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カテゴリー「読書感想文」の記事

2020年6月25日 (木)

鈴木太郎詩集―こだまする風景―を読んだ

鈴木太郎詩集―こだまする風景―を読んだ

この詩集を読んで一つ思ったことがある。

短歌には連作という手法があるが詩とはその連作ではないかという思いだ。

我が「新日本歌人」にも最近は五行歌が登場しているがその連作はまさに詩と言うに相応しい。俳句→短歌→詩→小説という流れはないだろうか?

私は俳句を作りそれから短歌を作ることを一つの作り方としている。

一つのテーマで八首作ることにしているので合計二百四十八音の詩とはいえないだろうか?

そこから小説までは距離があるが、昔自分が書いた詩を基に掌編小説にしたことがある。

いづれ詩にも小説にも挑戦してみたい。

昔短歌の世界にも「詩への解消」という流れがあった。

今はその流れは否定されている。

いずれにせよ文学四ジャンルはそう遠い位置にはないと思う。

まあ近くに住む親戚位の関係ではあると思う。

 

「こだまする風景」は鈴木太郎さん(以下いつもように太郎さんと呼ぶ)の傘寿を記念しての七冊目の詩集です。

 

この本のタイトルとなっている「こだまする風景」という最初のフレーズはこれです。

 

ふと立ち止まってしまう風景

それは決まって秋の夕暮れ

広い野原がひろがっている

 

七音が六回繰り返されて計四十二音です。

一つ次のフレーズはこれです。

 

誰かが叫ぶと

誰かが叫んでいるように

こだまが帰ってくる風景

そのなかにじっと息をひそめる

 

四十六音です。

 

人が生きるということは

ありのままがいいのだ

つまらない相克にまみれた

いつわりの衣装が多すぎる

 

四十七音です。

 

それぞれを私風にアレンジして定型短歌風にしてみますと

 

広い野原

ふと立ち止まってしまう風景

それは決まって

秋の夕暮れ

 

こだまくる

誰かが叫んでいるように

そのなかにじっと

息をひそめる

 

つまらない

相克まみれのいつわりよ

ありのままがいい

人が生きるは

 

無理に短歌風にしてしまいましたが元のままで短歌として認めよと言われれば私は認めます。

短歌も俳句も詩の一部だと思います。

 

この一連の詩の中で印象的だったのは「ごんぼ、食いたい」と「河内が好きや」の故郷シリーズです。

 

おかんの夢は見たけれど

おとんの夢はまだ見たことがない

(二十八音です)

果たして太郎さんはおとんの夢を見れるでしょうか?

 

この詩集は「七月の太陽」という印象的な詩で締めくくられているのでそれの最後のところを紹介します。

 

あなたは

いつのときも戦争反対の旗幟を鮮明にして

いのちをかけてきた

貴重な時間を刻みつづけてきたのだ

 

風に揺れていた苗木も

いま大樹になって花を咲かせ葉を繁らせている

それぞれの歴史を積み重ね

紺碧の空は強靭な響きを讃えている

 

あなたは

明晰な理性とともに

新しい地平にたっている

太陽は頭上に輝いていた

 

あなたが誕生したのは七月だ

 

――

明日この「あなた」は誰かを太郎さんに聞いてみようと思います。

 

2020年6月25日 大津留公彦

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2020年6月18日 (木)

小池百合子は当選しても失職する―「女帝・小池百合子」を読んだー

小池百合子は当選しても失職するーこれがこの本を読んでの感想です。

選管への立候補の届出に「カイロ大学卒業」と書いているなら公選法違反で訴えられたら負けるだろう。

驚くような数々の「嘘」のオンパレードに胸糞悪くなった。

最初で最大で小池の出発点になった嘘は「カイロ大学首席卒業」。

小池が一度も本に書いたことのないカイロで二年も一緒に住んでいた人の人生の終わり近くでの告発に嘘はない。

小池が試験に落ちて日本に一時帰国した時に持って帰った新聞に「カイロ大学首席卒業」と書いていたのに驚いて「そういうことにしちゃったの?」と聞くと小池は「うん」と言った。

これを事実でないと覆すにはこの同居人を小池が訴えるしかないがそういう動きはない。

ヒトラーは嘘も何度も言えば本当になると言ったというが、小池はまさにこのヒトラーの言の忠実な実行者だったようだ。

しかも嘘は大きい方がいいと思うのか「卒業」に「首席」という言葉を付けている。

しかし同居人によると小池のアラビア語は「this is a pen」のレベルだという。

成績表も上級レベルではない。

コネクションか捏造で卒業証書を手に入れたとしても「首席」というのは余計だろう。

「カイロ大学卒業」と言ってしまったのでついでについ付けてしまったのだろうか?

