カテゴリー「テレビ」の117件の記事

2009年11月15日 (日)

自動車革命

NHKスペシャル|自動車革命 

第1回 トヨタ 新時代への苦闘

第2回スモール・ハンドレッド 

の再放送を見た。

 

初代プリウスの部品開発に関わりを持った自分としては大変興味深かった。

 

自動車はガソリンではもう動かない。

 

T型フォードでガソリン車が主流となって以来の革命となる。

 

自動車は今後電気で動くようになる。

そして自動車は輸送機器であると同時に、家庭で最大の家電機器になり、スマートグリッドと言われる新しい情報と電気の融合ネットワークシステムの一部の機能部品となる。

 

グーグルなどシリコンバレーのIT企業の支援ベンチャーや中国やインドから新しい電気自動車メーカーが生まれる。

 

太陽光発電などの自然エネルギー利用技術とエコ自動車の両にらみの開発や政策が必須となる。

 

日本も電気技術が中心となった新しい自動車産業の新構図が生まれる。

 

しかし日本から電気自動車のベンチャーが生まれるかどうかはわからないい。

 

こんなことを思いながら見た二時間でした。

 

NHKスペシャル|自動車革命 第1回 トヨタ 新時代への苦闘
http://www.nhk.or.jp/special/onair/091018.html

091018_header

 

 

100年に一度と言われる経済危機。20世紀を牽引した石油の時代の大転換。今、技術や産業のあり方からライフスタイルまで「自動車の常識」が大きく変わ る時代が訪れている。軒並み赤字に陥った大手自動車メーカーは、この事態にどう立ち向かおうとしているのか。GM破綻後、名実共に世界一の自動車メーカー となったトヨタ。他社に先駆けて開発した独自のハイブリッド技術を武器にエコカー市場をリードしようとしている。走行距離や価格等の面で電気自動車の本格 的な普及にはまだ時間がかかると見て、まずは大型リチウムイオン電池と充電用ソケットを備えた新型エコカーで移行期の戦いを有利に進めようという戦略だ。 膨大な数の自動車部品メーカーを巻き込みながら復活に向け舵を切るトヨタ。その浮沈は、日本のモノづくり産業の今後を大きく左右するものとなる。激動の時 代を生き抜くトヨタの「ロードマップ」、新型エコカーの開発の最前線、アメリカ市場のテコ入れ、部品メーカーの模索。密着取材の中から自動車の未来像、 「自動車革命」の実像を見せていく。

NHKスペシャル|自動車革命 第2回 スモール・ハンドレッド 新たな挑戦者たち

http://www.nhk.or.jp/special/onair/091025.html

091025_header

 

 

 

シリーズ2回目は、世界各地で同時多発的に勃興する電気自動車メーカーの動きと、電気自動車に社運をかける日本メーカー日産の最前線の動きに密着する。中国の農村部で「電気自動車ブーム」が起きている。町工場が雨後のタケノコのように生まれ、今まで自動車と縁のなかった層が新たな市場として活気づいている。新興メーカー中には、ヨーロッパに進出するなど、自動車メーカーと市場争いを繰り広げるところも出てきた。一方アメリカでは「グリーンニューディー ル」を推進するオバマ政権のもと、グーグルなどシリコンバレーのIT企業を中心に「21世紀の産業革命」を起こし、世界のイニシアティブを握ろうという動 きが進んでいる。これに対し、世界の自動車メーカーで初めて本格的な電気自動車の量産化を打ち出した日産は、ガソリン車の購買層をターゲットに市場の開拓 を推し進めている。市民の意識改革の難しさ、充電インフラ整備など様々な課題をかかえながら、新時代を切り開こうとしている。国益も交錯する競争の現場、 情熱を傾ける人々の姿を追いながら、世界を覆いつつある「革命」の現実を提示していく。

では...

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2009年9月20日 (日)

ピースフル・トゥモローズから広島・長崎の被爆者へ

090919_s3


BS20周年ベストセレクション HVスペシャル ピースフル・トゥモローズ
を見た。

放 送 日 時 2009年9月19日(土)BS2午後9時00分〜10時45分
番組タイトル ハイビジョンスペシャル ピースフル・トゥモローズ
~9・11テロ 戦争反対を訴えた遺族たち
2001年9月11日、ニューヨークを中心に3700人をこえる犠牲者が出た同時多発テロ事件。米政府によるアフガニスタン攻撃が開始され、報復を肯定する世論が吹き荒れる中で、翌年の2月、テロで肉親らを失った遺族たちが、反戦を訴えるNGO「ピースフル・トゥモローズ」を結成。彼らは、アメリカ全土を旅して平和的解決を訴えるとともに米軍の攻撃によって傷ついたアフガニスタンの犠牲者家族との交流も始めた。しかし、その一方で、全米の世論がテロへの報復にわき上がる中、メンバーは様々な圧力に苦しめられる。この番組は、逆風にもめげず、報復戦争反対に立ち上がっていく遺族たちの困難な運動を丹念にフォローして、もう一つのアメリカの姿を見事に映し出したとして、放送文化基金賞本賞を受賞した。オバマ政権が誕生し、アメリカ社会が大きく変わろうとしている今、遺族たちの心の軌跡を描いたこの番組をあらためて振り返る。
<放送文化基金賞本賞>
スタジオゲスト:五十嵐公利(NHK解説委員)
コメンテーター:天野祐吉(コラムニスト)

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番組の中身は下の記事に譲るとしてピースフル・トゥモローズのホームページにあったAn Open Letter to the Hibakusha and All Japanese Peopleの仮訳をやってみたので紹介したい。

日本の被爆者へのメッセ-ジがこんな所にあった。

9.11の被害者と広島・長崎の被爆者が深くつながっている。

090919_s5


ーー

被爆者とすべての日本人への公開書簡

我々の友人である被爆者の皆さんへ
 9・11被害者遺族の平和な明日に向かう会より

1945年の8月6日と9日の広島と長崎への原爆投下64年間あなた達のメッセージは発信され続けて来ました。

我々は1945年の8月の日に恐怖とショックに襲われた平和愛好家であるあなたがたに手紙を書きます。
それらの日の苦しみが思い出される時にはいつでも、私たちは、すべての平和愛好家によって共有される心からの悲しみで一杯になります。

我々は被爆者が二度と核破壊の恐怖と苦しみが起きないようにするために果たされたあなた方の業績に対する深い尊敬と評価と共にあなた方に手紙を書きます。

世界中で平和愛好家と平和活動家の指針として、被爆者の不朽のメッセージは、核兵器の撤廃が達成されなければならないゴールであるということです。

今年の4月に、プラハで、自国と全世界に向けて以下のメッセージがアメリカ合衆国大統領から発表されました:

...核兵器を使った経験を持つ唯一の国であるアメリカ合衆国は道義的責任を持ちます...。
それで、今日私ははっきりと、核兵器なしでの世界の平和と安全を探究する約束を致します。

平和な未来のための9・11家族会は、この展望を現実とするために動きます。
我々は、2001年に、被爆者が、9月11日に死んだ人々の家族に同情と支持を持って海を横断したことを覚えています。

今年の8月の日に、我々の思いの言葉を被爆者と彼らの家族の為に海を横断させたいと思います。

そして、我々の共同の努力で非暴力的な紛争解決を通して永遠に核兵器がない世界をもたらすことで、おいしい果物を永遠にもたらしたいと思います。

ーー

youtubeにあった最新のPeaceful TomorrowsのPresentationです。

Peaceful Tomorrows Presentation on LaOnf

NHK BS1 ハイビジョンスペシャル

2002年12月22日放送

ピースフル・トゥモローズ

9・11テロ 戦争反対を訴えた遺族たち

                                     90分

☆第29回 放送文化基金 テレビドキュメンタリー番組部門 本賞受賞

<ピースフル・トゥモローズとは?>

 9.11の遺族のなかに「報復攻撃をしないで」と全米各地で戦争反対を訴える人々がいる。ピースフル・トゥモローズは、「NO MORE VICTIMS ANYWHERE(もうどこにも犠牲者を出さないで)」という強い願いを持つ遺族がつくった小さなグループである。この番組では、大多数が報復攻撃を支持するなかで勇気を持って反対し、自由とは何か、国を愛するのは何かを問いかけ、アメリカ社会と格闘したピースフル・トゥモローズ、一年の軌跡を伝える。

<内容紹介> 

9・11後、アメリカ世論は「犠牲者の死を無駄にするな」と、報復攻撃を支持する動き一色になりつつあった。遺族の多くも報復攻撃に賛成であった。戦争反対を訴えるのは少数派であったのだ。アフガニスタン空爆によって民間人に犠牲者が出ていることを報道した新聞社に抗議が殺到し、ブッシュを批判した記者が解雇されるなどの事態も発生した。言論の自由を誇りとしてきたアメリカでは自由に物が言えない空気が広がった。

ピースフル・トゥモローズの一員であったアンバーは、陸軍の軍人だった夫をペンタゴンで亡くした。二人の子どもを抱える身でありながら、積極的にピースフル・トゥモローズの活動に参加していた。「アフガニスタンでもアメリカの爆撃によって家族が奪われている。夫の名において報復攻撃をしないで」と全米で戦争反対を訴えてきた。しかし、新聞で「戦争を支持しない?それならこの国から出て行け」と、名指しで批判され、反愛国者というレッテルを貼られてしまう。放火、侵入、いたずら電話・・・さまざまな嫌がらせに遭い、その被害は子どもたちにまで及ぶ。そのため、防犯カメラを設置したり、発言を控えるようにするが、ついに活動休止を決意した。グループの一員として世の中に訴えていくより、子どもたちとの時間を大切にしたいと考えたのだ。その一方で、アンバーの義理の弟、ライアンはピースフル・トゥモローズを批判するメールに反論を書くようにしていた。その中で、スティーブという同世代の学生と長い議論が始まる。この議論は感情的に始まった。しかし、回を重ねるにつれ、次第に冷静なものになってゆく。始め、スティーブは「平和主義はテロの犠牲者への侮辱だ。君は偽善者だ。」と非難していたが、「アフガニスタンを援助してもいい。僕だって平和を望んでいるんだ。」と気持ちを整理し、考えを変えていく。テロから一年が経ち、意見の違う二者の対話が成り立つようになった。怒りが過ぎ去って、ようやく人々が他の角度から物事をみられるようになったのだ。

