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カテゴリー「文団連」の記事

2022年1月12日 (水)

うたごえ 間部友哉さんインタビュー

文団連のFacebookからの転載です。

ぶん文インタビュー  うたごえ 間部友哉さん
12月14日、ぶん文インタビュー初のzoomインタビューを行いました。お相手はうたごえ祭典を終えたばかりの、うたごえの青年学生部長で愛知青年合唱団の間部友哉さん。12月3日~5日、3つの音楽会にのべ4380人が参加した「核兵器禁止条約発効! ひかりにむかって 2021日本のうたごえ祭典inひろしま」。間部さんはコロナ下でオンラインで合唱練習をしていたというだけあって、zoomはお手のもの。インタビュアーはいつも通り東京芸術座の森路敏さん、記録係は青年劇場の福山啓子。「うたごえとは何か」という本質に迫るお話が聞けました!

コロナ下でも工夫を凝らして練習
―広島のうたごえ祭典成功おめでとうございます。こういう大掛かりなイベントをこの時期にやれたというのは、我々としてもうれしいです。間部さんはどういうきっかけでうたごえの運動にかかわることになったんですか?
間部 僕がかかわったのは、2010年、愛知の青年のうたごえ祭典があって、その時にまだ僕は9条の会とか、民青同盟の活動をやっていたんですが、今の名古屋青年合唱団の武藤良子さんから「青年の集まりがあるよ」と声をかけていただいて。9条の会で武藤さんと知り合ったんですが、9条の会では僕ら青年層で「ロックソーラン」というのをやっていて、うたごえの方でもロックソーランをやってる団体がけっこうあって、「みんな踊れるから一緒にやらない?」と声をかけてもらって。9条の会でも周年記念行事があった時に他の団体の若い踊り手とやりたいと思っていたので、愛知で青年の交流会に参加してかかわりが始まった感じです。
―それ以前には歌を歌ったり、合唱をする経験は?
間部 僕は学童保育っ子だったので、「ぞう列車」を学童の企画でバザーの時に歌った記憶はあるんですけど、ほんとにそれくらいで、合唱はどっちかっていうと学校でも苦手な方でした。ロックソーランからのかかわりで、「合唱、いいな」と思って愛知の方でその後一緒にやりつつ今ここまできた感じです。

―今回の祭典に向けて、コロナ下で大変なことがいっぱいあったでしょう?
間部 青年の子たちって、働いてる職種にエッセンシャルワーカーとか、ケア労働をやっている人が多くて、保育士さんとか看護師さん、介護士さん、医療福祉関係で働いてる子たちが中心になって青年のうたごえを作っているので、「県外に出られない」とか「人が集まってやる合唱にはなかなか行けないよ」と。もちろん地元でも練習会をやれない状況なので「広島へなんてとんでもない」と。改めてそういう子たちに支えられて活動していたんだなと思いました。普通に働いてる人たちももちろんいるんですけど、組織するのが大変だったり。毎年どこかで集まって練習してうたごえ祭典に臨もうってやっているんですけど、そういうことがコロナ下でなかなか難しかったです。
―僕の劇団も、公演が成立するかどうかから始まって、稽古をどうするか、いつPCR検査を受けるかってやってきました。合唱で集まって練習できないってほんとにつらかっただろうと思います。祭典をいろんな人に見に来てもらうことも大変だったんじゃないですか。
間部 「なかなか見に行けないよー」って声はありました。ただ、Zoomを使ったり、新しい技術に触れながら、「オンラインならやれるんじゃないか」と試したり。難しい中ではありましたけれど、青年としても「運動を止めたらいけないな」っていう思いがあったんで、オンラインで、サテライト会場を作って、練習会とzoomの中継地点を作ったりして、みんなで練習をしたり、みんなでいろいろ考えながらやってきた感じですかね。

