カテゴリー「今日は何の日」の3件の記事

2008年3月 6日 (木)

インターネットは性善説?

インターネットは性善説の上に立っていると思う。
全ては個人の自由の上に立っている。

ネット上の問題は善意のネットワークで解決していくしかない。
これが私の考えである。

3月5日の日経の29面の「やさしい経済学」に「分散人格と複合人格」というタイトルで西垣通氏がこの辺のことを書いていた。

もともとインターネット文明は性善説に基づいて発達してきた。逆に言えば、犯罪や悪意に対する防御は弱いのである。 ・・・・ だからネットオークションで大切なのは、信頼できるのは取引相手を見つけることである。 つまり、悪の追放より善の連帯を重んじるのが、インターネット文明の特徴といえる。

又こういうことも書かれていた。

ウェブを通じて近代の個人主義を乗り越えることができるのではないか 独立した個人は近代社会のベースだが、人間のアトム化が経済的・社会的な格差をはじめ、さまざまな問題を起こしていることも事実である。 ウェブにおける分散人格や複合人格という実験を通じて、そこに風穴をあけることができるかもしれないのだ。

少し難しい書き方だが私風に韻文風に書けば

ITは地球を救う

オプチュミストは地球を救う

善意が悪意を包囲する

善意を大きく広げるには実名主義である必要はない。

分散人格や複合人格を


この記事は私に自信を持たせてくれた。

ー実は私には前から分散人格も複合人格もある。

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2008年1月17日 (木)

NPJ設立記念集会のお知らせ

今日はこの会に参加しようと思います。(追記:参加できませんでした。どなたか報告下さい。)
20080117_4


People's Press】━☆★
       NPJ(News for the People in Japan)
           設立記念集会のお知らせ   
★☆━┻┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★

┏━━━━ 市民,ジャーナる!!弁護士,記者になる!! ━━━━━━━┓
 NPJとは,20代30代を中心とする弁護士,ジャーナリスト,フリーランス,
 大学教員,学生,主婦などをメンバーとしたPeople's Pressが運営する
 市民メディアです。
 現在,私たちが得る情報の多くはマス・メディアから発信される情報ですが,
 その大部分は,政府・官公庁発の情報やコマーシャリズム(特に大企業)の
 影響を受けた情報,興味本位の犯罪報道などになっています。
NPJでは,このような状況を打開するため,日頃取り上られることの少ない
 情報も含め,社会を「知ル」ための情報を発信しています。
   HP http://www.news-pj.net/
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
        
      ◆◆設立記念集会開催◆◆

     「新しいメディアに期待すること」
   講 師   吉岡 忍 氏
   日 時   2008年1月17日 18:30~(開場18:00)
   場 所   弘済会館 
http://www.kousaikai.or.jp/hall/index.html
    ※参加協力費 大人500円(学生無料)

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黙祷を捧げました

今朝5時46分テレビの式典に合わせて黙祷を捧げました。

今から13年前阪神・淡路大震災がありました。
当時私たち家族は大阪・高槻市に住んでいました。
朝突然の揺れに目覚め、ガスの元栓を閉め一箇所の布団の中に居ました。
その後ジェットコースターのように上下左右に揺られました。
それだけで気分が悪くなる位の揺れでした。

こんなことは経験したことが無いので、テレビを見ていたのですが名古屋の方の震度しか最初出ず状況が全くわからなかった。
余震が治まった頃当時住んでいた社宅の外に出ると、知人が外に出ていて無事を確かめ合いました。
東海道線は普通となり通勤をあきらめその日は家で過ごしました。

時間が経つにつれテレビにはだんだん震度が出てきて淡路で震度7と出たのはかなり遅くなってからだった。
神戸長田で火災が起こったという最初の報道からどんどん火の手が広がり夜には長田の街全体が燃えさかるという状況になった。

兵庫県に住んでいた同僚や友人の多くが住む家が壊れたり半壊したりした。
長い間通勤路が切断されていたので船を使って一日がかりで明石から大阪まで通勤した人も居た。

当時神戸の顧客が居たのでそこまで行こうとしてJRで行ける所まで行き、途中からバスに乗り継いだが途中でバスを降ろされ倒壊した阪神高速道路を見ながら歩いて三宮まで行った事もある。

三宮の駅の近くや西宮の駅の近くはかなり長い間ビルが傾いたままで、そこを通るとこちらが揺らいでいるような錯覚に陥るほどだった。
神戸市役所の2階部分が全くつぶれてしまって同じように立っているのも不思議な光景でした。


地震で直接知人が無くなったということは無かったが間接的に知人が3人無くなった。

一人は知人の父親で、地震の後住処を転々としている間に風邪をこじらせてなくなってしまった。

二人目は知人の娘さんで、家が全壊しで焼け出された後私たちの住んでいた所に急遽引っ越してきたあと、事情はわからないが自殺で亡くなった。

三人目は友人で地震のあと精神に異常をきたしある日突然亡くなった。事情はわからないが自殺と思われます。
(2人で話したときに地震以来眠れないと言っていたので私に何かできなかったという忸怩たる思いがあります)

3人とも地震の犠牲者の統計には入っていないのかもしれません。
地震は来るものだという前提での備えが必要だと思います。


黙祷のあとテレビで淡路の人たちが歌う「千の風に乗って」を聞いていました。
妻は朝食の準備をしながら一緒に歌っていました。
「今日は神戸の地震の日だって~」と次女は起きて来ました。
3人で地震の日の話をしながらトーストを食べコーヒーを飲みいつものように一緒に仕事に向かいました。

今日は静かに追悼したいと思います。

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