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2021年3月29日 (月)

スウェーデンからの嬉しい便り

メーリングリスト「私が東京を変える」への2013年4月6日の宇都宮さんと井戸川さんの対談の電子ブックレットを改めて流した所
スウェーデン在住の方から以下嬉しいメールを頂きました。
「私が東京を変える」が主宰した2013年の宇都宮さんと井戸川さんの対談集会に参加されたということでその後井戸川さんとフィンランドで原発新設反対運動でご一緒されたそうです。

このメールを頂いただけでこの集会を実施した意味があったような気がします。

ご本人のご了解をいただいて転送します。
大津留公彦

大津留公彦のブログ2 https://ootsuru.cocolog-nifty.com/blog/
twitter https://twitter.com/kimihikoootsuru
facebook https://www.facebook.com/home.php#!/kimihiko.ootsuru

--- Forwarded Message ---
>大津留公彦 様
>
> お彼岸も過ぎて、スウェーデンでも「朝日は早く強くなる」を日々実感していましたが、今朝からは、夏時間が導入されました。
> 大津留さんが送ってくださる歌もメッセージも、なぜか大変共感を掻き立てるものばかりです。
> 共通の自然現象や人物や社会現象に動かされている人がいることを、嬉しく感じるとともに、人間(人類)には、いくつかのタイプのグループがあって、自然と似たような思考・志向・嗜好の人たちが集まるものなのだろうななどと思ったりしています。
> 2013年4月6日の宇都宮さんと井戸川さんの対談、大雨か何かで「不要不急の外出は避けるよう」呼びかけがあったように記憶していますが、私も参加しました(帰国中で)。大津留さんは企画側でご苦労されていたのですね。
> まだ原発事故から丸2年で、事故や放射能による健康被害への人々の関心が高かったことが、書き起こしブックレットから甦ってきます。あの頃、日本人は、原発事故のショックで覚醒させられ、それまでエネルギーに関しておまかせで、原子力の危険性にも無関心で、原発の電気を享受するだけして、結局福島の人々に甚大な被害を与えてしまった、という「総ざんげ」を思い起こさせるような心理があったと思い出します。自らの無関心を反省して、同じ過ちを繰り返さないように、社会も変えていかなくてはとの意気込みから、”未来”を語る会も開催されたのだったと思います。あの時の近未来が今であることを思うと、かなり苦い思いがこみ上げますが、でも諦めてはいけないとも思います。(福島核災害の処理混迷と東電の迷走は、10年経って元の木阿弥か~の思いをさせますが、ぎりぎり東海第二原発の運転差し止め判決は出ました。)
>
> 私は「放射線被ばくを学習する会」のメールリストにも入っていて、その会で先日、事故後10年の節目として、井戸川さんがズーム講演をされました。自ら≪一人原発事故検証委員会≫と称され、事故後、国や県が、いかに法律に基づかない密室・場当たり的対応をしてきたかを、詳細克明に告発され、世界有数の原子力大国で起きた世界最大級の原子力災害における行政対応に関して、大変に貴重な証言だと思いました。原発事故が起きたときの対処について、法律や行政はそれなりに備えてあったのに、いったん実際の事故が起きたら、それが全部ぶっ飛んでしまって、被害者や関係自治体は事故対応(避難や健康被害の追跡や除染・帰還等々)の協議決定から完全に排除され、国や福島県が機関・組織としての存続だけを自己目的としたような、表面を取り繕う事故収束と「復興」に走ってしまい、住民のマジョリティーもそれに大人しく従っていること・・
> 多分この学習会のお知らせは、大津留さんの目にも留まっておられることと思いますが、YouTubeで公開されていますので、念のためお知らせします。分厚いスライド資料は「学習する会」のHPで公開されていることと思います。
> https://youtu.be/PeH1wTJHJzw
>
> 2013年4月のあの集会の2か月ほど後、私は、フィンランド北部のピュハヨキという自治体の森の中の巨石の上で、井戸川さんとお目にかかる機会があり、集会で対談を聴いたこと、私の書いた質問が読まれたこと(書き起こしの中にもP43にありました)をお話して奇遇を喜んでいただき、その地に計画中の原発新設計画反対の集会に一緒に参加して2日ほど行動を共にしたというご縁があります。井戸川さんはピースボートの旅に部分参加し、その一行(共同代表の吉岡さんら)とピュハヨキを訪れていました。私は自宅から車を400㎞くらいとばして、現地集合しました。その計画中の新設原発は、道のりだと400㎞でも、ボスニア湾をはさんで直線では私の住む自治体から150㎞くらいで、建設されてしまうとスウェーデン国内の既存原発よりも影響を受けるリスクがよほど大きくなります。フィンランドは残念なことに原発親和性が高く、議会が新設を許可し、井戸川さんが励ました地元の反対運動は潰されてしまいました。スウェーデン側では、市民団体が反対の旗を降ろさずにいますが・・。原発を建設・運転するのはロシアの原子力国策会社ロスアトム現地法人で、現在原子炉の建設計画がフィンランドの規制庁で審査中(長引き中)です。
>
> 長々、失礼いたしました。
> コロナの変異種感染拡大中ということで、どうぞ引き続きお気をつけてお過ごしください。
>
> 松田青子
>
> -----Original Message-----
> From: 大津留公彦 <kimihiko_ootsuru3@yahoo.co.jp>
> Sent: Sunday, March 28, 2021 5:59 AM
> To: 私が東京を変える <tochiji@ml.watashiga.org>
> Subject: [tochiji :8041] 2013年4月6日の懐かしい集会の記録
>
> 私が東京を変える各位
> 大津留公彦です。
>
> 季語「朧夜」で過去ログを検索したらこれが出て来ました。
>
> 2013年03月27日(水)
> 朧夜の銀座六丁目未来とは 公彦
> 「★東京市民法律事務所で4・6の宇都宮健児・井戸川克隆未来を語るの打ち合わせを私が東京を変えるの山口代表と一緒に宇都宮さんと行った。」
>
> 2013年4月6日の懐かしい集会の記録です。
>
> https://puboo.jp/book/read/81814/349460?fbclid=IwAR0P7lMzrOAHlWEQjLxghq9-JrN4sF5ZpQtOT36NYXE2yx1ri2Wk0kiXF-g
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