「虚言癖」の人というのが居るようだが平気で嘘が吐ける小池はまさに「虚言癖」だろう。

 

嘘を書いていると切りがないので以下本の中の小池の人となりを表す言葉を紹介します。

 

「私、日本に帰ったら本を書くつもり。でもそこに早川さん(仮名)のことは書かない。ごめんね。だってバレちゃうからね」(小池)

「彼女は男社会と対峙するのではなく寄り添い、男社会の中で「名誉男性」として扱われれることを好んでいたのだ。だからこそ、彼女は次々と大物たちに目をかけられ、引き上げられていったのだろう。」(著者)

「政権運営の相談に小池が与ることは相変わらずなかった。彼女はあくまでも彼女自身が口にしていたように「チアリーダー」でありグラウンドで試合を戦っていたのは男たちだったからだ。」(細川政権で総務政務次官時に 著者)

「小池さんには別に政治家として、やりたいことはなくて、ただ政治家がやりたいのだと思う。」(池坊保子)

「地元で問題が起こった時、超党派で話あおうとしても、彼女はほとんで参加しなかった。地元に仕返しするために、国会議員になったんか、と思うことさえあった。」(兵庫県の元国会議員)

 

「(水俣病の)最高裁判決が出た夜の記者会見場に私もいましたが、小池さんにはまったく『心』が感じられなかった。(中略)この人には病の苦しみや他者が抱える苦悩は、理解できないのではないか。とても冷たい人なのではないかと感じました。まったく何も学んでいないように見えた」(水俣問題を患者側から支援している女性ジャーナリスト)

「テロ特措法の改正が迫っていることもあり、官僚はレクチャーしようとするが本人が嫌がる「学ぶ」ことはせず、「見せる」ことにしか興味がないのだ。レクチャーを断わり、テレビや雑誌のグラビア撮影を優先する。中越沖地震の視察に赴いても、テレビカメラに映る位置ばかりを気にしている。パフォーマンスに走り、実務は疎かになる。」(著者)

 

公約とした七つのゼロの中で、唯一、彼女が達成したゼロは「ペット殺処分ゼロ」だけである。百五十匹近い犬猫を殺処分した上での「ゼロ」なのだ。老齢、病気持ち、障害のある犬猫は殺処分しても、殺処分とは見なさない、と環境省が方針を変更したからだ。だが、それは伏せて、彼女は「ゼロ」を主張したのだ。

 

最後に「カイロ大学首席卒業」の卒業証書だ。

以下著者の説明です。

彼女は「卒業証書」を極めて不完全な形で三回公表している。

一回目は1982年に出版した自著「振袖、ピラミッドを登る」の扉で使用した。しかしながら、中東の民族衣装に身を包んだ小池の全身写真とコラージュされており、教授たちのサインのある下部が読み取れず、これでは「公表」とはいえないだろう。

二回目は週刊ポスト199349日号で紹介したが名刺の半分にも満たない大きさで、何が書かれているのか一切、読み取ることはできない。

三回目は2016630日フジテレビの「とくダネ!」に「卒業証書」と「卒業証明書」を貸し出して公表し、学歴詐称の噂を否定したのだ、だがこの時も画面に映っていたのは、ごく短い時間であった。

 

どうも四回目の「卒業証書」をこの都知事選で出したらしい一回目と二回目はカイロ大学のロゴマークなどが違うが果たしてどれを出したのだろう。

 

もう一度言おう!小池百合子は当選しても失職する

ならば当選させない方がいい。

今度こそ宇都宮けんじさんを当選させよう!

