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2020年10月18日 (日)

日本学術会議会員任命拒否の問題点

日本学術会議会員任命拒否の問題点
晴山一穂 (専修大学・福島大学名誉教授・地方自治問題研究機構運営委員 )の非常に分かり易くまとまった論文です。

ーー
研究機構・研究と報告 NO.140
Jichiroren Institute of Local Goverment 2020・10・16
自治労連・地方自治問題研究機構:FAX: 03-5940-6472 http://www.jilg.jp/ 〒112-0012 東京都文京区大塚4-10-7 自治労連会館3F
日本学術会議会員任命拒否の問題点
晴山一穂 (専修大学・福島大学名誉教授・地方自治問題研究機構運営委員 )
はじめに
自治労連・地方自治問題研究機構の事務局より、いま大きな問題になっている日本学術会議 が推薦した 6 人の会員候補の任命が菅首相によって拒否された問題について、学術会議のこと をよく知らない一般の組合員向けにわかりやすく解説してほしいとの依頼がありました。私も 学術会議の会員ではありませんし、学術会議の活動に深くかかわったこともないので、学術会 議について特に詳しいわけではありませんが、せっかくの機会ですので、私が関心をもって研 究してきた公務員法の観点も踏まえながら、この間の経緯と問題点を整理してみました。でき るだけわかりやすくとの要望にどこまでこたえられたか自信はありませんが、専門的なことは 注に回しましたので、予定より長くなりましたが本文のなかの関心のあるところだけでも目を 通していただければ幸いです。
1 この間の経過
安倍首相の病気を理由とした辞任を受けて 9 月 16 日に発足した菅内閣は、発足後間もな い 10 月 1 日、日本学術会議(以下単に「学術会議」ともいいます)が第 25 期・第 26 期 の会員として推薦した 105 名の候補者のうち 6 名の任命を、理由を明らかにしないまま 拒否しました。これまで推薦された候補者が任命されなかった前例はなかったことから、 学術会議は、翌 2 日に、任命されなかった理由の説明と推薦されなかった 6 名の任命を 求めて、内閣総理大臣に対して要望者を提出しました。
学術会議は、日本学術会議法(以下単に「法」ともいいます)によって、「わが国の 科学者の内外に対する代表機関」として「科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民 生活に科学を反映浸透させることを目的」として、科学に関する重要事項を審議し、そ の実現を図ることなどの職務を「独立して」行う機関とされています。このため、学術 会議には、その職務を遂行するに当たって強い独立性が保障され、会員の任命について も、内閣総理大臣の任命権はあくまで形式的なものにすぎないと解され、学術会議の推

薦した候補者をそのまま任命するという慣行が確立していました。
今回推薦された 6 名の任命拒否は、誰もが予想しなかった異例の事態であり、学術会 議関係者や研究者にとってはもとよりのこと、多くの国民にとっても驚きをもって受け 止められています。そして、当事者やメディアの度重なる要求にもかかわらず拒否の理 由が明らかにされていないこと、また、拒否された 6 名は、安倍政権のもとで強行され た特定秘密保護法、安保関連法、共謀罪法などに反対の意を表明した人達であることか ら、菅政権が政権に批判的な学者を意図的に排除したのではないかという疑いも強まっ ています。こうして、いまや、事態は、学術会議の在り方の問題にとどまらず、菅政権
の体質に関わる問題へと発展しつつあります。 以下では、菅政権による今回の任命拒否が、学術会議にとってだけではなく、広く国
民にとってどのような問題をはらんでいるのかを考えてみたいと思います。
2 日本学術会議とはどういう組織か
(1)設立の背景 戦前の明治憲法には学問の自由の規定はなく、大学内における教授の任免についてだけ
一定の自治が「大学の自治」として事実上認められていました。しかし、満州事変に始ま る急速な軍国主義化の動きのなかで、慣行上認められてきた「大学の自治」さえも滝川事 件1などによって掘り崩され、また、一連の治安維持法違反事件や天皇機関説事件2などの 思想弾圧事件があいつぐなかで、日本はアジア太平洋戦争へと突入し、敗戦を迎えること になります。
こうした戦前の苦い教訓を踏まえて、戦後制定された日本国憲法は、思想・良心の自由 (19 条)、信教の自由(20 条)、表現の自由(21 条)と合わせて、23 条で「学問の自由 は、これを保障する」と定めて、明治憲法にはなかった「学問の自由」を明確に保障する ことになりました。このことの趣旨について、ある著名な憲法学者は、「憲法が一方にお いて、思想および良心の自由や表現の自由を保障していながら、その上に他方において、 『学問の自由』を保障しているのは、学問の研究というものは、常に従来の考え方を批判 して、新しいものを生み出そうとの努力であるから、それに対しては、特に高い程度の自
由が保障される必要があるとされたからであろう」3と解説しています(下線は晴山。以下 同じ)。
(2)日本学術会議法が定める学術会議の目的・役割・組織
以上の背景のもとで、1949 年、日本学術会議法(以下、学術会議法または単に法ともい います)によって設立されたのが日本学術会議にほかなりません。以下、同法が定める学術
1 京都帝国大学の刑法学の教授である滝川幸辰の学説が自由主義的であるとして、1933年 に文部省が一方的に休職処分にした事件。
2 東京帝国大学の憲法学の教授である美濃部達吉の天皇機関説(天皇は国家の一機関にす ぎないとする説)は、大正デモクラシー以後学説の支配的な地位を占めていたが、満州事 変以降、軍部や右翼団体によって「国体の本義」に反するとして攻撃され、1935 年に著書 が発禁処分にされ、美濃部自身も貴族院議員を辞任に追い込まれた事件。
3 宮沢俊義・芦部信喜『全訂日本国憲法』(日本評論社、1978年)260頁。

