最近のトラックバック

アクセスカウンター

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

カテゴリー「読書感想文」の記事

2020年9月 2日 (水)

「中国は社会主義か」を読んだ

「中国は社会主義か」を読んだ

この本は五人の中国に関する第一級の研究者(芦田文夫、井出啓二、大西広、聴濤弘 、山本恒人)が論考をやりとりする中で生まれたものである。

基本的に社会主義への好意的理解があるからこその表題だろうと思う。

やや理解に難しいところもあるが今後アメリカを抜いて世界一の経済大国になろうとしている中国の理解には必要な本だろう。

きくなみ弘のまとめを中心にその比較をしてみる。

  • 市場経済から見た中国は?

芦田文夫、中国は市場経済を通じて社会主義への途中。但し市場経済の暴走は許されない

井出啓二、「社会主義市場経済」論。社会主義も市場経済である

大西広、中国は社会主義を目指す私的資本主義である

聴濤弘、「社会主義を目指す国」ではなく「限りなく資本主義へ」である

山本恒人、中国の市場資本主義は現状観察の視点からは「大きな政府型資本主義」であり理論的な認識からは「国家資本主義」である

 

夫々の論者の発言の中から興味のある所を拾ってみた。

  • 芦田文夫、

「中国は時代区分でみると「半封建・半殖民地社会」から「新民主主義」(194951)、「資本主義から社会主義への過渡期」総路線(1953~)、改革・解放!(1978~)(市場経済化第一段階・第一段階)」 

  • 井出啓二、

「中国は、一定規模の生産書手段を社会が掌握し、マクロ経済制御を行い、階級・搾取の廃し、共同富裕化に向かっている社会と見え、社会主義と体制規定するしかないと考えている。階級社会の廃止方向、共同富裕化、経済の意識的制御がいぜん私にとっての社会主義の定義・基準である。」

「商品・市場経済を資本主義と等置する理解、あるいは柄谷行人のように、生産様式ではなく交換様式によって体制・制度を規定する試みは説得的ではないと考えている。「資本主義にも社会主義にも商品・市場経済はある、それは体制を規定するものではない」という鄧小平の断定の方が正確であろう。」

「周近平政権は、政治的には保守的または守旧的である。前政権期の民主主義的雰囲気が消えた面がある。他方、汚職撲滅、幹部の特権廃止、透明性の拡大、経済改革の推進の店では、前政権よりはるかにアクティブであり、実績を上げている。私は中国の政体の現状はアメリカの一部の学者が指摘しているように「限りなく民主主義に近い一党制」であると考えている。」

  • 大西広、

「私の生産力理論は故中村静冶大阪市立大学名誉教授に由来するが、氏は機械制大工業の下では資本主義しかありえず、したがって社会主義を必要とするのはまったく新しい技術体系であるとされていた。当時にAI技術は存在しなかったが、生きておられればAI技術を、新社会を必然とする技術体系として主張されていただろう。」

「史的唯物論のいう生産関係とは「形式」でどうでもいい「飾りもの」ではない。私はこのことと、先の「市場」論を合わせると中国は経済体制としては「限りなく資本主義へ」とならざるをえないと考えている。なお付言しておきたいのは「20世紀社会主義」の失敗は、生産手段の共有制そのものにあったというより、公有制のもとで(国有化であれ集団的所有であれ)どう労働者が労働のモチベーションをもつかという「労働の組織化」ができなかったところにある、ということである。それはいまの中国を含めていまだ発見されておない。「アソシエーション論」や「熟議型社会主義」といった積極的アイデアーが提起されているが具体的姿はまだみえてこない。これもマルクスの創造的発展が求められる点である。」

「共産党であっても政権党になった場合「国益」ということを考えて外交を進めなければならない。その場合、現実というものを見なければならない。しかし同時に現実をぶち破る斬新な外交路線を示し実行し現実を変えていく努力をかさねてこそ、政権についた共産党・社会主義政権の意義があるはずである。レーニンは政権につくとすべての民族の民族自決権を実際に認め、ただちに帝政ロシアの支配下にあったポーランド、フィンランド、バルト三国の独立を認めた。(中略)さらにソヴィエト政権が初めて国際会議に出席できた1922年のジェノバ会議で当時の凶悪兵器であった毒ガス兵器禁止条約の締結を提起した。これはインターナショナリズムとナショナリズムを正確に結びつけたものである。」 

