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おは!twitter俳句(秋小寒)と「望郷は権利である」

昨日Facebookに映画「校庭に東風吹いて」の原作者である柴垣 文子さんから我が師の碓田のぼるさんが啄木に触れたて「望郷は思想である」であるといわれたそうですがその内容は分かりますかというものだった。
早速碓田さんに聞いた内容です。

まさに原発被害で故郷を追われた福島の人たちにとって「望郷は権利である」
福島の人達の為に岩手出身の啄木が書き残していたと思える程です。

以下やりとりを紹介します。
ーー
柴垣 文子 大津留さま、突然コメントして、申し訳ありませんが、教えてください。確田のぼるさんが、講演をされたときに、啄木を語る中で、「故郷とは思想である」という意味のことを述べられたと、知人にききました。その言葉について、それ以上のことが解りません。ネットで、調べましたが、核心に行きつけません。ずっと気になっています。お手間をおかけしますが、なにとぞよろしくお願いいたします。

柴垣 文子 間違いました。「望郷は思想である」だったでしょうか。


「校庭に東風吹いて」の原作者にご質問頂いて大変光栄です。
うすださんに電話で聞いて見ました。
多分明治42年の「田園の思慕」の最後にあるこのことに触れた時にそういう事を言ったのだろうとの事です。
田園への思慕は「感情に於てでなく、權利に於てである。」という言葉は含蓄がありますね。
以下該当部分です。

私は私の思慕を棄てたくはない、益々深くしたい。さうしてそれは、今日にあつては、單に私の感情に於てでなく、權利に於てである。私は現代文明の全局面に現はれてゐる矛盾が、何時かは我々の手によつて一切消滅する時代の來るといふ信念を忘れたくない。安樂
ウエルビイング
を要求するのは人間の權利である。(明治四十三年十月二十日朝、東京にて)
(明治‪43‬・‪11‬・5「田園」第一號)
なお全文は青空文庫のここで読めます。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000153/files/48161_35936.html柴垣 文子

柴垣 文子 大津留さま、ありがとうございます。確田のぼるさんに聞いてくださったのですね。青空文庫も読むことができました。読んで、涙が出ました。 私は今、福島から避難した母と子を「女性のひろば」に連載しております。「田園」の言葉が故郷を喪失した福島の人たちに重なります。思慕は「感情に於いてではなく、権利に於いてである」は、まさに現代の状況をくまなく照らし出しています。
私は、福島から避難した母と子の苦難のみならず、それを超える避難した人ならではの、人間の尊厳を描きたいと思っています。
大津留さんのおかげで、もやもやしていた霧が晴れました。本当にありがとうございます。

大津留 公彦 返信有難うございます。涙が出たという記事に涙が出そうになりました。お役に立てて光栄です。この言葉は正に福島の人達の為に岩手出身の啄木が書き残していたと思える程です。いい作品を期待しています。

君は場面緘黙症を知っているか(「校庭に東風吹いて」を観て)

ーーーー
この一週間の俳句です
私の俳句:  @twryossy
私のコメント: ★
【今日の季語】 @twryossyさん

2017年10月30日(月)

@twryossy 強風に押し戻されて秋小寒 公彦

★江戸川土手を走っている。雲のないいい天気なのだが台風一過の風が凄いので土手の上でなく下を走っている。水量も凄い。

【今日の季語2863】秋小寒(あきこさむ):晩秋の時候季語「秋寒(あきさむ)」の傍題。冬の寒さほどではないものの、衣類がもう一枚欲しいほどの寒さをいう。◆秋小寒耳に憑(つ)きたる水の音(星野麥丘人)

【今日の季語2863:別記】「小寒」を音読すれば晩冬の二十四節気季語になるが、和語形「こさむ」を用いた季語は本語以外には存在しない。五拍語である点も句の上下に収まりがよい。

2017年10月29日(日)

@twryossy 野の色を求めて行かん凡夫かな 公彦

★聖徳太子は、「十七条憲法」の第十条で、「われ必ずしも聖に非ず、かれ必ずしも愚に非ず。共に是れ凡夫のみ」といって、凡夫を「ただびと」といわれ、お互いに許し合って生きてゆく世界の根本をここにもとめられている。