会議の目的と役割、そしてその組織について、主な条文を紹介しながら見ておきましょう (後に言及することとの関係で重要な個所に下線を付してあります)。
○前文
同法には、「日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総 意の下に、 わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩 に寄与することを使命とし、ここに設立される」との前文が掲げられています。一般の法律には 前文がつけられないのが通常ですが、日本国憲法のほか教育基本法などのいくつかの重要な法 律には、その法律の趣旨を示すために前文がつけられており、ここにあげた学術会議法の前文に は、戦前、少なからぬ科学者が侵略戦争に協力したことへの深い反省のうえに立って、日本国憲 法の平和国家、文化国家、福祉国家の建設に向けて学術の進歩に寄与すべき学術会議の崇高が使 命が、高らかに謳われています。
○第 1 章:設立および目的
1 条は、1 項で「この法律により日本学術会議を設立し、この法律を日本学術会議法と称する」 としたうえで、2 項で「日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする」とその組織上の位置づけ を定めています。そして、2 条では、「日本学術会議は、わが国の科学者の内外に対する代表機 関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的 とする」として、上記の前文を踏まえた学術会議の目的が明記されています。
○第2章 職務及び権限
3 条では、「日本学術会議は、独立して左の職務を行う」としたうえで、科学に関する重要事 項の審議・実現、科学に関する研究の連絡と能率の向上をあげています。また、4 条では、政府 が学術会議に諮問できるいくつかの事項が、5 条では、学術会議が政府に勧告できる事項がそれ ぞれ定められています。
○第3章 組織
7 条以下では学術会議の組織が定められています。その概要は、学術会議は 210 人の会員で組 織すること、任期は 6 年で 3 年ごとに半数を任命すること、定年が 70 歳であること、会長・副 会長を置くこと、人文科学系、生命科学系、理学・工学系からなる 3 部制をとり各部に部長その 他の役員を置くこと、などが定められています。このなかで今回の問題と関わる重要な規定は、 7 条 2 項の「会員は、第 17 条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」という 条文です。
○第4章 会員の推薦
上記の 7 条 2 項を受けて、17 条では、「日本学術会議は、......優れた研究又は業績がある科学 者のうちから会員の候補者を選考し、......内閣総理大臣に推薦するものとする」と定められてい ます。
○第5章 会議(略)
○第6章 雑則
25 条では、内閣総理大臣は、会員から辞職の申し出があったときは、「日本学術会議の同意を
得て、その辞職を承認することができる」ことが、また 26 条では、内閣総理大臣は、「会員とし て不適当な行為があるときは、日本学術会議の申出に基づき、当該会員を退職させることができ る」と定められています。

