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カテゴリー「M男の映画評論」の記事

2010年4月 6日 (火)

「カティンの森」

(現在コメントが出来なくなっています。急ぎはメールフォームからメールをお願いします。)

M男さんの映画評論です。

今回は「カティンの森」です。

東京では岩波ホールでやっています。

歴史の欠落した一ページを埋めた映画と言えるでしょう。

M男さんの文章の最後は日本人に向けられています。

ポーランドは将来を担う多くの優秀な人材を失ったこととソ連による支配で、戦後永らく政治的・文化的発展を阻害された。ソ連が事件をスターリンの命令による内務人民委員会(秘密警察)の犯行だったと認めたのは1990年、ゴルバチョフ大統領になってからである。
一方、全く同様の問題として、日本は第二次世界大戦における朝鮮・中国やアジアの人々に対する謝罪と補償の早急な解決を迫られている。
                                     (M男)

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2010年4月 1日 (木)

「おとうと」

M男さんの映画評論です。

今回は「おとうと」

もうすぐ上映が終わる映画です。

私にはおとうとはいない
しかしいもうとがひとりいる
改めて大事にしたいと思いました。

公式ホームページのコメント欄から著名人のコメントの一部を紹介します。

ーーーーー

喧嘩したって、憎しみ合ったって肉親の絆は断ち切れるものじゃない。
画面を通してその情を伝えている。
どんなに悪態をついたとて、姉ちゃん、おおきにと云って死んで逝く弟を
胸にする姉弟の絆、見事に画き出している。
―――海老名香葉子さん(エッセイスト)


たった一人だけでいい。
人生で自分の味方になってくれる人がいたら…。
人はそれだけで、前を向いて生きていけるのですね。
吉永小百合さんと鶴瓶さんの姉弟愛に、涙が止まりませんでした。
―――小林幸子さん(歌手)


家族でもないのに、無条件で愛してくれる人たちがいる!
最後の看取りの家の場面で、この泣き笑いの映画は「家族の物語」を超えた。
―――高畑勲さん(アニメーション映画監督)
鶴瓶演じる“鉄郎”に、“寅さん”の面影を感じた。
『男はつらいよ』シリーズでは、看取ることが叶わなかった寅さんの最期――
山田監督は、寅さんへのオマージュを込めて本作の鉄郎にその想いを投影させたのではないだろうか
―――弘兼憲史さん (漫画家/「島耕作」シリーズ、「黄昏流星群」)

切っても切れない縁(えにし)のリボンで結ばれた家族。
どこにいてもケンカをしても、元気でも、いつも心の奥に深く宿る家族への想い。
この大きな地球で1度しかない人生、何故あなたと出会ったのでしょう。かけがえのない家族。
―――森山良子さん(歌手)

映画『おとうと』スペシャル動画 【1】

ーーーーー
では
シネマぶらり観て歩き(133)
です

続きを読む "「おとうと」" »

2010年2月25日 (木)

「カティンの森」

久しぶりのM男さんの映画評論です。

以前の物は本となっています。
右のリンク先の中にあります。


今回の評論はアンジェイ・ワイダ監督作品「カティンの森」です。
スティーヴン・スピルバーグ監督が「シンドラーのリスト」を作らざるを得なかったようにアンジェイ・ワイダ監督はこの映画を作らざるを得なかったのでしょう。

(規模は違えど我々もみな誰もが自分が表現せざるを得ないものがあると思います。)

M男さんの居られる福岡では映画館を変えてのロングランになっているそうです。

東京では岩波ホールでやっています。

私も是非見たい映画です。


続きを読む "「カティンの森」" »

2010年2月24日 (水)

「アパートの鍵貸します」を観た

Photo

今夜BS2で映画「アパートの鍵貸します」を初めて観た。
(妻は二度目で細かいところに改めて感心していたが)

1960年に出来た巨大生命保険会社が舞台の映画。

古き良きアメリカの会社という感じで社内でクリスマスパーティーがあったり皆が
運命共同体と言った感じ。
派遣社員や契約社員といった感じの殺伐さがないのは主人公の一人のシャーリー マクレーン演ずるエレベーターガールまで含めて全員が社員だからだろう。

