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カテゴリー「文団連」の記事

2021年3月15日 (月)

森志らべさん (日本美術会) インタビュー

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文団連のFacebookから転載します。

ーー

みんなで見に行きましょう!
第74回 日本アンデパンダン展 
3月18日(木)~29日(月)
国立新美術館 一階展示室 (六本木)
主催:日本美術会

ーー
ぶん文訪問記 2
森志らべさん (日本美術会) インタビュー

2歳から絵を描く
2月21日、東京芸術座の森路敏さん(インタビュアー)と青年劇場の福山啓子(記録係)で、第二回「ぶん文訪問記」インタビューのために、日本美術会の森志らべさんにお会いしました。
新座にある森さんのお宅は、二階が絵の教室の部屋。三階のアトリエでお話を伺いました。冒頭、森さんが2歳で第一美術協会展に入選した時の記事が載っている週刊読売を見せていただいてびっくり。画家である叔父さんの直江兼博さんと一緒に森さんが写っています。

―森さんは2歳から絵を描き始めたんですか?
そうそう、でも自分の意識はないので、プロになったのは30過ぎてからなんです。この時は近所に叔父がいたので通っていた時にたまたま入選したという感じです。

―その後専門的な絵の勉強をされた?
日本で絵描きっていうと美大にいくのがメジャーじゃないですか。私は師弟関係なんです。日本に画壇がありますけど、そこのお師匠さんと私と言う関係で、いろんな先生について現在に来ています。一般的なアカデミック教育とちょっと違うんですね。その先生が持ってる技術、筆も持ち方一つとっても、その先生の持っているDNAからもらって、ミックスブレンドされてる感じの人だと自分では思います。例えば、芸大のなんとかゼミとかそういうのは無いんです。

―美術学校に行くとやるような系統立てた学習とかは?
最初についたのはこの叔父なんですけど、叔父は第一美術協会で審査員をされていた人なんで、日本美術界の祖、岡田三郎助の流れの人です。黒田清隆が日本に西洋画を持ち込んで、その後にいろんな方が出ましたけど、岡田三郎助さんに皆さん教わってるんです。その中に今の芸大の前身である東京美術学校の先生もいますけど、その一つ下がこの叔父の世代。実際には青木繁や藤田嗣二から教えを受けてるわけです。
私は20台の後半から水彩画を始めて、その時指導してくれた先生が「油もやった方がいい」と言ったんで、急に方向転換して30の頭に今度は、油絵の先生の所へ行って、その人が20年くらいで長かったんですけど、オーソドックスな、デッサンから始めて、ものの立体を極めてというのを淡々とやってたんです。そのあと、いろいろとアトランダムにいって今日にいたります。

日本美術会が私の血と肉を作っている
 今の私の血と肉を作ってるのは日本美術会です。直江さんの息子さんがずっと日本美術会で活動されてたんで、知ってはいたんですけど、東日本大震災があって、その前後くらいに日美の会員さんと急に深くなったんです。あの地震の直前まで磐梯熱海に住んでいたので、生徒さんが随分亡くなりました。それもあって日本美術会の哲学とか精神とか、そういうものに一気に気持ちが流れていって、そこから日美で活動するようになったんです。
 その前までの所と離れているわけじゃないですけど、ある意味基盤の部分が終わった感じ。骨の部分が終わって、その次に、アスリートでいえば筋肉をどうつけていくか、どういう練習に入ろうかっていう40台の半ばくらいに変革期が来た。それまでは社会的なことや哲学性はあいまいだったと思う。
なんで故郷に帰れないんだろうとか、自分が動物が好きだったせいもあるけど、なぜみんな動物を置いていくのだろうと思った。「牛とか豚とか家畜の場合はいろんな対策があるのだろうけど、なぜペットも持ち出せないんだろう。普通の生活を壊した原発って何」とそれまで考えなかったことを考えるようになりました。
福島から東京へ電気が来てますよね。原発に関係する電線の鉄塔は赤色で、普通の鉄塔と違うとか、知らないことが一杯分かるようになってきた。この辺の新座の鉄塔にも赤いのがあるので、この電気は福島から来ているんだとわかりました。
日美でチャリティーの係になったので、そこから現地の人の話を聞くようになりました。福島にある「NPO法人ふくしま30年プロジェクト」という、放射線量を測る団体や、「特定非営利活動法人 野馬土」さんという地域貢献の団体に絵の売上金を送るなど支援しています。調べて行くといろんな事が政治に関わっている事が分かるようになりました。日本美術会に関わった事もあるけど、3・11は私を変えたと思います。