  • 山本恒人

「林毅夫(北京大学新構造経済学研究院院長)の総括的論評は明快であり、中国の経済的成功の本質的要件を解き明かしている。なかでも「後発の利益を十分に活用できたという認識は経済学者として際立って優れたものである。彼が指摘するように「「後発の利益」こそ中国の今日の発展を理解し、説明する最も重要な視点だといえよう。」

――

他に香港問題なども議論されているが紹介しきれなかった。

チベットやウイグルのことも探求が必要だろう。

今回中国の内情についての認識をあらたにしたがまだまだ中国については知らなければならないことがたくさんある。

そして中国の歴史的位置付けや現状を知ることは日本の将来の姿も想像させる。

コロナ禍のなか、日本の政権が変わろうとしており、今後日本政治の激変が予想される。

政治の季節に社会主義というものをじっくり考えてみたい。

2020/09/01 大津留公彦

2020年8月19日 (水)

五行歌に興味を持った ―五行歌交流誌 南の風 十五周年記念歌集―を読んだ

五行歌に興味を持った

―五行歌交流誌 南の風 十五周年記念歌集―を読んだ

 

この歌集を読んで五行歌というものに興味を持った。

私は短歌を作っている。我が「新日本歌人」には「行分け」欄というものがあり、この本を送って頂いた福岡の高原伸夫さんはその欄の投稿者だ。そこに投稿される歌が短歌なのかというのはいつも誌上で議論されている。

短歌というものが五七五七七と五句組み合わせた三十一文字の歌体という意味では短歌ではない。しかし短歌雑誌「新日本歌人」の「行分け」欄に高原さんらの歌が業分け欄に掲載されているのは短歌として評価されているからだと思います。私も時々この「行分け」欄にほぼ定型の歌を、行を分けた方がいいと思うときに投稿している。

そぅいう意味では五行歌というのは短歌(特に行分け短歌=自由律短歌)と詩の間に跨ってある詩形なのでしょう。

五行歌の約束事は五行に分けて書くということだけのようですから短歌より制約は少ないでしょう。五行歌の字数には大きく差があるようです。(選んだ歌の中では二十三音から六十四音まであった。)

私は俳句もやりますが俳句には季語等の約束事がありもっと制約があります。

五行歌のいいところは詩のような構成を考える必要も無く短歌や俳句のような音数等の制約もないということでしょう。

尤も長年短歌や俳句をやってきた者には音数の制限がないという事は歌の調べが出来ないということを感じざるを得ません。従って暗唱性が弱いと言えるでしょう。ただ世の中の流れがこういう自由な詩形を求めているのかも知れません。

短歌や俳句は教科書に載っていますが五行歌は載っていません。五行歌はこれからの詩形なのかも知れません。

何れにせよ短詩形文学は短いのでSNSなどとは親和性が高く全体としてこれからの文学だと思います。

以下選んだ十首を挙げて終わります。

――

医師中村哲氏のお別れ会参列

国境を越えて

無念と感謝の想いを

胸に刻んで生きる

「天、共にあり」  えこママ(福岡)

 

どんな嫌な過去も

「日にち薬」で癒される

時間は記憶の彼方へ

運び去る

心に折り合いを付けて暮らす 江頭祥子(福岡)

 

パンデミック

世界中の人々よ

戦う相手はコロナだ

人間同士が

争っている時じゃない    岡田喜代子(茨城)

 

もう一度

満ちるために

一度

欠けることを

選ぶ            甲斐みどり(福岡)

 

刷り硝子に映る

あなたと私が

描く曲線は

黄金色の夕焼に

クリムトの『接吻』     数 かえる(東京)

 

あなたの身に起きた事

あなたと共に

死んでいった 多くの人の事

伝えていきます

それが私に出来る事

私の祈りとともに      空(福岡)

 

自分とは何なのか

いかに生きるべきかと

交わした交換日記

今は本立ての端で

眠っている         熊谷敦子(福岡)

 

(特選)自分史を語る時

キーワードは

水俣病

被爆者

そしてつれあい       熊谷芳夫(福岡)

 

人間にも

器がある

中村哲さんのような

高潔な人物と

私欲・卑小の総理と     高原伸夫(福岡)

 

 

いいこともあるな

何だか生きることに

ひたすらに

なって来た感じ

残りの人生少なくなって   高原美智子(福岡)

 

以上です。 

 

657ecc03c9f14878bf0a00bd010446b1

2020年7月29日 (水)