ラブコメディなので不倫や社内恋愛の話ばかりなのだが私は会社の在り方というものを感じながら観た。

会社は従業員の為のものだ。
派遣労働などという形を進め、都合が悪くなれば派遣切りをして何とも思わない経営者の在り方を思った。
昨日一昨日の派遣村の記事を書いた事もあり、そんな見方をしてしまった。

ビル ワイルダー監督はそんな見方を予定はしていなかっただろうがーーーー

以下amazonより
http://www.amazon.co.jp/アパートの鍵貸します-DVD-ビリー・ワイルダー/dp/B00005TOGT
内容紹介
アカデミー賞作品賞他、計5部門を受賞。
名匠ビリー・ワイルダーがサラリーマンの悲哀をペーソスたっぷりに描く、
ハリウッド屈指の傑作コメディ!

<キャスト&スタッフ>
C・C・バクスター(バド)…ジャック・レモン
フラン…シャーリー・マクレーン
J・D・シェルドレイク…フレッド・マクマレイ

監督・製作・脚本:ビリー・ワイルダー
脚本:I.A.Lダイヤモンド
撮影:ジョーゼフ・ラシェル

●字幕翻訳:柴田香代子

<ストーリー>
上役の情事の為に自分のアパートを貸しているしがない会社員バド。それもみんな出世のため。だが、人事部長がつれ込んできたエレベーターガールの女性フランは、バドの意中の人だった。出世か、それとも恋人か、最後にバドが選んだ答えとは……?

<ポイント>
◎1960年アカデミー賞主要5部門受賞(作品賞/監督賞/脚本賞/美術監督・装置賞/編集賞)
●「ハリウッドが生み出したコメディの最高傑作」とうたわれた、ビリー・ワイルダー監督の傑作コメディ。名優ジャック・レモンが扮する悲哀溢れるサラリーマン、キュートな魅力を放つシャーリー・マクレーンなど、キャスト陣も秀逸。

<特典>
●オリジナル劇場予告編

Amazon.co.jp
   独身で保険会社の平社員バドは、出世の糸口として上司の逢い引きに、自分のアパートの部屋を提供することを思いつく。ところがある日、課長が自分の部屋に連れ込んできた会社のエレベーターガールは、バドが密かに思いを寄せる女性だった…。
   サラリーマンの悲哀をペーソス豊かにつづったソフィスティケーションコメディ。名匠ビリー・ワイルダー監督の代表作のなかでも、特に語られることの多い名作である。主演のジャック・レモン、シャーリー・マクレーンの息の合ったコンビネーションも魅力的だ。60年度のアカデミー賞では作品、監督、オリジナル脚本、編集、美術監督賞を、ヴェネツィア国際映画祭ではマクレーンが主演女優賞を、それぞれ受賞している。(的田也寸志)

アパートの鍵貸します

今日はこんな所です。
おやすみなさい!
ーーーーー
民主党政権は「4年間は消費税増税凍結」を言うが、その後は「上げない」とは一切言っていません。
4年後増税を許さないために、キャンペーン第4弾!
消費税増税絶対反対!大脇道場で勉強しよう!

ーーーーーーーー
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2009年1月18日 (日)

「シネマ私の旅1999ー2008」

私の学校の先輩である杉谷雅博さんが映画の感想文を本にまとめられた。

「シネマ私の旅1999ー2008」という本である。

病院の社内報に書かれた映画評である。
おわりににはこう書かれている。

私が何よりよく観ようと努めたのは、作品に描かれた時代と人間であった。
したがって、映画雹と言うより映画を題材にしたエッセイというべきかもしれない。

言われるように私も、映画の紹介よりも杉谷さんの「エッセイ」が毎回面白かった。
良く杉谷さんの人間性が出ていた。

社内報に出た119編の内91編を収録している。

この内の最近の27篇は私のブログのコーナーであたったM男の映画評論http://ootsuru.cocolog-nifty.com/blog/cat6484715/index.htmlで私のコメントと共に紹介しているが多くはデジタル化されいない。
一部を読まれたい方はこのブログをここをお読み下さい。
全篇をお読みになりたい方はここから購入下さい。

以下フラガールのところの紹介です。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
フラガール!についてはすでにフラガール賛歌で書きましたがM男さんからも寄せられたので掲載します。
このブログはM男さん映画評論ブログでもあります。

