石川啄木と板谷波山
昼休みに特別展 生誕150年記念 板谷波山の陶芸 -近代陶芸の巨匠https://sen-oku.or.jp › program › 2022_itayahazanを見てきた。
陶芸家 板谷波山は、明治5年(1872)茨城県下館町(現・筑西市)に生まれ昭和38年(1963)に亡くなっている。
(歌人石川啄木は明治19年(1986)岩手県に生まれ明治45年(2012)に亡くなっている)
15年波山が先輩だがほぼ同時代人ということになる。
展示会とWikipediaでこう言うことを知った。
1、波山の独自の創案によるものに葆光釉、葆光彩という釉薬を使った葆光彩磁という技法がある。
2、戦前戦後観音坐像が、戦争死没者の名前と波山の銘が記された桐箱に収められ計313名の遺族へ贈られた。
3、下館町の80歳以上すべての高齢者に自作の鳩杖が贈呈された。こちらも、絹の袋に入れてから桐箱へ収め、さらに熨斗付きの奉書紙で包み水引で結んだものを、自らが一軒一軒を回り、直接本人に手渡している。
自らの住まいと窯が東京大空襲で破壊され、故郷へ疎開していた間も含めて休むことなく、自らが80歳となる1951年(昭和26年)まで私費で毎年続けた
明治41(1908)年、洋行帰りの荻原碌山は第2回文部省美術展覧会に《坑夫》など3点を出した。石川啄木が会場でそのうちの1点《文覚》に目を見張り、日誌に〈この豪壮な筋肉の中には、文覚以上の力と血が充満してゐさうだ〉と記す。
波山の経歴には1941年の日本美術協会展における受賞が最初の受賞とあるのでこれは多分同じ展覧会と思われるので啄木は波山の作品も見ているものと思われる。
私も何度か行ったが、正岡子規と同じ田端の大龍寺https://ja.wikipedia.org/wiki/大龍寺_(東京都北区)に墓があり子規の墓は奥にある小さいものだが波山の墓は入口のすぐ近くに立派な墓がある。
板谷波山
筑波山の波山なり
下館の人を深く愛して 公彦
啄木と
波山の繋がり夢想しつつ
葆光彩花瓶秋の日に見る 公彦
板谷波山の陶芸
2022年12月18日まで
泉屋博古館
https://sen-oku.or.jp/program/2022_itayahazan/
参考
https://takuboku-no-iki.hatenablog.com/entry/2022/04/19/160445
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