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2010年11月20日 (土)

檜葉奈穂著「歌人探究 成田れん子論」を読みました

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金と虹の落ち葉が雲の奥に散る 日高の山の胸奥にちる 成田れん子

檜葉奈穂著「歌人探究 成田れん子論」を読みました。

私も属する同人誌「炎」連載中から目にしていたが著者にお送り頂いて翌日に読み終わりこの度再読して思った事はこういう埋もれた歌人は多くいる事だろうということだ。
そういう歌人を発掘する仕事は特にその地域に居住する歌人にとっての課題なのだろうということだ。

成田れん子の存在を世に出した事は北海道在住の歌人檜葉奈穂の功績として後世に残るだろう。
特に日本共産党史に名を残し、三島由紀夫がその「天と海」という詩を自殺直前に朗読したという浅野晃との関わりを世に知らしめた事は今後の成田れん子研究の礎石となる事だろう。
15歳で「アララギ」の会員となった浅野晃の歌論も出てくる。

ほろほろと死も夕映えの花ならむ逢ひの極みに臥して恋ふれば れん子

成田れん子と浅野晃との関係を中心に少し中身を見てみよう。


成田れん子には処女歌集「女王蜂誕生」があるが現存しないのでその発見を待つまでは1951年に出た「笛を吹く魚」が第一歌集ということになる。

1927年に生まれ、1959年に33歳で逝去したれん子は生涯病弱であったが第一歌集から病気の歌が多い。

中にはこんな風に魚介類を歌った病気の歌がある。


黙然と消毒液にひたされてわれはさびしく舌を出す貝


檜葉さんはこの歌について「病者の心理がいたずらっぽくユーモアを帯びて歌われ」ていると書いています。

他にも猫や蜜蜂や山羊などの動物を歌った歌がたくさんある。


白銀の陽火の中に放されし月の顔して影をゆく猫

セピア色の風吹く中に白々と電柱を噛む山羊がをりけり


れん子は昭和20年、21歳の時に北海道勇払で浅野晃と知り合い昭和25年まで短歌の指導を受け初めている。

れん子日記にはこう書いているという。

「このような貧しい一人の娘の家までお心を寄せて下さる先生を想うとそれだけで自分の幸せを充分すぎる程ありがたく思う。
ー略ー
西洋紙をとじ合わせた私の歌草を見て下さり批評をたまう。
 先生は時々、ウム、ウムとうなづきながら私の歌をたんねんにどこまでも読んでゆかれる。
歌はまだ私にとって自分自身の形態を持たない時以前の仕事を思わせるようなものであったから、先生の眼は私にとって鏡以上の絶対的な権威を持っていた。
先生は「ここの言葉をもう少し考えなさい」とか、「ここはどんな意味」とか、小さいことを聞かれ、その歌の中核を成すものと、形態・表現との関係については何もいわれない。」

短歌の指導法として考えさせるものがある。

勇払短歌同人会の長岡英夫氏はこう言っているという。

「歌会では、先生はいわば雲に覆われた巨峰を案内していく道案内の趣がありました。およそ「宗匠」らしさなどとは縁のない雰囲気でした。
ー略ー歌は万葉だけかと思っていただけに、先生のお陰で、子規や節、そして茂吉と傾倒していきました。茂吉の「短歌初学入門」などを買って感想等を述べあったりしたものでした。
「作歌に摩訶不思議はない」とか「作歌する者は歩兵のごとく一歩一歩歩まねばならぬ」とか、いま思えば思い当たるものがありました。先生は細かい技術的なことは殆ど触れなかった、
その代わりにそれをそらんずる歌の韻律で感じられるものがありました。」

