山頭火の詠んだ「層雲」の俳句とは
俳句の歴史は古い。奈良時代に詠まれた短歌は、室町時代に連歌の形式となって5・7・5と7・7が別れ、連歌の中の発句として、季節を含んだ5・7・5即ち17音の詩型が独立し、俳句となったといわれる。俳句の約束として若干の例外はあるものの、
※17音の枠にはまったものであること
※季語を含むこと
※文語表現であること
以上をふまえ、俳聖といわれる松尾芭蕉の“古池や(5) 蛙飛び込む(7) 水の音(5)”を例にとって説明すると、全体として17音であり、季語は蛙にある。
蛙は冬眠から醒め、土中から出てくるのは春ということで、蛙は春の季語になっている。さらに文語表現となっており、俳句の約束ごとはきっちりと守られている。
このような俳句の型式は、明治40年代に至って新しい俳句運動が起こり、明治44年4月に萩原井泉水によって「層雲」が創刊され季題発止を訴え、さらに定型に促らわれず口語表現が主流となっていた。
山頭火と「層雲」との関係は、大正2年萩原井泉水に師事し「層雲」3月号に初出句した。その後大正3年10月27日山口県熊毛郡田布施町の句会に出席し、この時井泉水と初めて対面した。その後大正5年3月には「層雲」の俳句選者となっている。
山頭火はその生涯で詠んだ俳句は、一説では約8万とも2万又は1万は超えているだろうと様々であるが、そのうち一番短い俳句は“陽を吸う”というたった4音の句である。
これなどは古来よりの伝統俳句、即ち有季・定型・文語体を尊重する側から見れば「層雲」の指向する自由律俳句は正に異端と写るであろう。
ごくありきたりの人間がホロリと出した言葉のような、“陽を吸う”は何を言わんとしたのか一見判断に苦しむが、山頭火の生きざまを追求すれば理解が深まっていく。
この句は昭和3年に生まれたもので、このころ放浪流転の旅を続ける中で、泥酔のはて、警察に保護留置されることも度々あったという。
薄暗い留置場、そして停滞したような空気、このような留置場の中での一日は辛く厳しい。ある朝突然釈放され外に出る。
陽がまぶしいが、思いきり光と共に新鮮な空気を腹一杯吸って生きかえる。よし、また行乞流転の旅にでよう。
(文責:山口高)
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