コロナ下での出会い
その後、コロナで安倍さんが2月28日に非常事態宣言の話をして、一年間蓋が閉められた感じになって、薬屋さんに大勢並ぶ姿も、人が変わって行くのも見ました。
4月5月と動けなくなってずっとこの部屋にいました。私は死ぬまで2020年のことを忘れないと思う。換気の為に窓をあけてここで絵を描いていると、ピアノ教室や名取さんや三味線の音が朝八時から夜九時まで聞こえて来るのに気付いて、ああ、みんな表現者なんだなと涙が出てきました。世の中にはいろんな表現者の人がいて、みんな表現が出来なくなっているという事に5月に気付いたんです。
7月に入って「文化芸術継続支援金」が出来て、その申請を担当しました。日本の文化芸術の状況を調べることになり、絵以外の分野の人と交流するようになりました。
その頃ドイツのメルケルさんが素晴らしいことを言いましたよね。「生きるために芸術は必要だ。ドイツは芸術家を守る」という発言を聞いて、日本の為政者と比べるようになりました。その頃ツイッターなどで芸術家のつぶやきが一気に出始めた。私も喚いているものだから、「文化庁と会いませんか」と手筈を整えて下さった人がいて、衆議院第二議員会館で文化庁の参事官さんと会えることになりました。権力には怖いイメージがあったけど、会って良かった。そこからまた一つ眼を開いた感じ。参事官は普通のいい人だったんです。ただ現場を知らない。滞りなくきちんと書類を書けて必要な所に持って行けるプロの人であって、文化庁だからと言っても文化のプロじゃない。絵描きさんに障害者がいるというという事も知らないし、年金生活者やネット環境のない人がいることは全く知らない。絵描きと言えばベレー帽被って、パイプ持って軽井沢に別荘でも持っている人だと思っているんじゃないかというイメージ。私がこんな狭い所で描いているというのを見せたい位。
演劇で言えば、日劇などでやっている人が演劇人で、ちっちゃな小屋でやっているような人は知らないという感じ。紫綬褒章でも貰うような人が役者だと思って、サントリーホールでやるような人を声楽家と思っているような感じでした。
私はカルチャースクールで先生をやっていますけど、コロナの時期になって、コロナだからこそ文化は大事だとすごく思いました。来てくれた生徒が「絵を描かないと死んじゃう」と言う。絵が好きだからではなく心の問題です。心の部分に絵が有り、音楽があり、芝居があるという私たちの生きて行く上での血と肉と食物が文化。実際的なツールの物以外にね。実際に文化庁の方と会って、会うことが大事だと思いました。会えるものなら菅総理にも会いたい。天皇陛下にも会ってみたい。会ったらきっと変わると思う。会うという事も文化。生きることが既に文化だし、楽しむことが文化だという、ポジティブな部分での理解度が日本人はまだ低いと思います。
戦争の清算も出来てないし、もっと言えば戦争した時点で止まっているという感じがしている。そうして現代に至っています。

数字にならない芸術
―今の世の中では、いかに社会に役に立つかという尺度が強くなっていますね。
私は絵が好きで描き始めたけど、大企業のように数字で出てくるものや結果論ではないものが文化芸術だと思う。むしろ結果に結びつかないものの方が多いと思う。数字にならないものの方が圧倒的。だから国の役人さんたちには一番厄介なのだと思います。データで生きてきた人には数字が全てで、それは確かに分かり易いですよね。
今回の文化芸術継続支援金もそうだけど、報告書の項目は全て数字。言葉で書くことは殆どない。だからいかに数字として言葉を彼らに伝えるかを考えながら書いていた。数字にも魂があって、役人さんたちに通じるのは数字の中に込められた秘密なんです。  
私が20代後半から30代半ばまで上野でやっていた会に、絵画クラブなどを持っている党派に関係ない複数の政治家が、自分の描いた絵を出品していました。自分が政治家をやって、なんで油絵を描いているかという事を考えている人がいました。あの当時の政治家の人は寄り添ってくれていたんです。分かろうという努力をするのではなく、自分が描いているから分かる。
今そういう人いるかな? 暇がないからという問題ではないでしょう。暇が無くてもご飯は食べる。 食事や歯磨きも文化。昔から政治家は割烹に行ったりしていたと思うけど、それだけじゃなかった。鳩山さんは合唱団でコーラスやったりしていた。そういうことを聞かなくなりましたね。
萩生田さんが号令かけて、文化・芸術の支援金を受ける人は増えていますが、一人一人に違う文化と芸術があります。それを分かった支援が必要だけど、今の論理はやはり数の論理。多数決で何でも決まって行くから、人数を投入すれば物事が解決すると思っている。人が少なくても解決することはあります。そういう中に画家や役者も含めて私たち芸術家はいるような気がするんです。それはサークルなどで教えている中で感じます。女子美に行っている子がうちにいるけど、メンタル面の学科が出来たというので、大学もそういう事を考える時代に来ているんだなと感じました。
絵が好きで描きに来ている人は、以前は皆私より年下でしたが、今は70代の方など私より年上の人が多くなりました。震災以後は超高齢化が一気に進んだ感じです。
私は3・11の前の年の1月に磐梯熱海に引っ越しました。それまでは八王子に居て、若い人たちの中にいましたが、福島に行ったら50年位前にタイムスリップした感じでした。
義理の父に言われて空き家をアトリエにしてのんびり暮らしていましたが、母の具合が悪くなり、介護の為に急遽3月3日に、新座に戻って来ました。その一週間後に3・11が来たんです。
その頃、新座には年配の方が多いと思いました。それから10年が経ち、今は磐梯熱海と変わらない位に高齢者が多い気がします。それはいろんな人が無意識に感じていることなのだと思う。
カルチャースクールのようなものは街のあちこちの公民館などに今はあるけど、私の若い頃はこんなにはありませんでした。逆に「御稽古事」は今はあまりない。若い人は月謝袋と袋に書いてあっても「今日の手数料です」と言います。私は今59なので来年還暦ですが、この年代の人は今一番いろいろ考えていると思う。