<一口感想>

 テレビや新聞ではなかなか放送されることのない戦争反対を訴える人々の、アメリカ社会との戦いの様子がよく伝わってきた。また、時間の経過とともに9・11や平和に対するアメリカ国民の考えが変わっていくことも感じることができた。(玉野)

ピースフル・トゥモローズ 9・11テロ 戦争反対を訴えた遺族たち

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今日は本当にこんな所でございます。

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2009年8月29日 (土)

「LIFE 井上陽水 40年を語る」を見た4

「LIFE 井上陽水 40年を語る」第四夜「少年時代」を見た。

今日も三つの映像を紹介しよう

まずは陽水自ら代表作に挙げる人が多いでしょうという藤子不二夫Aに頼まれて作った
「少年時代」という映画の主題歌から

この歌は歌詞を紹介します。

「少年時代」

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
青空に残された 私の心は夏模様

夢が覚め 夜の中
永い冬が窓を閉じて
呼びかけたままで
夢はつまり 想い出のあとさき

夏まつり 宵かがり
胸のたかなりにあわせて
八月は夢花火 私の心は夏模様

目が覚めて 夢のあと
長い影が夜にのびて
星屑の空へ
夢はつまり 想い出のあとさき

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
八月は夢花火 私の心は夏模様

風あざみは陽水の造語です。
あざみは春の季語です。

昔、イギリスで、スコットランドとイングランドが 戦争をしていた時、この痛いトゲでスコットランドを
守ったことから、今もスコットランドの国(地方)の 国花となっているそうです。

「口をもて 霧吹くよりも こまかなる 雨に薊の 花はぬれけり」 長塚 節

誰の憧れにさまよう
夢花火
夏模様
想い出のあとさき

いずれも陽水の造語でしょう。

井上陽水 少年時代

井上陽水 / 花の首飾り (「BEST BALLADE」スペシャル映像)

能古島の片思い /井上陽水 (この番組で紹介されていません。私の置きにいりです。)


本番組とは関係なく真偽は定かでないが陽水は幸徳秋水の親せき筋という話がある。
陽水の父親若水さんは幸徳秋水の出身地である高知県幡多郡 中村(現四万十市) の出身であることは事実です。

ご本名は「陽水」と書いて、「あきみ」と読みます。お生まれは、昭和23年8月30日、福岡県田川郡糸田町。
かつては炭坑の町として賑わったこの町で、陽水さん、歯医者さんをされていたお父様、「若い水」と書く井上若水(わかみ)さんの長男として育ちました。
お二人とも「水」と云う字がついていますが、実は、井上家、明治時代の社会主義者・幸徳秋水の血をひいているので、男子の名前には、「水」をつける習わしがあったんだそうです。
TBSラジオ 99.2.14.放送 「Super Artist Tribute」 
  「アーティストヒストリー・井上陽水編」

4日間のタイトルはこうだった。

8月24日(月) 第1夜「~石炭 ビートルズ 氷の世界~」
8月25日(火) 第2夜「~麻雀 亡き人々 最後のニュース~」

8月26日(水) 第3夜「~不思議な素顔~」
8月27日(木) 第4夜「~少年時代 ディラン 創作~」

いずれも陽水が書いたキーワードに基づいて番組が作られている。
songsの制作メンバーが力を込めて作ったこの夏のhitでした。
たゆたうようないい4時間でした。

この記事は以下にトラックバックしました。
わくわく日記
LIFE 井上陽水 @NHK教育テレビ 最終夜
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/4833/46049526
NHK-FM.blog
http://cgi2.nhk.or.jp/cgiblog/tb.cgi/13806

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2009年8月26日 (水)

「LIFE 井上陽水 40年を語る」を見た2

昨日の
「LIFE 井上陽水 40年を語る」を見た
に続いて今日は80年代の井上陽水でした。

3曲紹介します。
最初の二曲は番組で流れた映像です。

1曲目は帰れない二人

井上陽水とことしなくなった忌野清志郎の合作

陽水が「氷の世界」を制作中、清志郎が陽水のアパートに遊びに行って、なんか曲でも創ろうかという話になってできたという私の最も好きな曲の一つ。

陽水はカレーライスを作って清志郎に食べさせたという。

一番は清志郎が作り二番は陽水が作ったという。
二番は宿題になり電話で陽水が清志郎に伝え清志郎がすごくいいと言ったという。

この曲をスキー場のゲレンデで二人で聞いた思い出がある。
(勿論今のかみさんと・・)


帰れない二人 井上陽水&忌野清志郎


2曲目はこの時期に相応しい「夏の終わりのハーモニー」
ハーモニーの見本のような曲
二人の美声がハーモナイズされている。
すがすがしい気分にさせてくれる名曲


井上陽水 玉置浩二 夏の終わりのハーモニー

3曲目は最後のニュース
筑紫哲也氏追悼番組で流れたもの。
去年この番組はライブで見た。
陽水は泣いていた。
しかしサングラスでそれは見えない。
この曲で陽水のサングラスの意味がわかる。

井上陽水 - 最後のニュース(筑紫哲也氏追悼番組 2008-11-11 より)

陽水の曲はストレートでない。
そのストレートでないところが時代合ったり合わなかったりしたのだろう。

今時代に合っている。

今日はこんな所です。

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2009年8月12日 (水)

「渡辺謙 アメリカを行く 星条旗の下に生きたヒバクシャたち」 を見た。

pj.news掲載御礼!

私の妻は被爆2世である。
原爆の番組はあまり見ない。

私は逆に見れる限り見ている
この番組で祖母と広島を訪れたタミコ パンゼラさんのエッセー「An Empty Urns.」のような文章を自分の娘と長崎に行って娘に書いてほしいと自分は思う。

妻はそれを望まない。

番組の中で渡辺謙さんはその心情がよく分かるとある被爆者に語っていた。
被爆者の心情は非被爆者とは違うものがある。
思わずこのある被爆者が遠く住む義母と寝ている妻と重なった。

それはさておき
私はこの番組のいろんな所が琴線に触れました。

・喜劇王チャールズ・チャプリン家の使用人に、広島出身の被爆者がいたことを知ったのがディレクターの取材のきっかけだった。
弊関連記事
チャップリンの日本

・二人の親友を奪われたため米国に憎悪を感じながらも兵役につくことで米国へ移民できた下田要さんが毎年二回広島に学友の墓参りに行っていること。
・タミコ パンゼラさんのエッセー「An Empty Urns.」
・シアトルでは、在住被爆者の話がきっかけで「From Hiroshima to Hope.」という灯籠流しが毎年行われている(ご本人は昨年なくなったが・・)
等など

以下ディレクター 小山靖史さんの思いと渡辺謙さんのメッセージです。

どこへ行く、日本。(政治に無関心な国民は阿呆な政治家に支配される)
在米被爆者の苦難に迫る/「渡辺謙アメリカを行く」/NHKディレクター 小山靖史さん語る


<戦後64年の夏に>
戦争で揺り動かされた人生

 広島で被爆し、戦後アメりカに渡った被爆者が900人以上いるといいます。彼らは日系2世でした。7日放送のNHKテレビ「渡辺謙 アメリカを行く 星条旗の下に生きたヒバクシャたち」(後10・0)は、在米被爆者の苦難の人生に迫ります。番組を企画し、渡辺謙さんとともに取材をした小山靖史チーフ・ディレクターに聞きました。   (和田 肇)

 小山さんが在米被爆者の存在を知ったのは3年前でした。当時、取材した喜劇王チャールズ・チャプリン家の使用人に、広島出身の被爆者がいたことを知りました。

 「チャプリンの使用人に日本人ばかりという時期があって、しかも被爆者がいる。彼らは原爆を落とした国に、なぜわざわざ戻ったのか。ちゃんと伝えなければいけないと思ったんです」

 多い広島出身者

 小山さんは、30~40人の在米被爆者に話を聞くなど取材を重ねました。アメリカ移住者には広島出身者が多いことが分かりました。広島市に移民のあっせん会社があったからでした。

 なぜ移住者が広島で被爆したのか。「子どもの教育の問題です」と小山さん。子ども(日系2世)が生まれたら、18歳くらいまで日本で教育を受けさせたい、そのため一時帰国しよう、そう考える移住者が多かったといいます。

 しかし戦争が始まり、一時帰国した移住者家族はアメリカに戻れなくなります。そして被爆。運よく生き伸びた日系2世も、多くが家族を失い、自らも心貞に大きな傷を受けます。仕事に就こうにも体調がすぐれない、そもそも焼け野原の日本には仕事さえない―。絶望の中、日系2世たちが「自分はアメリカに市民権がある。アメリカに行くことは、自分の権利だ」と考えたのは、自然な流れでした。

 事実さえ隠して

 広島に対するいたたまれない思いもありました。2人の姉を亡くした女性は、「日本には、私の住む場所はない」と切ない思いでアメリカに戻ったといいます。

 アメリカでは一般に「原爆投下は戦争を終わらせるためやむを得なかった」という考えが浸透しています。アメリカに渡った被爆者は、被爆した事実さえ隠して生きなければなりませんでした。

-----------------

 渡辺さんの熱意

 小山さんはいいます。「戦争とは、どれだけ人生を揺さぶるのかということを示したい。戦争の究極の象徴が核兵器。殺りく行為の象徴です。どれだけの人生が揺れ動くことか。戦争、核兵器に揺り動かされた、知られざる流転の人生があることを知ってほしい」

 今回、渡辺謙さんにリポーターを頼んだ理由は。「ご自身もアメリカのロサンゼルスに住む日本人だということと、映画『硫黄島からの手紙』の出演などで戦争に強い関心を持っておられるからです」。昨年3月にオファーを出し、夏に承諾の返事。12月とことし6月に取材をしました。

 番組では、渡辺さんが在米被爆者にインタビューしたり、資料を調査することで、歴史に埋もれた事実を掘り起こします。インタビューにかけた時間は1人当たり4、5時間。渡辺さん自身が問題意識を持ち、質問内容を提案してきました。