3 「学問の自由」と学術会議の独立性
2で紹介した学術会議法の定める学術会議の制度的特色のなかで最も重要となるのは、 いうまでもなく、学術会議の独立性にほかなりません。
そもそも科学や学問、研究は、真理の探究を目的として時の政治権力を含むいかなる学 問外の勢力からの干渉を排して自由な立場に立って行われるべきものであって、この自由 は、個々の科学者(以下、大学教員、公私の研究機関の研究者などを含む広い意味で科学 者といいます)に対してだけではなく、科学者の集団(大学・学会・研究会など)に対し ても保障されなければらないことは当然です。学術会議は、これまで「学者の国会」とい
われてきたように、ほとんどの学問分野を含む約 87 万人の日本の科学者を代表する組織 であって、たとえそれが国の機関として設立されたものであるとしても、うえに述べた意 味での自由が保障されなければなりません。この自由は、まさしく先にあげた憲法 23 条 の「学問の自由」の一環をなすものであり、「学問の研究というものは、常に従来の考え 方を批判して、新しいものを生み出そうとの努力であるから、それに対しては、特に高い 程度の自由が保障される必要がある」という先の憲法学者の見解は、個々の科学者だけで なく、学術会議に対しても当然妥当すると考えるべきです。
2で紹介したように、 学術会議法3条は「日本学術会議は、独立して左の職務を行 う」として学術会議の独立性を保障していますが、その基礎には、上記の「学問の自由」 の憲法上の保障が置かれていると考えることができます。
なお、ここで法 1 条 2 項の「日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする」という規定 の意味についてひとこと触れておきます。一般に、法令用語では「所轄」という語は「統 括」という語とは区別され、一般の省庁の場合は「内閣の統括の下」(国家行政組織法 1 条・2 条など)に置かれ、内閣の指揮監督を受けることとされていますが、人事院や公正 取引委員会など内閣からの独立性を保障されたいわゆる独立行政委員会の場合には「所 轄」の語が使われ、内閣の直接の指揮監督を受けないことを意味するとされています4。こ の意味で、「内閣総理大臣の所轄」のもとにあるというのは、内閣総理大臣の指揮監督権 が及ぶという意味ではなく5、逆に、内閣総理大臣の指揮監督権が及ばないこと、組織とし ての独立性が保障されていることを意味しています6。学術会議の独立性は、憲法上の「学
4 森園幸雄ほか編『逐条国家公務員法』(学陽書房、2015年)121頁は、「内閣の所轄の下 に人事院を置く」とする国家公務員法 3 条 1 項について、「内閣の下に」ではなく「内閣 の所轄の下に」としているのは「その指揮監督に当たって内閣の指揮監督を受けないとい うニュアンスを示すため」であるとし、「所轄」の語は、他の行政委員会にも使われ、内 閣総理大臣の「直接の指揮監督を受けないものと解されている」とする。
5 「所轄」は「内閣総理大臣及び各省大臣がそれぞれの行政事務を分担管理するについ て、その管轄下にある独立性が強い行政機関との間の関係を表すのに用いられる」(法令 用語研究会編『法令用語辞典(第 3 班)』(有斐閣、2006 年)746 頁)、「統轄」は「上級の 行政機関等がその管轄下にある他の下級の行政機関等を包括的に総合調整しつつ、まとめ ることをい(う)」(佐藤幸治ほか編『コンサイス法律用語辞典』(三星堂、2003 年)1179 頁)との解説に見られるように、一般の法令用語辞典においても、ほぼ同様の説明がなさ れている。
6 ここで指揮監督が及ばないというのは、学術会議が科学や研究に関わる本来の職務や権 限を行使する場合における独立性のことを意味し(法 3 条参照)、その予算(法 1 条 3 項

問の自由」の保障と法 3 条の「独立して」の規定から明らかなのですが、内閣からの独立 性を意味する「所轄」の語が意識的に使用されているということも、重要な意味をもって いることを補足しておきます7。
4 会員選出における独立性
(1)学術会議による会員の実質的選出と内閣総理大臣による形式的任命 こうした学術会議の独立性が最も鮮明に表れているのが、学術会議による会員選出にお
ける独立性にほかなりません。
2で紹介したように、現在の法の規定では、17 条で「日本学術会議は、......優れた研究 又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、......内閣総理大臣に推薦する ものとする」とされ、7 条 2 項で「会員は、第 17 条の規定による推薦に基づいて、内閣総 理大臣が任命する」ものとされています。ここでは、候補者が選考基準である「優れた研 究又は業績」をもっているかどうか、そして優れた研究又は業績がある者のうち誰を推薦 するかの実質的判断権は学術会議にあり、内閣総理大臣はその推薦に基づき形式的に任命 する、という仕組みがとられています。もし「優れた研究又は業績」の有無について内閣 総理大臣の判断が及ぶことがあったり、または「優れた研究又は業績」の有無以外の考慮 で内閣総理大臣の任命が左右されることになれば、「学問の自由」に基礎を置く学術会議 の独立性が根底から揺らぐことになるからです。この意味において、内閣総理大臣の任命 権は、あくまでも学術会議によって推薦された者を形式的に任命するという以上の意味は もたない、と解すべきことになります。
(2)公選制から推薦制への変更の趣旨 じつは、学術会議発足の時点では、会員は全国の科学者による選挙によって選出される
という公選制がとられていました。そこでは、選挙で選ばれた者がそのまま会員になると いう仕組みがとられていたため、内閣総理大臣による任命という手続きは形式上もありま せんでした。これが、1983 年の法改正によって、学会を基礎として選出された者を学術会 議が会員候補者として推薦し、それに基づき内閣総理大臣が任命する方式に変更され、さ らに、2004 年の改正によって、会員の推薦に基づいて会員候補者を推薦し、それに基づき
内閣総理大臣が任命するという現行の方式に改められました。 公選制から推薦制への変更の理由についてはさまざまな説明が見られますが8、この変更
に対しては、学術会議の内外から学術会議の独立性を掘りくずすものではないかとの大き な危惧と反対の声があげられたため、国会審議ではこのことが大きな争点となりました。
参照)や事務組織(法 16 条参照)など本来の職務や権限に直接関わらない事項について 政府の監督権が及ばない、ということを意味するものではない。
7 森園注4・121頁によれば、当初人事院(当時は人事委員会)は「内閣総理大臣の所轄の 下」とされていたが、1948 年の国家公務員法改正によって「内閣の所轄の下」という独立 性がより強い規定に変えられたという。他方で、同じく 1948 年に制定された国家行政組 織法では「内閣の統轄の下」の語が使われており、これらに見られるように、「所轄」と 「統括」の語は、立法者によって意識的に区別されて使われていたことがわかる。
8 内閣府日本学術会議事務局が作成した「日本学術会議法第17条による推薦と内閣総理大 臣による会員の任命との関係について」と題する平成 30 年 11 月 13 日付けの文書の 2 頁