―ここまで経済的観念が染み付いてしまうと、それ以外はないように感じるところがありますね。
昭和40年に東京五輪があり、ビートルズが来て、まだ戦後の臭いがありました。昭和37年生まれの私の作品は日本の復興の象徴でもあって、それで3歳の私が入選したんだと思います。
当時いわさきちひろさんの家がある杉並の上井草に住んでいて、松本善明さんと私の父は仲が良かったんです。当時家の前が養鶏場で、毎朝必ず鶏と、卵を拾い集めている人が見えました。アスファルトはなく全部砂利道で、ダットサンがエンストするとみんな自然に出てきて押している時代でした。食用ガエルも近所に居て、夕飯に食べている人もいたし、近くには飯場があり、そこの子はいじめられていたし、出稼ぎで親がいなくて同じ服をずっと着ている子もいたし、下着が洋服のような子もいました。既製服がないので親が作るからばらつきがあったけど、皆が貧乏で、貧乏が一つの文化だった。
私の回りには戦後色がプンプンでした。親は会計士だけど作曲もやっていたので、「あかつきコーラス」という看護婦さんたちのコーラスの指導もやっていました。家の中にピアノやステレオがあったり、いわば中流家庭ですね。母はパタンナーという仕事をするデザイナーで、おばは、映画関係者で、祖母は長唄の師匠だったので、取材対象にし易かったのでしょう。私の記事が載っているこの週刊誌はこの時代をよく表していると思います。「危険!放射能ばらまく」と書いてあります。あれから何も変わっていないってことですね。父が大事に取っておいてくれたものですが、いいものを残してくれたと思います。「こんな時代があったんだよ」と、いろんな方に見て貰っているんです。
過去に捕らわれてはいけないけど、過去があるから今があると思います。今の日本ってうやむやにしたい、消したい部分があって、全部新しい方に持っていこうとしているようです。でも3.11だってコロナだって問題は沢山あるから、侃々諤々になっている。だからこそ、私は絵描きなので、決して政治家ではないから、自分たちに出来る表現をしていこうと思ってるんです。私は個展をやってるんですけど、会場に、ただ絵をポンと置いて、感じる人が感じてくれれば良いと思っているんでね。
大々的な事は日本アンデパンダン展という団体がやっています。最初にアンデパンダン展に出した時、面白いなあと思ったんですよね。いわゆる美術展とは全然違っていて。作品は素晴らしいものが並んでいます。きら星の様な画家達、今の日本美術会を作り上げられた方達の作品です。わあ、私こんなところに籍を置いているのか、なんて幸せなんだろうって思ったりする。そういう方達は、戦争って言うモノを、永井潔先生が特にそうですけど、たぶん思いっ切り見てきた人ですよね。戦後、レオナルド藤田さんの事なんかで揉めた話も永井先生の本を読むと出て来ますけども。そういう時代から、その後一気に高度成長でバブルが来ちゃって、ディスコで踊りまくる時代が来て。それもリアルタイムで私は見ていました。山一証券が倒産して、社長が泣くって言うのを生まれて始めて見て「社長って平気で人前で泣くんだ」と思いました。まああの後、色んな議員さんが平気で泣く様になっちゃいましたけど。
私ってスゴいしゃべる人なんですよ。だから授業中も絵の話しよりこんな話しばっかりしてるんです。授業が2時間あって1時間は、こういう話。その後絵を描いてるんで、それも私なりの関わり合い方です。こういう絵描きが、もしかして今少ないんだったら、多くなった方が良いようにも思います。昭和の時代は変な絵描きがいっぱい居ました。私なんか全然変じゃない、常識人でまともだと思ってるんです。政治家だってハマコーみたいに、国会のマイク握って「政治家はなんの為にあると思ってるんだ。未来の子どもたちの為だろう」って叫んでみろよ自民党って、そう思います。そういう人は今居ない。
だから私の中に含まれてる、色々な蓄積されたモノと関わる事で、元気づけられたりしてくれる人が居るんだったらソレはソレでいいと思って、仕事のコンセプトとしてやっています。

―絵を鑑賞するってどうすればいいのか、良く分からないんですけど。
私は思に油絵を描くんですけど、ファンの方から愛されてる、良く買っていただいてるのはもう圧倒的に水彩画が多いんです。色んなタイプの絵をいっぱい描いてます。絵本もね。絵を家に飾ると、絵って窓になるわけですよね。その窓から、希望を見出したいって言うのもあるじゃないですか。明るいでしょ、水彩の方が。だから圧倒的に買って下さるのは水彩画が多いわけです。油絵はもうどっちかって言うと展覧会用。 

3.11から絵が変わった
―絵を描く時に心がけている事ってあります?
3.11から絵が変わったんです。それまではホントに具象だったから、目に見えるモノを描いてたんですけど。今、妖精の森って言う絵本をお渡ししたんですけど、私の絵が先にあり、後から作家の方が物語を付けてくれました。見えないモノを、描く様になったんです。3.11でお身内を亡くされた方がいっぱいいましたよね。その後、風の電話って出来たじゃないですか、丘の上に。あの電話ボックスから電話をして亡くなった人としゃべる。そうすると、その人にはお父さんの声だったり、お子さんの声が聞こえるという。私、そういうのってあるのかもと思っています。
3.11の後皆見たって言うでしょ、幽霊を。お父さんが立ってた。座ってた。それから縁側に居たとか。私それは嘘じゃないと思っています。きっとこの世の中には、目に見えない何かかがあるし、見えてるモノだけでは出来てなんだと思う。あいだみつおさんの詩にもありますよね、大切なモノは見えないって。星の王子様、ムーミンもね。童話とか寓話とか物語の中に見えないモノ・事っていうのを書いてることがとても多いことに気付きました。
日本の政治家が、「お父さんが縁側に座ってる」って被災者が言った時に、こう胸を詰まらせたり、グッて来る人がどれぐらい居てくれるかなって思います。もしグッときたら政治が変わるんじゃないかと思う。例えば海の底って見えないじゃないですか。誰もまだ見た事がない。土の中ってどうなってるの。コアの部分まで見た人が居るかっていったら誰も見た事がない。じゃあ宇宙は。意外と私たち物理学的な事で言っても大抵のモノを実は見てないと思うんですよ。物理が100だとしたら0.01位しか見てないのに、見えてるモノだけを信じて生きてるんじゃないかなって思います。SNSだけを見て信じてる。YouTubeだけを見て信じてる。それ以外の部分ってどうなんだろうって思った時に、「あ、こういう部分に焦点を当てて描いて行ってみよう」と思う様になりました。だから今は「この世は決して見えてるモノだけで出来てはいないんだよ」っていうのをコンセプトにしています。それが色々な作品に繋がっているんです。