フェイクニュースの見分け方(烏賀陽(うがや)弘道著)を読んだ

E577fe9d7d04420094d39d04bd6331a4

フェイクニュースの見分け方(烏賀陽(うがや)弘道著)を読んだ

 

この本は一月万冊という夫婦でよく観ているyoutubeの番組のコメンテーターの書いた本です。一月万冊は清水有高さんが一日四本放映している番組で、烏賀陽さんはその内最も登場回数の多い人で、元朝日新聞の記者です。

 

ニュースや論考を見る上で、こういうところが参考になりました。

「オピニオンは捨てよ」

「発信者が不明の情報は捨てよ」

「主語のない文章は疑え」

「空間軸と時間軸を拡げて見よ」

「ステレオタイプの物語は要警戒」

「アマゾンの有効な活用法」

「妄想癖・虚言癖の特徴とは」

 

この本はフェイクニュースの見分け方の理解と同時に本を書く上での参考にもなります。

 

「本を出すことの意味」という項から引用します。

  • 活字型発信の中では、ブログや雑誌・新聞記事を書くより長い期間のコミットメントと知的作業が必要である。
  • 調査・取材・執筆にかける力が必要。
  • 構成を考える設計力が必要。
  • 読者が買って最後まで読んでくれる魅力が求められる。
  • 個人で作業を完結させなくてはならない。
  • 「何をテーマに書くか」という着想力が要求される。

 

タイトルだけですが中身は推測できると思います。

私の関わる短詩形文学の世界の発信でも共通することがあるような気がします。

 

フェイクニュースの見分け方を知りたい人と本を書こうと思っている人にお勧めしたい一冊です。

 

2020729日 大津留公彦

2020年6月25日 (木)

鈴木太郎詩集―こだまする風景―を読んだ

鈴木太郎詩集―こだまする風景―を読んだ

この詩集を読んで一つ思ったことがある。

短歌には連作という手法があるが詩とはその連作ではないかという思いだ。

我が「新日本歌人」にも最近は五行歌が登場しているがその連作はまさに詩と言うに相応しい。俳句→短歌→詩→小説という流れはないだろうか?

私は俳句を作りそれから短歌を作ることを一つの作り方としている。

一つのテーマで八首作ることにしているので合計二百四十八音の詩とはいえないだろうか?

そこから小説までは距離があるが、昔自分が書いた詩を基に掌編小説にしたことがある。

いづれ詩にも小説にも挑戦してみたい。

昔短歌の世界にも「詩への解消」という流れがあった。

今はその流れは否定されている。

いずれにせよ文学四ジャンルはそう遠い位置にはないと思う。

まあ近くに住む親戚位の関係ではあると思う。

 

「こだまする風景」は鈴木太郎さん(以下いつもように太郎さんと呼ぶ)の傘寿を記念しての七冊目の詩集です。

 

この本のタイトルとなっている「こだまする風景」という最初のフレーズはこれです。

 

ふと立ち止まってしまう風景

それは決まって秋の夕暮れ

広い野原がひろがっている

 

七音が六回繰り返されて計四十二音です。

一つ次のフレーズはこれです。

 

誰かが叫ぶと

誰かが叫んでいるように

こだまが帰ってくる風景

そのなかにじっと息をひそめる

 

四十六音です。

 

人が生きるということは

ありのままがいいのだ

つまらない相克にまみれた

いつわりの衣装が多すぎる

 

四十七音です。

 

それぞれを私風にアレンジして定型短歌風にしてみますと

 

広い野原

ふと立ち止まってしまう風景

それは決まって

秋の夕暮れ

 

こだまくる

誰かが叫んでいるように

そのなかにじっと

息をひそめる

 

つまらない

相克まみれのいつわりよ

ありのままがいい

人が生きるは

 

無理に短歌風にしてしまいましたが元のままで短歌として認めよと言われれば私は認めます。

短歌も俳句も詩の一部だと思います。

 

この一連の詩の中で印象的だったのは「ごんぼ、食いたい」と「河内が好きや」の故郷シリーズです。

 

おかんの夢は見たけれど

おとんの夢はまだ見たことがない

(二十八音です)

果たして太郎さんはおとんの夢を見れるでしょうか?

