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2020年3月19日 (木)

社会・自己一元の生を写すー田中礼評論集「時代を生きる短歌」を読んだ

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社会・自己一元の生を写すー田中礼評論集「時代を生きる短歌」を読んだ 大津留公彦

田中礼さんは二〇一九年九月十三日に亡くなった。

私がお会いしたのは二〇一八年五月に京都で一回だけである。

その時のことは歌集「燈火」の感想文に書いた。

二百ページを越える評論集の感想を短くまとめるのは難しい。

ましてこの中には一九六〇年代からの多岐に亘る文章が掲載されている。

従ってまとめは諦めて気になった文章を部分的にではあるが一部省略しながら紹介しようと思います。

この本は短歌論と歌人を語ると短歌時評の三つの章からなっているので二つの章について紹介します。

Ⅰ短歌論から

・桑原武夫は昭和二十二年に「われわれの理論的見とおしにも拘わらず、決して急速には亡ぶまいと思われる」(「短歌の運命」)理由として、次の諸点をあげられた。

  1. 今の日本人が前途に多くの希望を持たず、そして人間は苦しいとき郷愁がつよくなるものだからである。(中略)そして内容よりも形式が大切とする精神がなお強く、小説や詩よりも和歌を上品とする気持は中々消えまい。
  2. 日本のいまの社会は余り金がかからずにひまを消し、慰安を与えてくれるものに乏しい。日本人は二三人ならよいが、多人数で共通の話題を論じ合うことは下手であり、また嫌いである。ことに文学や思想のわかる人はむっつりして他人の話など問題にせぬ、という風でないといけないことになっている。そこで短歌俳句という甚だ作りやすいものが、日本人の孤独的なささやかな自尊心をみたすに最も手ごろのものとなる。二の「金がかからずにひまを消し、慰安を与えてくれるものに乏しい」については「金よりもまず暇がない」と書く。「日本人は、多人数で共通の話題を論じ合うことは下手」については「歌会は、人々に恰好の場を提供する。そこでは、議論下手で孤独な日本人が、ともかくも自分の作品をたずさえて討論に参加し、職業、階層の差をこえて他の人々と人間的なつながりを持ち得る。」という。(新日本歌人に)一行書き文語定型歌と行分け口語歌が共存するというのは一面ではよいことである。しかし、現在ではその利点は余り生かされてないように思われる。良い歌の基準は一つである筈だから、もっと作品の上でも交流があってもよいのではないか。行分け文語歌や一行書き口語定型歌というのもあってよいと思うが、そのような組み合わせはほとんど見られない。後者については俵万智がこれで成功したと言えるだろう。」(『新日本歌人』一九九〇・一二)Ⅲ短歌時評から
  3. (行分け文語歌にはトライしたことがあるがこの歌がここにある理由が分からないと書かれた事がある。)
  4. ・文語定型歌と行分け口語歌
  5. 礼さんは一について情勢の変化を述べながら「小説や詩よりも和歌を上品とする気持」は「歌人仲間の間でも希薄」であると書く。
  • 短歌史を歪めるもの近藤芳美の次の言葉を紹介している。「新しい短歌とは同時に、決してシュール的なものばかりをさすのではなく(略)各自が生きてゆく上に勇気をそそり、明るい救ひをもたらす様な歌を作りたい」(加藤克己)(『新日本歌人』一九九一・一一)
  • (決して古くはなく現代短歌への警鐘でしょう。)
  • 『人民短歌』や「新歌人集団」の意図したものを切り離して現代短歌を考えることは、無意味な試みである。むしろ、戦後「前衛短歌」の後を継ぐものの方が見出しにくいのが現代短歌の実情ではないか。
  • 「今日有用の歌とは何か。それは今日こそ現実に生きて居る人間自体をそのままに打ち出し得る歌の事である。」(近藤芳美)
  • (一九九〇年)『歌壇』九月号での岩田正の文章から『人民短歌』や「新歌人集団」に加わった有力な歌人たちの動きを描いている。
  • 社会詠と現代短歌(『新日本歌人』二〇〇二・八)「長い伝統ゆえの魅力と桎梏、この二つの要因のなかで、短歌はさまざまな努力を積み重ねて来た。時代の終わり目の度に、短歌否定論がでてくるが、その論とは直接に関わらないところで、前代を上回る人数の新しい作者が現れて、いっそう多くの短歌が作られる。その現象はしばしば、否定論者をいらだたせるが、このようにして再生される短歌文化は、明らかに西洋直輸入の文芸理論の網の目にかからぬところを持っている。そこを無視して通り過ぎるのも自由であるが、それでは本当の意味で、日本の文化を探り当てることはできないのではないか。短歌は最もよく日本の心を表現している。」   
  • 田中礼さんの歌論に頷くことばかり京都の街のにしんそば忘れじ
  • 歌友であり戦友であった田中礼さんのご冥福をお祈りします。
  •  英米文学の研究者であった礼さんならでは視点だと思います。
  • 最後にあとがきから紹介して終わります。
  • 「大体に社会を描くには背景の説明を必要とするが、記録性という点では短歌は、いかに凝視力、メタフォー、イメージ、虚構、文明批評などを駆使しても、詩や小説の描写力を越えることはむずかしい。短歌の力はやはりその事実性、体験性の重み、瞬間性の魅力にあるのではないか。同時に短歌の社会詠には、社会に働きかける心、実体験(実践)による社会との一体感、そこから滲み出る瞬間の叫びとでもいったものが要求されるのではなかろうか。自己の内部へ社会を抱え込むことが必要なのではないか。茂吉は自然・自己一体の生を写すと言ったが、この言い方を借りると、社会詠では社会・自己一元の生を写すことが必要なのではないか。いわゆる専門歌人の社会詠は、しばしばそこのところが欠落しているように思うのだ。」

二〇二十年三月十九日 大津留公彦  

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