祀られる地蔵菩薩ではなく、地蔵堂などに安置される民間信仰と結び付いた辻地蔵にあたる。◆路地あればここにも小さき地蔵盆(川上万里)

【今日の季語2796:別記】この行事は関西を中心に催され、毎月二四日の地蔵縁日の中の、盆に近い七月二四日をこの名で呼ぶ。現在では盂蘭盆会と同じく月遅れで行われることが多く、宵縁日にあたる八月二三日からの三日間は参詣客で賑わう。

2017年08月23日(水)

@twryossy 島唄の流れる庭や処暑の風 公彦


【今日の季語2795】処暑(しょしょ):二十四節気の一つ。中国古字書『説文』に「処ハ止(とど)マル也」とあり《暑さが収まる》の意を表す節気名にあたるが、実際はまだしばらく暑さが続く。暦は今日から初秋後半に。◆鳰の子のこゑする処暑の淡海かな(森 澄雄)

【今日の季語2795:別記①】例句の「淡海」が琵琶湖であることは、その別称「鳰(にお)の海」に相応しい「鳰の子」がそれを暗示している。《塩気を含まない海》をいうアフミは「アハ(淡)ウミ(海)」の縮約形で国名の「近江(あふみ)」もこれから出た。

【今日の季語2795:別記②】琵琶湖は京に近い淡海であることから「ちか(近)つあふみ(淡海)」と呼ばれた。その意訳的表記にあたる「近江」に、前半のチカツを省いたアフミの読みを当てて国名としたのが、後にオウミに転じた。
【今日の季語2795:別記③】これに対して、現在の浜名湖は京から遠くに位置するところから「とほ(遠)つあふみ(淡海)」と呼ばれ、こちらはその縮約形トホタフミに「遠江」の表記を当てて国名とした。後代それがさらに変化してトオトウミに転じた。

2017年08月22日(火)

@twryossy 文月や日の出の遅くなりにけり 公彦

★今朝の実感です。


【今日の季語2794】文月(ふみづき・ふづき):陰暦七月の異称にあたる初秋の時候季語で他にも「七夕月」「女郎花月」「涼月」など、他の景物と結んだ呼称もある。陽暦の八月にほぼ一致するが、年によって多少のずれがある。◆文月やそばがらこぼす旅枕(黒田杏子)

【今日の季語2794:別記①】万葉集2089に「七月(ふみづき)」の七日の夕(よひ)は吾もかなしも」と、彦星の恋の思いへの深い共感を詠んだ長歌があり、すでに当時から七月がこの名で呼ばれていたことと、それが七夕伝説と密接な関係があったことを示している。

【今日の季語2794:別記②】フミヅキの語源を、《書物を拡げて虫干しする》意の「フミ(文)ヒロゲ(拡)」や《書いたものを開いて七夕に捧げる》意の「フミ(文)ヒラキ(開)」と解する説が中世にあり、俗解の域を出ないが、当時の風習を知る参考にはなる。

【今日の季語2794:別記③】フミヅキの語源解の究極は、この熟語を構成するフミ(文)の語源そのものにある。これについては「文」の字音"fun"に母音"i"を添えて和様化したフニからフミに転化したと解く説が流通しているが、なお疑問が残る。

【今日の季語2794:別記④】古代日本に伝わった「文」の字音は「文言(モンゴン)」「文章(モンジョウ)」などに例を見る呉音"mon"が早く、この「文章」が「ブンショウ」と漢音"bun"に転じたのは平安期のことであることなどから上記の説には従い難い。

2017年08月21日(月)

@twryossy 送行や山頭火句集道連れに 公彦

★「送行(そうあん):初秋の行事季語「解夏(げげ)」の傍題の一つ。
行脚に出る僧を送る意」知らない日本語が多い。


【今日の季語2793】送行(そうあん):初秋の行事季語「解夏(げげ)」の傍題の一つ。行脚に出る僧を送る意を表す禅門語を、夏の間一所に籠もる「夏安居(げあんご)」を終えた僧が陰暦七月一五日に自らの寺に帰る意にも用いる。◆送行と申せどただの山男(市堀玉宗)

【今日の季語2793:別記】「行脚(あんぎゃ)」にも例を見る「行」の字音アンは、禅宗用語として中世に伝えられた唐宋音読み。これに対して「解(ゲ)夏(ゲ)」「安居(ゴ)」などの字音は、仏教伝来に伴って日本語に浸透した呉音読みにあたる。

2017年08月20日(日)

@twryossy 芋の葉の露の集まる掌公彦

★「芋の葉の露」が
は七夕の季語
ゆかしい由縁はここに
http://fragie.exblog.jp/23777616/


【今日の季語2792】芋の葉(いものは):俳諧で「芋」といえば三秋の植物季語「里芋」の本題にあたる。その長い柄の先には特徴のあるハート形の葉が重なり合って拡がる。◆芋の葉に月のころがる夜露哉(正岡子規)

【今日の季語2792:別記①】歳時記の多くはこれを傍題として立てず、本題「芋」に包含させるのが通例であるが、「芋の葉」には本体から独立させるに足るものがあると見てそのように扱った。

【今日の季語2792:別記②】本日の子規例句については、秋の季語の三重連を咎める見方もあろうが、「ころがる」という属性を「露」から奪ってそこに姿を落とす「月」に与えた運辞の面白さの前では、かかる難陳は影を潜めざるを得まい。

2017年08月19日(土)

@twryossy 稲妻や滅多矢鱈に犬走る 公彦

★我が家の犬の反応です。
滅多矢鱈の転がやたらめったら。

【今日の季語2791】稲妻(いなづま):初秋(あるいは三秋)の天象季語で「稲光」とも。この時季は寒冷前線の通過に伴い雷雲が発生しやすい。「雷《神鳴り》」が音に主眼を置くのに対してこちらは《光》に力点のある季語。◆稲妻のかきまぜて行く闇夜かな(去来)