 

この詩集は「七月の太陽」という印象的な詩で締めくくられているのでそれの最後のところを紹介します。

 

あなたは

いつのときも戦争反対の旗幟を鮮明にして

いのちをかけてきた

貴重な時間を刻みつづけてきたのだ

 

風に揺れていた苗木も

いま大樹になって花を咲かせ葉を繁らせている

それぞれの歴史を積み重ね

紺碧の空は強靭な響きを讃えている

 

あなたは

明晰な理性とともに

新しい地平にたっている

太陽は頭上に輝いていた

 

あなたが誕生したのは七月だ

 

――

明日この「あなた」は誰かを太郎さんに聞いてみようと思います。

 

2020年6月25日 大津留公彦

2a4595aa45294883815ec4138dca6b2a

2020年6月18日 (木)

小池百合子は当選しても失職する―「女帝・小池百合子」を読んだー

小池百合子は当選しても失職するーこれがこの本を読んでの感想です。

選管への立候補の届出に「カイロ大学卒業」と書いているなら公選法違反で訴えられたら負けるだろう。

驚くような数々の「嘘」のオンパレードに胸糞悪くなった。

最初で最大で小池の出発点になった嘘は「カイロ大学首席卒業」。

小池が一度も本に書いたことのないカイロで二年も一緒に住んでいた人の人生の終わり近くでの告発に嘘はない。

小池が試験に落ちて日本に一時帰国した時に持って帰った新聞に「カイロ大学首席卒業」と書いていたのに驚いて「そういうことにしちゃったの?」と聞くと小池は「うん」と言った。

これを事実でないと覆すにはこの同居人を小池が訴えるしかないがそういう動きはない。

ヒトラーは嘘も何度も言えば本当になると言ったというが、小池はまさにこのヒトラーの言の忠実な実行者だったようだ。

しかも嘘は大きい方がいいと思うのか「卒業」に「首席」という言葉を付けている。

しかし同居人によると小池のアラビア語は「this is a pen」のレベルだという。

成績表も上級レベルではない。

コネクションか捏造で卒業証書を手に入れたとしても「首席」というのは余計だろう。

「カイロ大学卒業」と言ってしまったのでついでについ付けてしまったのだろうか?

「虚言癖」の人というのが居るようだが平気で嘘が吐ける小池はまさに「虚言癖」だろう。

 

嘘を書いていると切りがないので以下本の中の小池の人となりを表す言葉を紹介します。

 

「私、日本に帰ったら本を書くつもり。でもそこに早川さん(仮名)のことは書かない。ごめんね。だってバレちゃうからね」(小池)

「彼女は男社会と対峙するのではなく寄り添い、男社会の中で「名誉男性」として扱われれることを好んでいたのだ。だからこそ、彼女は次々と大物たちに目をかけられ、引き上げられていったのだろう。」(著者)

「政権運営の相談に小池が与ることは相変わらずなかった。彼女はあくまでも彼女自身が口にしていたように「チアリーダー」でありグラウンドで試合を戦っていたのは男たちだったからだ。」(細川政権で総務政務次官時に 著者)

「小池さんには別に政治家として、やりたいことはなくて、ただ政治家がやりたいのだと思う。」(池坊保子)

「地元で問題が起こった時、超党派で話あおうとしても、彼女はほとんで参加しなかった。地元に仕返しするために、国会議員になったんか、と思うことさえあった。」(兵庫県の元国会議員)

 

「(水俣病の)最高裁判決が出た夜の記者会見場に私もいましたが、小池さんにはまったく『心』が感じられなかった。(中略)この人には病の苦しみや他者が抱える苦悩は、理解できないのではないか。とても冷たい人なのではないかと感じました。まったく何も学んでいないように見えた」(水俣問題を患者側から支援している女性ジャーナリスト)

「テロ特措法の改正が迫っていることもあり、官僚はレクチャーしようとするが本人が嫌がる「学ぶ」ことはせず、「見せる」ことにしか興味がないのだ。レクチャーを断わり、テレビや雑誌のグラビア撮影を優先する。中越沖地震の視察に赴いても、テレビカメラに映る位置ばかりを気にしている。パフォーマンスに走り、実務は疎かになる。」(著者)

 

公約とした七つのゼロの中で、唯一、彼女が達成したゼロは「ペット殺処分ゼロ」だけである。百五十匹近い犬猫を殺処分した上での「ゼロ」なのだ。老齢、病気持ち、障害のある犬猫は殺処分しても、殺処分とは見なさない、と環境省が方針を変更したからだ。だが、それは伏せて、彼女は「ゼロ」を主張したのだ。

 