これに対して、当時の政府は、一貫してこの危惧を否定し、改正が学術会議の独立性を なんら侵すものではなく、内閣総理大臣の任命は単に形式的なものにすぎないとの立場を 繰り返し強調しました。以下、いくつかの例をあげておきます。
(学術会議が他の諮問機関のような形に変わっていくのかという質問に対して)「これは、 学会やらあるいは学術集団から推薦に基づいて行われるので、政府が行うのはあくまで形式的 な任命にすぎません。したがって、実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなも ので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあく まで保障されるものと考えております。」(1983 年 5 月 12 日参議院文教委員会における中曽
根康弘内閣総理大臣の答弁)
「法案の第 7 条第 2 項の規定に基づきまして内閣総理大臣が形式的な任命行為を行うという
ことになるわけでございますが、......210 人の会員が研連から推薦されてまいりまして、それ をそのとおり内閣総理大臣が形式的な任命を行うというふうにこの条文を私どもは解釈してお るところでございます。この点につきましては、内閣法制局におきます法律案の審査のときに おきましても十分その点は詰めたところでございます。」(同委員会における高岡完治説明員 の答弁)
「(日本学術会議は)法律に基づいて設置されておりまする国の機関でございまして、内閣 総理大臣の所轄のもとに置かれております。その経費は国庫により負担されておりながら、し かも政府の指揮監督というようなものは受けることなく独立してその職務を行うこととされて おりますと私は考え、また承知しておるのでございます。」(同委員会における丹羽兵助総理 府総務長官の答弁)
また、国会審議に当たって総理府が用意したと思われる想定問答でも、「所轄機関とは 何か」との問いに対して、「日本学術会議は、独立して職務を行う(日本学術会議法第 3 条)独立性の強い機関であり、総理府の所管大臣としての内閣総理大臣との関係は、所轄 という用語で示されているように、所轄大臣との関係は薄いものとされ、いわゆる行政機 関の配分図としては、一応内閣総理大臣の下に属することを示しているものと考えられ る」として、先に見たように「所轄」の語が学術会議の独立性を表しており、形式上内閣
総理大臣の下に置かれるに過ぎないものであるとの趣旨の見解を述べています。 こうした政府の見解を踏まえて、改正法の採決に際しては、「内閣総理大臣が会員の任 命をする際には日本学術会議の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うこととする」
との附帯決議まで付されることになりました。
では、公選制から推薦制への変更の理由として、立候補者数の減少による競争率の低下や 無競争当選などが指摘されているが、1983 年改正時の学術会議副会長は、改正のねらいに ついて、「学術会議の独立性の基礎を掘りくずし、ひいては、学術会議を『憲法体制』内 から『安保体制』内化しようとする」ことにあり、「これまでやろうとしても果しえなか った、各分野での学協会を行政のコントロールの下に置き、各分野の科学研究のあり方に まで介入していく橋頭保を構築することにある」とする厳しい批判を加えている(岡倉古 志郎「日本学術会議の歴史と現段階」法と民主主義 182 号(1983 年)8 頁)。