 「渡辺さんにも、在米日本人として、体で感じていることがあるのだと思います。人ごとではない、という熱意を受けました」

--------------------

 僕らは拒絶、排除できるか/渡辺謙さんの話

 ここ数年、アメリカと日本の間でいろいろな仕事をさせていただき、また生活もするなかで、この番組に非常に興味があり参加しました。日米の間で、そして戦争のはざまで、さらに被爆という大きな体験をしつつも、今なお元気に生きていらっしゃる日系人の方々にお目にかかることができました。貴重な体験や素晴らしい意見を伺いました。今、僕たちの世代、そして若い世代が、いったい何を感じることができるのか、戦争というものをどう受け止め、それをどう拒絶し排除していくことができるのか、そんなことを、取材し
ながら思っていました。戦争や原爆というものがどんどん遠のいている現代において、アメリカで生きてきた被爆者の方々の体験や思いを、この番組を通して、できるだけ多くのみなさんに感じていただければと思います。

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<参照>

チャップリンの秘書は日本人だった~移民が歩んだ波乱の人生~

分かりましたチャップリンは5月15日首相のお宅に伺います:決行日は5.15日首相官邸襲撃


以下関連記事です。

歯の妖精のささやき
S H I M O D A   L A W M A Y E R


きりまる
渡辺謙 アメリカを行く 星条旗の下に生きたヒバクシャたち


この夏の特筆すべき番組だたと思います。

再再放送は以下です。
録画でもして是非覧下さい。
総合テレビ(短縮版)
6月13日(木)01:35

今回はこんなところです。
ではまた・・・

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2009年8月10日 (月)

「僕の父はB級戦犯」を見た

Photo

8月10日(月)19:00~19:54
「僕の父はB級戦犯」を見た
番組のホームページにある概要は次の通りです。

うじきつよし親子の旅60年ぶり絶海監獄島へ“戦争責任”で大激論
ドキュメンタリ宣言◇俳優のうじきつよしの父、氏木武さんは、第2次大戦当時インドシナ戦線で指揮を執った旧日本陸軍大尉。
戦後、サイゴン裁判で拷問や略奪を指揮した罪を問われ、ベトナムと日本で計8年間の収監生活を送った「B級戦犯」だった。
戦争と、戦争による殺人に絶対反対という強い信念があるうじきに対し、武さんは志願して陸軍士官学校に入った職業軍人。
武さんは祖国を守るためとはいえ、命令に従うしかなかったのか。
二人は武さんが戦ったミャンマーや、戦後収監されたベトナムの監獄島、さらにカンボジアや防衛省にも足を延ばす。
戦争に向き合い、戦争について悩み続ける親子の姿を追う。


この番組のホームページには終わって1時間しかたたないのに既に4千件を超える書き込みがある。

何故かうじきさんの息子の方を非難し父親の方を擁護する意見が多い。
2チャンネルでも同様だ。
なんだかうじきつよしバッシングの運動が組織されているようだ。

しかしこんな静かな意見が説得力がある。
そう この番組は親子のドラマなのだ。

ーーー

reiyuu  女性  30代   2009/08/10
うじきさんのお父様の、丁寧に語られる言葉の隅々に、
戦争を体験した方の、言葉の重みを感じました。

内容は、戦争について考えると同時に、親子の葛藤も同時に描き出しており、うじきさんは、なんて幸せな方だろう。っと思いました。

お父様は、親に反抗する息子を真正面から受け止め、向き合い、
息子さんに真っ直ぐに愛情を向けてらっしゃる姿が、
他人には、話したくない、話せない戦争体験
を息子さんに語ることで、体現されておりました。

うじきさん、お父様と戦争について語るのではなく、
たぶん、父親に愛されていないのでは?という疑念をお父様にぶつけてみたらよろしいのではないでしょうか?
または、自分をどう思っているのか?ということかしら?
お父様のお気持ちを、ご存命のうちに聞いておかれたほうがよろしいかと存じます。

番組内でおっしゃっていた、お父様を「大好き、愛している」からこそ、
お父様のお気持ちを確認され、幼少期のご自身の辛さ、寂しさ、悲しみを
お父様にお伝えしたらよろしいのでは?

ぜひ、絡み合った親子の絆が真っ直ぐに結びつき、
心から繋がれますことをお祈り申し上げます。


ーーー

何だか番組を見ながら親父と息子のことを思った。
親父は鹿児島の部隊に居たらしいが戦争の話をほとんどしたことがない。
既に痴呆でうじきさんのように話を聞くことができなくなっている。


息子とは物理的に話は出来るのだがこの下のコメントのような感じですぐ北朝鮮が・・中国が・・となりまともな話にならない。

親父とはもう難しくなったのでいつの日か息子とこういう戦争を語り合うツアーをしてみたい。

旅の終わりにうじきさんのお父さんがうじきつよしさんに送ったという絶縁状のような手紙を貰ってもいいから・・・・

ディレクターの感想です。

戦後60数年も平和の中にあった日本で、第二次世界大戦当時の話をしている家族が、一体どのくらいいるのだろう?ところがこの親子はこの十年間、そして今この夏も、戦争について恐ろしく聞き、話そうとしている。

 うじきつよしさんとお父さんの武さん、御ふたりの語り合う現場に初めて立ち会ったのは、2年前の夏終戦記念日の頃。十数年の付き合いがあるうじきさんが、ほんと思いつめた表情で「お前じゃなきゃ撮れないんだ!」と言ってくれたのに絆されて、父子の旅に同行した。
向かった場所は、ベトナム・ホーチミン沖300キロの絶海の監獄島。元陸軍大尉として南方・東南アジア戦線を転戦した武さんは、戦後B級戦犯として裁かれ、その監獄島で5年間の収監生活を生き延びていた。

 驚いた。その過酷と言うにはあまりに激烈な体験を、父武さんは事も無げに、「辛いことは無かった」と語る。その父を息子は、ある時は老人DVかと見紛うほど、厳しく問い詰める。それを父は再び、ある時は真正面から堂々と議論し、ある時は話を逸らし、時折は激昂しながらも受け止める。

 僕は、のこのこ付いて行った事をかなり後悔した。このテーマは、深く、果てしない。そして、誰もが考えるべきことなのに、避けて通っていることの一つなのだ。

 そして、気付く。いつの間にか、二人の議論にどっぷりと填まり込んで、参加してしまっている自分がいる。喧嘩して、離れて、また寄り添う父と子。その二人を、なんとなく羨ましく眺めている瞬間がある。
それが幸せだと言えないことは、十分に理解しているつもりなのだが・・・。
とにかく、僕はまだそんな風には、父と熱くぶつかり合って話をしたことがない。

(ディレクター 村田吉広)


以下がコメントの一部です。

続きを読む "「僕の父はB級戦犯」を見た"

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2009年8月 8日 (土)

ネットでTVの視聴が出来る無料ソフト

謙遜と謙譲の音楽
さんがネットでTVの視聴が出来る無料ソフトを紹介していた。

BSはないが地上波は一部ローカル放送も含めて全て見れる。
時々画質が悪くなるが通常はyoutube並みの画質と言えるのでこれは使える。
しかし光ファイバーでないと安定的に見るのは難しいかもしれない。

北海道放送が見えるのに九州の放送が見れないのが残念。
そして地元のテレビ埼玉とJEFの試合をやる千葉テレビが見れないのが個人的には残念。
そして肝腎なNHKはパスワード付きとなっており残念ながら見れない。

世界のどこにいても日本のテレビ番組がオンタイムで見られる

すごい時代だ。
keyholetv&keyholevideo


ーーーー
オバマ大統領殿 広島・長崎においで下さいというウェブ署名に行っています。
年末には日本に来られる予定のオバマ大統領に8月9日のナガサキデーに集約した分を送ろうと思います。
このところ署名者が急増していますがまだ248人です。千名を目指すために署名期間を1か月延期しました。
まだの方は是非ご協力下さい。
お済の方は広めて下さい。
オバマ大統領殿 広島・長崎においで下さい

今回はこんなところです。
ではまた・・・

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2009年7月31日 (金)

2009年夏の戦争関連番組

この記事はNews for the People in Japan
に掲載されました。

この夏の戦争関連番組です。
いろんなサイトから拾い整理しました。
日時順にしましたが関連性から一部そうなっていないところもあります。

若い人にお勧めなのは、smapの中居君がNHKにナビゲーターとして出演する2番組

8月9日から5日連続放送の「証言記録 市民たちの戦争」
(BS-Hi 9日は後6・45、10日からは後7・00)

8月14日放送の「わたしたちの戦争(仮)」(総合7・30)

出演にあたり中居君は

「戦争を体験した話をだれも語れなくなる時代はやがて来る。
見ることも聞くこともなかったら、戦争の具体的な悲劇と教訓がゼロになってしまう。
日本人である以上、ゼロにしてはいけないと思う」

などとコメントされたの事です。

夏はテレビを見ましょう。

特に放送局を書いていないのはNHKです。
こうやって見るとやはりNHK(の担当者)がいい仕事をしています。
真夜中の番組が多いのが残念ですが・・

ではどうぞ・・・

再放送:7月31日(金) 午後4時00分~4時43分 BShi
証言記録 兵士たちの戦争
「戦場の少年兵たち ~沖縄県・鉄血勤皇隊~」

太平洋戦争終盤の昭和20年3月、アメリカ軍の上陸が近づいた沖縄で、14歳から17歳の中学生たちが兵士として招集された。その名は、鉄血勤皇隊。軍国主義教育を受けてきた彼らは、軍服と銃を支給され、喜び勇んで入隊する。しかし、初めて体験する本物の戦場は、少年たちの想像以上に過酷なものだった。聞かされていた戦況とは異なり、圧倒的な戦力で沖縄に上陸したアメリカ軍は、日本軍の頭上に砲弾の雨を降らせる。激闘は続き、後方支援要員であった少年たちの命も、次々に奪われていった。
本土決戦を遅らせる防波堤の役割も担わされた沖縄戦。番組では沖縄県立第一中学校の元少年兵の証言から、子どもたちが目の当たりにした地上戦の実態を描き出す。

2009/08/02 24:50~25:20 の放送内容 日本テレビ

* NNNドキュメント’09 「陣地壕の印鑑 沖縄戦…64年ぶりの帰郷」
* 旧日本軍の陣地壕で見つかった印鑑・・・兵士の遺骨は64年ぶりに郷土へ息子が初めて知った沖縄戦の真実
* 太平洋戦争の激戦地となった沖縄で6月、1本の印鑑が見つかった。認識票から徳島県出身の東端唯雄さんの遺品と判明。長男・孝さんはすぐに沖縄に向かい、戦後64年経てはじめて父の遺品と対面した。迎えたのは同じ徳島出身の平和ガイド・大島和典さん。父親を沖縄戦で無くし、未だに遺骨も遺品も見つかっていない。大島さんは孝さんを沖縄戦の跡地に案内した。そこは旧日本軍が米軍を迎え撃つために堀った陣地壕だった。
* 出演 【ナレーター】柳生 博