最後に「カイロ大学首席卒業」の卒業証書だ。

以下著者の説明です。

彼女は「卒業証書」を極めて不完全な形で三回公表している。

一回目は1982年に出版した自著「振袖、ピラミッドを登る」の扉で使用した。しかしながら、中東の民族衣装に身を包んだ小池の全身写真とコラージュされており、教授たちのサインのある下部が読み取れず、これでは「公表」とはいえないだろう。

二回目は週刊ポスト199349日号で紹介したが名刺の半分にも満たない大きさで、何が書かれているのか一切、読み取ることはできない。

三回目は2016630日フジテレビの「とくダネ!」に「卒業証書」と「卒業証明書」を貸し出して公表し、学歴詐称の噂を否定したのだ、だがこの時も画面に映っていたのは、ごく短い時間であった。

 

どうも四回目の「卒業証書」をこの都知事選で出したらしい一回目と二回目はカイロ大学のロゴマークなどが違うが果たしてどれを出したのだろう。

 

もう一度言おう!小池百合子は当選しても失職する

ならば当選させない方がいい。

今度こそ宇都宮けんじさんを当選させよう!

 

2020/06/18 大津留公彦

<iframe style="width:120px;height:240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0" src="https://rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?ref=tf_til&t=kimihikoootsu-22&m=amazon&o=9&p=8&l=as1&IS1=1&detail=1&asins=B0873YLSWN&linkId=97321933b04a987a428afc12e4ccb00a&bc1=ffffff&lt1=_top&fc1=333333&lc1=0066c0&bg1=ffffff&f=ifr">

    </iframe>




5f171a5760b1431b99da84aae986eb23

2020年6月10日 (水)

君は西田信春を知っているか?([西田信春―蘇る死]を読んで)

君は西田信春を知っているか?([西田信春―蘇る死]を読んで)

私は西田信春という人を友人から回って来たこの本で初めて知った。

西田信春は奈良の十津川をルーツとし1903年(明治36年)に北海道の新十津川で生まれ、大学時代や仕事を東京でし、1933年(昭和8年)211日に福岡で官憲により殺された。

小林多喜二と同年生まれで同年に殺されている。(死亡日は西田が9日早い)

どちらも30歳の若さであった。

九州人であり、福岡で学生時代を送った私としては地名等に馴染みがある。

弁護士の諌山博さんや議員となった田代文久さん(と思われる)も登場し、福岡にとっても西田信春さんは大事な人だったことが分かる。

著者の上杉朋史さんはこの本を書き上げて直ぐに亡くなっているが、この本の執筆動機をこう書いている。

「私が「西田信春とその時代」(元の題)、とりわけ昭和初期の時代背景にこだわって描こうとしたのには理由、動機がある。私自身がその「晩年」を生きる今日の日本の政治状況が、西田の時代ときわめて相似的に映ずることへの危機意識が私の中にあるためだ。」

第二次安倍政権から今に至る時代状況を言っている。

 

この本の解説の中で荻野富士夫は出版の動機をこう書いている。

「ともにほぼ同時代に相次いで特高警察の犠牲となった岩田・西田・多喜二、そして野呂は、同じ政治・社会状況のなかで変革の意志をもちつづけ、それゆえに理不尽な死を強要されたといえる。岩田とともに文筆によって世に立つことのなかった西田を、しかも現代の政治状況と対峙させつつ蘇らせたいという上杉氏の意図を実現させるためにも、この原稿は書籍のかたちで世に問う必然性があると考えた。」

少なくともこの二人の思いは私という一人の読者にヒットした。

 

本論とは関係が少ないが西田と半年間福岡で活動した牛島春子の1957年の事として作者が書いているが「福岡郊外の旅館「ひかり荘」の一室で往時の保護観察所で世話になった人たちの集まりに出席した。「ひかり荘」の主人中村勉は、かつての運動の同志で、夫人は作家火野葦平の妹であり、長男哲はペシャワール会の医師としてパキスタンやアフガニスタンで現地医療などにとりくんでいる人物である。」とあった。

「かつての運動の同志」の息子である中村哲さんに思いは引き継がれていたが昨年末に西田達とは違う形ではあるがやはり殺された。

 

この本が多くの人に読まれる事を望みます。

2020610日 大津留公彦

 

 

66e72a02cb4445efa8394b589e6790c3

2020年4月17日 (金)