―今は共感する力が弱くなってるんじゃないかと思います。
そう思う。人間、感動して泣かなきゃダメですよ。老人ホームの話だけど、認知症がだんだん進行して行くと顔から表情がなくなるって言うでしょう。喜怒哀楽がスゴく大事。私は絵画教室で大事にしてるのは、どれだけ笑かせて帰らせようかということです。絵なんか上手くなくたって良いの。皆がチョットでも沢山笑ったり、私の絵を見てワーって言ってくれたり、もしくは心に動きが出来たら今日の授業O.K.なんですよ。やっぱり喜ばせたいんですよね。芸術家なんだけどチョット芸人さん的。笑わせたい、喜ばせたい、面白がらせたい。で、相手が元気になってくれる。みんな元気になる。感染するの、幸福っていうのは。だから元気がない人が居るとだんだん地域も元気がなくなってくると思うのね。元気にする力の一部に芸術家もいると思う。
母に聞くと、昔は映画観に行くって言うと着物を着て、おにぎり持って、もう一大事で家族みんなで行ってミカンを食べながら皆でワイワイいって、映画見ながら泣いて笑って。時には自分の気に入らない映画だとスクリーンに向かってミカン投げたりする人が居たって。ああいうのが、たぶんなくなってるんでしょうね。バーチャル・リアリティとは違うと思います。

―なんか変に清潔になってますね。
そうなんですよ。白黒で音なんか無くったって自分の頭ん中で妄想でバーチャル・リアリティしなさいよって思ういます。そしたら変わる。それこそ、学術会議で任用されなかった6人の方達はみんな人文系でしょ。ダメなんだよ、ああいう人達を去らせては。人文学っていうのは一番大事な世界だと思います。私の友達が妄想健康法って言うのをやっているんです。妄想して健康になる。「これ、志らべ良いよ」って言うけど、そう思います。世界中の人が妄想健康法になってくれたら良いなって思います。好きな時に好きなとこに行けますからね。宮沢賢治だってそうでしょ。妄想して銀河鉄道が見えて、あんな素晴らしい話しが出来たんだから。「共感する力」がこれからキーワードに成ってくる気がします。
政治家さん達も、絵画クラブとか作れば良いのにね。安倍さんの周りで呑んでるよりは絵を描いてる方が絶対違うと思います。それが嫌だったら鳩山さんみたいに歌えば良いんですよ。そっちの方に何で行かないんだろうなって思いますね。私もお酒好きですけど、それとは一寸違うんだよな。

―政治家がお酒を飲むっていうのは普通の人のお酒を飲むって言うのとは違う感じですよね。
そう。うちのアトリエはお酒O.K.なんですよ。だからみんなお酒飲みながら絵を描いてるんです。ボトルキープもしてます。つまみも出すんです。私が最初に居た洋画研究所がそうだったんです。昔だからサントリーのダルマか、角のどっちかなんだけれど、あれをキャップでチビってやりながら絵の稽古をしてるんです。それをたまたま引き継いでいるんだけど、絵を描きながらのお酒はイイですよ。呑めば呑む程、腕が上がってくる人も居ますしね。お酒の力があるから良い絵が描けてる人も居る。それはまた独特で良いかなと思います。自宅でやれてるからできるんですけど。テナントとかカルチャーセンターだと難しいかも。それもあって、自宅での稽古場が私は好きなんです。ココだと生徒さん達の雰囲気を見て、よし今日はこのまま飲み会やっちゃえとか、いけるじゃないですか。そういうのも、文化だから。

―僕らも「稽古が上手くいったから今日は呑もう」とか、そういうのがあります。
やっぱり今、心が育ってない感じがします。人間食べて飲んでるうちに大人に成って老けては行くんだけど、心の部分の成長に関しては、血も肉も骨も成っていないんでしょうね。なってる人も居ますけど少ない。昔の政治家さんに比べるとホントに子どもだよね、幼稚だよねっていう政治家居るでしょう。

―心に一寸ゆとりがないって言うか。
現代人は忙しいって言うけど、前の時代なんて洗濯機もないし炊飯器も無い。子供のオムツは布でしょ。もっと忙しいんです。核家族じゃないし。私が子供の時の住宅環境は、6畳と3畳の床べりの台所。風呂は銭湯、トイレは外。みんなで共同の井戸を使ってたらしいです。その6畳に、もうスゴいの。私が生まれるまでは母、父、祖母、叔母、父の姉夫婦と子供が2人居たみたいですよ。8人6畳に居たんですって。24で嫁に来ていきなりその暮らしですよ。昔はそれが当たり前だった。私が生まれて増築をしていって、そのうちに叔母夫婦が出ましたけど。だから核家族じゃなかったんです。どれだけ大変だっただろうって思う。うちの家族は朝10合、お昼10合、夜10合、1日30合食べていた。炊飯器は無い。食事後片付けて、みんなの洗濯物を干すのも母です。嫁がやるのが当たり前だったから。よっぽど昔の人の方が隙間無い様に思うけど、ちゃんと読書してたみたいです。新婦人にも入って。それで言ったら今、ゆとりが無いって言うのは一寸違う様な気もします。うちの母の世代を見てるとね。「水道は無かったの」って母に聞いたら、「貴女が生まれた頃には有ったけど、嫁に来た頃にはみんなで使う井戸だった」って言ってました。うちの母が来た時には、うちの地区に1つ屋外の共同トイレがあっって、それを3軒の家が使っていた。だから「自分の家にトイレがあるっていうのが夢の様だった」って。私が小学校に入る頃にわりにまともなお家になって、当時にしてはオシャレなお家だったみたいです。
だから、急に良くなったんですよ、日本って。ついこの間まではもう大変だったんだと思います。50数年前まではそんなだったんですよ。これは凄い事よ。日本って一気に遣り過ぎちゃったんだと思います。

―私の感覚でいうと、この30年位が凄く変化が激しかった様な気がします。
今、日本って、一気に来ちゃった反動がきてるんだと思う。この間横浜で展覧会をやっている時に、みなとみらいから反対の方向へ歩いて行ったら、県庁の古い洋館がドンってありました。何か良いなあって思ったんですよね。フランスのパリは凄く家賃が高いそうだけど、築200年の建物を残すために自分たちの家賃でそれを補填、保全してる感覚だって聞いた事があります。すごく意識レベルが高くって、自分たちの国にホントに誇りを持ってるし、自分達の文化を愛してるんだなって思いました。日本ってやたら愛国心愛国心って言うけど、古い建物を直ぐ壊して何が愛国心だって思う。