【今日の季語2791:別記①】「稲妻」の古名は「いなつるび」。「つるび」とは《交接》の意で、男の「雷」と女の「稲」が"つるむ"ことで稲が実るとしたところが古代人の発想。雷は稲の夫(つま)なのだから本来の表記としては「稲夫(いなづま)」が相応しい。

【今日の季語2791:別記②】例句の去来の吟は「稲妻」「闇夜」の雅言に、俳諧でいう「俳言(はいごん)」に当たる俗語「かきまぜ」 を配したもの。雅俗両語を併用したところに、蕉門俳諧の面目躍如たるものがある。

2017年08月18日(金)

@twryossy 二艘にて大漁鰯巻き上げる 公彦

★大分の鰯漁の写真を見て作りました。

【今日の季語2790】鰯船(いわしぶね):三秋の生活季語「鰯引く」の傍題の一つ。生類季語「鰯」も同季で、砂浜から地引網を引く漁法をいう本題に対して、海上で巻網などを下ろして鰯を捕獲する漁船を指す。◆鰯船かもめ百羽を従へて(若園 守)

2017年08月17日(木)

@twryossy 歩きながら寝る人ありき遠案山子 公彦

★学生時代に夜中に福岡から日田まで歩く行事があった。寝ながら歩いていた女性がいた。
今その人は市会議員をしている。


【今日の季語2789】遠案山子(とおかがし):三秋の生活季語「案山子」の傍題の一つ。鳥獣の害から田畑を守る案山子を遠景に据えた季語だが本題に比べると作例に乏しい。◆吾行けば共に歩みぬ遠案山子(中野三允)

【今日の季語2789:別記①】この呼称は、獣肉などを焼いてその悪臭を鳥獣にカガ(嗅)シて退散させたところから出たもので第2拍はその語源に基づいて濁音が本来の形。近世頃に関東地方でカカシの清音形が用いられそれが一般化した。

【今日の季語2789:別記②】漢字表記「案山子(あんざんし)」は中国の禅僧が用いた熟語で、「案山」は《山中の低地》、「子」はその田畑を鳥獣から守る《人形》の意を表す。日本ではこれにカガシの熟字訓を当てた。

2017年08月16日(水)

@twryossy 父と並び灯篭流す大分川 公彦

★現在形にしてますが勿論遠い過去の事です。

【今日の季語2788】流灯(りゅうとう):初秋の行事季語「灯籠流し」の傍題で「精霊流し」とも。盆の終わる八月十五日または十六日に水辺から灯籠を流す行事。灯火が夜の水面を流れ行く情景には妖しい美しさが。◆流燈や一つにはかにさかのぼる(飯田蛇笏)

【今日の季語2788:別記】本日の蛇笏句について贅言(ぜいげん)は無用であろう。かかる場面に出会ったとしたら、その人はこの世ならぬものに触れたような戦慄を覚えるに相違ない。匕首(あいくち)の一閃を見るごとき凄みのある一句。

2017年08月15日(火)

@twryossy ほれちょるばい肥後の盆唄繰り返す 公彦

https://youtu.be/GOwJz_CJAH8

【今日の季語2787】盆唄(ぼんうた):初秋の生活季語「踊(おどり)」の数多い傍題の一つで「踊唄」とも。俳諧における「踊」は当季に限定され、もっぱら「盆踊」の意に用いる。◆盆唄や今生も一と踊りなり(石塚友二)

【今日の季語2787:別記①】例句の「一と踊り」の「一と」の表記は、字義を表す「一」字の後に、誤読を避けるためにその字訓の末尾の仮名(本例では「と」)を添えたもので、このように用いる仮名は"捨て仮名"と呼ばれる。

【今日の季語2787:別記②】「踊り」のような動作性名詞に上接する「ひと」は、「~休み」「~苦労」などの例に見るように《ちょっと・ひとしきり…する》の意を添える働きがある。本例もこの語法に従って、人生の儚さを踊りのそれに擬えた。

2017年08月14日(月)

@twryossy 庭と庭秋口の風通り抜け 公彦

★流石に夏も盛りを過ぎたか秋口の風が吹くようになった。

【今日の季語2786】秋口(あきぐち):初秋の時候季語「初秋(はつあき・しょしゅう)」の傍題の一つで「秋初め」とも。日中はまだ夏を思わせる暑さが続くものの、朝晩は徐々に秋の気配が漂い季節の移ろいを感じる。◆秋口のすはやとおもふ通り雨(飯田蛇笏)

【今日の季語2786:別記①】「秋口」の「口」は、人体の口を腹中に入る食物の《入口》に見立てた比喩で、連濁形によって複合語を構成する。「改札口」「勝手口」など《場所》をいうことが多いが、本題は《時》について用いた例にあたる。


【今日の季語2786:別記②】他の三季にはこの「口」を用いた季語が見当たらず、秋に限定して使用される点が注意される。涼しさの訪れを待ち望む心の切実さを示す事例と見るべきであろう。

【今日の季語2786:別記③】例句の用いた「すはや」は、驚きを表す感動詞「すは」に詠嘆の「や」が添え加わった形。その「すは」は《それは》の意が原義で、感嘆を表す現代語の「そら・そおら・そおれ(見ろ)」や、「それは」から転じた「そりゃ」などもこれと同類。

【今日の季語2786:別記④】上記の指示語から感動詞が派生した例は他にも少なからず見られる。人を咎める「こらこら」、同意を表す「それそれ」、いささか古い例では、女性が上げる悲鳴「あれ~」などもその一例に属する。

以上です。

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