ヒロシマ 少女たちの日記帳
~8時15分までの物語~

8月2日(日)BShi 午後10:00~11:50
8月6日(木)総合 午後8:00~8:45

 昭和20年8月6日午前8時15分、広島県立広島第一高等女学校の1年生223人は、爆心地から0.6キロの場所で建物疎開の作業中に被爆、全員が亡くなった。この日、病気で休んでいた梶山雅子さんを始め、作業に行かなかった同級生だけが生き残った。当時2年生だった大野充子さんは、亡くなった1年生の日記帳をもとに「八月の少女たち」を出版。のちに他の遺族からも日記帳が寄せられ、現在、10冊が公表されている。学校生活、家族、友人のことなど、それぞれの日記帳には、戦争に追い詰められながらもせいいっぱい生きる少女たちのみずみずしい思春期の日常が綴られている。番組では、再現ドラマと10冊の日記帳、梶山さんら同級生、遺族の証言をもとに、4月6日の入学から8月6日まで120日間の少女たちの日々を描き、原爆によって断ち切られたものの大きさを伝える。


BS世界のドキュメンタリー シリーズ ジャーナリストが見た戦争(仮)
私の戦争は終わっていない ~栄光の第7騎兵連隊 元少佐の告白~(仮) 前・後編

8月4日(火)~8月5日(水)BS1 午前0:10~1:00 (3日~4日深夜)

 アメリカ陸軍“第7騎兵連隊”。19世紀後半、カスター将軍に率いられ、先住民との戦いで一躍アメリカ国民のヒーローとなった。太平洋戦争ではレイテ、ルソンで日本軍と戦い、朝鮮戦争、ベトナム戦争では最前線に立ち、2003年のイラク戦争でも先陣を切って砂漠を走ったのが、第7騎兵連隊の戦車である。
 その陰で語られなかった真実がある。第7騎兵連隊は太平洋戦争や朝鮮戦争で民間人を巻き込む虐殺を行い、ベトナム戦争では連隊に協力した地元の山岳民族を見殺しにした。
 イギリスの制作会社オクトーバー・フィルムズとの共同制作によるこのドキュメンタリーは、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争で部隊を率いた第7騎兵連隊の元少佐の心の闇に迫り、戦争で犯した罪に自ら対峙する姿を追っている。アメリカの兵士がアジアにおける戦争犯罪に言及している貴重なドキュメンタリーである。


日本テレビ
2009/08/02 24:50~25:20

* NNNドキュメント’09 「陣地壕の印鑑 沖縄戦…64年ぶりの帰郷」
* 旧日本軍の陣地壕で見つかった印鑑・・・兵士の遺骨は64年ぶりに郷土へ息子が初めて知った沖縄戦の真実
* 太平洋戦争の激戦地となった沖縄で6月、1本の印鑑が見つかった。認識票から徳島県出身の東端唯雄さんの遺品と判明。長男・孝さんはすぐに沖縄に向かい、戦後64年経てはじめて父の遺品と対面した。迎えたのは同じ徳島出身の平和ガイド・大島和典さん。父親を沖縄戦で無くし、未だに遺骨も遺品も見つかっていない。大島さんは孝さんを沖縄戦の跡地に案内した。そこは旧日本軍が米軍を迎え撃つために堀った陣地壕だった。
* 出演 【ナレーター】柳生 博

2009/08/03 26:12~26:17 の放送内容 NHK総合


* わたしの戦争体験「瀬戸内寂聴」
* 各界著名人の戦争体験を放送するシリーズ。戦場、引き揚げ、空襲、--。著名人が“未来の世代に戦争とは何かという実感を継承すること”を意識しつつ、体験を語る。
* 戦場や銃後の証言を網羅的に収集する「戦争証言プロジェクト」の一環として、各界著名人の戦争体験をミニシリーズで放送する。戦場、引き揚げ、空襲。“未来の世代に戦争とは何かという実感を継承すること”を意識しつつ、体験を語ってもらう。著名人が、孫や若者に向かって直接語りかける、戦争証言記録。作家・瀬戸内寂聴さんは、1922年の生まれ。新婚まもなく夫と北京に向かうが、戦況の悪化とともに夫が招集される。
* 出演 【出演】瀬戸内寂聴

2009/08/03 26:20~27:04 の放送内容 NHK総合

* 沖縄 慰霊の日特集「“集団自決” 戦後64年の告白~沖縄・渡嘉敷島~」
* 沖縄戦の”集団自決”で300人以上が犠牲となった渡嘉敷島。そのとき家族の命を奪ってしまった男性が語り始めた。戦後64年、苦悩し続けてきた心の軌跡を見つめる。
* 1945 年、沖縄戦の“集団自決”で300人以上が犠牲となった渡嘉敷島。そのとき家族の命を奪ってしまった男性が語り始めた。現在82歳、認知症の症状が出て入院してもなお、64年前の“あの日”のことを思い続けていた。「なぜ家族を手にかけなければならなかったのか」。戦後64年、苦悩し続けてきた男性の心の軌跡。
* 出演 【出演】山根基世

ドラマ「アンネの日記」
全5話版 教育テレビ 8月3日(月)~7日(金) 午後7時00分~7時30分
(再放送) 教育テレビ 9月19日(土)午後2時30分~5時00分 ※5話連続放送
全1話版 「ハイビジョン特集 フロンティア」にて ≫番組ホームページはこちら
BShi 8月11日(火) 午後8時00分~9時40分
(再放送)BShi 8月12日(水) 午後3時00分~4時40分


2009/08/04 26:12~26:17 の放送内容 NHK総合

* わたしの戦争体験「金子兜太」
* 各界著名人の戦争体験を放送するシリーズ。戦場、引き揚げ、空襲、--。著名人が“未来の世代に戦争とは何かという実感を継承すること”を意識しつつ、体験を語る。
* 【出演】金子兜太
* 出演 【出演】金子兜太

2009/08/04 26:20~27:06 の放送内容 NHK総合

* 阿波スペシャル「戦争を知りたい~若者が受け継ぐあの日の記憶」
* ▽戦争を知りたい▽今どきの若者と証言者の対話▽空襲の恐怖▽自爆して散った兵士
* 今年は終戦から64年目。私たちの身の回りに戦争の面影はほとんどなく、戦争を経験した世代の高齢化も進んでいる。悲惨な戦争を繰り返さないために、いま私たちにできることは何か。それはまず戦争の記憶を受け継ぐことだ。この夏、徳島県の高校や大学に通う3人の若者が、地元のお年寄りと向き合い、戦争証言を聞いた。初めて触れる生々しい戦争の現実に、若者たちは何を感じ、そしてどう変わっていったのか。
* 出演 【ナレーション】星野真里

2009/08/05 26:20~27:05 の放送内容 NHK総合

* ふるさと発スペシャル「カルテに刻まれた叫び~大久野島 毒ガス患者の記録~」
* 旧日本軍の毒ガス工場があった大久野島。そこで被害を受けた人々と、40年以上にわたり向き合い続けてきた一人の医師がいた。カルテに刻まれた、毒ガス被害の実態に迫る。
* 旧日本軍の毒ガス工場があった広島県大久野島。戦後64年経った今も工場で働いていた人々は深刻な後遺症に苦しんでいる。医師の行武正刀さんは40年以上にわたり毒ガス患者と向き合い、島での悲惨な体験をカルテの片隅に書き留めてきた。今年3月に亡くなるまで、患者たちの声を証言集にまとめて後世に伝えようとしていた行武さん。彼が記した毒ガス患者の記録をもとに、今も苦しみ続ける人々の現実と一人の医師の人生をたどる。
* 出演 【ナレーション】小見誠広,【朗読】周山制洋


BS世界のドキュメンタリー BBCカメラマンがとらえたイラク戦争

8月6日(木)BS1 午前0:10~1:00 (5日深夜)

 イラク戦争開始直後の2003年、イギリスBBCは2組の取材クルーをイラクに送り込んだ。一方のクルーは、イギリス海兵隊に従軍し、生物・化学兵器の脅威、砂嵐、敵との銃撃戦などに身をさらしながら、生々しい戦況を伝え続けた。そしてもう一方は、イラク北部のクルド人自治区からバグダッド入りを目指すが、途中 アメリカ軍の誤爆を受けて、多数の死傷者を出す。
 敵と味方が入り乱れる最前線で命がけの取材を続けるカメラマンたちの姿を伝えたこの番組は、2003年10月にBS1で初めて放送され、戦争の恐怖の瞬間をとらえた作品として高い評価を受けた。
 オバマ政権が今後 イラク戦争をどのように終結させるのかに注目が集まる中、ジャーナリストが命をかけて撮影した映像を通して、改めてイラク戦争のすさまじさを伝える。

平成21年 広島平和記念式典

8月6日(木)総合 午前8:00~ (8:35)
8月6日(木)BS2 午前8:00~ (8:50)
8月6日(木)ラジオ1 午前8:00~8:55

 8月6日、広島は原爆投下から64年の「原爆の日」を迎える。
 今年また、原爆症の認定をめぐる大きな動きがあった。広島や長崎で被爆した人たちが、全国各地で起こしている集団訴訟で、去年4月に国が認定基準を緩和したあとも、基準より広く原爆症と認める判決が相次いだのだ。これを受けて国がどのような解決策を示すのか、今後の対応が注目される。
 さらにアメリカでは、“核兵器の廃絶”を掲げるオバマ大統領が誕生。世界規模で、核廃絶に向けた機運が高まる中、被爆者たちは自らアメリカに出向いて、懸命な訴えを続けている。
 今年の8月6日も、平和公園は、被爆者や世界から核廃絶を訴えたいと集う人々の深い祈りに包まれる。被爆64年の平和式典の様子を、この1年間の被爆者と核廃絶をめぐる動きを、インタビューを交えながら中継で伝える。

