アクセスカウンター

トラックバックピープル(大津留公彦管理分)

トラックバックピープル(一般)

アクセスランキング

  • ブログパーツ" href="">アクセスランキング

短歌コラボ

よくおじゃまするサイト

無料ブログはココログ

« 映画「wood stock」を観た | トップページ | 「日本のいちばん長い日」2 »

2026年8月14日 (金)

青松輝の歌集『4』を読んだ

青松輝の歌集『4』を読んだ

―「いま」を生きる若者の孤独と希望


正直に言えば、最初は戸惑った。

上の句と下の句の連関性が断ち切られている。

短歌らしくない。社会性はない。
数字が出てくる。英語が出てくる。映画や音楽やインターネットの言葉が飛び込んでくる。
五七五七七の定型も、時には大胆に踏み越えていく。

しかし、読み進めるうちに、その「わからなさ」の向こう側に、一人の人間の切実な声が聞こえてくるようになった。

4』には394首が収められている。2018年からの作品をまとめた第一歌集である。

表題作の

「数字しかわからなくなった恋人に好きだよと囁いたなら 4」

は、とりわけ印象に残った。

「好きだよ」という言葉が届かない。
それでも「好きだ」と伝えようとする。

相手から返ってくるのは「4」という数字だけ。

この「4」が何を意味するのか、簡単には分からない。

しかし、もしかすると、分からなくてもいいのではないかと思った。

人間は、本当に大切なことほど、言葉だけでは伝えきれない。

「好きだ」
「生きていてほしい」
「あなたを大切にしたい」

そう言っても、相手の心に届いたかどうかは分からない。

それでも人は言葉を発する。

そのこと自体が、人間が他者とつながろうとする営みなのだろう。


4』を読んでいて、私は「孤独」という言葉を何度も思った。

しかし、この歌集は孤独を歌っているだけではない。

むしろ、孤独の中から誰かに手を伸ばそうとしている。

そこに、この歌集の強さがある。


青松輝の短歌には、青春のきらめきがある一方で、「ぼんやりとした不安」や、生きることへの違和感もある。そうした感情を、既成の短歌の枠に押し込めるのではなく、現代の言葉そのもので表現している。

だから私は、この歌集を「若者の歌」としてだけ読んではいけないと思った。

私たちの社会そのものが、ますます「言葉が届きにくい社会」になっているからだ。

SNSでは、一瞬で言葉が飛び交う。

しかし、本当に相手の心に届いているのだろうか。

「いいね」がいくつ付いたか。

フォロワーが何人いるか。

何万回再生されたか。

数字は増えていく。

けれど、その数字の向こう側に、一人の生身の人間がいることを忘れてはいないだろうか。


4』というタイトルの「4」も、そんな現代社会の「数字」を象徴しているように感じた。

数字に置き換えられていく人間。

しかし、人間の悲しみや愛情や孤独は、数字にはできない。

だからこそ短歌がある。

私は半世紀にわたって短歌を作ってきた。

短歌は五七五七七という定型基準律の形式の中に、人間の人生を閉じ込める文学だと思ってきた。

青松輝の『4』は、その短歌の可能性をさらに広げようとしているように感じる。

定型を守ることだけが短歌ではない。

口語でもいい。

インターネットの言葉でもいい。

数字でもいい。

英語でもいい。

大切なのは、その言葉の奥に「生きている人間」がいることなのだ。

そして、この歌集を読み終えて最後に残ったのは、意外にも「希望」だった。

世界は不安定だ。

戦争が続いている。

気候危機が進んでいる。

貧困や格差が広がっている。

若者たちは、未来を簡単には信じられない時代を生きている。

それでも、

「好きだよ」

と言葉を発する。

たとえ相手から「4」としか返ってこなくても。

その小さな声を、私は大切にしたい。

文学とは、大きな声で世界を変えるものだけではない。

誰にも聞こえないような小さな声を拾い上げること。

孤独な人間が、もう一人の人間に向かって言葉を投げること。

その言葉を、誰かが受け取ること。

そこから世界は少しずつ変わるのではないか。

青松輝『4』は、そんなことを考えさせる歌集だった。

「現在は一個しかなく、その現在を書くことに執着しつづけてきた」というあとがきの言葉も、この歌集を読むうえで重要だと思う。

過去には戻れない。

未来もまだ来ていない。

私たちにあるのは、この「いま」だけだ。

だから、この「いま」をどう生きるか。

誰とつながるか。

誰の言葉を受け止めるか。

そして、自分は誰に向かって言葉を届けるのか。

4』は、若い歌人の青春歌集であると同時に、孤独と分断の時代を生きる私たち自身への問いかけでもある。

「4」の意味が分からなくてもいい。

大切なのは、

それでも誰かに「好きだよ」と伝えようとすることなのだ。

言葉をあきらめないこと。

人間をあきらめないこと。

それが、いま短歌を読むことの意味なのかもしれない。


この歌集は分かりにくい歌集だが、最後のあとがきのこの言葉ははっきりと伝わった。


「この歌集をあなたに捧げる。たった一人のあなたに。」


https://www.amazon.co.jp/%EF%BC%94-%E9%9D%92%E6%9D%BE-%E8%BC%9D/dp/4867320226/ref=mp_s_a_1_2?crid=2HR5QOP3WJJQT&dib=eyJ2IjoiMSJ9.k8PAURLMt5HnoiuyH5QgiyttxsqpAWozGgMPQocIKmZ52bKSUitwhWKyQUFp8WRlI6fD90PU4hnTlGc_R0FNDYHdCDeyvMsKZQSUvlWB5VnnYFBaYeqOK472IDXk_rDdynL2EPerYTF3EPh1lHiDnQrHp7X0iauHY_lxe-Tiv2c0bVJtFwocHPT9lGma6vOgTMvni9cvMa9IQkcNrtwAFw.znXJqcaOAq469SomcsLiShi0kE7hyF2dTJxh6w-1suM&dib_tag=se&keywords=4&qid=1786707756&sprefix=4%2Caps%2C267&sr=8-2

« 映画「wood stock」を観た | トップページ | 「日本のいちばん長い日」2 »

歌論」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 映画「wood stock」を観た | トップページ | 「日本のいちばん長い日」2 »

最近のトラックバック

2026年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

カテゴリー