 

2020/06/18 大津留公彦

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2020年6月10日 (水)

君は西田信春を知っているか?([西田信春―蘇る死]を読んで)

君は西田信春を知っているか?([西田信春―蘇る死]を読んで)

私は西田信春という人を友人から回って来たこの本で初めて知った。

西田信春は奈良の十津川をルーツとし1903年(明治36年)に北海道の新十津川で生まれ、大学時代や仕事を東京でし、1933年(昭和8年)211日に福岡で官憲により殺された。

小林多喜二と同年生まれで同年に殺されている。(死亡日は西田が9日早い)

どちらも30歳の若さであった。

九州人であり、福岡で学生時代を送った私としては地名等に馴染みがある。

弁護士の諌山博さんや議員となった田代文久さん(と思われる)も登場し、福岡にとっても西田信春さんは大事な人だったことが分かる。

著者の上杉朋史さんはこの本を書き上げて直ぐに亡くなっているが、この本の執筆動機をこう書いている。

「私が「西田信春とその時代」(元の題)、とりわけ昭和初期の時代背景にこだわって描こうとしたのには理由、動機がある。私自身がその「晩年」を生きる今日の日本の政治状況が、西田の時代ときわめて相似的に映ずることへの危機意識が私の中にあるためだ。」

第二次安倍政権から今に至る時代状況を言っている。

 

この本の解説の中で荻野富士夫は出版の動機をこう書いている。

「ともにほぼ同時代に相次いで特高警察の犠牲となった岩田・西田・多喜二、そして野呂は、同じ政治・社会状況のなかで変革の意志をもちつづけ、それゆえに理不尽な死を強要されたといえる。岩田とともに文筆によって世に立つことのなかった西田を、しかも現代の政治状況と対峙させつつ蘇らせたいという上杉氏の意図を実現させるためにも、この原稿は書籍のかたちで世に問う必然性があると考えた。」

少なくともこの二人の思いは私という一人の読者にヒットした。

 

本論とは関係が少ないが西田と半年間福岡で活動した牛島春子の1957年の事として作者が書いているが「福岡郊外の旅館「ひかり荘」の一室で往時の保護観察所で世話になった人たちの集まりに出席した。「ひかり荘」の主人中村勉は、かつての運動の同志で、夫人は作家火野葦平の妹であり、長男哲はペシャワール会の医師としてパキスタンやアフガニスタンで現地医療などにとりくんでいる人物である。」とあった。

「かつての運動の同志」の息子である中村哲さんに思いは引き継がれていたが昨年末に西田達とは違う形ではあるがやはり殺された。

 

この本が多くの人に読まれる事を望みます。

2020610日 大津留公彦

 

 

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2020年4月17日 (金)

闘う!ウイルス・バスターズ-最先端医学からの挑戦―を読みました。

闘う!ウイルス・バスターズ-最先端医学からの挑戦―を読みました。

十年前に「ウイルスに関わる人々」を紹介しようと書かれた本だがコロナウイルスと格闘している今こそ読まれるべき本だと思います。

まさにこの本は「ウイルスに関わる人々」のことが良く分かる。

ロベルト・コッホという世界的権威のある賞を受けた河岡義裕さんと渡辺登喜子という気鋭の女性研究者が内容を分担して書き継いでいる。

 

内容はなぞりませんがいくつか印象に残った点をメモします。

渡辺登喜子さんのいう研究を続けるための重要な三点

  1. 好奇心を持ち、素朴な疑問を大切にしよう。
  2. 疑問に思ったことを実際に実験で試してみよう
  3. パートナーの理解を得ること

    対談の中で

    農林水産省動物医薬品検査所長堺政人さんが宮崎の口蹄疫の豚の殺処分を要求する山田正彦農林水産大臣とそれに反対する東国原英夫宮崎県知事の対立の中で山田正彦農林水産大臣を支持してエース級の牛6頭を避難させて残りは全て殺処分したこと。

     

    世界初のエイズ治療薬AZHを開発した満屋裕明さん(熊本大学教授)がある人に「満屋がAZHなどを見つけたのは単なるまぐれだ」と言われたのに対して「確かにまぐれかもしれません。でもまぐれが起きた時、それを形のあるものにする準備があって初めて、まぐれが良い結果をもたらすのです。」と言っている。またこうも言っている。

    「今の日本の研究費の出し方はおかしいと思う。トップランナーとなる、あるいは応用の『種』となる研究は、何も研究費を5億円、10億円とたくさん出したから生まれるものではありません。今の日本は大きな少数のプロジェクトに大型予算を出す傾向にあるけれど、科学の歴史を見れば、大型予算が付いたようなところからは、画期的な発見はほとんど生まれていません。サイエンスの発展は、しばしば辺境領域から起きています。」

    メインの内容にはほとんど触れていません。本書をお読み下さい。

    2020/04/17 大津留公彦

     

  4.  