2009/08/06 22:00~22:50 の放送内容 NHK総合

* NHKスペシャル「核は大地に刻まれていた~“死の灰”消えぬ脅威~」
* 旧ソビエトの核実験場で行われた広島の科学者らによる調査で、“死の灰”による被ばくの実態が初めて解明された。大地に刻まれると決して消えることのない核の脅威に迫る。
* 冷戦時代450回を超す核実験が行われた、旧ソ連・セミパラチンスク核実験場。広島の科学者らによる調査で、核保有国が否定し続けてきた“死の灰”による被ばくの脅威が初めて明らかになった。死の灰からの放射線が、広島の爆心付近にも匹敵する被ばくをもたらしていたのだ。広島でも、死の灰は、“黒い雨”として降り注いだが、その影響は見過ごされてきた。大地に刻まれると消えることのない死の灰。その脅威の実態に迫る。

NHKワールド プレミアム > 番組表 > NHKスペシャル 「核は大地に刻まれていた~“死の灰” 消えぬ脅威」

* ドキュメンタリー
* NHKスペシャル
「核は大地に刻まれていた~“死の灰” 消えぬ脅威」
* 8月6日(木) 22:00~22:49
* 旧ソビエトの核実験場で行われた広島の科学者らによる調査で、“死の灰”による被ばくの実態が初めて解明された。大地に刻まれると決して消えることのない核の脅威に迫る。


BS世界のドキュメンタリー シリーズ ジャーナリストが見た戦争
戦場の目撃者~イラク戦争・カメラマンの記憶

8月7日(金)BS1 午前0:10~1:00 (6日深夜)

 イラク戦争とは何か。戦場カメラマンの目線で捉えようとしてきたグループがある。優れた戦場カメラマンに贈られるロバート・キャパ賞や世界報道グランプリなど、数々の国際賞を獲得したジェームス・ナクトウェイ氏は、20年以上にわたって世界各地の戦争や紛争を記録してきた。そして9.11同時多発テロ後に、同じ報道写真を仕事にする7人のグループを結成する。グラウンドゼロの現場に肉迫し、その後のアフガニスタン侵攻、さらにイラク戦争と、7人のカメラマンは、それぞれの方法でアメリカが「テロとの戦争」を掲げて突き進んできたこの2年間を記録し続けてきた。それぞれが戦場の最前線に立つ中、1人はブッシュ大統領専属カメラマンとなり、アメリカの中枢で戦争への道を記録し続けた。イラク戦争時には、タイムやポスト紙などで活躍するこの7人のカメラマンが総力戦でイラク戦争を記録した。カメラマンたちは、戦争終結後も日増しに治安が悪化するイラク各地を交代で撮り続け、ナクトウェイ氏は取材中、手榴弾を投げられ九死に一生を得る事件にも遭遇した。20世紀、アメリカが関与した多くの戦争を撮ってきたナクトウェイ氏のなかで、四半世紀以上追いかけてきた戦争の断片が繋がりはじめていた。グラウンドゼロの視点の果てにようやく見えてきたものがあったのだ。
 統制された戦争報道ではなく、激しい十字砲火下に身を置くことで、戦争の実像に迫ろうとする彼らは過酷な戦場で何を考え、それをどう記録したのか。9.11 以前と以後で戦争はどう様変わりしたのか。番組は鮮烈なスチール映像と7人のカメラマンの証言を軸に、新しい戦争の時代を綴る。
※2004年4月の「BSドキュメンタリー」で放送

ノーモア・ヒバクシャ ~核兵器のない世界を目指して~

8月7日(金)総合 午後7:30~8:45

 核兵器の廃絶に向けて、人類は舵を切れるのかどうか。いま世界は、歴史的な転換点を迎えている。アメリカのオバマ大統領が「核兵器のない世界を目指す」と宣言、現実となった“核テロ”への脅威が、かつてない核兵器廃絶の大きなうねりを生んでいるのだ。
 こうした動きに期待を高めているのは、広島・長崎の被爆者だけではない。冷戦時代の核実験で被ばくした“ヒバクシャ”たちが、世界に数百万人もいるとされる中、旧ソ連のセミパラチンスクやポリネシアなど、実験場の周辺で被ばくした人々が互いに連携し、具体的な行動を起こし始めている。
 番組では、人類に初めて核兵器が投下された広島をキーステーションに、長崎、セミパラチンスクと、核超大国アメリカを中継で結び、“ノーモア・ヒバクシャ”のメッセージを世界に向けて生放送で発信する。

渡辺謙 アメリカを行く 星条旗の下に生きたヒバクシャたち

8月7日(金)総合 午後10:00~11:13
8月13日(木)総合 午前1:35~2:48 (12日深夜)
8月9日(日)BShi 午後10:00~11:49
8月12日(水)BShi 午後1:00~2:49

 明治から大正にかけての時代、アメリカに渡った日本人移民は、広島出身者が圧倒的に多かった。そして、たくさんの家族が、太平洋戦争当時、日本に一時帰国しており、原爆の悲劇に遭遇した。しかし移民の子供、つまりアメリカ生まれの日系二世の人たちは、さまざま事情から、戦後再び、生まれ故郷であるアメリカに戻り、生活していくことになった。こうした結果、現在アメリカには、“ヒバクシャ”が、およそ1000人いるという(長崎の被爆者を含むデータ)。これまで彼らは、辛い過去が多く、また原爆を投下した当事国で生活しているという事情から、自らの人生について語ることを避けてきた。
 今回の番組では、日米の映画界で活躍する俳優・渡辺謙さんが、自らリポーターとインタビュアーを務め、ロサンゼルスやサンフランシスコなどを舞台に、昨年から取材を重ねてきた。そして、2つの国の間を生きてきた、知られざる波乱の人生が次々と明らかになってきた。

 渡辺謙さんがテレビドキュメンタリー取材に参加したのは、9年ぶり。映画『硫黄島からの手紙』などへの出演を通じ戦争や原爆についてさまざま考えてきたことから、また、ここ数年アメリカでの仕事が増え生活もする中でアメリカにおける日本人移民・日系人の歴史に強い関心を持っていたことから、このドキュメンタリーへの参加を決めた。

 なお、衛星ハイビジョン109分版(ハイビジョン特集)では、総合テレビ73分版では紹介しきれなかった、渡辺謙さんによるさらに詳しい取材の様子を加え、いっそう深く、アメリカで生きてきたヒバクシャの人生に迫る。

ハイビジョン特集  渡辺謙 アメリカを行く 星条旗の下に生きたヒバクシャたち
8月9日(日) BShi 午後10:00~11:49 (109分)
8月12日(水) BShi 午後1:00~2:49 (109分)


2008年8月7日(木) 午後8時~8時49分
総合テレビ
解かれた封印~米軍カメラマンが見たNAGASAKI~

今、1枚の写真が注目を集めている。

63年前、被爆した長崎で撮影されたもので、亡くなった幼い弟の亡きがらを背負い火葬場の前にたつ「焼き場に立つ少年」と題された写真だ。

撮影したのはアメリカ人カメラマン、ジョー・オダネル。去年8月9日、亡くなった。占領軍として原爆投下後の長崎に入り、その破壊力を記録するため写真を撮影する一方で、軍に隠れ内密に自分のカメラでおよそ30枚の写真を記録した。帰国後、被爆者の記憶に悩まされ、悲劇を忘れ去ろうと全てのネガを自宅屋根裏部屋のトランクの中に閉じこめ、43年間封印してしまう。しかし晩年になって原爆の悲劇を訴え母国アメリカの告発に踏み切っていく。原爆投下を信じる周囲から非難の声を浴びながら、85歳の生涯を閉じた。

なぜオダネルは、軍の規則に違反して写真を撮影したのか。
なぜその写真を長年隠し、晩年になってトランクを開け母国を告発したのか。

その足跡を追う息子が、遺品の中に残された録音テープを発見した。そこには写真に秘められた過去と、真実を伝えざるを得なかったオダネルの思いが告白されていた。

あの日 僕らの夢が消えた
~“幻の被爆学校”生徒たちの64年~(仮)

8月8日(土)総合 午後10:00~10:50

 昭和20年8月9日、爆心地からわずか500メートルで被爆した旧制・鎮西学院中学校。コンクリートの校舎は押しつぶされ、名簿などの資料もほとんどが失われた。そのため在校生の数や名前、被爆した生徒たちの行方は60年以上わからないままになっていた。しかし、去年17枚のクラス写真が見つかり調査が進められたことで、生徒たちの消息が少しずつ明らかになってきた。
 北海道で暮らしていることがわかった男性は、被爆当時1年生。柔道に明け暮れる少年だった。しかし原爆で家族全員を失い、戦後は十分な教育も受けられずに職を転々とした。差別を恐れて被爆者であることを隠し続けたという。「爆死した方がよかったと思うことが何度もあった」と語る。また長崎市の隣町で暮らす男性は、今も新聞やテレビで原爆の話題を直視することができない。爆心地近くで目撃した惨状、放射線の影響と見られる病に苦しんだ戦後、そして親友たちを奪われた悔しさがよみがえるからだ。
 今も生徒たちの心と体に刻まれている原爆の傷。被爆から60年以上たって明らかになった若者たちの被爆体験と原爆に翻弄された戦後の人生を見つめる。


ヒバクシャからの手紙

8月8日(土)総合・ラジオ1 午後11:30~午前1:00

 全国の被爆者の平均年齢は75歳を超え、直接体験を聞くことができるのはあと数年だと言われている。ところがその4割が、いまだに被爆体験を周囲に語っていない。平和のため、体験をしっかり伝えたいとの思いがある一方で、結婚差別を受け独り暮らしを続けていたり、子や孫の病気を自分のせいではないかと思うなど、家族や友人にさえ口にできない悩みも多い。
 広島放送局は、被爆者のそうした辛い体験や平和への思いを手紙の形で綴ってもらい、2年前から放送してきた。今年も、ラジオブースに見立てた広島放送局のスタジオをベースに、広島・長崎の中継映像に乗せて、アナウンサーが静かに手紙を朗読する。募集するテーマは(1)「被爆と私の人生」(2)「亡くなったあの人へ」(3)「忘れられないあの光景」(4)「子や孫へ」の4つ。深夜、被爆者の思いに寄り添いながら、平和を考える時間としたい。


平成21年 長崎平和祈念式典

8月9日(日)総合・BS2 午前10:40~ (11:40)
8月9日(日)ラジオ1 午前10:55~ (11:30)