【今日の季語2862】野の色(ののいろ):晩秋の地理季語「野山の色」から分出した傍題でもう一方の「山の色」に対する季語。紅葉に彩られた野の美しさを「色」というのみに留めた。◆胸中に犀を遊ばす野の色に(小口 斌)


2017年10月28日(土)

@twryossy 田鶴渡る稔りし稲と植えし田に 公彦

★先日のジョギングで見た風景である。二毛作である。


【今日の季語2861】田鶴渡(たずわた)る:晩秋の鳥類季語「鶴来(つるきた)る」の傍題で「鶴渡る」とも。この時季になると北国で繁殖を終えたナベヅルやマナヅルなど多種に及ぶ鶴が越冬のために日本南部地域に飛来する。◆朝空は鏡のごとし田鶴わたる(大橋桜坡子)

【今日の季語2861:別記】《鶴》を指すタヅとツルはすでに奈良時代から両立しており、前者は専ら歌語として用いられた。万葉集には「鶴」字を用いた例はあるが、それは鳥自体を指すものではなく、その字訓を借りて助動詞「つる」を表す万葉仮名とした用字法にあたる。

2017年10月27日(金)

@twryossy 丹波産松茸ご飯噛み締める 公彦

★昨日妻が松茸ご飯を作ってくれた。噛み締めて美味しく頂いた。


【今日の季語2860】松茸飯(まつたけめし):晩秋の生活季語。松茸を醤油などで味付けして炊き込んだご飯。傍題には他の茸を用いた「茸飯(きのこめし)」もあり、高価な松茸よりもこちらの方が口に入りやすい。◆秋もはや松茸飯のなごりかな(正岡子規)

2017年10月26日(木)

@twryossy 霧笛響く横浜の丘幻や 公彦

★昔横浜の山の上に住んでいた。遠い話になった。


【今日の季語2859】霧笛(むてき):傍題も含めてこれを立項する歳時記は見当たらないが、三秋の天文季語「霧」の例句の中にこれを用いた吟が散見するのであえて採り上げた。「霧」から派生した生活季語として扱うのが相応しい。◆燈台に低く霧笛は峙てり(高浜虚子)

【今日の季語2859:別記①】例句の「峙(そばだ)つ」には、《鋭くそびえ立つ》の意とともに《しっかりと立つ》の意も備わる。本句ではあえて「低く」と形容しているところから見て、燈台に対峙(たいじ)する霧笛の存在感を表す後者の意に用いたものであろう。

【今日の季語2859:別記②】この動詞は「ソバ(稜)タツ(立)」の意に解することができる。ソバには《鋭く角張ったもの》の意があり、類義語のソビエル(聳)や、実が尖った形をしているところからその名が出たソバムギ>ソバ(蕎麦)と源を同じくする。

2017年10月25日(水)

@twryossy お使いの割らずに帰る新豆腐 公彦

★いにしえの記憶です。


【今日の季語2858】新豆腐(しんとうふ):晩秋の生活季語。その年に収穫した、同季別題「新大豆」で造られた豆腐。水の良い土地で製したものはことのほか滋味に富む。◆新豆腐せせらぐ水に沈めあり(長谷川櫂)

【今日の季語2858:別記】例句の「せせらぐ」は浅瀬などを水が音を立てて流れるさまを表す動詞で、そのような流れをいう「せせらぎ」はその連用形から派生した名詞。古くは終拍が清音のセセラキで、中世には二拍目が濁音のセゼラキの形も用いられた。

2017年10月24日(火)

@twryossy 銀座行くとつくに人と秋の暮れ 公彦

★今の銀座は日本語が珍しい位外国人が多い。外国人が一番行きたい日本は銀座だそうである。

【今日の季語2857】秋の暮(あきのくれ):三秋の時候季語。傍題の「秋の夕暮」「秋の夕」が示すように本季語は秋の夕暮れをいうのが本意で、秋の終わりを表すには晩秋の時候季語「暮の秋」を用いる。◆門を出れば我も行く人秋のくれ(蕪村)

【今日の季語2857:別記】蕪村例句の「行く人」は《旅人》の意に用いる漢語「行人(こうじん)」の和語形に相当する。本句が芭蕉句「此道(このみち)や行人(ゆくひと)なしに秋の暮」を踏まえた吟であることは改めて言うまでもあるまい。
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以上です。

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