―昨年うたごえ祭典をやれないとなった時の状況はどんなでしたか。
間部 ある程度みんなで作っていこうと準備も進めていた段階だったので、「ああ、できなくなるのか」となった時は、それはやっぱり、もったいないというか、そこで運動が止まってしまうのかなという思いもありながら、状況が状況だったので、その当時は感染して広げちゃう方がダメだという雰囲気もあったので、「そうだよな」って。残念ではあったんですけどね。

うたごえはみんなの居場所
―普通の趣味でやってる合唱団と、うたごえの違いというか、うたごえの特徴は?
間部 うたごえ以外の所もその人の居場所にはなってると思うんですけど、うたごえやってる子たちにはうたごえが生活の中心になってるのかな。そこで人と会うというのが、歌だけじゃなく、歌えなくても集まって話を聞く、話をする場にもなっていたと思うんで。意識してなくても、練習会だけ、歌を歌うだけで集まっているのではないのかなって。なんで練習行くのかなっていうと、知ってる顔に直接会って、仕事の愚痴とか、悩んでることとかも練習の後に聞いたりして。歌以外の所でも関わり合いがあって、居場所になってるところが違うのかなと思います。
―生活の一部?
間部 日常生活みたいな感じですかね。どこまでみんながそう思ってるかわからないけど。僕としては一つのコミュニティとしてあるから、「あーまた練習かー」という雰囲気じゃなく、この練習会にいったらちょっと元気になってまた「明日も仕事がんばろう」ってなったり、「学校行きたくないなー」と思ってもみんなと集まって話して「ああそうか、まあちょっとがんばってみようか」っていう感じになればいいなと思ってるんで。

オンライン練習に手ごたえ
―祭典では間部さんはどこに出演していたんですか?
間部 青年のステージというところで、コンサートⅠだったらフィナーレの「HEIWAの鐘」というところで、コンサートⅡだったら「広島へ」というパートが青年の作るステージだったので、そこにかかわらせてもらって歌ってました。
―ひろしま祭典の前に青年の祭典があったんですね。
間部 毎年日本のうたごえ祭典ていう、全国規模でやる一番大きい祭典の前に、各分野、産業、産別ごとの、医療や保育というカテゴリーの中に青年のうたごえというのもありまして、日本のうたごえの始まる前に、二か月前とか、時期は少し違うかもしれないけど、青年のうたごえ交流会とか青年祭典をやって全国祭典に臨むので。今回は青年のうたごえ交流会を僕の地元の愛知でやったので、準備して、それを広島につなぐという取り組みをやりました。
―愛知の青年のうたごえはどんな様子でしたか?
間部 この愛知の方も、2020年頃から準備していたので、一回はコロナで断念したんですが、今年はやっぱりやろうということで、最初はホテルを貸し切ってやることを考えていたんですが、泊りでの交流会はリスクがあるということで、コロナの中でもやれる方法を考えて、オンラインのzoomでやることを決めました。10月の9日と10日です。愛知の労働会館と、東海音楽センターっていう地元の、青年合唱団が普段練習してるところを拠点にして、現地の参加の人もいるんですが、全国の人はzoomを見てもらうという形を取ってやりました。県を越えて来るというのが10月はどうしてもできなかったので。