 被爆から64年の「原爆の日」を迎える8月9日、長崎市の平和公園で被爆者や遺族代表、政府代表などおよそ5000人が参加して長崎平和祈念式典が行われる。式典では14万人以上におよぶ犠牲者の冥福を祈るとともに、長崎市長が世界に向けて「平和宣言」を読み上げる。
 今年4月、アメリカのオバマ大統領が核兵器廃絶を目指す決意を示したことで、長崎では、核兵器廃絶への一歩が踏み出されるのではないかという期待が高まった。しかし5月に入ると北朝鮮が核実験を行い、核兵器を巡る世界の情勢はにわかに緊張度を増している。
 番組では、原爆の悲惨さを語り伝えることで、犠牲者の冥福を祈るとともに、核兵器廃絶を強く世界に訴える被爆地・ナガサキの思いを伝える。 

「日テレNEWS24」 
戦場のラブレター
玉砕の島で拾われた手紙     55分枠
放送 : 8月9日(日)
24:50~

制作 : テレビ金沢
再放送 : 8月15日(土)
: 24:00~

戦地の夫に宛てた手紙が60数年ぶりに妻の手に戻った。「坊やが貴方のことを尋ねますの。(中略)お父ちゃんどうぞお元気で最後までガンバッテ下さい」硫黄島で手紙を拾った元アメリカ兵が「差出人を探して返してほしい」と友に託したものだ。妻・きく枝さんは89歳。心臓病に加え痴ほうが進行しているが毎朝、夫の遺影に手を合わせることは忘れない。手紙に登場する「坊や」も65歳。手紙を見て涙が止まらなかった。遠くを見つめていたきく枝さんがひと言つぶやいた。「手紙よりもあの人に帰ってきて欲しかった…」奇跡的に遺族の元に舞い戻った手紙が、伝えるものは何か?


証言記録 市民たちの戦争

8月9日(日)BShi 午後6:45~7:28
8月10日(月)~8月13日(木)BShi 午後7:00~7:43

 太平洋戦争における日本人の犠牲者は310万人。およそ4分の1は民間人だった。徹底した総動員体制のもとで過酷な戦争体験をした多くの一般市民。彼らは銃後でどのような体験をし、何を感じたのだろうか。東京、大分、テニアン島、青森、沖縄。5つの地域を舞台に、人々の証言によって、知られざる戦争の実態に迫ります。スタジオは現代と過去をつなぐ架空の廃墟。ナビゲーターの中居正広さんが、感想を語り、また視聴者から寄せられた手紙を朗読し、戦争を知らない若者へのメッセージを伝える橋渡しを担います。

【ナビゲーター】中居正広

8月9日(日)<都市商店街>山の手の商店街 強いられた転業 ~東京・武蔵小山~
 東京・山の手で五大商店街に数えられたほどの武蔵小山商店街。軍需物資優先の統制経済と深刻化する物不足の中で、その賑わいは失われていった。次々と商店が廃業に追い込まれ、満蒙開拓に活路を求めた人々がソ連侵攻によって迎えた悲劇を伝える。

8月10日(月)<漁村>マグロの島 爆撃に消えた教室 ~大分・保戸島~
 遠洋漁業の拠点として栄えた保戸島。マグロ漁の隆盛で多くの漁民とその家族が島に集まっていた。しかし、開戦で漁船が戦場に徴用、漁民たちは操船者として連れ去られ、漁業は壊滅。残された女性とともに島を支えていた子どもたちを襲った悲劇を伝える。

8月11日(火)<海外居留民>南洋の居留地 サトウキビ農家が見た地獄 ~テニアン島~
 太平洋に浮かぶテニアン島には1万人をこえる日本人が移住し、製糖事業を展開していた。しかし戦況の悪化とともに砂糖工場は閉鎖。市民は飛行場の建設や陣地の構築など軍と行動を共にすることを強いられていた。末期には前線の戦いにまで動員された島民たちの悲劇を伝える。

8月12日(水)<地方都市>北の拠点都市 禁じられた避難 ~青森県青森市~
 北海道からの石炭輸送の要であった青森市。昭和20年7月、米軍の空襲により、市街地の9割が消失。1000人以上の命が奪われた。B29からは爆撃予告のビラが投下されていたにも関わらず、なぜ多くの命が失われたのか。証言から探る。

8月13日(木)<国内唯一の地上戦・沖縄>沖縄 悲劇の島・64年目の証言 ~沖縄・渡嘉敷島~
 昭和19年、突如日本軍の秘密基地となった渡嘉敷島。やってきたのは特攻隊、島の人々は老若男女を問わず、炊事係や壕作りなどに動員された。しかし米軍が上陸すると日本軍は退避。その後を追うように軍陣地付近に集結した島民たちが迎えた結末を証言をもとに描き、人々を追い詰めた戦争の惨状を伝える。

集中再放送:8月4日(火)~8月9日(日) 総合
8月4日(火)

午前0時45分~1時28分 ※3日(月)深夜24時45分~
証言記録 兵士たちの戦争 「ビルマ 濁流に散った敵中突破作戦 ~徳島県・歩兵第143連隊~」

午前1時29分~2時12分 ※3日(月)深夜25時29分~
証言記録 兵士たちの戦争 「戦場の少年兵たち ~沖縄県・鉄血勤皇隊~」

8月5日(水)

午前0時45分~1時28分 ※4日(火)深夜24時45分~
証言記録 兵士たちの戦争 「中国雲南 玉砕・来なかった援軍 ~福岡県・陸軍第56師団~」

午前1時29分~2時12分 ※4日(火)深夜25時29分~
証言記録 兵士たちの戦争 「フィリピン・シブヤン海 戦艦武蔵の最期 ~横須賀海兵団~」

8月6日(木)

午前0時45分~1時28分 ※5日(水)深夜24時45分~
証言記録 兵士たちの戦争 「人間魚雷 悲劇の作戦 ~回天特別攻撃隊~」

午前1時29分~2時12分 ※5日(水)深夜25時29分~
証言記録 兵士たちの戦争 「東部ニューギニア 絶望の密林戦 ~宇都宮・歩兵第239連隊~」

8月7日(金)

午前1時35分~2時18分 ※6日(木)深夜25時35分~
証言記録 兵士たちの戦争 「重爆撃機 攻撃ハ特攻トス ~陸軍飛行第62戦隊~」

午前2時19分~3時02分 ※6日(木)深夜26時19分~
証言記録 兵士たちの戦争 「中国戦線 大陸縦断 悲劇の反転作戦 ~福島県・歩兵第65連隊~」

8月9日(日)

午前1時55分~2時38分 ※8日(土)深夜25時55分~
証言記録 兵士たちの戦争 「従軍看護婦が見た戦争」

午前2時39分~3時22分 ※8日(土)深夜26時39分~
証言記録 兵士たちの戦争 「インパール作戦 補給なき戦いに散った若者たち ~京都 陸軍第15師団~」


報道発 ドキュメンタリ宣言
僕の父はB級戦犯
うじきつよし 戦争を語る親子の旅路 (仮)

元陸軍大尉の父と、60年ぶりベトナム絶海監獄島へ
「あなたは家族と、戦争の話をしたことがありますか?」

■放送局・日時
テレビ朝日
8月10日(月) 19:00~19:54
■制作者から
 戦後60数年も平和の中にあった日本で、第二次大戦の話をしている家族が一体どのくらいいるのだろう?
 ところがこの親子は今、戦争について恐ろしく聞き、話そうとしている。
 うじきつよしさんとお父さんの武さんだ。
 2年前の夏に初めて、御ふたりの語り合う現場に立ち会った。場所は、ベトナム・ホーチミン沖300キロの絶海の監獄島だった。元陸軍大尉として南方インドシナ戦線を転戦した武さんは、戦後B級戦犯として裁かれ、その監獄島で5年間の収監生活を生き延びた。
 裁判見直しで日本に送還され、巣鴨プリズンでさらに3年。武さんは戦後10年近くを塀の中で過ごされた。ところが、その後生まれた息子のうじきさんは、40年近く父と向き合って戦争の話をしたことがなかった。
 十数年前、息子は初めて父に戦争の話を聞いた。その父の言葉は彼には理解しがたいものだった。
 お父さんは、戦争での殺人に罪悪感がないと告白した。職業軍人としての戦争責任も、戦犯裁判自体も、未だ認めていないと言った。
 そこから、全く考え方の違う父と子の戦争を巡る激しい対話と、記憶を呼び覚ますための戦場めぐりの旅が始まった。
 ある時は老人DVかと見紛うほど、厳しく問い詰める息子。それをある時は真正面から議論し、ある時は話を逸らし、時折は激昂しながらも受け止める父。
 父と子は、喧嘩して、離れて、また寄り添って。
 その旅に付き合って、いつしか二人を羨ましく思っている自分がいる。僕はまだ、こんな風に父と戦争の話をしたことがない。
 みなさんは自分の家族と、戦争の話をしたことがありますか?
■番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/d-sengen/  

シリーズ激動の昭和
「最後の赤紙配達人」(仮)
2009年8月10日(月)よる9:00から
▼出演者
西邑仁平:吉岡秀隆
今回で3回目となる<シリーズ激動の昭和>、今回は戦場への“招待状”ともいえる召集令状、いわゆる“赤紙”の配達人、西邑仁兵(にしむらにへい)氏をドラマの主人公にし、ドキュメンタリーとドラマをあわせた構成となる。西邑氏は俳優・吉岡秀隆が演じる。
 滋賀県の大郷村。この村からも多くの若者が戦場へ向かった。西邑氏は、赤紙を配る兵事係を15年もの長い間勤め上げた。赤紙を配るだけでなく、戦死公報も配るという過酷な仕事を黙々と勤めた西邑氏は、留守宅への気配りなど残された村の人への心のケアも忘れなかったという。大郷村には一家族から5名も戦場に行ったうちもあり、そのお宅へ戦死公報を届けるときには、涙が出るほど辛かったと回想している。

ドラマの部分では西邑氏を軸に、大郷村の人々が戦争に巻き込まれていく様子を描く。
ドキュメンタリーの部分では、ビルマやテニアン、サイパンなどの現地取材をもとに大郷村から戦場に借り出された人々がどのような運命をたどったのか、正確に描き出す。