闘う!ウイルス・バスターズ-最先端医学からの挑戦―を読みました。

闘う!ウイルス・バスターズ-最先端医学からの挑戦―を読みました。

十年前に「ウイルスに関わる人々」を紹介しようと書かれた本だがコロナウイルスと格闘している今こそ読まれるべき本だと思います。

まさにこの本は「ウイルスに関わる人々」のことが良く分かる。

ロベルト・コッホという世界的権威のある賞を受けた河岡義裕さんと渡辺登喜子という気鋭の女性研究者が内容を分担して書き継いでいる。

 

内容はなぞりませんがいくつか印象に残った点をメモします。

渡辺登喜子さんのいう研究を続けるための重要な三点

  1. 好奇心を持ち、素朴な疑問を大切にしよう。
  2. 疑問に思ったことを実際に実験で試してみよう
  3. パートナーの理解を得ること

    対談の中で

    農林水産省動物医薬品検査所長堺政人さんが宮崎の口蹄疫の豚の殺処分を要求する山田正彦農林水産大臣とそれに反対する東国原英夫宮崎県知事の対立の中で山田正彦農林水産大臣を支持してエース級の牛6頭を避難させて残りは全て殺処分したこと。

     

    世界初のエイズ治療薬AZHを開発した満屋裕明さん(熊本大学教授)がある人に「満屋がAZHなどを見つけたのは単なるまぐれだ」と言われたのに対して「確かにまぐれかもしれません。でもまぐれが起きた時、それを形のあるものにする準備があって初めて、まぐれが良い結果をもたらすのです。」と言っている。またこうも言っている。

    「今の日本の研究費の出し方はおかしいと思う。トップランナーとなる、あるいは応用の『種』となる研究は、何も研究費を5億円、10億円とたくさん出したから生まれるものではありません。今の日本は大きな少数のプロジェクトに大型予算を出す傾向にあるけれど、科学の歴史を見れば、大型予算が付いたようなところからは、画期的な発見はほとんど生まれていません。サイエンスの発展は、しばしば辺境領域から起きています。」

    メインの内容にはほとんど触れていません。本書をお読み下さい。

    2020/04/17 大津留公彦

     

  4.  

2019年12月18日 (水)

田中礼歌集「燈火」を読んだ

田中礼さんの追悼短歌は既に発表していますが、この度処女歌集にして遺稿集となった歌集「燈火」を頂きましたので感想文を書き奥様にお送りしました。

謹んで哀悼の意を表します。


以下です。

田中礼歌集「燈火」を読んだ 大津留公彦

田中礼さんはこの本の発行を待たずに二〇一九年九月十三日に亡くなった。

私がお会いしたのは二〇一八年五月に京都で一回だけである。

文団連の全国交流集会が京都で行われ空いた時間に新日本歌人の京都歌会に参加した。

皆さんが一首ごとに田中さんに感想を求めていたのが印象的でした。

その前の時間に一緒に食事をしたにしんそばの味が思い出深いです。

お送りした会員・購読者の名簿の京都分のコピーを取られて皆さんにお配りしていた。こうやって全国でこの名簿は使われているのだと思い感慨深く、京都は会員が増えるだろうと思った。

田中さんとは新日本歌人、国際啄木学会でご一緒だったが、田中さんは日本ホイットマン協会の会長でもあった。今後ホイットマンを読んでみたいと思います。

 二八一の中から以下十二首を選びました。

P22 病臥五年/今は治ったらとは思うまい/この日々が僕の現実なの

P49 吾がために紺の手袋編む君が歌うがごとく編み目を数う

p65 ナジの政府ソ連が倒すをよしとするビラ書けること生涯の悔い

p75 「否定的」な本も読ませて/語らせろ/そこから強い肯定も出る。

p81 風に鳴る大樹よ語れ学徒兵ここに集いて出征たる日を

p94 出て来るは新妻なればたじろぎぬ通告に行きたる離脱者の家

p99 河上教授かかぐる燈火守りたる人らに連なるひそかなよろこび

p115 二十一世紀生きる子歌子思い切り声上げて泣け朝日差す部屋 

p116 子にものを食わすをただに喜べる父思い出づ子の食う見れば

p158 結局は玉座の前にさえずるや「前衛」短歌の旗手生ける果て

p193 日々進む癌治療法の

      恵みうけ

      八十六歳 歳晩の日々

そして 歌集には掲載されてませんが、「あとがきにかえて」で奥さんのひな子さんが紹介するこの歌です。

     楽鳴りて童話終わりぬガラス窓に淡く夕焼けの光さす時

「あとがきにかえて」から紹介します。

「この歌いいでしょう。ラジオドラマの終わりかしら、イメージがくっきり浮かんで・・。」

「えっ、これ、僕の歌なんやけど。」

「ええっ、ほんとに?」

これが夫、礼と私が短歌について語り合った最初の会話だったと記憶する。結婚したてのことだった。 

若い夫婦の短歌についての会話にほのぼのとした。

 