「当時はこうして周りのみんなから信頼される人間になることが人生の最大公約数的な目標ではなかったか。決して、金持ちになること、勝ち組になることではなかったような気がする。子どもが生まれ、成長し、結婚し、孫が生まれる。親は子の成長に喜びを見出し、子どもも親の願いに応えようとした。そのために、一所懸命働いた。働くことによって、自分の成長と家族の幸せと戦後の復興がイクオールで結ばれているという誇りがあった。だから、仕事や生活の空間には良くなろうという意欲と充実感がみなぎっていた。」

最近の教育の問題事件を見るたびに「地域の教育力」という言葉を思う。
子どもは近所のおじさんや友達自身が教育していた。
昔の親は教育に今ほど関心がなかった。

自分もテストの前にあそんでいたら「中学校になったら試験の前は勉強するものだ」と近所のお兄ちゃんに言われた事を覚えている。

教育基本法や憲法九条があったから日本は戦後犯罪が一路減ってきた。
教育基本法に濡れ衣を着せてはいけない!
真犯人はほかにいる。

フラガール!から離れてしまった。
昭和三十年代が時代背景の映画が多かったのが確かに今年の特筆すべき事だろう。
私もフラガール!を今年のトップグループに評価する。
今年の自分ランキングを作ってみたい。
皆さんのランキングも教えて下さい。

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以下M男さんの映画「フラガール!」評論です。

続きを読む "「シネマ私の旅1999ー2008」" »

2008年11月18日 (火)

その日のまえに(M男の映画評論最終回)

M男さんの映画評論は今回で最終回です。

今までの分は本になる予定です。

本になりましたらこのブログで紹介します。

最終回は 「その日のまえに 」です。

「おくりびと」よりもあざとさのない死を描きながら実は生を描いている、内面にせまる良い作品
だそうです。

再見!

ーーーーーーーーーーーーーー

シネマぶらり観て歩き(117)

 その日のまえに              邦画

 

売れっ子イラストレーターの日野原健大(南原清隆)は妻とし子(永作博美)、健哉、大輔の二人の息子と幸せに暮らしていた。ある日、体調不良で受診したとし子は突然の余命宣告を受ける。夫婦は“その日”を迎える準備を始めた。スタートは最初に住んでいた町を訪問すること。18年ぶりに訪れた駅前通りは随分変わっていたが、少し入った商店街には思い出の店があった。結婚当時、暮らしていたアパートも残っていた。懐かしさがこみ上げてきた……。

 

けふのうちに

とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ

みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ

(あめゆじゅとてちてけんじゃ)

 

原作者・重松清と脚本家・市川森一はかつて読んだ宮澤賢治の「永訣

えいけつの朝」の「あめゆじゅとてちてけんじゃ」の不思議な余韻を頭の片隅にとどめていたのだろう。

)

市川は原作の後半にわずか数行あったこの詩を作品全体に膨らませ、監督・大林宣彦はそのイメージをスクリーンの上に映像の可能性ぎりぎりまで表現した。詩の情感や節度をいささかも失うことなく。

 

 

(いろの暗い雲から

そう)

(

えん)

  みぞれはびちょびちょ沈んでくる

  ああとし子

  死ぬといういまごろになって

  わたくしをいっしょうあかるくするために

  こんなさっぱりした雪のひとわんを

  おまえはわたくしにたのんだのだ

  ありがたうわたくしのけなげないもうとよ

  わたくしもまっすぐにすすんでいくから

  (あめゆじゅとてちてけんじゃ)  

 

賢治の2つ年下の妹トシ(とし子)は日本女子大を出た後、花巻高女の教諭をしていたが、大正111124才で病没する。死を前にした妹が賢治に「あめゆじゅ」(みぞれ)を取ってきてくれと頼む。妹が兄にしてやれるのは暗い部屋から表に出すことだけだった。賢治はジュンサイの模様のついた茶碗を天にかざし、みぞれを受けた。一度聞いたら忘れられない光景。かつて東北の旅で岩手を訪れた時、年配のバスガイドが朗読した詩と語りに私は思わず涙を流した。

「僕たちはいずれ訪れる和美の死を『その日』と読んだ」(原作から)

市川は原作の妻の名“和美”を賢治の妹と同じ“とし子”に変え、出身を岩手県にした。映画は「その日」を迎えるとし子の闘病と一家の日常を行きつ、戻りつしながら描く。基調をなすのはこの詩であり、物語全体の枠組みをなすのは賢治の世界である。