2019年12月18日 (水)

田中礼歌集「燈火」を読んだ

田中礼さんの追悼短歌は既に発表していますが、この度処女歌集にして遺稿集となった歌集「燈火」を頂きましたので感想文を書き奥様にお送りしました。

謹んで哀悼の意を表します。


以下です。

田中礼歌集「燈火」を読んだ 大津留公彦

田中礼さんはこの本の発行を待たずに二〇一九年九月十三日に亡くなった。

私がお会いしたのは二〇一八年五月に京都で一回だけである。

文団連の全国交流集会が京都で行われ空いた時間に新日本歌人の京都歌会に参加した。

皆さんが一首ごとに田中さんに感想を求めていたのが印象的でした。

その前の時間に一緒に食事をしたにしんそばの味が思い出深いです。

お送りした会員・購読者の名簿の京都分のコピーを取られて皆さんにお配りしていた。こうやって全国でこの名簿は使われているのだと思い感慨深く、京都は会員が増えるだろうと思った。

田中さんとは新日本歌人、国際啄木学会でご一緒だったが、田中さんは日本ホイットマン協会の会長でもあった。今後ホイットマンを読んでみたいと思います。

 二八一の中から以下十二首を選びました。

P22 病臥五年/今は治ったらとは思うまい/この日々が僕の現実なの

P49 吾がために紺の手袋編む君が歌うがごとく編み目を数う

p65 ナジの政府ソ連が倒すをよしとするビラ書けること生涯の悔い

p75 「否定的」な本も読ませて/語らせろ/そこから強い肯定も出る。

p81 風に鳴る大樹よ語れ学徒兵ここに集いて出征たる日を

p94 出て来るは新妻なればたじろぎぬ通告に行きたる離脱者の家

p99 河上教授かかぐる燈火守りたる人らに連なるひそかなよろこび

p115 二十一世紀生きる子歌子思い切り声上げて泣け朝日差す部屋 

p116 子にものを食わすをただに喜べる父思い出づ子の食う見れば

p158 結局は玉座の前にさえずるや「前衛」短歌の旗手生ける果て

p193 日々進む癌治療法の

      恵みうけ

      八十六歳 歳晩の日々

そして 歌集には掲載されてませんが、「あとがきにかえて」で奥さんのひな子さんが紹介するこの歌です。

     楽鳴りて童話終わりぬガラス窓に淡く夕焼けの光さす時

「あとがきにかえて」から紹介します。

「この歌いいでしょう。ラジオドラマの終わりかしら、イメージがくっきり浮かんで・・。」

「えっ、これ、僕の歌なんやけど。」

「ええっ、ほんとに?」

これが夫、礼と私が短歌について語り合った最初の会話だったと記憶する。結婚したてのことだった。 

若い夫婦の短歌についての会話にほのぼのとした。

 

歌友であり戦友であった田中礼さんのご冥福をお祈りします。

二〇一九年十二月十八日 大津留公彦   

 

参考

 湘南啄木文庫ブログ 追悼 啄木研究者・田中礼先生のこと


     

2019年12月16日 (月)

若者は無限の可能性を持つ

 

若者は無限の可能性を持つ(学長から学生へのメッセージ)(2007年度‐2012年度)(中島三千男著)を読んだ

神奈川大学の学長としての12の式辞をまとめたものです。

テーマは「若者は無限の可能性を持つ」です。

1214日の文団連の加盟団体会議の講演をお聞きした時に買い求めた本です。

2012年の入学式の式辞から毎年語られるエッセンスを紹介しよう

 

 「自分自身を見限らないで下さい」

「高校時代の<実力>が皆さんの生涯を左右するのではなく、大学に入ってからの4年間の過ごし方が、皆さんの生涯を左右する」

「大学4年間の教職員の情熱的な教育と皆さん方の努力がうまく噛み合い、火花を散したとき、スパークをした時、皆さん自身が気づいていなかった才能や能力や世界が大きく開かれる可能性を持つ」ということです。

 

12の式辞を紹介したいところだが詳しくは神奈川大学のホームページを見ていただくとして2012年卒業式で紹介された二つのエピソードを紹介したい。

 

