アクセスカウンター

トラックバックピープル(大津留公彦管理分)

トラックバックピープル(一般)

アクセスランキング

  • ブログパーツ" href="">アクセスランキング

短歌コラボ

よくおじゃまするサイト

無料ブログはココログ

« 非核三原則の「実質化」か「見直し」か | トップページ | 映画「木の上の軍隊」を観て1 »

2026年8月11日 (火)

「はだしのゲン」がいま私たちに問いかけるもの

593919e1af24426f99167f62eea4800d

8月8日、草加アコスホールで講談を聴きました。

会場いっぱいの500人が参加しました。

この日は、神田香織さんと神田伊織さんによる師弟講談会。

神田香織さんが語ったのは、あの「はだしのゲン」。
そして神田伊織さんが「被爆太郎の物語」を語った。

映像の効果と音楽の効果も訴える力を増やしていました。


 86日の広島、89日の長崎に挟まれたこの時期に聴く「はだしのゲン」は、いつもとは違う重さを持って胸に迫ってきた。


 講談師の声と表情、言葉の強弱、沈黙、そして会場に響く一つ一つの言葉によって、原爆が落とされた広島の光景が、まるで目の前に現れるようだった。

そこにいたのは「歴史上の人々」ではない。

昨日まで普通に暮らしていた人々だった。

子どもがいて、家族がいて、学校があり、仕事があり、笑いがあった。

それが一瞬にして破壊される。

原爆とは、そういう兵器なのだ。

何十万人という「数字」で語られることの多い被爆者の一人ひとりに、名前があり、家族があり、人生があった。

その当たり前の事実を、「はだしのゲン」は突きつけてくる。

そして、今回特に強く感じたのは、「記憶を語り継ぐこと」の大切さだった。

神田香織さんが「はだしのゲン」を語り始めて40年になるという。

40年という歳月を考えると、その取り組みの重みを感じずにはいられない。

被爆者の方々が高齢になり、直接その体験を聞くことが難しくなっている。

だからこそ、語り継ぐ人が必要になる。


漫画から講談へ。

師匠から弟子へ。

被爆者から次の世代へ。

記憶は、誰かが受け継がなければ消えてしまう。

私は、この日の講談を聴きながら、そんな「記憶のリレー」を感じていた。

戦争は「昔の話」ではない

今年は戦後81年。

「戦争を知らない世代」が、日本社会の大多数になった。

それ自体は当然のことだ。

しかし、戦争を知らないことと、戦争を忘れてよいことは全く違う。

むしろ、戦争を知らない世代だからこそ、過去の戦争から学ばなければならないと思う。

いま世界では、ウクライナで戦争が続き、ガザでも深刻な犠牲が生まれている。

核兵器を持つ国が存在し核兵器による威嚇さえ繰り返されている。


「核抑止力」という言葉が当たり前のように語られる。しかし、広島と長崎で実際に核兵器が使われ、何が起きたのか。

その現実を私たちは忘れてはならない。


 核兵器は「人を守る兵器」ではない。

一度使われれば、兵士だけでなく、子どもも、高齢者も、障害者も、病人も、何の罪もない市民も巻き込む。

そして放射線による被害は、その瞬間だけでは終わらない。

だからこそ、広島・長崎の記憶は、日本だけの記憶ではない。

人類全体の記憶である。

「はだしのゲン」を残したい

「はだしのゲン」をめぐっては、学校図書館での扱いなどをめぐって議論が起きたこともあった。

私は、こうした作品こそ、子どもたちが手に取れる場所に残していくべきだと思う。

もちろん、作品について批判的に検討することはあっていい。

しかし、戦争の悲惨さを伝える作品を、子どもたちから遠ざける方向に進んではならない。

むしろ、

「なぜこんなことが起きたのか」

「なぜ戦争を止められなかったのか」

「なぜ原爆が使われたのか」

「私たちはどうすれば戦争を防げるのか」

を、一緒に考える教材にすべきではないだろうか。

「二度とごめんだ」という声を未来へ

この日の講談を聴いて、改めて思った。


 平和は、何もしなくても続くものではない。

戦争を体験した人々が「二度とこんなことを繰り返してはいけない」と語り続けてきたからこそ、私たちは戦後81年を戦争のない国として生きてくることができた。

そのバトンを、今度は私たちが受け取る番だ。

そして次の世代に渡さなければならない。

「戦争をしない国」を守ること。

核兵器をなくすこと。

被爆者の声を残すこと。

戦争によって命を奪われる人を一人でも減らすこと。

それは決して遠い話ではない。

私たち一人ひとりの問題だ。

88日、草加アコスホールで聴いた「はだしのゲン」。

笑いも、怒りも、悲しみも、そして生きようとする力も込められた講談だった。


 私はその声を聴きながら、ゲンの叫びは今も終わっていないのだと思った。

「戦争はもうたくさんだ」

「核兵器はなくさなければならない」

その思いを、私たちの世代から次の世代へ。

そして、その次の世代へ。

「はだしのゲン」が40年にわたって語り継がれてきたように、平和への願いもまた、語り継いでいきたい。

 88日の講談会は、私にとってそんなことを改めて考えさせてくれる時間だった。これを我が町でもやれればと思いました。

« 非核三原則の「実質化」か「見直し」か | トップページ | 映画「木の上の軍隊」を観て1 »

講談」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 非核三原則の「実質化」か「見直し」か | トップページ | 映画「木の上の軍隊」を観て1 »

最近のトラックバック

2026年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

カテゴリー