愛するものの死は辛い。しかし、夫婦は受け入れていく。とし子はその日を準備する。つとめて明るく振舞おうとするとし子の姿が観客の胸を締めつける。そして、入院。とし子は元気な姿を記憶に残したいと子どもたちとの面会を拒む。

「風呂からあがって髪を乾かし、歯を磨いておこうと洗面台の棚に手を伸ばした。スタンドに立つ歯ブラシは三本。青が僕、黄緑が健哉、白が大輔。和美は入院前に自分の歯ブラシを処分していた。

 手回しがよすぎるよな、と苦笑した顔が鏡に映る。鏡の中の自分と目があうと日常を保てなくなりそうなので、そっぽを向いて、歯ブラシをとった」(原作)

原作者はとし子のいない日野原家の日常を読み手のイメージのなかに静かに落としこんでいる。

説明過剰とも思える描写だがどこか透明感を帯びる。

大林監督はこのトーンをファンタジーの世界に置き換えた。

一家が住むマンションの壁にはとし子が青いペンキを塗りかけたままにしている。壁は空につながる。「あめゆじゅ」が降ってきた空だ。その明るく晴れ渡った空(壁)に飛行機雲がゆっくり伸びる。悲しみがトレースされる。

映画は夫婦を軸にかつて暮らした町に住む人々たちやとし子の親をめぐるエピソードを伏線として加える。彼らは「銀河鉄道の夜」や「セロひきのゴーシュ」などに出てくる賢治の作品の登場人物たちである。

圧巻はとし子の死から三ヵ月、病院の看護師長がとし子から預かった手紙を健大に渡す場面である。そこに書いてあったのは……。

死を題材にした作品だが暗く悲しい印象はない。あまりにも短い人生の悲嘆としてではなく、避けられないその日までひたむきに生きた時間を主人公と共有するからであろう。館を出て、あらためて気づくのは普段見えていない日常の尊さだった。

「やっぱり、海のにおい、するよ」

その日へ向けてスタートとなる電車のなかでとし子は言った。海辺はまだ遠くにあった。

 

 主役の南原清隆、永作博美が好演。南原はお笑いタレントのイメージを払拭させる演技。永作は病気が進行するなか、明るい笑顔の奥にぞっとするような悲しみを見せる。全編に流れるチェロが悲しい。生と死と宮澤賢治とファンタジーがスクリーン上で得も言われぬ化学反応を起している。大林監督の最高傑作といえるだろう。

 

                                   (M男)

*引用した詩は「宮澤賢治詩集」(浅野晃編 白鳳社)、原作は「その日のまえに」(文芸春秋)


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2008年10月17日 (金)

インツゥ・ザ・ワイルド

M男さんの映画評論です。

今回はインツゥ・ザ・ワイルドです。

レイトショーで9:10にに始まり終映は11:40だったそうです!
「モーターサイクル・ダイアリーズ」を思い出しながら観ていたら、撮影は同一人物だったそうです。
人間の死について考えることになりそうです。

