青松輝の歌集『4』を読んだ
青松輝の歌集『4』を読んだ
―「いま」を生きる若者の孤独と希望
正直に言えば、最初は戸惑った。
上の句と下の句の連関性が断ち切られている。
短歌らしくない。社会性はない。
数字が出てくる。英語が出てくる。映画や音楽やインターネットの言葉が飛び込んでくる。
五七五七七の定型も、時には大胆に踏み越えていく。
しかし、読み進めるうちに、その「わからなさ」の向こう側に、一人の人間の切実な声が聞こえてくるようになった。
『4』には394首が収められている。2018年からの作品をまとめた第一歌集である。
表題作の
「数字しかわからなくなった恋人に好きだよと囁いたなら 4」
は、とりわけ印象に残った。
「好きだよ」という言葉が届かない。
それでも「好きだ」と伝えようとする。
相手から返ってくるのは「4」という数字だけ。
この「4」が何を意味するのか、簡単には分からない。
しかし、もしかすると、分からなくてもいいのではないかと思った。
人間は、本当に大切なことほど、言葉だけでは伝えきれない。
「好きだ」
「生きていてほしい」
「あなたを大切にしたい」
そう言っても、相手の心に届いたかどうかは分からない。
それでも人は言葉を発する。
そのこと自体が、人間が他者とつながろうとする営みなのだろう。
『4』を読んでいて、私は「孤独」という言葉を何度も思った。
しかし、この歌集は孤独を歌っているだけではない。
むしろ、孤独の中から誰かに手を伸ばそうとしている。
そこに、この歌集の強さがある。
青松輝の短歌には、青春のきらめきがある一方で、「ぼんやりとした不安」や、生きることへの違和感もある。そうした感情を、既成の短歌の枠に押し込めるのではなく、現代の言葉そのもので表現している。
だから私は、この歌集を「若者の歌」としてだけ読んではいけないと思った。
私たちの社会そのものが、ますます「言葉が届きにくい社会」になっているからだ。
SNSでは、一瞬で言葉が飛び交う。
しかし、本当に相手の心に届いているのだろうか。
「いいね」がいくつ付いたか。
フォロワーが何人いるか。
何万回再生されたか。
数字は増えていく。
けれど、その数字の向こう側に、一人の生身の人間がいることを忘れてはいないだろうか。
『4』というタイトルの「4」も、そんな現代社会の「数字」を象徴しているように感じた。
数字に置き換えられていく人間。
しかし、人間の悲しみや愛情や孤独は、数字にはできない。
だからこそ短歌がある。
私は半世紀にわたって短歌を作ってきた。
短歌は五七五七七という定型基準律の形式の中に、人間の人生を閉じ込める文学だと思ってきた。
青松輝の『4』は、その短歌の可能性をさらに広げようとしているように感じる。
定型を守ることだけが短歌ではない。
口語でもいい。
インターネットの言葉でもいい。
数字でもいい。
英語でもいい。
大切なのは、その言葉の奥に「生きている人間」がいることなのだ。
そして、この歌集を読み終えて最後に残ったのは、意外にも「希望」だった。
世界は不安定だ。
戦争が続いている。
気候危機が進んでいる。
貧困や格差が広がっている。
若者たちは、未来を簡単には信じられない時代を生きている。
それでも、
「好きだよ」
と言葉を発する。
たとえ相手から「4」としか返ってこなくても。
その小さな声を、私は大切にしたい。
文学とは、大きな声で世界を変えるものだけではない。
誰にも聞こえないような小さな声を拾い上げること。
孤独な人間が、もう一人の人間に向かって言葉を投げること。
その言葉を、誰かが受け取ること。
そこから世界は少しずつ変わるのではないか。
青松輝『4』は、そんなことを考えさせる歌集だった。
「現在は一個しかなく、その現在を書くことに執着しつづけてきた」というあとがきの言葉も、この歌集を読むうえで重要だと思う。
過去には戻れない。
未来もまだ来ていない。
私たちにあるのは、この「いま」だけだ。
だから、この「いま」をどう生きるか。
誰とつながるか。
誰の言葉を受け止めるか。
そして、自分は誰に向かって言葉を届けるのか。
『4』は、若い歌人の青春歌集であると同時に、孤独と分断の時代を生きる私たち自身への問いかけでもある。
「4」の意味が分からなくてもいい。
大切なのは、
それでも誰かに「好きだよ」と伝えようとすることなのだ。
言葉をあきらめないこと。
人間をあきらめないこと。
それが、いま短歌を読むことの意味なのかもしれない。
この歌集は分かりにくい歌集だが、最後のあとがきのこの言葉ははっきりと伝わった。
「この歌集をあなたに捧げる。たった一人のあなたに。」
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