―オンラインの大変さや便利さは?
間部 便利だったのは、県を超えて参加できることがいいなと思いました。「時間が合わなくて来れないよ」という人も、保育士さんや、外に出られない人もzoomを使うことによってパソコンやスマホを通して見ることができた。参加できない人が何かしらの意図を持って参加をしてくる取り組みができたっていうところ。ただやっぱりzoomを使うと、配信の映像が流れなかったり、誰が参加しているのかなかなかわからなかったりしたので、最初の申し込みの所の誰が来る、誰が来ないという見極めというか、申し込んでくれた人に対するケアがどこまでできるか。普段だったら「どんどん来いよ」「お客さんでもいいから来いよ」って言えたんですけど、やっぱり参加の集約とかもしっかりやっておかないと難しかった。
―大人数になると、同じ会場にいるわけじゃないので意思疎通が難しいですね。
間部 そうですね。ある程度はチラシとかで「こうやってやるよ」って周知しているんですけど。「声が聴きづらいよ」「画像出てないよ」とか難しいところもありました。でもやっぱりやったことによって、前の年の、普通に生で参加できた時の人数くらいは集めることができたし、現地も集めることができて、オンラインでもある程度人が集まってくれたので、zoomを使う前の交流会の人数を青年で組織できたのは良かったかなと思います。
―手ごたえがあった。
間部 zoomでもやれるなってのはありましたね。オンラインの技術者の負担は大きくなるかもしれないけど、全然練習してないよりは、zoomを通して指導してもらったりできるのがわかったし。サテライトを繋いで、一つ大きな中継地点の会場で、何人かごとに集まってる会場をつなぐようにすれば。歌の練習もあるから、ある程度は集まるのが大事だと思うんで。10名くらい集まってるところをいくつかサテライトのようにつなげば、練習している人たちも一緒になって歌ってる感覚があって、一人で参加してる人たちも一緒になって歌う感覚で練習ができる。音のずれもあったり難しいですけど、まったく練習しないよりは、音程、音取りのところではリアルとそんなに違わないというのがわかったので。久しぶりにみんなで歌うということを「歌えない中」でやって、良かったなと。
一つ考え方として、現地に来れる子だけでやるよりも、なかなか来れない子もzoomを使えばある程度参加できるとわかった。普段なかなか「あーいけないじゃん、仕事あるし」という子も時間を見つけてどこかで参加することができる。zoomを使ったオンラインの取り組みはもっと研究する価値があるかもしれないなと思います。コロナが収まるかどうかなかなか見えないので、zoomを使ったり現地で集まったりを繰り返しながらやってくといいのかなという手ごたえはありました。

―そういう経験は本祭典に向けた練習にも生かされた?
間部 ある程度zoomでやれるっていうことがわかったんで、zoomで練習してくる子たちもいました。どうしても本祭典の時は現地で練習しないといけないんですけど。
でも、どうころぶかわからない中で、zoomで練習して、「今年はうたごえ祭典広島であるんだ」っていうのが意識できると、「現地に行こう」ってとこにつながることもあると思うんです。なんにもないと、「ああ、あるかどうかわからない祭典のために練習するのもなあ」ってなるし。まったく練習しないと決めた合唱団もあったんで。愛知で一つ青年祭典ができて、「愛知でやれるなら、zoomでもいいから練習してみよう」「広島でもやるのか、じゃ集まって練習しよう、zoomでもいいよ」ってなるのは、まったくゼロよりいいのかなと思います。

歌を通して広島を知る
―ひろしま祭典の特徴は、広島という土地柄もあるのか、ちょうど今年1月22日に核兵器禁止条約発効ということで、それも一つのテーマだったんですか。
間部 平和のことを今の青年が組織して歌うっていうのは、広島という特別の土地だからこそ意味があるのかなと思います。当時のことを知らない、歌しか知らない子たちでも、歌の詞から「この詞はひめゆりのことを言ってるんだ」ということを指揮や合唱の先生から習うことによって、学校の中での勉強と違う角度から、改めて見るというのも大事かなと思います。今年はさらに広島だったっていうこともあって、歌詞に場所のことが書いてあると自分たちでそこへ行って、当時を思いながら歌って、「この土地でこの歌を歌うのか」という思いがあるかなあと思うし。僕たち自身も覚えていないこともあるから、忘れないようにするという意味もあるし、思いを受け継いでこのまま何があったのかをしっかり見極めるという意味も。改めて現地に行って歌うというのが大事だったかなあと思います。
―そういうことを若い人と話したりしましたか。
間部 なかなか「じゃあ改めて平和のことについて話すか」ってことは無いけど、「これは核兵器禁止条約のことを歌ってるんだよ、一月に批准されたけど全然日本政府動かないし」ってことは仲のいい子には言ったりしますけど。僕は批准を迫らないといけないと思うし、唯一の被爆国であるし、でも今の政府の人たちは逆に「核兵器を持ってる人たちと仲良くするのが大事だから条約批准しない」っていうんで、いやいやそれは違うだろうと思うので、そこは大事だと思ってます。
―仲間内でもきっかけがないと、普段平和のことについて語らないからね。
間部 広島で歌うから出しやすいということはあるかな。
―キム・ウォンジュンさんが「ねがい」を歌うのを聞いて、ハングルで聴くとこんな感じなんだというのは印象的でした。

