一億総哭の秋又は一億相哭の秋
ハイクブログという俳句の投稿サイトがある。
もともとは「カナダde日本語」にあったのを真似して始めたものだが俳人でもある私としてはかなりの期間御世話になっている。
小田実の話に刺激を受けてハイクブログで敗戦記念日で季語を探したがなかった。
終戦記念日はあった。
敗戦と終戦では意味合いがかなり違う。
終戦では対等な立場で戦争を終わらせたことになるが先の戦争はそうではなく無条件降伏であり文字通り敗戦だった。
「国をむちゃくちゃにした」(小田実)責任者は罰せられなければならない。
小田は先の記事で紹介したように8・11のニューヨークタイムスに「日本敗北・天皇存続」と出ていたのを見つけて自分が体験した8・14の大阪大空襲は何だったのか言う。
ハイクブログで敗戦記念日で検索したら、超熟年反戦廃人谷人と言う人がこんな俳句とコメントを出していた。
もの凡て曖昧な日本終戦日 谷人これが「美しい国“大日本"」の未来像です。
私はこんな俳句を返句しこんなコメントしました。

小田実を偲ぶ会に出てテレビ番組を見てファンになりました。 季語終戦日を敗戦日としているひ人を探してここに来ました。
「一億相哭の秋」などと叫ばれました。 『ご返句ありがとうございます。あの時中学3年生でした.
そのあと
『「相哭の秋」と訂正しました。これは20年(1945)8月15日付朝日新聞社説の見出しです。』
とコメントありました。
一億相哭の秋なのか一億総哭の秋なのかわかりませんが意味合いから言うとこの文章を書いた人は「一億総懺悔」的な意味合いで書いたのだと思うので元々は総哭なのでしょう。
この社説の載った8月15日の朝刊は玉音放送の後配るように言われていたそうです。
アメリカの人は8・11からみんな知っていたのに・・・(小田実:ポリフォニーの思想)
(報道規制があったのに第77ビルの崩壊を崩壊前にBBCが事前に読んでしまったという9・11の話を思いだすが・・・)
日本にとって運命の日。1945年8月15日。終戦日の朝日新聞の社説です。
ここには戦争への反省はありません。
この社説に対しその後朝日はこれを否定する見地を表明したのでしょうか?
表明してなければ今それをやるべきでしょう。
過ちはどんなに時間がかかっても改めなければなりません。
アジア民族解放の戦争であるとかこの言葉は難しいですがこの社説の立場は今のネット右翼の論調そっくりです。
戦前の立場のDNAをこの社説もネット右翼も見事に引き継いでいる。
ではその社説です。
1945.8.15 朝日新聞社説
塩はうまくてまずいですより転載
ちなみにこれは縮刷版から書き起こしたんですけど、 当時の新聞はタブロイド版だからなのか、文字がツブれてしまっていて どうしても読めない文字がいくつかありましたので、そこは ■ としておきます。--------------------------------------------------------------------------
社説 一億総哭の秋大詔すでに煥発せられて、邦家の進むべき途はここに確爾と定められたのである。
大■一たび進めば勇躍これに従い、大■一たび停れば蕭然として踏み止まる。
苟しくも承詔必謹の大耦神の迸るところ、
万乗の君を戴く一億臣子の道はそれ以外にはあり得ないのである。さりながら、いま静かに大詔の御示■のほどを拝誦し、■哀のほどを拝察し奉る時、
誰か涙なきを得るものぞ。
誠に畏き極みながら、言々句々、御血涙の結晶とも申し上ぐべく、
出師の表に泣かざる者も、この度の大詔を拝しては哭かずにはいられないであろう。思えば、三年有余の昔、かの画期的な宣戦の大詔を拝した時、
誰か今日のあるを予想したであろうか。
畏くも万邦共栄の大方針の下、帝国の自存と東亜の安定とを庶幾しつつ、
陸海将兵の勇戦、百僚有司の励精、一億衆庶の奉公、
いずれも最善を尽くせるにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、
世界情勢はソ連の宣戦をも含めて、我が方に不利な上に、
残虐極まりなき新爆弾の使用によって、
ついに我が民族の滅亡をすら招来する■あるのみならず、
人類の文明をも破却すべき■すら感じられる。されば億兆の赤子、皇祖皇宗の神霊を併せ思わされた結果、
ついに政府をしてポツダム宣言に応ぜしめた。との有難き御言葉を拝しては、
億兆一心、凛として磐なく、唯々光輝ある君国当面の悲運のために、