ーーー

シネマぶらり観て歩き(116)
インツゥ・ザ・ワイルド
                                アメリカ

1992年9月、アラスカ、マッキンレー山の荒野でヘラジカを追っていたハンターの一団が廃バスのなかに男の腐乱死体を発見した。ジャーナリスト、ジョン・クラカワーは『アウトサイド』誌の編集長から男の謎に迫る記事を書くよう依頼された。男の名はクリストファー・ジョンソン・マッカンドレス。ワシントンDC近郊の高級住宅街で育ち、1990年の夏にエモール大学を優秀な成績で卒業後、姿を消していた。クラカワーは9千字からなる記事を『アウトサイド』に発表した後も追跡を続け、”IN TO THE WILD”(邦訳「荒野へ」集英社)として出版した。本に感銘を受けた俳優でもあるショーン・ペンが10年間の構想の後、映画化した。
クリス(エミール・ハーシュ)の父親はNASAに勤務し、その後、会社を立ち上げたアメリカ社会の成功者だった。クリスと妹カリーンはお金には不自由なく育った。父親には正妻と子どもがいた。だから、離婚するまでクリスと妹は私生児ということになる。両親はしばしば激しく喧嘩し、兄妹は父親のDVを嫌と言うほど見た。破綻した関係だったが外では良い夫婦だった。
大学卒業の日、お祝いに新しい車を買ってやると言う父親の申し出をクリスは拒否した。彼には自分で買った中古ダットサンがあった。彼は残った学資金を慈善団体に全額寄付し、手持ちの紙幣を燃やして、あてどのない旅にでた。なにものにも囚われない自由をもとめて。勿論、お金なしでは生きてゆけない。ヒッチハイクと日銭稼ぎの仕事を繰り返し、目的地アラスカ山脈の荒野へ到着した。そこには廃棄されたバスがあり、クリスはMagic Busと名づけてそこを住処に自力で生活をはじめた。彼が尊敬したトルストイのようなストイックな生活が続くはずであった……。
映画は原作にほぼ忠実に作られている。最期の場所となった廃バスとそこに至る旅路をカットバックで追う。彼は何を求めてアラスカに行ったのか。なぜ、バスのなかで死んだのか。抑制の効いた演出でクリスの足跡を追う。
青春期、社会が偽善と虚飾に満ちていると思うことがある。放浪の旅に出たり、小悪に手を出したりしてしばしばドロップアウトする。絶望して自死することもある。クリスもそんな若者の一人だった。彼は当座の問題として社会への妥協を拒否した。背景として父親への反発も無視できない。ともかくも卒業式の後、“Society! Society!”と唾棄しながら、旅立って行った。
映画では旅で出会った人々との交流が丹念に描かれる。クリスは決して人間嫌いではなかった。北カリフォルニアの大自然のなかでヒッピーのカップルとしばし旅をともにし、人生を語らった。サウスダコタ州の大農場で兄のように慕う男と会い、トラクターを操った。アウトサイダーたちが集まるスラブ・シティのコミュニティでは美しい歌手の少女と出会い、一途な思いを向けられた。カリフォルニアのソルトン・シティではフランツという老人とめぐり合い、お互いの身の上話をした。打ち解けあううちに、老人は自分の養子になってくれと懇願する。が、彼の心は一途にアラスカへ向かっていた。
クラカワーが『アウトサイド』誌の記事にたいする反響を述べている。「大量の投書が寄せられ、相当数の手紙はマッカンドレスを非難していた。なかには、ばかばかしい無意味な死と考える者たちもいて、記事の筆者である私も、彼を賛美しているとして非難された」(前掲書)。
映画への感想にも同種のものがある。昭和に育った中高年より、若い世代の方がクリスにたいして「愚か者」「甘ったれ」と手厳しいようだ。この非難はある意味、健全といえるし、また、今日という時代の余裕のなさを示しているともいえる。
しかし、彼には死ぬつもりは毛頭なかった。物質的には貧しいが精神的に満たされた生活を求めて山に入ったのだから。ただ、彼は社会を憎むことと社会が生み出したものを受け入れることの違いを混同したのかもしれない。あと少しの食料と荒野に生きる知識さえあれば彼はふたたび家族のもとへ帰ってきたはずだ。
クラカワーは同著「作者ノート」でクリスに対する評価は読者におまかせしたいと結んだ。しかし、原作を通底しているのは妹カリーンの視点である。カリーンは兄を深く愛し、尊敬していた。温もりのない家庭のなかで身を寄せ合って育ったかけがえのない兄である。
ペンはその視点を保持しながら、自然と人間、社会と個人などをコントラスト濃く浮き上がらせた。短かったけれどこう歩むしかなかった若い生命の燃焼。クリスの生き方にたいする相反する意見におそらくペンはどちらにもうなずきながら聞くことだろう。
クリスは死ぬ直前までつけた日記に神の啓示のごときメモを残している。
「幸福が現実になるのはそれを誰かと分かち合った時だ。僕の一生は幸せだった。みんなに神のご加護を!」
                                       (M男)


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2008年8月12日 (火)

歩いても歩いてもーアンビバレントなもの

人気のコーナー M男さんの映画評論 今回は「歩いても歩いても」

小津作品をみるような家庭劇です。ただ、タッチは現代。涙を流している人もいました。じんわりと心に残ります。家族は暖かく、しかし、やっかいで、時々どうしようもないものですね。(これもMさんの文章)

本当にそうなんです。!

「家族のなにげない会話のなかに生命の終わりと誕生という小宇宙を出現させた」秀作か?