―ものの価値というのも分かり難くなってる。
すごくそう思う。それこそブルドーザーって言われた田中角栄さんが大改造でワーって、もう良いモノも悪いモノも、一気にザーッて更地にして、タヌキを追い出して多摩ニュータウンを建てて、自然を破壊した。都心には凄い勢いでビルが建って、摩天楼に成って。いかにも経済大国的には成ってるけど、表面上なっただけで、中を見たらスッカスカに劣化してる。これが反動の証明なんじゃないか思うんです。
イタリアには高いビルなんか1つもないですよ。街中が美術館みたいで、美しい彫刻を見せるが為の間接照明で、夜になったら真っ暗です。あんな歌舞伎町のようなギンギラギンなんか何もなくて。その中で、みんなの心の中にはちゃんと蓄積されて育ってます。アレを経済大国って言うんだと思う。心の豊かさが経済であって、表面だけ繕った物理的なモノが経済じゃないと思うのね。日本では見えてるモノしか信じられなくなってる。想像力の欠落した部分が凄くあるのかなって思うので、だから頑張ります。何か最後締めちゃいましたけど、そういう事を伝えていきたいって思ってます。
―ありがとうございました。

みんなで見に行きましょう!
第74回 日本アンデパンダン展 
3月18日(木)~29日(月)
国立新美術館 一階展示室 (六本木)
主催:日本美術会

2020年10月12日 (月)

日本学術会議任命拒否問題に関する文団連の要望書

各位
文団連は昨日内閣府に以下要望書を送りました。
ーー
内閣総理大臣 菅 義偉 殿
日本学術会議への政府の介入に強く抗議し日本学術会議会員として拒否された 6 人の任命を要求します。
菅首相は日本学術会議の選考委員会の議を経て推薦された次期会員候補 105 人のうち 6 人の任命を理由も示さず拒否をしました。6 人の欠員は学術会議法第 7 条 「日本学術会議 は、二百十人の日本学術会議会員(以下「会員」という。)をもつて、これを組織する。」を 満たさない法律違反です。これを承知でかつてない暴挙に出たことに私たちは強く抗議し ます。
内閣府は 1983 年の同会議法改定の際の「任命は形式的なもの」「推薦をしていただいた者は 拒否はしない」などの一連の国会答弁は認識しているとし、内閣法制局も「推薦に基づき全 員を任命する」とした文書の存在を明らかにしました。菅首相の任命拒否が、国会審議で確 定した法の解釈をねじ曲げた違法な行為だと事実上認めた形です。 一方で、内閣府の大塚幸寛官房長は、一連の国会答弁を認め「法解釈は変更していない」と しながら、「憲法 15 条の公務員の選定罷免権が国民固有の権利であるという考え方からす れば、任命権者たる総理大臣が推薦の通り任命しなければならないというわけではない」な どと強弁しました。しかし憲法 23 条の「学問の自由は、これを保障する。」という条項は憲 法 15 条の一般規定に優先するものであり、認められるものではありません。
政府の暴挙は研究者の自由な研究を委縮させ、「学問の自由」を奪うものであるとともに、 「表現の自由」を奪うものでもあります。文化を担う我々はとても認めることは出来ません。
黒田官兵衛は「異見会」という異論を認める自由闊達な議論により黒田藩を 200 年継続さ せました。人事権の行使で異論を排除するやり方は、日本の将来に禍根を残すことになりか ねません。 今まさに問われているのは菅政権の在り方であり、決して「日本学術会議の在り方」ではあ りません。 嘗て「京大事件」や「天皇機関説事件」からの「学問の自由」を奪われる過程の中で日本国 民は痛苦の歴史を背負いました。 政治家は「学問の自由」を尊重しなければなりません。 社会の進歩に学問の自由は不可欠です。
我々は日本学術会議会員として拒否された 6 人の任命を要求します。
                  以上 文化団体連絡会議(文団連)2020 年度第 57 回総会
2020年10月10日(土)

                      加盟団体  日本民主主義文学会
                            詩人会議
                            新日本歌人協会
                            新俳句人連盟
                            東京労音
                            日本のうたごえ全国協議会
                            日本映画復興会議
                            日本美術会
                            美術家平和会議
                            安保体制打破新劇人会議
文団連は 1983 年の学術会議法の改悪時にも声明を出しておりますので参考までにそれを添 付します。
文団連第18回総会声明文 1983.5.14
学問と思想、表現の自由を守るために学術会議法の改悪に反対する
いま、国会に学術会議法の改悪案が自民党から提出されています。これを今国会のわずかの 会期中に、押し通そうとすることは、一九四九年の発足いらい、つねに平和と社会進歩に貢 献してきた学術会議の使命をぬき去り、会員から選挙権を奪い、同会議を一律に政府の機関 に変質させるところに、深い狙いがあるといわねばなりません。
そのため、国会で充分時間をとった審議がおこなわれることは、政府のこうした反動的意 図が国民の前に明らかにされることを意味し、それは広範な人びとの怒りと反撃をよびお こさずにはおきません。そこで自民党は、この悪法に手をかす公明・民社党などの力をかり て、急遽今国会で通過させようとしているのです。
今日、とめどない核軍拡競争がすすむなかで、やすやすアメリカ支配者のアジア戦略にく みこまれていく危険な中曽根内閣の戦争とファシズムの政策に抗して、学術会議が政府か らの独立と、学問・研究の自主的発展の道をすすむことは、創立の精神にそうことでもあり、 広範な人びとの期待でもあります。
それはまた、国民の民主的権利と学問と思想、表現の自由を守ることにつながっています。
文化・芸術の現在と未来に責任をおう私たち文団連は、この視点から学術会議法案の改悪 に対し、断固反対の意思を表明するものです。
  一九八三年五月十四日
文団連第十八回総会

2019年12月28日 (土)

自衛隊の中東派遣の閣議決定の中止を求めます!