相抱いて哭するの情に堪えないものがある。いわんや、東亜の諸盟邦や前線および銃後の犠牲者およびその遺族を想わせられ、
「五内為に裂く」 とまで宣はせられた大御心の深く、且つ博きを拝しては、
今更ながら、尊うべき所も知らず、専らこの君を戴き、
この国の民たるの感奮一入深からざるを得ないのである。今や不幸にして事、志と違うものあり、
君国はしばし苛酷なる現実の制約の下に曝されることになった。
おそらくは今後幾年か、はたまた幾十年か、並々ならぬ苦難の時代が続くことを
予め覚悟してかからなければならぬに相違ない。
しかし、いかに困苦の時が続こうとも、険阻の道が続こうとも、
断じてこれを■とすべきではない。
挙国一家、国体の護持を計り、神州の不滅を信ずると共に、
内に潜熱を蔵しつつ、冷静以って事に当たるならば、
苦難の彼方に洋々たる前途が開け行くのである。加うるに、被抑圧民族の解放、搾取なく隷従なき民族国家の再建を目指した
大東亜宣言の真髄も、また我が国軍独自の特攻隊精神の発揮も、
ともに大東亜戦争における栄誉ある収穫というべきであり、
これらの精神こそは大戦の結果の如何にかかわらず、
双つながら、永遠に特筆せらるべき我が国民性の美果としなければならない。
かくてこれらの精神が、新たなる国際情勢と新たなる国内態勢との下に、
新装をもって生成し行くとき、未来はついに我らのものと言ってよい。一億の臣子、いま未曾有の意義深き大詔を拝して、覚ゆるところの感慨は、
俄かに筆舌の克く尽くしがたいものがあり、
あるはただ自省自責、自粛自戒の念慮のみである。
君国の直面する新事態について、同胞相哭し、
そして大君と天地神明とに対する申し訳なさで一ぱいである。
一億同胞の勇気も努力も、共にこの反省と悔悟とを越えて
生まれ出るものでなければならない。我が民族の優秀を信じ、■なる希望を未来に繋ぎながら、
誓って宸襟を安んじ奉らんとの決意を、
今ここにまた新たに堅くせんとするものである。
--------------------------------------------------------------------------素朴な疑問。
国民が敗戦を知らされたのは、8月15日の正午に放送された
「玉音放送」だと思っていたのですが、
この日の朝刊では、すでに敗戦が伝えられています。
新聞を読んだ人は「玉音放送」よりも前に敗戦を知っていた。
という事なのでしょうか・・・・。
by hosokawa18272 | 2007-08-15 07:49 | Trackback |
8月15日の朝刊ですが、この日だけは新聞の配達は玉音放送が終了してからするようにと通達されていたというこの社説を書いたのは佐々淳行さんのお父上で
「日本よ、「歴史力」を磨け」という本の中に経緯が書かれています。
敗戦の時に出すため予め用意してあったと記憶します。
参考
1945年8月15日の社説
この日の朝日の紙面は、「戦争終結の大詔渙発さる」の大見出しのもと、戦争終結の「詔書」が掲げられ、社説は「一億相哭の秋」と題したものでした。その一部は以下のとおりです。
大東亜戦争は〈 万邦共栄の大方針の下、帝国の自存と東亜の安定とを庶幾 〉するものであって、陸海将兵、一億庶民が懸命に奉公したものだと、あらためて戦争の意義を確認しています。そして、
〈 被抑圧民族の解放、搾取なく隷従なき民族国家の再建を目指した大東亜宣言の真髄も、また我国軍独自の特攻隊精神の発揮も、ともに大東亜戦争の経過中における栄誉ある収穫といふべきであり、これらの精神こそは大戦の結末の如何にかゝはらず、永遠に特筆せらるべき我が国民性の美果としなけらばならない。・・・
我が民族の優秀を信じ、豊なる希望を未来に繋ぎながら、誓って宸襟(しんきん)を安んじ奉らんとの決意を今こゝにまた新に堅くせんとするものである。〉この社説はほとんどの日本人にとって、違和感のないものだったはずです。戦争に敗れたものの、戦争そのものが間違っていたとは考えていなかったからでしょう。社説もとくに「特攻隊精神の発揮」をとりあげ、これらの精神が永遠に特筆されるべきとしています。ここには、戦争を否定する文言はありませんでした。
ところが、東京裁判が始まり、時とともに論調が変わり、判決時には同じ社の社説とは思えない別物になってしまいます
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