歌友であり戦友であった田中礼さんのご冥福をお祈りします。

二〇一九年十二月十八日 大津留公彦   

 

参考

 湘南啄木文庫ブログ 追悼 啄木研究者・田中礼先生のこと


     

2019年12月16日 (月)

若者は無限の可能性を持つ

 

若者は無限の可能性を持つ(学長から学生へのメッセージ)(2007年度‐2012年度)(中島三千男著)を読んだ

神奈川大学の学長としての12の式辞をまとめたものです。

テーマは「若者は無限の可能性を持つ」です。

1214日の文団連の加盟団体会議の講演をお聞きした時に買い求めた本です。

2012年の入学式の式辞から毎年語られるエッセンスを紹介しよう

 

 「自分自身を見限らないで下さい」

「高校時代の<実力>が皆さんの生涯を左右するのではなく、大学に入ってからの4年間の過ごし方が、皆さんの生涯を左右する」

「大学4年間の教職員の情熱的な教育と皆さん方の努力がうまく噛み合い、火花を散したとき、スパークをした時、皆さん自身が気づいていなかった才能や能力や世界が大きく開かれる可能性を持つ」ということです。

 

12の式辞を紹介したいところだが詳しくは神奈川大学のホームページを見ていただくとして2012年卒業式で紹介された二つのエピソードを紹介したい。

 

一つは震災以来「東北ボランティア駅伝」として岩手県遠野市を拠点としてボランティア活動を1チーム20人で襷を渡すように継続して取り組み一年で84チーム1300名が参加し、「被災地と心を一つに」のスローガンのもと「自分の事だけ、自分の幸せだけを考えない」「他人思いやり、他者への共感をもつこと」の実践として行われたこと。(多くの学生ボランティア背後には、単位の認定や旅費の負担など大学が援助していたことを知った。)

 

二つはこの年の箱根駅伝での出来事です。

 この年神奈川大学は15位でした。正月2日往路のゴール芦の湖畔で全てゴールしたと応援もやめようとしたとき、応援指導部のリーダーが「まだ東京農大がゴールしてません。最後まで応援して下さい。」と言った。芦の湖の寒い風を受けながら20分間「東農大ガンバレー」「津野君ガンバレー」と声を張り上げ続けた。

20分後津野君がよろけるような足取りで走って行った。

中島さんは「学長としてこうした学生に育ってくれた事を誇りに思った。」と書いている。

数日後ある女性から大学にこういう内容のメールが来たという。

 

各校が撤収したなか神奈川大学チアリーダー初めのとする応援団の方がまだ見えない東農大の選手を一生懸命応援している姿に凄く感動しました。スポーツマンシップの原点を見させていただきました。私は神奈川大学が好きになりました。是非皆様にお伝え下さい。神奈川大学の益々のご活躍をお祈り申し上げます。」

少し感動しましたので紹介しました。

私も神奈川大学が好きになりました。

(入学する歳ではありませんが。)

中島さん有難うございました。

以上です。https://amzn.to/2LYYQDS

 

2019年10月25日 (金)

椎名誠の「孫物語」を読んだ

椎名誠の「孫物語」を読んだ

妻が「これでも読んだら」と渡してくれたのがこの本だった。

私には孫が二人居るが来年の小学校最後の夏休みに6年生の孫と旅行をしたいと思っている。なぜ来年の夏かと言うと自分が仕事をしているので休みが取れないことと、運賃が子ども料金で行ける最後の機会だからだ。

孫には前にそれとなく言ったことがあるがその母親(私の娘)の許可を得られるかどうか判らない。妻は「過去の行動から安全の保証が無いからダメじゃない」と言っている。

しかし、この本を読んでますます一緒に旅行した気持ちが強くなった。

 