12月24日に以下各マスコミに送りましたが掲載はないようです。

閣議決定されて残念です。

ーー

文団連事務局次長の大津留公彦です。


政府は27日に自衛隊中東派兵の閣議決定を行おうとしています。


昨日文団連幹事会にて決議した「(声明)自衛隊の中東派遣の閣議決定の中止を求めます!」をお送りします。宜しく掲載下さい。

以下の通りです。

ーー

自衛隊の中東派遣の閣議決定の中止を求めます!

 政府は御用納めの27日(金)に自衛隊の中東派遣の閣議決定を国会審議を経ずに行おうとしている。
 防衛省設置法第418号「所管業務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」に該当するとして特別措置法を制定せず閣議決定だけで行うという。
 自衛隊はアフリカ東部ジブチに基地を持っており「調査・研究」はそこで日常的に行っているのではないだろうか。この時期「調査・研究」を名目に部隊を派遣する理由は有志連合の支援のためとしか考えられない。

 自民党の石破茂氏も「中東への自衛隊派遣の根拠」を防衛省設置法の「調査・研究」とする政府方針に対し、「派遣は自衛隊法で位置付けなくてよいのか」と、自衛隊員の活動の正当性と、万が一の事態発生に関わる担保に言及している。

 政府は批判を予定し、対象地域にホルムズ海峡は含まないとか、一年の期限を付けるとか、国会に報告するなどとしているが、未だに派遣のための予算も示されておらず、この閣議決定は、国会と国民を無視するものである。
また、この派遣は憲法に基づく法治主義の原則を時の為政者の判断で変えてしまうものである。

文団連は自衛隊の中東派遣の閣議決定の中止を求めます!

2019
1224
文化団体連絡会議(文団連)幹事会

2019年6月 9日 (日)

文団連第55回総会行われる

文団連(文化団体連絡会議)は6月8日に都内で第55回総会を行いました。
たなかもとじさんの『小説「大地の歌ごえ」を書き終えて』という記念講演を頂きました。原発ゼロを目指す運動の中で原発をテーマにした小説の構想を固めて行ったお話がされました。総会では活動報告と方針が確認され12加盟団体からの活動報告があり、21団体からメッセージが寄せられました。
代表幹事には秋村宏、大西進、鈴木龍男、田島一、美濃部民子、事務局長には明石武美の各氏が留任致しました。採択された声明は別紙の通りです。
たなかもとじさんの講演の映像です。
その1
https://twitcasting.tv/kimihikoootsuru/movie/549045366
その2
https://twitcasting.tv/kimihikoootsuru/movie/549041309
その3
https://twitcasting.tv/kimihikoootsuru/movie/549037645

文団連第55回総会声明 
F35の浪費的爆買いを止めて もっと文化を! 

日本の文化予算は非常に少ない。
2019年度の文化庁予算は1167億円にすぎない。先進六カ国のなかでも最下位。比率で見ても下から二番目の五位。国家予算に占める割合は0・11%である。...
それと比べて現在政府が買おうとしているF35は一機116億円、147機総額では1・7兆円以上。10機で文化庁予算に達してしまう。十五年分以上の文化予算がこの戦闘機に使われようとしている。
F35は機体がレーダーに映らない攻撃型スティルス戦闘機であり専守防衛のためであればそもそも必要ないもの。これはトランプ大統領に言われて安倍首相が勝手に約束したもので自衛隊幹部でさえ使い道が判らないというしろもの。米政府検査院によれば900の欠陥のうち800がまだ未解決ということだ。4月に青森で墜落したF35のパイロットの細見三等空佐の遺体は一部発見されただけである。
また、防災の要である消防庁の年間予算は147億円。F35一機墜ちればほぼ年間予算が飛ぶということになる。
この予算を国民のために使えば教育や福祉にも大いに役立てることが出来る。
この際、攻撃型スティルス戦闘機F35の浪費的爆買いを止めて もっと文化を!

2019年6月8日 文化団体連絡会議 第55回総会

2018年4月 4日 (水)

高橋正志さん著「うたごえは生きる力」ーいのち 平和 たたかい うたごえ70年の歩みー を読んで。

高橋正志さん著「うたごえは生きる力」ーいのち 平和 たたかい うたごえ70年の歩みー
を読んで。

うたごえ運動一筋の高橋さんの人生とうたごえ70年の歴史がよく分かった。
この本は日本のうたごえ70年周年記念事業委員会の制作となっているのでうたごえの通史と言えるでしょう。

学生時代も先輩の多くは九州青年合唱団に属していた。その後続いてる人は居ないようだが、一時期音楽センターに勤め今は企業経営をされている先輩や政党の役員になっている人もいる。
最近退職後うたごえ運動を始めた同期の仲間もいる。

私は同じ歌でも短歌の方を四十五年やっているが、こうして読んでみるとうたごえは身近にあったことが分かる。
内灘、三池、ベトナム、横須賀、沖縄、国連、阪神大震災、東日本大震災の全ての現場にうたごえはあった。
その経験は韓国にも伝わっているという。

学生時代は歌う機会が多く、自分で歌うこともあった。私の得意歌は「バイカル湖のほとり」です。
会社員となってからは職場のうたごえサークルが社会人コンクールに入選したりしていた。

高橋さんは現在文団連(文化団体連絡会議)の事務局長を務めておられる。私は新日本歌人選出の幹事であり事務局次長を務めているので毎月の幹事会でお会いする関係にある。
いつも会議のまとめ役を見事にこなしておられる。
現在文団連でも50年史を作っておりこの夏には出版予定だが高橋さんの果たされている役割が大きい。

最後に文団連の機関紙「まい」に掲載される予定の高橋さんの文章を紹介してあまり本の紹介になっていませんが紹介を終わります。
ーー
「私は、学生時代にうたごえ運動と出合いました。〝うたごえ〟で人と人を結び、一人ひとりの生きる可能性を引き出す運動に引かれました。うたごえが果たしてきた音楽的役割と社会的役割をしっかりつなぎながら、運動が発展してきた大きな流れを次世代に伝えたいと思っています。
 今生きる人々の思い・ねがいを歌・音楽に託して、その音楽の魅力で心をつなぎあい、ねがいを実現するためみんなで大きく歩を進め、その魅力と確信をさらに切り拓いていく次世代に手渡していきたい。多くの合唱団体と共同して平和のための音楽祭を開きたい。今の9条改悪を許さない歴史的なたたかいに連帯して、うたごえの力を発揮したいと思います。
池辺晋一郎氏の曲に「私たちが進みつづける理由」がありますが、うたごえ70年、歩いてきた理由、そしてこれから前へ前へと進み続けるために、この拙書が少しでも役立てれば幸いに思います。」
ーー
以上です。