以上見てきたように、学術会議の独立性、そして公選制から任命制に変えられた際の趣 旨を踏まえるならば、会員の実質的選出権は学術会議にあり、内閣総理大臣の任命は形式 的なものにすぎないことは明らかといわなければなりません。政府は、今回の拒否につい て「(従来の学術会議法の)解釈の変更はない」と繰り返し述べていますが、今回の任命 拒否が、うえに紹介した 1983 年改正時の政府見解からの変更を意味していることは明ら かといわねばなりません。
5 菅首相のいくつかの議論について
菅首相は、今回の任命拒否の理由について、学術会議や任命拒否された当事者本人の求 めに対して、「人事に関わること」を理由に一貫してその説明を拒否するという不誠実な 対応に終始する一方で、記者会見などで、任命拒否に至った背景について、いくつかの言 及を行っています。これらは、内容が意味不明であったり、相互に矛盾することが含まれ ていたり、全く説明らしい説明になっていないものですが、以下、いくつかの点をとりあ げて、その問題点を考えてみたいと思います。 (1)内閣総理大臣が推薦された者を任命しないことは許されるか
菅首相は、たびたび、記者会見で「推薦された方々がそのまま任命されてきた前例を踏 襲していいのか考えてきた」といっています。これは、4で見たように、内閣総理大臣の 任命権が形式的なものにすぎないこと、学術会議の役割との関係で従来の学術会議の会員 推薦に特段の問題がなかったことを踏まえると、全く根拠のない為にする議論であり、理 由を明らかにせず任命拒否したという自らの責任を学術会議に意図的に転嫁しようとする 議論にほかなりません。繰り返し述べてきたように、法の定める実質的選考基準である 「優れた研究又は業績」をもっているかどうか、そして「優れた研究又は業績」がある者 のうち誰を推薦するかの判断権は学術会議だけにあり、この点に関して内閣総理大臣が関 与する余地は全くありません。
もっとも、上記の実質的判断基準以外の形式的基準については、内閣総理大臣が関与す る余地はありうると考えられます。たとえば、被推薦者が定年年齢を超えている場合、被 推薦者の年齢、性別、学問分野が極端に偏っている場合、被推薦者に「会員として不適当
な行為」(法 6 条)があったにもかかわらず推薦された場合9などが想定されますが、学術 会議がこのような事実を把握しないで推薦することは実際上考えれませんし、万一学術会 議が推薦した候補者リストのなかに単純なミスによってこうしたケースが含まれていたと しても、内閣総理大臣は即座に任命を拒否するのではなく、事務レベルを含む事前の調整 の段階で候補者の差し替えなどによって対応すべきものと考えられます。なお、憲法 15 条 1 項との関係については(4)を参照ください。 (2)「総合的・俯瞰的観点」とは何か
9 注8であげた文書の3頁には、連携会員(会員と連携して学術会議の職務を行うため法 15 条 1 項に基づいて置かれる者)の例ではあるが、不適切な事案で辞職を承認された例と して、研究資金の不正使用が判明し大学から解雇された大学教授、論文のデータの改ざん やねつ造で懲戒解雇相当の処分を受けた大学教授の例があげられている。

菅首相は、(1)の議論とともに、「学術会議の総合的・俯瞰的な活動を確保する観点 から、今回の任命について判断した」「総合的・俯瞰的な活動、すなわち広い視野に立っ てバランスのとれた行動をすること、国民に理解される存在であるべきことを念頭に置い て全員を判断している」として、「総合的・俯瞰的観点」の語を繰り返し述べています。
私の見た範囲では、「俯瞰的」という語は、学術会議が 1999 年 10 月 27 日付けで出し た「日本学術会議の位置づけに関する見解(声明)」(1)のなかで最初に出てくる語 で、そこでは、「日本学術会議は、俯瞰的な観点に立って、学術のあり方についての基礎 的見解を提示できるわが国唯一の組織である」と指摘されており、むしろ学術会議自身が 自らの存在意義を強調するために用いられています。その後、総合科学技術会議が 2003
年 2 月 26 日に出した「学術会議の在り方について」と題する文書(2)で、「日本学術 会議は、新しい学術研究の動向に柔軟に対応し、また、科学の観点から今日の社会的課題 の解決に向けて宣言したり社会とのコミュニケーション活動を行うことが期待されている ことに応えるため、総合的、俯瞰的な観点から活動することが求められている」という提 言のなかで用いられ、これを受けて、2015 年 3 月 20 日に「日本学術会議の新たな展望を 考える有識者会議」が出した「日本学術会議の今後の展望について」という文書(3)の なかでも何度か出てくる表現です。菅首相は、今回の拒否理由の説明に窮したあげく、過 去の文書で使われていたこの表現に飛びついたものと推測されます。
うえにあげた 3 つの文書のうち、「俯瞰的」あるいは「総合的、俯瞰的」という用語 は、1では学術会議自身が自らの使命を積極的に社会に提示するために使われているのに 対して、2と3文書は、全体として産業界の意向がかなり反映した文書という印象を私は 受けるのですが、他方で、23においても、学術会議の独立性は非常に重要な要素である とか、政府の政策に批判的なものも含め見解を出していくことは学術会議の重要な役割で ある、との指摘もされていることが注目されます。はたして菅首相が、学術会議の役割と その独立性の重要さを指摘したこれらの提言の趣旨を、どこまで正確に理解したうえでこ の用語を使っているかは、きわめて疑わしいところです。
むしろ、菅氏がこの言葉を使ったことについては、(1)の「推薦された方々がそのま ま任命されてきた前例を踏襲していいのか考えてきた」との発言と合わせ考えると、本来 の意味で「俯瞰的」の語を使っている上記の文書とは逆に、今回の推薦が特定の(=政権
に批判的な)方向に偏っており、それを「総合的・俯瞰的観点」に立って「バランスのと れた」(=政権に好意的な)会員構成に変えていくために今回の拒否を行ったというその 本心を、はしなくも(あるいは率直に?)吐露した言い方ではないか、と私には思われて なりません。
(3)事前に6名の名簿を見ないでなぜ拒否できたのか その後、菅氏は、6人を除外する前に推薦名簿は「見ていない」との発言をして大きな
問題になっています。氏によれば、「最終的に決裁を行ったのは 9 月 28 日。会員候補の リストを拝見したのはその直前」で「現在の会員となった方が、そのままリストになって いたと思う」と述べています。つまり、任命権者である首相は、6 人を含む 105 人の推薦 名簿を「見ていない」というのです。