一つは震災以来「東北ボランティア駅伝」として岩手県遠野市を拠点としてボランティア活動を1チーム20人で襷を渡すように継続して取り組み一年で84チーム1300名が参加し、「被災地と心を一つに」のスローガンのもと「自分の事だけ、自分の幸せだけを考えない」「他人思いやり、他者への共感をもつこと」の実践として行われたこと。(多くの学生ボランティア背後には、単位の認定や旅費の負担など大学が援助していたことを知った。)

 

二つはこの年の箱根駅伝での出来事です。

 この年神奈川大学は15位でした。正月2日往路のゴール芦の湖畔で全てゴールしたと応援もやめようとしたとき、応援指導部のリーダーが「まだ東京農大がゴールしてません。最後まで応援して下さい。」と言った。芦の湖の寒い風を受けながら20分間「東農大ガンバレー」「津野君ガンバレー」と声を張り上げ続けた。

20分後津野君がよろけるような足取りで走って行った。

中島さんは「学長としてこうした学生に育ってくれた事を誇りに思った。」と書いている。

数日後ある女性から大学にこういう内容のメールが来たという。

 

各校が撤収したなか神奈川大学チアリーダー初めのとする応援団の方がまだ見えない東農大の選手を一生懸命応援している姿に凄く感動しました。スポーツマンシップの原点を見させていただきました。私は神奈川大学が好きになりました。是非皆様にお伝え下さい。神奈川大学の益々のご活躍をお祈り申し上げます。」

少し感動しましたので紹介しました。

私も神奈川大学が好きになりました。

(入学する歳ではありませんが。)

中島さん有難うございました。

以上です。https://amzn.to/2LYYQDS

 

2019年10月25日 (金)

椎名誠の「孫物語」を読んだ

椎名誠の「孫物語」を読んだ

妻が「これでも読んだら」と渡してくれたのがこの本だった。

私には孫が二人居るが来年の小学校最後の夏休みに6年生の孫と旅行をしたいと思っている。なぜ来年の夏かと言うと自分が仕事をしているので休みが取れないことと、運賃が子ども料金で行ける最後の機会だからだ。

孫には前にそれとなく言ったことがあるがその母親(私の娘)の許可を得られるかどうか判らない。妻は「過去の行動から安全の保証が無いからダメじゃない」と言っている。

しかし、この本を読んでますます一緒に旅行した気持ちが強くなった。

 

この本はサンフランシスコの孫に会いに行く話や、新宿の近くに住む孫との交流などが様々描かれている。

最後の北海道の別荘での孫(最初は一人途中から二人)たちとのしばしの生活が実に魅力的だ。

この別荘を売ろうと考えていた椎名さんが、孫の波太郎君に「植物や虫がいる、あの山の上の家が好きだ」と言われて「ぼく自身の、山の上の隠遁生活の夢作戦はもうかなえられないだろうが、孫たちにそっくり残してやる、というもっとスケールのある夢が生れてきた」と売却をやめたと言うのがすごくいい。

 

この本は「岳物語」「続・岳物語」「三匹のかいじゅう」に継ぐ「ワタクシ小説のようなエッセイのような」本であるが、「続・孫物語」も生れそうな気がする。

 

私は毎日短歌を八首作っているが一緒に暮らしていないこともあってその誕生の時以降は孫がテーマのものは少ない。

椎名さんは252冊の本を書いたそうです。

私はこの二年間で5千首を越える短歌を詠んだ。過去の40年間でそれ以上を詠んでいるから一万首は越えると思う。

その中には三人の子どものこともかなりある。

私の短歌は自然詠や俳句の季語からの歌や、政治・社会詠や、身辺の歌など雑多で書きなぐりの感があるが自分の日記としての記録が残って行っているし、今後も書いて行きたいと思う。

 

「岳物語」は椎名さんのタイトル案は「じいじいのヨロコビ」だったそうだが、その「じいじいのヨロコビ」を私も今後も味わって行きたい。

新しい孫も生れるようだし。

 

20191025日 大津留公彦

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2019年10月 3日 (木)

「短詩形文学」の2019年10月号を読んだ

短詩形文学」の2019年10月号を読んだ

毎月送って頂いてますがいつも斜め読みしています。

しかし今号は垂直読みをしました。それは行けなかった8・15を語る歌人のつどい特集だったからです。

特集内容は以下です。

海老名香代子「残された一つの命」

短歌リーディング「わたしたちの日本国憲法」(沖ななも他)