集まって歌うことの大事さに改めて気づく
―ひと段落ついて、これからまた合唱の練習をどう進めていくか考えはありますか。
間部 当分zoomを使ってやることになるかと。本当はみんなで集まって歌えるといいんですけど。Zoomを使えるところは使って、対面と合わせてやっていくことになると思います。全国どこでも。それをやりつつ、うたごえの全国組織で講習会をやる時に青年も一緒に参加するとか。あとは地元でどれだけ動けるかかな。
―若いメンバーにエッセンシャルワーカーが多いというお話でしたけど、コロナのことには敏感でしょうね。
間部 そうですね。「県を越えられないじゃん」とか、「集まるってどうなの」とか、職場から「うたごえにあんまりいかないでくれ」とか、練習会も「やめてくれ」ということもあったんで、出来るところからですかね、そこは。
―僕らも職業柄切なく感じることはあります。
間部 歌じゃないところでもっと集まったりとか、もっとzoomを使って勉強会やったり、どこまで出来るかわからないけど、やれたら違うかなと思います。
―お話を聞いていて、集まること自体が基本になってるのがうたごえの特徴のような気がします。
間部 合唱は、zoomでやれたからいいじゃんって思ったんですけど、やっぱり現地に集まった子たちの感想で「久しぶりに声を聞けて良かった」「改めて声を合わせて歌うってことは集まらないとできないんだなと感じた」と。集まらなくてもできることを見つけたからこそ、改めて集まって歌うっていうこと、集まって練習する、話したり、笑いあう、勉強するっていうのがめちゃめちゃ大事だなって気づかされた。コロナになったからこそ、今まで当たり前だったことの大事さが見えてきた気はしますね。
―祭典もコンサートも演劇も、会場にお客さんが入ってやるのと、ライブだからって無人でやるのとは全然違うよね。息遣いとか感じますし。
間部 今回広島祭典をやって、僕は青年のステージでしか歌えなかったんですが、それでも周りにお客さんがいる、客席が埋まってるのってほんと久しぶりだったんです。僕らも歌のサークルなんで、合唱発表会で地域で歌った時は、お客さんは入ってたんだけど人数制限があって、「お客さんの顔が見えないよ」っていう感じだった。今回は全部のステージの客席が埋まってて、こうやってこんなに人がいる中で、お客さんの顔を見て歌ったの何年ぶりだと思って。そこは全然違うなと改めて思いました。
歌った後拍手してもらったりすると全然違う。フィナーレで拍手もらって、自然にアンコールって感覚にお客さんもなってたし、それでもアンコールは出来ないんだけど、これってお客さんがいるからだなって。今の自分たちがやったステージが目の前のお客さんに少しでも届いたんだなって思ったりしました。
―通じ合いたいですよね。
間部 なかなか一体になってやることができなかったんで。客席がまばらだと、どうしても本当に届いてるのかなって思ったりするんですけど、広島のステージはお客さんが一杯いて、歌い手が「出し切った」と思える時にお客さんからレスポンスがあると非常に気持ちがいいというか(笑)、やってて良かったなと。一人で歌ってるのでなくて、みんなで合唱しているのがいいのかな。みんなで歌ってみんなで受け取るというか。