ハイビジョン特集 フロンティア
「セミパラチンスク 18年後の現実 ~カザフスタン核実験場跡~」

8月10日(月)BShi 午後8:00~9:30

 カザフスタン北東部のセミパラチンスクで、1949年から89年までに約500回の核実験が行われた。91年の実験場閉鎖から18年が経過したが、今なお放射能汚染の影響は続いている。
 核実験は、なぜセミパラチンスクで行われ、周辺に住む人々の暮らしや健康をどのように脅かしていったのか。番組は旧ソ連の原爆研究者や医師の証言をもとに、セミパラチンスクにおける核実験の歴史を辿る。住民たちは核実験の事実を知らされず、健康被害が明らかになったあとも旧ソ連によって沈黙を余儀なくされた。そして実験は、40年間に渡って続けられた。
 実験場周辺では、今なお正常値の10倍の放射線が検出されている。核の脅威は、今なおカザフスタンの人々の生活に静かに忍び寄っている。
 カナダの制作会社、4 Square Productionsとの国際共同制作によるこのドキュメンタリーは、実験場周辺で最も被害が大きかったとされるサルジャール村を中心に、放射能汚染の実態を丹念に取材。被爆による重い健康被害を抱える人々の怒りと叫びに向き合い、核の恐怖と残酷さを明らかにしていく。


BS世界のドキュメンタリー シリーズ 第二次世界大戦 開戦70年(仮)
D-Day ノルマンディー上陸作戦(仮)前・後編 

8月11日(火)~8月12日(水)BS1 午前0:10~1:00 (10日~11日深夜)

 第二次世界大戦終盤の1944年6月6日、アメリカ軍をはじめとする連合国の兵士15万人が、当時ナチスドイツが占領するフランス北西部のノルマンディー地方に上陸し、勝利を決定づけたノルマンディー作戦。
 そのとき、連合軍やドイツ軍の兵士たちの脳裏に何がよぎっていたのか。ナチス陸軍元帥のロンメルや連合軍最高司令官のアイゼンハワーは、どのような決断を迫られていたのか。そして、戦場カメラマンのロバート・キャパは、どのような思いでシャッターを切り続けたのか。
 番組は、史上最大の上陸作戦の、準備から作戦決行当日までの一部始終を、当事者の証言をもとに実写映像と再現ドラマによって明らかにしていく。前編は上陸準備から前夜まで、後編は上陸後を追う。

ハイビジョン特集フロンティア 私の戦争は終わっていない
~栄光の第7騎兵連隊 元少佐の告白~(仮)

8月12日(水)BShi 午後8:00~9:30

 アメリカ陸軍“第7騎兵連隊”。19世紀後半、カスター将軍に率いられ、先住民との戦いで一躍アメリカ国民のヒーローとなった。太平洋戦争ではレイテ、ルソンで日本軍と戦い、朝鮮戦争、ベトナム戦争では最前線に立ち、2003年のイラク戦争でも先陣を切って砂漠を走ったのが、第7騎兵連隊の戦車である。
 その陰で語られなかった真実がある。第7騎兵連隊は太平洋戦争や朝鮮戦争で民間人を巻き込む虐殺を行い、ベトナム戦争では連隊に協力した地元の山岳民族を見殺しにした。
 イギリスの制作会社オクトーバー・フィルムズとの共同制作によるこのドキュメンタリーは、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争で部隊を率いた第7騎兵連隊の元少佐の心の闇に迫り、戦争で犯した罪に自ら対峙する姿を追っている。アメリカの兵士がアジアにおける戦争犯罪に言及している貴重なドキュメンタリーである。

BS世界のドキュメンタリー シリーズ ジャーナリストが見た戦争(仮)
私の戦争は終わっていない ~栄光の第7騎兵連隊 元少佐の告白~(仮) 前・後編
8月4日(火)、5日(水)BS1 午前0:10~1:00(3~4日深夜)

ラジオ深夜便 戦争インタビューシリーズ

8月11日(火)~8月15日(土)ラジオ1・FM 午前1:10~1:55 (10~14日深夜)

 日本が終戦を迎えて64年、世界各地では今も様々な紛争・内戦が続いている。北朝鮮では核実験やミサイル発射など、平和に逆行する動きがみられる他、イラク、アフガニスタン、パレスチナでも平和への道筋が見えない状態となっている。日本では悲惨な太平洋戦争を実際に体験した人の証言を直接聞けるのもタイムリミットが近づいている。また、世界を舞台に平和維持のために各地の紛争地帯で命をかけ活動する日本人も数多く存在する。
 番組では毎年8月の終戦の日前後に全国のアナウンサーの提案で太平洋戦争体験者や世界の紛争地帯で活動する人たちの証言を聞き出す40分サイズのインタビューを放送している。
 今年も「ラジオ深夜便」では戦争インタビューシリーズとして5夜連続で放送する。


BS世界のドキュメンタリー シリーズ 第二次世界大戦 開戦70年
よみがえる第二次世界大戦~カラー化された白黒フィルム~(仮)第1回~第3回

8月13日(木)~8月15日(土)BS1 午前0:10~1:00 (12~14日深夜)

 第二次世界大戦の開始から今年で70年。数千万人の死者を出した人類未曽有の戦争の内側では、何が起きていたのか。
 この“破壊の時代”の白黒映像を、最新のデジタル技術を駆使し、カラー化しようという試みが、フランスとの国際共同制作により進められてきた。
 ナチスの台頭、ヨーロッパ戦線、そして太平洋戦。埋もれていた記録映像を丹念に掘り起こし、綿密な時代考証と地道な作業によって、第二次世界大戦の時代を鮮やかによみがえらせよう、というものである。
 世界各地で戦争体験が風化を続けるなか、戦争の現実をよりリアルに描き、その記憶を若い世代へと伝える。


わたしたちの戦争(仮)

8月14日(金)総合 午後7:30~8:42

 今から60年あまり前、戦争の時代を生きた若者たちがいました。若者たちはあの時何を信じ、何を失ったのか。戦争証言プロジェクトが取材した元兵士たちと銃後の市民、合わせて200人以上におよぶ証言をもとに、個人が体験し、感じた大平洋戦争の実像をVTRで伝えます。また、ナビゲーターの中居正広さんが感じたこと、疑問を糸口に、戦争を体験された3人のゲストに「自分の戦争」を語っていただきます。
 これは、私たちと変わらないごく普通の人々が体験した、一人一人の太平洋戦争の記録です。

【ナビゲーター】中居正広
【ゲスト】作家・五木寛之  俳人・金子兜太  女優・奈良岡朋子


週刊こどもニュース戦争特集「核の時代の子どもたち」(仮)

8月15日(土)総合 午後6:10~6:45

 今、核を巡る問題が大きく変わろうとしている。オバマ米大統領は4月、アメリカが核廃絶に取り組むことを明言。その裏には、テロリストが核をテロ行為に使用する可能性が高まっていることや北朝鮮が核実験を進めるなど、核を取り巻く状況が深刻になっている現実がある。核が使用される可能性は米露冷戦時代よりも高まっており、私たち一人一人が真剣に核の問題に向き合うべき時代になっている。その一方で、広島・長崎の被爆者の高齢化は進み、被爆体験は風化しつつある。
 今回の戦争特集では、子どもたちに原爆(核兵器)の恐ろしさを伝えると共に、世界が置かれている核の状況を分かりやすく説明。未来を担う子どもたちが、家族と核について考えるきっかけにしたい。

8月15日(土)総合「日本の、これから」
アメリカのオバマ大統領が「核兵器の無い世界を目指す」と宣言し、核兵器削減に向けて動き出そうとしています。唯一の被爆国日本では、核兵器廃絶の方針を歓迎する声があがっています。

しかし、その一方で、北朝鮮はミサイル発射と核実験を強行。“核の闇ルート”を経て、核がテロリストへわたる危険性も指摘されています。

これまで、核兵器の廃絶を訴えながらも、アメリカの核の傘の下に守られてきた日本。核をめぐる緊張感が高まる中、わたしたちは隣国の脅威にどう対峙していけばよいのでしょうか。そして、唯一の被爆国として核廃絶に向けてできることは?
みなさんのご意見、ならびに出演者を募集しています。
意見送付先・出演応募
http://www.nhk.or.jp/korekara/

ハイビジョン特集フロンティア よみがえる第二次世界大戦
~カラー化された白黒フィルム~(仮)

NHKスペシャル 終戦ドラマ「気骨の判決」

8月16日(日)総合 午後9:00~10:30

 NHK名古屋放送局は、『鬼太郎が見た玉砕』『最後の戦犯』に続き、終戦ドラマ『気骨の判決』を制作する。
 戦争末期の昭和20年、ひとりの裁判官が「翼賛選挙は無効」と断じる判決を出した。ドラマは、NHK大分放送局・清永聡記者の詳細なノンフィクションに基づき、戦時下の選挙と裁判の実態、そして「選挙無効」を下した大審院(今の最高裁)判事・吉田久たちの生き様を描いていく。
 東条英機内閣が行なった衆議院解散総選挙。「戦争に勝つため」という名目のもと、政府に非協力的な候補者に対して露骨な選挙妨害工作が繰り広げられ、大政翼賛派が議席を独占した。吉田たちは真相を究明するべく、鹿児島に乗り込んで大量の証人尋問を断行。「なぜ人々は、戦争を熱烈に支持するのか?」「法律は、本当に市民を救えるのか?」という問いに苦悩しながらも、裁判官たちは信念を貫き、想いのすべてを「判決」に注ぎ込む。
 
原案:清永 聡  脚本:西岡琢也  音楽:加古 隆  演出:柳川 強
出演:小林 薫 田辺誠一 麻生祐未 京野ことみ 篠井英介 石橋蓮司 國村 隼  ほかの皆さん

8月16日(日)BShi 午後10:15~11:45

 第二次世界大戦の開始から今年で70年。数千万人の死者を出した人類未曽有の戦争の内側では、何が起きていたのか。
 この“破壊の時代”の白黒映像を、最新のデジタル技術を駆使し、カラー化しようという試みが、フランスとの国際共同制作により進められてきた。
 ナチスの台頭、ヨーロッパ戦線、そして太平洋戦。埋もれていた記録映像を丹念に掘り起こし、綿密な時代考証と地道な作業によって、第二次世界大戦の時代を鮮やかによみがえらせよう、というものである。
 世界各地で戦争体験が風化を続けるなか、戦争の現実をよりリアルに描き、その記憶を若い世代へと伝える。

8月16日(日)又は23日
「5000人のカルテ~ある被爆医師の半生」


今夜はこんなところです。
ではまた・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

オバマ大統領殿 広島・長崎においで下さいというウェブ署名に行っています。
是非ご協力下さい。
署名プロジェクトURL:
http://www.shomei.tv/project-928.html

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2009年7月 9日 (木)

ジャパンデビュー「アジアの“一等国”」の再放送を!