市川八重子「満州における少女時代の戦争体験」

小石雅夫「軍人でない海員としての戦死~暗き眼窩に魚の棲めるや」

 

海老名香代子さんのお話は壮絶です。三月十日の東京大空襲で、両親、兄二人、弟一人、祖母の六人をなくし一人だけ残されたそうです。その後沼津、能登と逃れ、戦後近くだった三遊亭金馬師匠の世話で林家三平氏と結婚し、夫が亡くなったあとは毎年三月十日には焼け跡を歩き始め、今は毎年三月九日に上野で「時忘れじのつどい」を開催しています。

海老名香代子さんもそうだった孤児が戦後十二万人居たがその半分は餓死で亡くなったと言う。悲しい、だけど忘れてはいけないことだと思います。

海老名香代子さんの以下のような平和万葉集の歌も紫あかねさんによって朗読されました。

  焼け跡に一人ぼっちの十二の子なぜ皆死んだのと天を突き泣く 香代子

 

市川八重子さんのお話の悲しいものでした。

敗戦前一週間にロシア軍が侵攻し、ロシア軍と中国国富軍と八路軍が闘い翌年の米軍の進駐まで無政府状態だったこと。色白い男性が連れて行かれ女性でないとわかり殺されたこと。自殺用に手榴弾を渡されたこと。十三歳で兵士にならされた子どもがいたこと。満蒙開拓青少年義勇軍と呼ばれた十八・十九の若者が長野から六千六百人も出ていること。引揚列車で「おっぱいが出なくなった」とつぶやいていた母親が赤ちゃんを抱いて列車から飛び降りたこと。多くの話が胸を撃ちました。

  二千体焼きし満州の湿原に姫百合の朱わが目を射ぬく 八重子

 

最後はわが新日本歌人協会代表の小石雅夫さんのお話でした。

これも聞いたことの無い話でした。

小石雅夫さんの父は敗戦の二十日前に小石さんが小学校の三年生の時に亡くなった。

疎開勧告を受けて愛媛の宇和島から軍部の町に移り八月十五日を迎えた。

一年経った頃父のこういう死亡通知が届いた。

「昭和二十年七月二十七日、敦賀沖三十海里において、潜水艦の雷撃による戦死」

大阪商船の合同慰霊祭に参加し貰った骨箱には「小石熊一之霊」という紙切れ一枚が入っているだけだった。

父の五十回忌を松山で行った翌年の父が死んで丁度五十年になる日に敦賀の海を見に行って、「おやじーつ、おーやじーつ!」と大きな声で叫んだ。

そのあと神戸の海員会館の「戦没した船と海員の資料館」に行き民間の船と海員が消耗品扱いだったことを知る。太平洋戦争船員の手記「海なお深く」には当時の船員は三十万弱で、その内死者は六万強という事です。更に当時のアメリカ海軍の日報を見せて貰い父が乗船していた筑前丸は雷撃を受けた時間が午後九時頃だったことまで判った。

ここには以下の衝撃的な記録がある。そこには日本政府がポツダム宣言に答えず、従ってトルーマン大統領が原爆投下の指示を決定したと書いてあったという事です。

ポツダム宣言の受諾がもっと早ければ小石さんのお父さんの死もなかった可能性がありますし、沖縄戦やヒロシマやナガサキの惨禍もなかったかもしれません。

戦争をしない、させない思いを痛切に思う講演でした。

   海深く父の髑髏の沈みいて暗き眼窩に魚の棲めるや 雅夫

 

8・15を語る歌人のつどい特集は以上ですが八月号についても書いていますので紹介します。新日本歌人2019年8月号の「受贈誌拝見」に書いた文章です。

短詩形文学8月号NO751反戦平和特集

冒頭に水野昌雄さんの<戦後短歌史抄>

作品と時代(336)が置かれている。

8月に反戦平和特集を組んでいるのは新

日本歌人と同じ。本号には新日本歌人で連

載中の英国在住の世界樹の渡辺幸一さんの

「国際社会と沖縄と短歌」という12頁の

評論が圧巻であった。芥川賞作家日取真俊

や紅短歌会の玉城洋子の作歌と行動の統一

の様を書いている。曰く「玉城氏らは辺野

古での座り込みを通して権力の重圧を肌で

感じ、それを歌に詠んできた。彼らにとっ

て抗議行動と歌を作ることは車の両輪なの

だ。沖縄では時代と歌がそのような形で繋

がっている。」他に52編もの「戦後七十

四年と私」と題したエッセイが掲載されて

いる。新日本歌人で見慣れた人の名もある。

作品はあいうえお順に並び会員は10首で

購読会員は3首です。総頁数は68頁で、

会費は2千円、購読会員費は800円です。

(発行人 下村すみよ)