この本はサンフランシスコの孫に会いに行く話や、新宿の近くに住む孫との交流などが様々描かれている。

最後の北海道の別荘での孫(最初は一人途中から二人)たちとのしばしの生活が実に魅力的だ。

この別荘を売ろうと考えていた椎名さんが、孫の波太郎君に「植物や虫がいる、あの山の上の家が好きだ」と言われて「ぼく自身の、山の上の隠遁生活の夢作戦はもうかなえられないだろうが、孫たちにそっくり残してやる、というもっとスケールのある夢が生れてきた」と売却をやめたと言うのがすごくいい。

 

この本は「岳物語」「続・岳物語」「三匹のかいじゅう」に継ぐ「ワタクシ小説のようなエッセイのような」本であるが、「続・孫物語」も生れそうな気がする。

 

私は毎日短歌を八首作っているが一緒に暮らしていないこともあってその誕生の時以降は孫がテーマのものは少ない。

椎名さんは252冊の本を書いたそうです。

私はこの二年間で5千首を越える短歌を詠んだ。過去の40年間でそれ以上を詠んでいるから一万首は越えると思う。

その中には三人の子どものこともかなりある。

私の短歌は自然詠や俳句の季語からの歌や、政治・社会詠や、身辺の歌など雑多で書きなぐりの感があるが自分の日記としての記録が残って行っているし、今後も書いて行きたいと思う。

 

「岳物語」は椎名さんのタイトル案は「じいじいのヨロコビ」だったそうだが、その「じいじいのヨロコビ」を私も今後も味わって行きたい。

新しい孫も生れるようだし。

 

20191025日 大津留公彦

<SCRIPT charset="utf-8" type="text/javascript" src="//ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?rt=tf_ssw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Fkimihikoootsu-22%2F8003%2Ff8cdf3e2-1aa8-4fab-9677-e40ace16f652&Operation=GetScriptTemplate"> </SCRIPT> <NOSCRIPT><A rel="nofollow" HREF="//ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?rt=tf_ssw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Fkimihikoootsu-22%2F8003%2Ff8cdf3e2-1aa8-4fab-9677-e40ace16f652&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</A></NOSCRIPT>

その他のカテゴリー

1万歩日記 2014都知事選 2016都知事選 2020都知事選 3.11 717短歌・俳句勉強会 9.11 abend CO2削減 facebook google iphone iphone apri IT mac M男の映画評論 NHK sst不当解雇 TPP twitter ustream youtube おいしい店紹介 お食事処 ことわざ たっちゃん どきどきブログ句会 まんがで読破 みんなの党 わらび座 アジア アベロ イベント紹介 イラク インターネット新聞『JanJan』 エコ オバマ オーマイニュース キャンプ サッカー タビサ チベット テレビ テロ特措法 ネズミ講 バラとガーデニングショー ファスレーン365 ブログ紹介 メルマガ「おは!twitter俳句」 メーリングリスト ラジオ ワーキングプア 三郷 中国 中国残留孤児 九州大学 九条世界会議 五島 井上ひさし 今日の日経から 今日は何の日 介護保険 企業経営論 会の案内 俳句 俳論 健康 共謀法 内野事件 創価学会 労働問題 北朝鮮 医療 原子力発電 句会 周辺の花・景色 啄木 回文 国民投票法案 地方自治 地震 埼玉 大分 大津留の映画評論 大津留公彦 大津留選俳句 太陽光発電 子宮頸がんワクチン 安倍晋三 小林多喜二 小田実 山頭火二豊路の足跡と句碑めぐり 川柳 希望のまち東京をつくる会 平和への結集 年金 広島.長崎 庄内 従軍慰安婦問題 憲法九条 我が家の庭 戦争と平和 教育 教育基本法 文団連 新宿 新宿の昼飯処 新日本歌人 新聞 日本共産党 日本橋 映像関係 映画 東京 東京電力 東日本大地震 歌論 正岡子規 民主党 沖縄 沢田研二 活動家一丁あがり 消費税 温泉 湯布院 湯平 現代短歌研究会 環境問題 田中宇の国際ニュース 短歌 石川啄木 社会 社民党 福岡 福田康夫 秋田 種田山頭火 立ち枯れ日本 立憲民主党 米軍保護法案 経済・政治・国際 署名 美術 美術展 自民党 芝居 芸能・アイドル 菅直人 藤原紀香 行事案内 詩論 読書感想文 貧困 資格 趣味 農業 連歌 選挙 陸前高田 電子出版 電気代一時不払いプロジェクト 青年 非正規雇用 音楽

無料ブログはココログ

カテゴリー