この言葉は浅野の言葉と思われるが歌を作る者の心がけるべき要諦だと思います。

浅野晃の事をこの本から紹介します。

浅野は東大法学部で当時の学生運動の中核であった「新人会」に入会し政治運動に入る。途中一年間諏訪中学校で英語の教授嘱託として就職している。
学友水野成夫のすすめで日本共産党に入党し中央委員候補にまでなった。都内の女子大の社会科学研究会の指導に当たっていた。東京女子大のマルクス主義学習会ののリーダーだった長野出身の伊藤千代子と親しくなり昭和2年に結婚した。
伊藤千代子は小林多喜二がその小説で描いた3・15の大弾圧で捕われた。ついで水野も捕われた。しかし浅野は水野と共に獄中転向しその上申書を見せられた千代子は転向強要の攻撃を受けたが拒否して闘い精神異常をきたす。
その後松沢病院に移され急性肺炎で1928年に24歳で亡くなった。
千代子の死に重大な責任があった夫、浅野は獄中で母から千代子の死を知らされ声をあげて泣き、放心状態になったという。

「逃亡生活の中でマルクスの呪縛から解かれていった」と後年回顧する浅野に檜葉さんは「戦後、彼の詩・評論の評価が高まる中にあって自己弁護と欺瞞ではないかと思う。」と書いています。

れん子は子宮筋腫という事で病院に入院したが実は妊娠だったという今では考えられられない原因で亡くなった。
妊娠と分ったのは産む一週間前だったという。


浅野晃は「笛を吹く魚」の序にこう書いている。

 「成田さんの歌は、めざましく進んで、鋭い感覚と奔放な想像とが、夢みるような美しさを織りなしていった。それは本当に真珠のやうな歌だった。特に緑玉や紅玉の輝きを放ったが、真珠はやはり真珠であった。私はこの少女が、このように成長をつづけていって、与謝野晶子となるか、岡本かの子となるかに、少なからぬ関心を有った。だが病身な彼女には、おのづから第三の道があることが分って来たのである。」

与謝野晶子となるか、岡本かの子となるかと期待された成田れん子はこの本によって広く世に出た。

檜葉奈穂さんは「おわりに」にこう書いています。

「何人の手にも留め得ないのは歳月の流れである。成田れん子という存在も作品も、このままでは埋もれていくばかりである。埋もれさせてはならない。命を賭しての営為とその作品を伝えていかなければとの気持ちが私の怠惰を絶えず打ち、駆り立てて来た。
それにしても、れん子が主病の結核ではなく予期できないかたちで生を終えなければならなかったことが今なお、私には悔やんでも悔やみきれないのである。

檜葉奈穂さんは歴史的な仕事をされたと思います。

この本の表紙はれん子の好きだった竜胆の花の写真で飾られている。

竜胆の歌を紹介してこの感想文の終わりとします。

 秋深きいぶり露原りんだうの花にともりてゆく身なりけり

以上です。

以下ネットで見つけた関連記事です。

トナカイ語研究日誌
山田航
2010-09-15
現代歌人ファイルその102・成田れん子
http://d.hatena.ne.jp/yamawata/20100915/1284553661
浅野晃
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E9%87%8E%E6%99%83
三島由紀夫と浅野晃
 野乃宮 紀子
http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~houki/bungaku/mishima/asano.HTM

「浅野晃ノート」曠野の魂
http://6426.teacup.com/cogito/bbs/529

淺野晃先生略年譜
http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~houki/bungaku/asano/ASANOnenpu.HTM
ちょいとドライブ北海道の文学碑
http://aiko1.sakura.ne.jp/bu/hidaka/h.htm
(トップの写真はここから拝借)

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コメント

junskyさん
古館さんを教えて頂いて有り難うございました。
残された句論を研究してみたいと思います。

古舘曹人氏(俳人協会顧問)が死去
讀賣 2010年11月20日(土)23:01
 古舘曹人氏(ふるたち・そうじん、本名・六郎=ろくろう=俳人協会顧問)10月28日、老衰で死去。90歳。葬儀は近親者で済ませた。

 山口青邨に師事し、俳誌「夏草」の編集に携わる。句集「砂の音」で俳人協会賞を受賞。評論集に「大根の葉」など。

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