これに対しては、任命を拒否された岡田正則早稲田大学教授が、1学術会議の推薦リス トに基づかずに任命したことは学術会議法 7 条 2 項に違反する、26 名の推薦は任命権者 たる内閣総理大臣に到達していなかったことになるから、そもそも任命拒否はありえない しなしえない、3誰かが 6 名の名を削除したとすれば、内閣総理大臣の任命権と学術会議 の推薦権の重大な侵害になる、などの見解を公表していますが、まさに核心をついた批判 ということができます。6 名を含む全員のリストを見ないで「総合的・俯瞰的な判断」な どできるはずがないことは、誰の目にも明らかでしょう。
(4)憲法 15 条 1 項を持ち出すことは正しいか
政府は、国会審議のなかで、2018 年 11 月 13 日付けで内閣府日本学術会議事務局が作成
した「日本学術会議法第 17 条による推薦と内閣総理大臣による会員の任命との関係につ いて」と題する文書を引いて、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有 の権利である」という憲法 15 条 1 項の規定を持ち出して、今回の任命拒否の正当性を根 拠づけようとしています。その論理は、うえの文書によれば、同項が定める「公務員の終 局的任命権は国民にあるという国民主権の原理」からすれば、「任命権者たる内閣総理大 臣が、会員の任命について国民及び国会に対して責任を負えるものでなければならない」 から、内閣総理大臣に「推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えないと考えら れる」というものです。
しかし、憲法 15 条 1 項は、同条 2 項の「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一 部の奉仕者ではない」の規定とともに、「国民主権の理念のもとにおける公務員の本質を 明らかにし」10たものにほかなりません。1 項と 2 項は、いずれも戦前の「官吏」の在り方 への深い反省に立ったものであり、1 項は、官吏の任免は天皇の固有の権限=天皇大権で あるという明治憲法 10 条の「任官大権」を、2 項は、「天皇の官吏」(官吏服務紀律 1 条) という戦前の官吏の本質を正面から否定し、公務員と国民主権との深い結びつきを宣言す るところにその最大の意義があり、まさに明治憲法の天皇主権から現行憲法の国民主権へ の主権原理の転換を、公務員の在り方にそのまま反映させた規定にほかなりません11。
この意味で、15 条 1 条の規定は、国民主権下の公務員の在り方を規定したすぐれて理念 的な規定であって(そこにこそ大きな意味があるわけですが)、現行国家公務員法の解釈 に当たって当然踏まえるべき指導理念・原則ではあっても、そこから上記文書のような現
行法の特定の解釈が導かれるものとはとうてい解されません12。 内閣府の文書がいうように、同項を根拠にして、任命権者たる内閣総理大臣が推薦通り
任命すべき義務があるとまではいえないという解釈を導き出すことは、誰も予想しなかっ た突飛で特異なこじつけ的解釈といわざるをえません。このことは、上記の文書以前にこ うした解釈が皆無であったこと、また、かつての国立大学の学長や教員の選任が「大学の
10 宮沢俊義・芦部信喜『全訂日本国憲法』(日本評論社、978年)218頁。
11 室井力『公務員の権利と法』(勁草書房、1978年)1-2頁参照。
12 憲法15条1項から導かれる具体的解釈は、同項が「必ずしも、すべての公務員を国民 が直接に選定し、罷免すべきだとの意味を有するものではない」(宮沢注 10・219 頁)と いうことであろう。このことは、実際にすべての公務員を選挙で選ぶことは事実上不可能 であり、また、事柄の性質上国民主権の行使形態として必ずしも適切ではない、という事 情に由来するものと考えられる。