みんなで支えあって、みんなで創るうたごえ
―共同作業みたいですね。
間部 みんなでステージを作って、お客さんからワーッと拍手もらうのはすごいいいことだなと思います。個人でそれができる人はすごいと思うけど、みんなで歌って、拍手をもらう良さがある。
―みんなでつくる文化祭みたいな(笑)。大人になってそういう機会ってなかなか無いよね。
間部 そうですね。お客さんを意識するってふだんなかなかしてないし。こういう大きなステージだと余計に「お客さん入ってるな、よし」ってなりますね。日常では味わえない。
―そういう意味でも生活の一部っていう感じがするし、僕らも文化団体って言ってるけど、文化のあり方を考える一助になる気がします。聴くだけ、歌うだけじゃなく、コミュニケーションというのともちょっと違うけど、なんか双方が通じ合うものがある。
間部 自分が表現者にもなれるし、聴く側にもなれるし、そこで意識してないけど、「ああ今素人ながらに、お客さんの前で歌っている」という不思議な感覚がありますね。どうしてもお客さんの前で歌うっていうとすごいいいものでなきゃって身構えたりする。それでもうたごえなりの良さでそうやってステージに立てるというところとか、みんなプロだから歌ってるわけじゃなくて、「こういう思いを伝えたい」ということで歌ってると思うので、それがやっぱりうたごえの一つの良さかなと思います。プロばっかりが歌ってるわけじゃないよ、ど素人も歌ってるしみたいな。それでもみんなある程度意識してがんばってステージ作ろうっていう、歌い手ではあるし。
―僕らはプロだから上手くなきゃいかんとかね、うまくなるように修練しないといけないってのは当然あるけど、うまけりゃいいのかっていうのも一方であるよね。上手さだけじゃないっていうのはわかる気がします。今の話聞いてて、うたごえってやっぱり一つの家族みたいな感じもする。
間部 お客さん含めて支えあってるっていうのはあるかなあ。お客さんもうたごえを支えてもらって、出てる方もうたごえで支えてもらう。みんなで支えあってみんなで作るっていう所がいいのかな。お客さんも含めて作っていくステージがある。それで家族みたいに感じられる温かい雰囲気があるステージなのかなと思います。
―今時珍しいというか(笑)、こういうのを続けていくのは難しいし、大変だなって思います。変化のスピードが速いし、芝居も音楽もそうだけど、それぞれが好きなものがあって、みんなで歌えるとか、みんなで一緒に見られるみたいなものが少なくなってるような気がするんです。そういう中で、今回ステージを見ていて、ほんとに様々じゃないですか、太鼓があったり、年配の方から若い人まで参加して、ほんとにたくさんの方がかかわってる祭典を一つのイベントとしてまとまりを付けるって結構大変じゃないですか。
間部 今の時代って情報が溢れすぎている時代だし、好きなものだったら自分で調べて好き勝手見られるよっていう時代でもある中で、うたごえとして、みんなで一つのものを作るっていうことが大事になっていくと思うし、そこはこの先もずっとそういう方向でやっていってほしいかな。好きなものは自分で見るけど、それとは別の角度でうたごえにかかわってもらえたらって思います。
―あと、マスクしてうたごえ祭典やったのって初めてでしょ? 苦しくなかったですか?
間部 指導する先生たちが、マスクをしながらでもきれいに響く発声の仕方を指導してくださって、技術面としてマスクをしながらでも響く発声が課題になってたんで、それを教えてもらったり。
―それ興味あります。(笑)芝居の稽古はずっとマスクなんで。口をちゃんと動かすとか?
間部 マスクをして隠れてるからといって表情を作らないわけじゃないってところですかね。ちゃんと感情はマスクの中で乗せて、マスクで隠れてるからこそ意識して、とか。あとは自分が思ってるよりも上の方で響かせるとか。これは人それぞれなんですけど。
―見ていて呼吸が苦しいんじゃないかって心配になりますけど。あれは特別なコーラスマスクではないんですか?
間部 コーラスマスクの人もいるけど、基本一般的な不織布のマスクでやりましょうっていうことだったんです。指揮者や伴奏の方はマスク取ってもいいよ、歌い手はとりあえずマスクしましょうっていう感じでやってましたね。
―オーケストラでも、管楽器の人はもちろんマスクはできないけど、弦楽器の人はマスクしてますね。そこらへんは徹底してたみたいですね。
あと子どもがすごい参加してましたね。あれは現地の児童合唱団とか?
間部 広島の学校の、地域の子どもたちだって聞きました。
―来年のうたごえの予定は?
間部 2022年8月に宮城で「全国青年のうたごえ交流会in宮城」をやります。その後12月に愛知で全国のうたごえ交流会をやります。広島祭典と同じようなイメージです。
―祭典と交流会の違いは?
間部 祭典はお客さんを呼んでコンサートをやり、交流会はお客さんを呼ばないで、うたごえの人が交流する。
―その中で日頃のうたごえの練習の成果を発表したり。
間部 はい。三日間とって、合唱発表会と、コンサートと、歌う会とか。
―お互いコロナがいつ収束するかわからないけど、負けないようにがんばりましょう。愛知に公演で行ったときはお会いしたいですね。今日は本当にありがとうございました。
間部 ありがとうございました。