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2017年12月26日 (火)

21世紀のプロレタリア文学ー「争議生活者」を読んだ

21世紀のプロレタリア文学ー「争議生活者」
これは赤旗書評で文芸評論家の小松新さんがこの本を評した言葉です。(関連記事3番目)
8年間に及ぶ同時進行ドキュメント小説というのは過去例がないでしょう。
田島一さんの講演録は別に書きましたのでそちらをご覧下さい。
田島一さんの「「時の航路」完結編を書き終えて」を聞いた
2017/12/17
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/223234/190315/88591231

ここでは私が最も心引かれた部分と関連記事を紹介します。

p122
妻夏美の娘綾香への言葉
「お父さんね、わたしが病気になったときも帰って来たでしょう。おカネなんてあるはずないのに、最初はどうしてかとびっくりしたの。まさかサラ金とは思わなかったけど問い詰めたのよ。そしたらね、『ほんとに困ったときには、助けてくれる、そういう人が俺の周りにはたくさんいるんだよ』って自慢そうに言うじゃない。せちがらい世の中なのに、そんなことしてくれるって信じられる。でもわたしたちは、三度も多くの見舞金で助けられたのよね(中略)わたしね、よく分かったの、だからこの人はやれるんだなって。こういう人たちに囲まれていて、お父さん、幸せだなとつくづく思った。わたしはこれまでにね、そういう人に巡り合ったことはなかったけど、人間っていいものだなんだなと、わたしまで幸せな気分になっちゃった。綾ちゃん、わたしたち一家はね、見知らぬ大勢の人たちに、ほんとうに助けられてきたのよ、忘れないでねー」

感想は短歌にしました。
丁度民主文学から短歌十首の依頼があったのでそちらに投稿します。
掲載された後に紹介します。

関連記事
①小松実のひとりごと「時の行路」「争議生活者」の田島一さんの講演会に参加してきました
2017/09/15 22:21
17.09.15

http://s.webry.info/sp/komatsu3.at.webry.info/201709/article_7.html

②弁護士会の読書
2017年12月 3日
http://www.fben.jp/bookcolumn/2017/12/post_5251.html

③赤旗書評
2017年10月25日
http://workers.jcp-kanagawa.jp/archives/14815

以上です。

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2017年12月17日 (日)

田島一さんの「時の航路」完結編を書き終えて」を聞いた

今夜文団連の加盟団体会議で田島一さんのお話を聞いた。

同時進行小説で本人の顔写真が出るのでTwi cas中継は出来なかったが箇条書きでメモを残します。
ーー
「時の航路」完結編を書き終えて 田島一

・2008年からのいすゞ自動車に非正規雇用の正規化を迫る闘争の同時進行小説
・50-60人の弁護士が付いた。
・闘う労働組合であるJMIUいすゞ自動車支部は非正規の正規化要求を掲げた。
・同時期に全国で70近くの派遣切り撤回裁判
・この10年で非正規雇用は大きく増えた。
・現在正規3300万人対非正規2000万人
・年収200万以下が1400万人
・生涯未婚率 (50歳で未婚の人)男35%女27%
・ごく一部の富裕層に富が集中し社会の分断が深まる「そういう資本主義で良いのかと疑問を持つようになった」(中内功元 ダイエーCEO)
・職場紙(こえちか =小説ではKOEKAKE)から始まった。
・4000人を首切り
・三つの視点(登場人物)
五味洋介 争議生活者
福武昌弘 共産党
山路由香里 派遣切りされた若い女性
(存在しないがモデルいる。偽装派遣の図面書きで日産にいた。)
・五味は首都圏青年ユニオンに加盟し訴えた。
・苦労はあったが同時進行による小説化への挑戦に後悔はない。
・最初は裁判は連戦連勝だった。当時メディアがまともだった。
・続・時の航路を書いていた2010年10月ー2013年に政権の巻き返しがあった。
・同時進行の困難
事実と創造の間のせめぎ合い
・7割は虚構
・裁判は2016年11月和解(1300万の請求あったが最終的には円満な解決となった。)
・「続・時の航路」で終わっても良かったが八年間の個人の生活を描かねばと思い「争議生活者」を書いた。
・「命がけで戦えば誰かが助けてくれてきっと勝つ」(石川武男元JMIU委員長)という言葉が主人公を励ました。
・裁判の経過
2015・8・30
松下PDP最高裁で高裁判決破棄
マツダ山口地裁 勝利
2014・7マツダ広島高裁 和解
2015・3いすゞ敗訴
2015・9
最高裁三行判決
・主人公の五味のモデルの五戸氏は下野市で来春行われる市議選で共産党から空白克服に挑む
・原告12人( 最後までは7人 )小説に登場しなかった人もいる。
・映画の脚本完成し仮題は「ハケン」

少ない人数で聴くには勿体ないような話であった。「争議生活者」を買ったので読んだら感想文を書きます。
映画にも期待しよう。

以上


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2016年12月17日 (土)

米倉春奈さんの講演

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今夜は文団連の年に二回ある加盟団体会議があった。

講演は28歳の共産党都議団最年少の女性都会議員で文団連のある豊島区選出の米倉春奈さんだった。

自分の娘の世代だが若くて素晴らしい政治家が共産党には居ると実感した講演だった。


スエーデンの国家予算と同じ13兆円の予算を大型公共事業から暮らし優先に切り替えれば素晴らしい地方政治が出来るとも実感した。

小池都政については特定整備路線などには反対し、豊洲見直し等いい公約は実現させるというスタンスで望んでいると言われていた。


豊洲問題については継続的な追求の歴史に触れた。

空洞問題に付いては共産党都議17人のうち16人で調査に押しかけ、2度目の水を採取に行った時には空洞の1番奥まで行くのが自分の担当で途中で迷子になりマスコミにも報道されてと言っていた。