NPJお勧めブログに掲載されました。


NHKスペシャル:「アジアの“一等国”」に対する右翼の攻撃はすさまじい。
特に初代政権投げ出し男安倍晋三や世界に日本の酒の恥文化を広めた中川昭一などがまたぞろ登場している。

私はいい番組だったと思い記事にした。
2009年4月 5日 (日)
「アジアの“一等国”」

これには60ものコメントが付きこの記事になった。

2009年5月 5日 (火)
niftyはNHKの 「アジアの“一等国”」を 偏向報道と規定するのか?

この右翼の執念たるや非常に組織的に行われている。

安倍晋三の桜テレビでの反動的気概です。

【安倍晋三】これからの日本とマスメディア問題[桜 H21/6/11]

幾つかの記事を紹介します。
まず
放送問題では私が信頼を置いている醍醐 聰さんのブログからです。

ーーー
「他虐」を「自虐」と言いくるめる本末転倒のナショナリズム~NHKスペシャル「JAPAN デビュー」への攻撃に思うこと~

 4月5日に放送されたNHKスぺシャル「JAPAN デビュ-」第1回「アジアの“一等国”」を偏向番組だとして、集団提訴が起こされた。番組は「やらせ」もまじえて、日本による台湾統治の功の部分を伝えず、負の部分を捏造または誇大に伝えたものだというのが、その言い分である。
 しかし、私も見たあの番組は、日中戦争の勃発に伴って始まった皇民化政策の下で日本語の使用や「改姓名」と称した日本人名への改称が強要されたこと、日本軍兵士として駆り出されながら、いまだに生死も不明の台湾人が多いことなどが一次資料や当事者の証言に基づいて明かしていた。
 中でも、私の印象に鮮明に残っているのは台北第一中学校卒業生が日本による台湾統治時代の生き証人として登場し、日本人の嫁になってもなかなか戸籍を入れてもらえなかった差別の実態を赤裸々に語った場面、天皇の臣民と称して叩き込まれた教育勅語を口々に朗読しながら、積年の無念さを取材カメラに向かってせき込むように訴えかける老台湾人の姿だった。
 そこで、私が提案したいのは、あの番組を再放送して、もっと多くの市民に視聴の機会を提供することである。番組の評価は威圧的な攻撃によってではなく、番組を見た多くの視聴者の自由な言論に委ねること、各自が自分と異なる意見、感想に触れることによって、思考の固定化と独善を克服すること――これこそが成熟した民主主義国家にふさわしい放送番組批評のあり方であり、言論の広場としての公共放送の姿である。

 近年、わが国では他民族に対する日本の侵略・植民地的統治の歴史を伝えること、語ることを「反日」というレッテルを貼って攻撃する「自虐」史観なるイデオロギ-が流布されている。しかし、どのような歴史「観」もそれによって歴史の事実を勝手に改編することはできない。どのような「歴史観」も歴史の事実に依拠しなければ、「観」というに値しない。この意味で、NHKスペシャル「アジアの“一等国”」が伝えた日本による台湾統治の実態を、日本人が自分を貶める「自虐」とみる人々は、日本による他民族の虐待=「他虐」を「自虐」と言いくるめるに等しい。

*********************************************************

 「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は今日(2009年7月7日)、「開かれたNHKをめざす全国連絡会」とともに、この番組に加えられている攻撃について、福地NHK会長に宛てた要望書を提出した。
 要望書は、この番組がこれまで十分に伝えられてこなかった日清戦争後の日本による台湾統治の実態を豊富な資料と取材に基づいてリアルに描いた点を高く評価している。そのうえで、要望書は、NHKが、この番組に対して一部国会議員やグループが仕掛けている攻撃にひるむことなく、放送の自由、自律を堅持していることを激励し、JAPAN デビューシリーズが今後も歴史の実相に迫る良質の番組を放送するよう求めている。

NHK福地会長宛て 要望書(2009年7月7日:PDF版)

NHK会長
福地茂雄 様
          要   望   書

   2009年7月7日
          NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                共同代表 醍醐 聰・湯山哲守

 貴職におかれましては、NHKが公共放送の中軸として、また健全なジャ-ナリズムとして発展することをめざして日々ご奮闘のことと拝察します。
 さて、さる4月5日放送のNHKスペシャル「JAPANデビュ-」第1回「アジアの“一等国”」が放送されました。その内容は日本が明治維新を経て近代国家をめざして国づくりする途上、欧米列強と競うあまり、自らもその列強の仲間入りを果たすべく、日清戦争によって「獲得」した台湾を最初の植民地として統治した実相を、現存する膨大な一次資料に基づいて描いた労作であると評価しています。 
これまでの一般書には、割譲後の台湾を「島民の頑強な抵抗を武力で鎮圧した」(山川出版「詳説日本史」)などと記述されてきました。ところが今回、史実を「日台戦争」と位置付けて説明し、川下から圧倒的な武力で攻め上ってきた日本兵による現地住民制圧の歴史を、肉親から聞かされてきたとする老人の証言等、説得力ある取材情報に基づき展開しました。これまで必ずしも十分には伝えられてこなかった日清戦争後の台湾支配を契機とした植民地主義への道を理解する上で大変貴重な番組であったと思います。
 私たちNHKを監視・激励する視聴者コミュニティは、常に、公共放送としてのNHKの公正な放送と、ジャ-ナリストとしての鋭い視点からの番組提供を求めてきました。「JAPANデビュ-」が期待に応えるに相応しいものであったと高く評価します。
 ところで、この放送に対して、「やらせ取材、歪曲取材、印象操作編集による偏向報道」と断定した抗議行動が展開されています。ETV2001「戦時性暴力」番組に改編の圧力を加えた安倍晋三元首相が今回も策動し、「番組を作っている人自体が思惑を持って作っている。・・・圧力をかけるつもりはないが、偏向していなかったかどうか質していく。」などと、またぞろインタ-ネット放送などを通じてNHKへの攻撃をしています。2001年と同じ状況が生まれる懼れが生じています。(http://www.youtube.com/watch?v=twjpMjtoBRk&feature=channel参照)  
 議事録によれば、今回、貴局は経営委員会でこの事態に対して活発に議論を行い、貴職も適切に意見を開陳しています。また、NHKとしても公式に6月17日付で『説明』(「シリーズ・JAPANデビュ- 第1回『アジアの“一等国” 』に関しての説明」)を発表し反論しています。問題となっている「人間動物園」、「日台戦争」など5つの言葉について、発掘資料と専門家たちの研究成果に依存して用いた経緯の説明も説得的だと思われました。さる5月12日の経営委員会の冒頭で貴職が述べた「ジャ-ナリストというのは、自分の目で確かめ、自分の耳で確かめ、自分の手で確かめ、自分の足で確かめ、自分の体で体感するように。それがジャ-ナリストだ。私の言う現場主義だと話しました。あつものに懲りてなますを吹くようなことにならないように。しかし、ペンと政治との距離は画然としていくべき。一方で、編集権、番組編集の自由は、不偏不党の立場を守ることで担保されるものだ。」という言葉は「番組改編についてのBPO『意見』」とJAPANデビュ-問題双方に関しての発言だと思われますが、傾聴に値するものと思いました。また、貴職は自ら3度にわたって同番組を視聴した結果、「確かに見る人の見方によっては国辱だというところはあります。しかし、軸足を植民地政策に置いたら、こういったことはありうるだろうという感じがしました。」と同委員会において発言しておられますが、それは確固たる信念に基づいたものと受け取れました。そしてその言葉には、この番組を制作したスタッフへの厚い信頼を感じ取ることができます。
 報道によれば、当番組は「事実を捏造(ねつぞう)し、偏向した放送法違反の内容だ」として、小田村四郎・元拓殖大総長ら8389人が25日、NHKを相手に1人当たり1万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したとのことです(『毎日』6月26日付)。この局面で、私たちは貴局が放送ガイドラインや先の『説明』に基づき、確信を持ってこのような攻撃に対処され、この後に続くシリーズ番組でも不当な攻撃に動じることなく、歴史の事実を直視した良質の番組を制作されるよう強く願うものです。
 最後に、今回の国会議員を擁し、権力を背景にした勢力が特定の番組に圧力を集中する構図は2001ETV番組と同じものです。多くの視聴者がNHKに対する信頼を取り戻す大きな一歩になるものと確信し、改めて、貴局、貴職が毅然として対処することを要望するものです。

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2009年7月 3日 (金)

半夏生と「4%の魂」

Hangesyou1


今日は半夏生
二十四節気の各一節気を三つに分けた七十二候の一つが半夏生です
夏至から11日目の日です。

写真は植物の半化粧です。
中途半端な化粧という意味でしょうか?


大人ドリルというNHKの夜の番組で地球温暖化の話をしていた。
Q&A の形で紹介します。

Q 温暖化は人間が原因か?
                   A 科学者の9割はそう言っている。
Q 今のエネルギー消費量は明治の何倍か?
                   A 135倍
Q 地球上で電気のない人は
                   A 10億人
Q このまま対策をしなけれが今世紀に何度上昇する?
                   A 6.4度
Q 対策しなければ何が起こる?
                   A ハリケーン 森林火災 穀物不良 水不足
Q 地球の温度が1-2.5度高まると絶滅するのは?
                   A 2-3割
Q ソメイヨシノは50年で何日開花が早くなった?
                   A 3-6日
Q 世界中が日本と同じ暮らしをしたら何個の地球が必要か?
                   A 2-4個
Q 世界中がアメリカと同じ暮らしをしたら何個の地球が必要か?
                   A 5個以上
Q 地球を1mにした場合の大気の層の厚さは?
                   A 1mm
気にいった番組の中のフレーズ

・体質改善したらバカバカ肉を食べるのが喜びでなくなる
・日本は世界のco2の排出量の4%しかないのだから「4%の魂」で世界に範を示さなければならない。
・co2を吸収してくれる日本の森林の7割は手つかずに荒れている将来を考え国費で間木を伐採すべきだ。


      半夏生地球のことを考える 公彦

以下は半夏生関連記事です。

続きを読む "半夏生と「4%の魂」"

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