自治」の一環として各大学に委ねられており、文部大臣(当時)の任命が形式的なものに すぎなかったこと13から見ても明らかといわなければなりません。
6 問題の背景と今回の拒否の本質
(1)今回の事態の前兆
今回の拒否がなされる以前に、2 度にわたって官邸が学術会議の推薦に関与した例があ
ることが報道で明らかになっています。
1 回目は、2016 年の 3 名の補充人事の際に、学術会議側の選考途中の段階で官邸側から
「説明してほしい」との要求があり、学術会議が 3 つのポストについて各 2 人ずつ候補者 を提示したところ、2 つのポストについて優先順位上位の候補者に杉田和博内閣官房副長 官が難色を示したため、結局 3 名の補充ができなかった例であり、2 回目は、2017 年の会 員交代の際に、選考過程中に学術会議側が官邸を訪問し、定員 105 人を超える 110 人以上 の名簿を杉田官房副長官に提出したが、最終的には学術会議が希望する 105 名が全員任命 されたという例です。
以上の 2 つの例は、今から数年前にすでに学術会議による候補者推薦に官邸が干渉し、 推薦過程に官邸の意向を反映させようとする試みが、国民の目に見えないところで進めら れてきたことを意味しています。今回の事態は、これまでのようないわば影に隠れての裏 工作ではなく、正面から公然と慣例無視、法律違反の措置に踏み切ったことを意味してい ます。
(2)背景に何があったのか このような経過の背後にいったい何があったのか。このことを理解するために、以下、
第 2 次安倍政権が発足して以降の主な出来事を時系列で整理してみましょう。
2012年 12月 第2次安倍内閣発足
2013年 12月 特定秘密保護法が成立
2014 年 7 月 集団的自衛権行使容認の閣議決定
2015 年 防衛省が「安全保障技術研究推進制度」を開始
9月 安保関連法が成立
2017 年 3 月 学術会議が防衛省の「安全保障技術研究推進制度」は「政府による研究へ
の介入が著しく、問題が多い」と批判の声明→以後、大学からの応募が大
きく減少
13 内閣府の文書は、学術会議による会員の推薦制は、「司法権の独立が保障されていると ころの内閣による下級裁判所の裁判官の任命や、憲法第 23 条に規定された学問の自由を 保障するために大学の自治が認められているところでの文部大臣による大学の学長の任命 とは同視することはできないと考えられる」とするが、裁判官はともかくとして、同じ国 の行政機関(施設等機関)であった法人化前の国立大学の学長や教員の選任が、「学問の 自由」の一環としての「大学の自治」として、教育公務員特例法(法人化による改正前) によって個別大学(具体的には大学管理機関)に委ねられていたとするならば、同じく 「学問の自由」を基礎に独立性が保障されている学術会議の会員の選考について、同じ理 屈が妥当しないと考える理由はないであろう。

6月 共謀罪法が成立
2018年 11月 内閣府が「首相が学術会議の推薦通りに任命する義務はない」との文書を作

(1)で見たように、学術会議の人事への 1 回目の介入は 2016 年の補充人事の時であ り、2 回目が翌 2017 年の会員交代の時ですが、それ以前に、2015 年から防衛装備庁の資 金で軍事研究をする安全保障技術研究推進制度が始まり、これに対して学術会議のなかか ら反対の声があがり、容認派も含めた議論のすえ、2017 年 3 月に批判の声明が出されま す。上記 2 回の介入はまさにこの時期と重なっており、この介入は、明らかに政府が進め
ようとする軍学共同路線に反対する学術会議側に対するけん制の意味をもっていたことが わかります。
他方で、以上と並行する形で、安倍政権の下で、特定秘密保護法、安保関連法、共謀罪 法などが、多くの国民の反対の声を押し切って強行されていきます。今回任命拒否された 6 名の候補者も、何らかの形でこれらに反対の意思を表明しています。
こうしたなかで作成されたのが、これまでも何度か触れてきた 2018 年の内閣府の文書 にほかなりません。そこでは、学術会議が推薦した候補のすべてを内閣総理大臣が任命す る義務はないこと、それが過去の政府見解と矛盾するものでないことなどが、一定の「理 論武装」を伴いながら解説されています。
このようにして、この間の一連の動きを見るならば、今回の任命拒否は、なんら唐突な ものでなく、安倍政権発足以来着々と準備されてきた結果だ、ということを読み取ること ができます。発足したばかりの菅政権にとっては、安倍政権時代から引き継いだいわば 「予定の行動」ということになるのではないかと思われます。 (3)官邸による人事を通した強権的支配の帰結
周知のように、第 2 次安倍政権は、発足以来一貫して官邸による官僚支配を強化してき ました。とりわけ、2014 年の内閣人事局の設置によって、各省庁の提案する候補者の適格 性審査は、内閣総理大臣の委任を受けた内閣官房長官が行うこととされており(国家公務 員法 61 条の 2 第 4 項)、これまで問題とされてきた恣意的人事の多くは、(安倍首相が 個別に関わることはあったにせよ)実質的には菅官房長官によるものでした。そして、こ
れを背後で支えているのが、公安警察出身の内閣官房副長官兼内閣人事局長の杉田氏、同 じく警察庁出身の前内閣情報官(現国家安全保障局長)の北村滋氏等の警察官僚出身者と いう構図です。この意味で、まさに誰も逆らうことができない恐怖支配を敷いてきた中心 人物が菅氏本人ということになります。こうした点から、私は菅氏には以前から安倍氏以 上の危険性を感じていましたが、それが今回の事態でまさに明るみに出たという感じで受 け止めています。
菅氏を中心とする官邸によるこれまでの恣意的人事の例についてはすでに多くのことが 明らかになっており、私もある雑誌で紹介したことがあるので14ここで繰り返すことはせ ず、以下では、今回の問題に関わって 2 つの点だけあげておきます。
14 晴山「加計・森友問題と公務員の在り方を考える」『KOKKO』30号(2018年)、とくに68 -72 頁参照。

