連句紹介(9月27日の日経の夕刊)
連句というものがある。
わが俳句部のリーダである粗濫さん(粗製乱造から取った俳号様だが彼の俳句は常によく考えられている)
が9月27日の日経の夕刊の夕&eyeで連句会に連れて行ってくれた人として紹介されている。
記事の最後はこうなっている。
共通しているのは、自分の句をひたすら磨き上げる俳句と違い、わいわいがやがや、みんなで勝手なことを言い合い、共同作品を作り上げるところだ。三十六句目の挙(あ)げ句が「仮面はずして陽炎(かげろう)を行くに決まり、歌仙「夏至の空耳」が巻き終わったのは午後七時過ぎ。その後、食事に繰り出して余半に及んだ。
やはり俳句も連句も短歌も「食事繰り出す」というのはつきもののようだ。
連句(れんく)とは、俳諧の連歌のこと。室町時代より派生し、江戸時代に入って独立した文芸として発展していった。単に俳諧と呼ばれることもある。「連句」の名称は明治37年に連歌や俳句と区別するため高浜虚子が提唱してから定着した。形としては連歌の様式を踏襲し、五七五の句の後に七七の句を交互に付けていき、三十六句(歌仙)、五十句(五十韻)、百句(百韻)等よりなる。
連歌に比べ、俗語、漢語等を用い、様式、式目も簡便になり、即興性や諧謔性が好まれるようになり、より庶民的な文芸として江戸時代に隆盛した。特に松永貞徳を中心とした一派は貞門派と呼ばれ、全国的な規模で広まり連句を文芸の一ジャンルとして確立し た。その後西山宗因、井原西鶴の談林派を経て、松尾芭蕉が、言語遊戯に堕しがちな風潮に対して、芸術作品としての方向性を追求し蕉風と呼ばれた。
連句
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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