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2019年9月28日 (土)

佐藤光良さんの「吠えろ」を読んだ

佐藤光良さんの「吠えろ」を読んだ

佐藤光良さんの本としては「父のこけし」に次いで二冊目です。

参照 佐藤光良さんの「父のこけし」を読んだ

7ページの掌編小説で季論212019夏号に掲載されたものです。

奥様の佐藤幸子さんから写しを頂いて読んだものです。

この小説は鶴岡征雄さんが佐藤光良さんを東葛病院に亡くなる三日前に見舞ったときの筆談メモと共に資料箱の底に眠っていたものです。

遺作集「佐藤光良の小説」に収録しなかったことを悔やみ今年季論21に掲載したものです。

 

主人公「私」と妻「佐貴子」が友人の梅田さんと幼子の「知子」さんを助け、奥さん「裕子」さんを見舞う姿が献身的で感動的です。

植物人間になりかかった「裕子」さんが喋れるようになり犬のシロも喜んで吠えているという場面で終わる。

掌編小説らしいコンパクトな展開であり、好短編です。

 

鶴岡征雄さんの解説の表題は「23年前、55歳で没した短編の名手・佐藤光良」となっている。「短編の名手」と言われるのが理解できる。

 

最後に鶴岡さんの文章を紹介して終わります。

『本誌掲載の掌編小説「吠えろ」は、単行本未収録作品。初出は東葛病院在宅患者向け通信「往診つうしん」(93年)私の資料箱の底にその生原稿が眠っていた。再読後、なぜ、遺作集にこれを収めなかったと悔やんだ。掌編ながら、作者の本質がよくあらわれている好編です。「吠えろ」を広く、多くの読者にという願いを込めて本誌に再掲をお願いした次第です。』

以上です。

2019/09/20 大津留公彦

 

2019年8月16日 (金)

「角兵衛獅子の唄」を読んだ

「角兵衛獅子の唄」を読んだ

この本は江戸中期の新潟月潟村の子ども獅子「角兵衛獅子」の物語である。

私は知らなかったが周りの人に聞いてみるとある程度の年齢以上の方には美空ひばりの「越後獅子」でかなり知られているようだ。

洪水や、親の死や、親との別れ等それぞれ事情があって孤児となり「角兵衛獅子」となった16人の子どもたちの物語である。

印象に残ったシーンを挙げると

    • 万吉と卯七と清二が盗みを巡って喧嘩した上で仲良くなったシーン(p56
    • 渡辺屋敷での卯七と一歳のときに捨ててきた母おいねとの再開のシーン(p90
    • いとの姉ちよとの佐渡島の遊郭での再開のシーン(p78
    • 蝦夷地から出雲崎までの海路を取ったが漂流するシーン(p248から)
    • 清国・海南島にたどり着き雑技と角兵衛獅子の交流が行われるシーン(p292から)                                                          いつかはこの角兵衛獅子を見に行きたいと思っています。
      私はこの本の作者の玄間太郎さんとは地域の友人である。
      途中別の本も書かれたのでこの本は構想からは4-5年経っていると思う。この本を書いている期間にもそのストーリーの展開を随時聞いていた。この本の巻末には53冊にも及ぶ参考文献が並んでいる。作者らしくいかに準備を抜かりなく行ったかを現しているYoutubeで「角兵衛獅子保存会」の映像を見たのでこの本に何度も出てくる青海波や蟹の横ばいという角兵衛獅子の演技がよくわかった。いずれもドラマティックであり映画化に向いていると思った。この本は著者にとっては8冊目の本であるがまだ70代半ばである。 更なる取材と執筆を重ね是非次なる作品を読ませて頂きたい。2019816日 大津留公彦

 

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