ひとつは、前川喜平氏がたびたび指摘していることですが、前川氏が、文化審議会が作 成した文化功労者選考分科会の委員リストを杉田官房副長官に提出したところ、杉田氏か ら、「2 名の人物を代えるよう」指示されたという例であり、このうちの一人は「安保法 制に反対する学者の会」のメンバーであり、もう一人は雑誌で政府に批判的な意見を述べ た人物であると前川氏は証言しています。この事実は、これまで官僚組織内部で行われて きた官邸による人事統制が、一般の官庁とは違って専門性も考慮して中立公正な観点から 選ぶべき審議会、とくに学術・文化にかかわる審議会にまで及んできたことを意味してい ます。
もうひとつは、最高裁判事の任命にかかわるものですが、従来、職業裁判官枠の判事の
後任は、最高裁が推薦した一人を内閣がそのまま認める慣例が長い間続いてきましたが、 第 2 次安倍内閣発足後、最高裁がある判事の後任に一名推薦したのに対して、杉田官房副 長官が、「1 枚ではなく、2 枚もってきてほしい」との異例の注文を付けたという例で す。これは、官邸による人事への介入が、官僚機構内部にとどまらず、憲法で「司法権の 独立」を保障されたはずの裁判所にまで及んでいることを示しています。
うえの 2 つの事例で出てくる杉田氏の言動は、まさに今回の事態を彷彿とさせるもので すが、ともあれ、今回の学術会議会員の任命拒否という多くの国民にとって想定外の事態 も、こうして見てくると、第 2 次安倍政権以降の官邸による強権支配が、官僚機構のみな らず、司法の世界にまで及び(今春の黒川東京高検検事長の勤務延長は、司法権と密接に かかわる検察機構まで政権の支配下に置こうとする試みであったことを想起してくださ い)、ついには、学術の世界にまで及んできたことを意味するものといってよいと思いま す。
おわりに
これまで見てきたように、今回の問題は、単に学術会議や研究者だけの問題ではなく、 あらゆる分野から政権に批判的な者を排除し、自分達に都合のよい政治を進めていくため の権威主義的な国家体制づくり、という安倍政権以来続いているたくらみの重要な一環と してとらえる必要があります。
自民党は、問題の本質から国民の目をそらすために、学術会議そのものに何か問題があ るかの如く吹聴しながら、プロジェクト・チームを立ちあげて「学術会議問題」の検討に 着手しました。私から見ると、学術会議は、予算が限られているなかで、会員の使命感あ ふれる努力によって、日本の学術や科学の発展に役立つ素晴らしい仕事を積み重ねてきま した。そのなかに政権にとって都合の悪い内容が含まれているという理由で、ここ 20 年 来、予算を削減し、提言をまともにとりあげず、学術会議とは別の組織を作るなどして、 学術会議を冷遇してきたのが、ほかならぬ政府・自民党自身です。自らの責任を棚にあげ て、逆に学術会議の活動の在り方を論難しようとする態度は、文字通り“盗人猛々しい” というほかありません。
現在、当の学術会議はもとより、大学、学会、研究会、科学者集団、文化人らから大き な反対の声が寄せられ、菅政権に対する抗議の声が急速に広がりつつあります。また、直

接学術にかかわらない個人や組織の間からも、疑問と抗議の声が広がっています。しか し、黒川東京高検検事長の勤務延長問題の時と比べると、まだまだその広がりは弱いとい わざるをえません。
今回の問題は、日本の民主主義の根幹に関わる重大な問題であり、「私には直接関係は ない」として声をあげなかったら、マルチン・ニーメラー牧師の有名な次の言葉のような 事態を招くことになりかねません。
「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではな
かったから。
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった。私は社会民主主義者で はなかったから。
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなか ったから。
そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかっ た。」
3 番目に労働組合員があがっていることに注目してください。民主主義が攻撃されると
き、その対象に、共産主義者、社会民主主義者、労働組合員、宗教者、そして科学者・研
究者の区別はありません。いずれも独裁国家にとって都合が悪いとして、弾圧の対象とな
る可能性があります。 自治労連の組合員の方も、学術会議をめぐって現在起こっている問題に大きな関心をも
っていただき、菅政権に対する抗議の声を広げて下さるようにお願いします。 日本の民主主義を守るために!
日本を独裁国家にしないために!

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