シネマぶらり観て歩き(114)

    歩いても歩いても                邦画

ある夏の日、横山良多(阿部寛)はかつて開業医を営んでいた父・恭平(原田芳雄)と母・とし子(樹木希林)が暮らす実家を訪れる。良多は子連れのゆかり(夏川結衣)と結婚したばかり。いまは失業中している。長女・ちなみ(YOU)一家がすでに来ていた。その日は事故で亡くなった横山家の長男・純平の命日だった……。
 横山家の一日をドキュメンタリータッチで描く。館を出てからも、まるで自分が居合わせたかのような感触が残る。
ここで描かれた光景はだれしも、お盆やお正月などに経験している。久しぶりに親と会い、親族が集まる。兄弟や姉妹はそれぞれの道を歩んでいる。羽振りのよいものもいれば、うだつの上がらないものもいる。親との関係でも可愛がってもらったと思う人もいれば、疎まれて育ったと思っている人もいる。親子・兄弟の間で愛憎半ばする感情(アンビバレンス)が錯綜する。傍らにはそのつれあいが遠慮がちに座をしめており、その場所は半ば世間だ。
 さて、将来を嘱望されていた長男とは違い、父親とそりが合わない次男・良多は絵画の修復を生業としているが仕事がない。しかし、意地もあって失業していることを周囲に言えない。言えない良多に自動車のセールスをしている長女ちなみの夫が新型モデルを売り込む。負い目を背負った良多より辛いのは妻ゆかりだろう。子連れの再婚である。子どもは良多のことを「良ちゃん」と呼んでいる。このような設定にて進行するドラマはすでに激しい葛藤を内包している。

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2008年7月14日 (月)

西の魔女が死んだ

Top01
映画オフィシャルホームページより


今回のM男さんの映画評論は「西の魔女が死んだ」

M男さんは「同じようなテーマで山間の美しい四季を綴った「阿弥陀堂だより」の水準は高い」と
この作品の自然描写に奥行きの無さを感じている。

山紫水明の日本の芸術は自然描写に奥行きが求められる。
(少なくとも今まではそうだった)

「魔女は自分の直観を大事にしなければなりません。でも、その直観にとりつかれてはなりません。そうなれば、それはもう、激しい思い込みとなって、その人自身を支配してしまうのです……」
含蓄がある言葉だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
                                      
中学生のまい(高橋真悠)とママ(りょう)に「西の魔女が死んだ」という知らせが入った。「西の魔女」とはママのママ、つまり、おばあちゃんのこと。おばあちゃん(サチ・パーカー)はイギリス人で日本の田舎に一人で暮らしている。まいは不登校になった時、おばあちゃんと二人で田舎に暮らした。おばあちゃんは「自分は魔女」だと言い、まいに魔女になる訓練をほどこした……。
梨木香歩原作の大ロングセラーの映画化。原作(新潮文庫)は2001年に初版を出して以来、今年59刷を重ねている。映画を観てから原作を読んだ。映画は原作にほぼ忠実に作られている。
緑に囲まれたロッジ風のおばあちゃんの家を中心に進む。この作品の生命はちりばめられた数々の「ことば」である。事件や行動によって話が進展するのではなく、ことばが紡ぐ物語といえる。印象に残るセリフをいくつか紹介しよう。(原作から引用)

続きを読む "西の魔女が死んだ" »

2008年6月14日 (土)

映画は幸福論(最高の人生の見つけ方)

「極限すればあらゆる映画は幸福論につながる。様々な人生を描き、観客に提示する。幸せだったり、不幸だったり。そこには隠された作者の価値観がある。
しかし、死を前にした映画ともなればテーマは凝縮され、純化される。