既に豊洲には6100億円も使われている由。

これは健康保険料と介護保険料の減免の43年分に当たるという。

豊洲は東京ガスの跡地だが都市ガスは製造時にはヒ素などの猛毒を使いそれが地下に染み込んでいる為市場用地にはもっとも不似合いで東ガス自身がそう言っていた由。

土壌汚染の調査も対策も一部だけで100mx100mに1箇所しか調査しておらず対策はそこで異常値が出た所だけというのだからいい加減もいい所だ。

敷地全面に盛り土したというのは嘘だったし地下水のコントロールも出来ていない。

建設工事の談合情報が入札の1ヶ月前に寄せられているのにちゃんと調査せず、情報通りに落札され落差率99.9%でも調査しないという。

(経験から言って落札率9割以上は談合と見て間違いないと思う。)

(豊洲の移転は中止して現地再整備するしかないと思う。)

その他東京五輪や防災対策や政治とカネの問題が話されました。


小池百合子都知事を応援する会派の区議5人が自民党を除名になり自民党は9人になった由。

来年の都議選は豊島区ではその小池百合子グループから出馬するので厳しい闘いになるが是非春奈さんに議席を維持頂き更に活躍して貰いたいと思った。


米倉春奈さんは9月に民青同盟委員長の小山農さんと結婚祝う会をされました。
おめでとうございます。
更なる活躍を期待します。

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2016年4月 4日 (月)

文団連の「生きるちからと文化のつどい第三弾」成功!


私が幹事を務める文団連の「生きるちからと文化のつどい第三弾」は200人を越える人の参加で大成功でした。

特に96歳の金子兜太さんの気迫のこもった講演は皆さんに強い印象を皆さんに残したと思います。

花見に行かないでこちらに来て儲かったという感想がありました。


その前の大塚駅スタンディングも50人の参加で大成功 !

署名も50筆以上集まりました。

アベ政治は許さない!

「ootsukastanding.jpg」をダウンロード
(山口あずささん撮影)


赤旗の一面にも写真が出ました。

全国版だったようで九州からも見たよというメールが来ました。


昨日の文団連の集会の映像です。https://www.youtube.com/watch?v=uyiS3bDYW0c
最後のうたごえの部分が割愛されています。

以下その経緯を説明した撮影頂いたuplan代表三輪さんからの連絡です。

「映像配信しました。なお、おことわりですが、音楽・コーラス関係も素晴らしい映像がとれたのですが、一度掲載したところYOUTUBE側から著作権法の二次使用にかんして禁止という指摘があり、配信されませんでした。その結果残念ですが音楽関係は削除したものを配信しています。」

出演者の了解は得ていたはずなので残念です。


以下山形暁子さんのFACEBOOK記事からです。
(写真も山形さん撮影のものです)

ーーー

「【生きる力と文化のつどい~アベ政治を許さない~】


 3日、文化団体連絡会議(文団連)主催の「生きる力と文化のつどい」シリーズ第3弾に参加。

 午後1時よりJR大塚駅南口でスタンディングがおこなわれたが、間に合わず、後悔しきり!

 つどいのプログラム、第1部は96歳の俳人金子兜太さんのおはなし~25歳のとき、海軍士官として赴いたトラック島での壮絶きわまる戦争体験。今をもって俳句を続けている原点だと語られ、非常に感銘を受けた。


 第2部は、新日本歌人協会より、「日本憲法の原点を歌人はどうとらえたかー『平和百人一首』にみる」、新俳句人連盟より、俳句の朗読、創造集団池小(安保体制打破新劇人会議)より、かたり「さがしています」、東京のうたごえ合唱団より、「HEIWAの鐘」「ノーパサラン『奴らを通すな』」「沖縄 今こそ立ち上がろう」の3曲など、多彩な文化企画が披露された。

 いずれも力のこもった企画で素晴らしかったが、もっとも感動的で涙が滲んできたのは、初めて聞いた「ノーパサラン」という歌だ。CDがあったら、絶対に買って覚えたい。」

ーーー
写真です。

Photo
金子兜太さん

Photo
望月たけしさん(新俳句人連盟副会長)

Photo_2
奈良達雄さん(元日本歌人協会代表)

Photo_3
田中千恵子(「俳句人」編集長)

Photo_4
創造集団池小

Photo_5
うたごえ

この「ノーパサラン」が入っていないのが残念です。

スタンディングの前は小雨が降り初めていましたがスタンディングが始まる前に止みました。

私は歌人ですが金子兜太さんに敬意を表してこういう俳句で締めとします。


   春の雨振り止め給い駅に立つ 公彦

次の行事はこれです。
2016啄木祭
5月15日(日)エデュカス東京 13時30分開演

今夜は以上です。


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2015年7月27日 (月)

戦争法案に反対する短詩形文学募集

文団連の発表の転載です。
「私が東京を変える」の募集と同時進行になりますがどちらかにご投稿下さい。
ーーーー
戦争法案に反対する短詩形文学募集

文化団体連絡会議(文団連)では、安倍政権の進める戦争法案に反対する短詩形文学(俳句や短歌や詩等)を下記により募集します。
ぜひ奮ってご応募ください。
          記
1。募集期間
 7月25日〜8月24日までの1ヶ月間
2。投稿方法
 メール送信
   bunndannrenn-p@yahoo.co.jp
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 手紙又は俳句
  郵送先 
  〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-18-3平田ハイム202号室詩人会議気付 文化団体連絡会議
3。その他
 電子出版などを行う場合に掲載させて頂くことがありますのでご承知下さい。
 以上
2015年7月24日
文化団体連絡会議 幹事会

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