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2009年9月20日 (日)

ピースフル・トゥモローズから広島・長崎の被爆者へ

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BS20周年ベストセレクション HVスペシャル ピースフル・トゥモローズ
を見た。

放 送 日 時 2009年9月19日(土)BS2午後9時00分〜10時45分
番組タイトル ハイビジョンスペシャル ピースフル・トゥモローズ
~9・11テロ 戦争反対を訴えた遺族たち
2001年9月11日、ニューヨークを中心に3700人をこえる犠牲者が出た同時多発テロ事件。米政府によるアフガニスタン攻撃が開始され、報復を肯定する世論が吹き荒れる中で、翌年の2月、テロで肉親らを失った遺族たちが、反戦を訴えるNGO「ピースフル・トゥモローズ」を結成。彼らは、アメリカ全土を旅して平和的解決を訴えるとともに米軍の攻撃によって傷ついたアフガニスタンの犠牲者家族との交流も始めた。しかし、その一方で、全米の世論がテロへの報復にわき上がる中、メンバーは様々な圧力に苦しめられる。この番組は、逆風にもめげず、報復戦争反対に立ち上がっていく遺族たちの困難な運動を丹念にフォローして、もう一つのアメリカの姿を見事に映し出したとして、放送文化基金賞本賞を受賞した。オバマ政権が誕生し、アメリカ社会が大きく変わろうとしている今、遺族たちの心の軌跡を描いたこの番組をあらためて振り返る。
<放送文化基金賞本賞>
スタジオゲスト:五十嵐公利(NHK解説委員)
コメンテーター:天野祐吉(コラムニスト)

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番組の中身は下の記事に譲るとしてピースフル・トゥモローズのホームページにあったAn Open Letter to the Hibakusha and All Japanese Peopleの仮訳をやってみたので紹介したい。

日本の被爆者へのメッセ-ジがこんな所にあった。

9.11の被害者と広島・長崎の被爆者が深くつながっている。

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ーー

被爆者とすべての日本人への公開書簡

我々の友人である被爆者の皆さんへ
 9・11被害者遺族の平和な明日に向かう会より

1945年の8月6日と9日の広島と長崎への原爆投下64年間あなた達のメッセージは発信され続けて来ました。

我々は1945年の8月の日に恐怖とショックに襲われた平和愛好家であるあなたがたに手紙を書きます。
それらの日の苦しみが思い出される時にはいつでも、私たちは、すべての平和愛好家によって共有される心からの悲しみで一杯になります。

我々は被爆者が二度と核破壊の恐怖と苦しみが起きないようにするために果たされたあなた方の業績に対する深い尊敬と評価と共にあなた方に手紙を書きます。

世界中で平和愛好家と平和活動家の指針として、被爆者の不朽のメッセージは、核兵器の撤廃が達成されなければならないゴールであるということです。

今年の4月に、プラハで、自国と全世界に向けて以下のメッセージがアメリカ合衆国大統領から発表されました:

...核兵器を使った経験を持つ唯一の国であるアメリカ合衆国は道義的責任を持ちます...。
それで、今日私ははっきりと、核兵器なしでの世界の平和と安全を探究する約束を致します。

平和な未来のための9・11家族会は、この展望を現実とするために動きます。
我々は、2001年に、被爆者が、9月11日に死んだ人々の家族に同情と支持を持って海を横断したことを覚えています。

今年の8月の日に、我々の思いの言葉を被爆者と彼らの家族の為に海を横断させたいと思います。

そして、我々の共同の努力で非暴力的な紛争解決を通して永遠に核兵器がない世界をもたらすことで、おいしい果物を永遠にもたらしたいと思います。

ーー

youtubeにあった最新のPeaceful TomorrowsのPresentationです。

Peaceful Tomorrows Presentation on LaOnf

NHK BS1 ハイビジョンスペシャル

2002年12月22日放送

ピースフル・トゥモローズ

9・11テロ 戦争反対を訴えた遺族たち

                                     90分

☆第29回 放送文化基金 テレビドキュメンタリー番組部門 本賞受賞

<ピースフル・トゥモローズとは?>

 9.11の遺族のなかに「報復攻撃をしないで」と全米各地で戦争反対を訴える人々がいる。ピースフル・トゥモローズは、「NO MORE VICTIMS ANYWHERE(もうどこにも犠牲者を出さないで)」という強い願いを持つ遺族がつくった小さなグループである。この番組では、大多数が報復攻撃を支持するなかで勇気を持って反対し、自由とは何か、国を愛するのは何かを問いかけ、アメリカ社会と格闘したピースフル・トゥモローズ、一年の軌跡を伝える。

<内容紹介> 

9・11後、アメリカ世論は「犠牲者の死を無駄にするな」と、報復攻撃を支持する動き一色になりつつあった。遺族の多くも報復攻撃に賛成であった。戦争反対を訴えるのは少数派であったのだ。アフガニスタン空爆によって民間人に犠牲者が出ていることを報道した新聞社に抗議が殺到し、ブッシュを批判した記者が解雇されるなどの事態も発生した。言論の自由を誇りとしてきたアメリカでは自由に物が言えない空気が広がった。

ピースフル・トゥモローズの一員であったアンバーは、陸軍の軍人だった夫をペンタゴンで亡くした。二人の子どもを抱える身でありながら、積極的にピースフル・トゥモローズの活動に参加していた。「アフガニスタンでもアメリカの爆撃によって家族が奪われている。夫の名において報復攻撃をしないで」と全米で戦争反対を訴えてきた。しかし、新聞で「戦争を支持しない?それならこの国から出て行け」と、名指しで批判され、反愛国者というレッテルを貼られてしまう。放火、侵入、いたずら電話・・・さまざまな嫌がらせに遭い、その被害は子どもたちにまで及ぶ。そのため、防犯カメラを設置したり、発言を控えるようにするが、ついに活動休止を決意した。グループの一員として世の中に訴えていくより、子どもたちとの時間を大切にしたいと考えたのだ。その一方で、アンバーの義理の弟、ライアンはピースフル・トゥモローズを批判するメールに反論を書くようにしていた。その中で、スティーブという同世代の学生と長い議論が始まる。この議論は感情的に始まった。しかし、回を重ねるにつれ、次第に冷静なものになってゆく。始め、スティーブは「平和主義はテロの犠牲者への侮辱だ。君は偽善者だ。」と非難していたが、「アフガニスタンを援助してもいい。僕だって平和を望んでいるんだ。」と気持ちを整理し、考えを変えていく。テロから一年が経ち、意見の違う二者の対話が成り立つようになった。怒りが過ぎ去って、ようやく人々が他の角度から物事をみられるようになったのだ。

<一口感想>

 テレビや新聞ではなかなか放送されることのない戦争反対を訴える人々の、アメリカ社会との戦いの様子がよく伝わってきた。また、時間の経過とともに9・11や平和に対するアメリカ国民の考えが変わっていくことも感じることができた。(玉野)

ピースフル・トゥモローズ 9・11テロ 戦争反対を訴えた遺族たち

お元気ですか皆さ~ん
今日は本当にこんな所でございます。

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