そういうと誰しも思い浮かぶのは黒澤明監督の「生きる」(1952)だろう.・・・・・・」

こういう印象的な文章があった。
「いきる」はBSで近々やるのではないかな・・

M男の映画評論はますます快調です。
今回は「最高の人生の見つけ方

「極限すればあらゆる映画は幸福論につながる」

では今回の幸福論をどうぞ・・・・

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

(112)シネマぶらり観て歩き

             最高の人生の見つけ方
                                   アメリカ

自動車整備工カーター(モーガン・フリーマン)は家の都合で大学進学を諦めたが、知的好奇心は旺盛で仕事中もラジオのクイズ番組に挑戦していた。ある日、検診結果を知らせる電話がなり、がんであることを知らせる。ただちに入院し、家族が見舞った。同じ病室に大金持ちのエドワード(ジャック・ニコルソン)が入院してきた。しかし、見舞い客は秘書だけ。二人の共通点は余命半年の末期ガン。カーターは冗談で死ぬ前にやっておきたいことをメモしたリストを作っていた。それを、見つけたエドワードはリストを追加した。そして、二人は周囲の反対を押し切ってリストを実行する旅に出た…。
極限すればあらゆる映画は幸福論につながる。様々な人生を描き、観客に提示する。幸せだったり、不幸だったり。そこには隠された作者の価値観がある。しかし、死を前にした映画ともなればテーマは凝縮され、純化される。
そういうと誰しも思い浮かぶのは黒澤明監督の「生きる」(1952)だろう。渡辺勘治(志村喬)という市役所の市民課長を務める53歳の男がふとしたことからがんで余命半年ということを知ってしまう。今まで死んだも同然の暮らしだった彼は、その日から「生きている」ことを実感し、残された日々を充実させたいと考える。勘治は妻をなくし、男手一つで息子を育てた。だが、息子は自分のことしか考えていない。やけになり、貯めたお金をパチンコやストリップショー、キャバレーに使った。しかし、心が満たされない。打ちひしがれて公園のブランコに揺られ、「ゴンドラの歌」を歌う。やがて、彼は人に役立つことをすれば生きがいを感じるのではと、住民から要望があった公園づくりに精を出す…。
もう一つ、「死ぬまでにしたい10のこと」(2003、カナダ・スペイン)。23歳の女性アン(サラ・ポーリー)は余命2ヶ月と告げられて、ひそかに死にゆく準備をする。原題は“My Life Without Me”、17歳で子どもを生み、子育てと仕事に追われて「私」というものがなかった主人公が淡々と自分と周囲を見つめる。今まで、気づかなかった日常生活の何気ない会話や所作がいとおしい。彼女は死ぬまでにしたい10のことを書き出し、実行する。リストの一つに“夫以外の男性とつきあう”という項目があって賛否を呼んだ。しかし、自分というものを持たなかったアンがしみじみと来し方を振り返り、残された家族を気遣う姿は心に響いた。
これら3つの作品は、基本的には同じ構造をもっている。死の「宣告」は時間を止める。今まで日常の暮らしで見えていなかったものが見えてくる。そして、死ぬまでの時間を充実したものにしたいと願う。
ここで「最高の…」は他の2つの作品と、やや異なる設定をとった。今までは当事者が自分で死ぬ準備をするストーリーだったが、二人の共同作業になる。
カーターのリストのうち、「荘厳な景色を見る」「見ず知らずの人に親切にする」「泣くほど笑う」などは精神的な充実を得たいということだろう。これに自動車整備工だった彼の憧れの車、「マスタングの運転」が加わったことは理解できる。しかし、エドワードが付け加えた「世界一の美女とキスをする」は愛嬌だとしても「スカイダイビング」「ライオン狩」などはワルノリというか、カーターの経済力では実現不可能である。(また、体力や体内カテーテル感染の心配もある)それを、エドワードが金にあかして実現する。家族を大切にしながら、つましく暮らしてきたカーターには異次元の世界ともいえる。つまり、映画の面白さは価値観や人生観の異なる二人が友情で結ばれ、ときには激しく火花を散らしながら、ある一つの結末に向かって進む。その過程に面白さがあり、それはそのまま人生は素晴らしいという人生賛歌になるはずであった。
しかし、ハリウッドを代表する芸達者を起用しているにもかかわらず、試みが成功したとは言いがたい。内面的に深まっていかないのだ。だから、予想されたハッピーな結末も喜びを生みだすまでにはいたらない。むしろ、いくつかのリストの実行場面では私の胸には死ぬときまでもアメリカンドリームかという虚しさすら去来した。邦題「最高の人生の見つけ方」に惑わされたのかもしれない。なにせ、原題は単純に“The Bucket List”(棺おけリスト)、とやかく言わず、やりたいことをやって楽しんであの世に行けば良いのだから。
監督は少年時代の冒険をノスタルジックに描いた傑作『スタンド・バイ・ミー』(1986)のロブ・ライナー。生きづらい世の中、邦題効果(?)と宣伝力により、観客動員に成功している。

                                    (M男)

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