2021年12月19日 (日)

文化は憲法改悪を許さない!

文団連の声明です。
(声明)
文化は憲法改悪を許さない!
文団連は、憲法に基づく政治を実現するために市民と野党の共闘の発展を支持し、日本国憲法9条などの改憲に反対します。
選挙では殆ど触れなかったにも関わらず、自民党は、選挙公約で日本国憲法の改正をあげ、岸田文雄首相は、総選挙後の所信表明演説において「敵基地攻撃能力」と沖縄・奄美周辺にミサイルを配備するとか今まで以上に軍事的に踏み込んだ対応をしようとしています。
又9条改憲に向けた国会論議の加速を打ち上げ、「憲法改正実現本部」を立ち上げています。
 日本維新の会の松井一郎代表は、総選挙後、「来年参院選と同日に改憲国民投票を」と踏み込み、与党、維新ら改憲勢力は、臨時国会における憲法審査会での改憲案討議入りを数の力で押し切りました。
改憲派は、自民党4項目改憲案をもとに、とりわけ、コロナ対策を理由とする緊急事態条項の創設とアメリカの軍事戦略に加担し、中国に武力で対抗するための9条改憲を狙っています。
しかし、コロナ対策のために改憲をする必要は全くない。また、米中の緊張関係が高まる中、日本が行うべきは、憲法の平和主義の理念に基づき、国際世論をリードして戦争の危険性を回避するためのあらゆる政治的な努力です。
 いま必要なのは「憲法の改正」ではなく、憲法を蔑ろにする政府に憲法を遵守させて、憲法に基づく政治を実践させ9条をいかした平和外交を進めることです。野党の共通政策で示した「憲法に基づく政治の回復」「安保法制の違憲部分の廃止」は今後も重要な視点です。
私たち文団連は異なる文化ジャンルの団体の連絡会議です。
これまでも平和と表現の自由を侵す自民党改憲案に反対し、立憲主義・平和主義に反する「安保法制」などの法律の廃止を求めてきました。
憲法と平和の危機に直面する今、人の心を豊かにする文化を守り、発展させようとする私たちは、あらためて命と平和と民主主義を守る憲法に基づく政治への転換を強く求め、9条改憲NO!全国市民アクションの進める自民党改憲4項目に反対する署名運動を支持し展開します。また、来年の参議院選挙に向けて改憲に反対する市民と野党の共闘を一層広げかつ強化するよう強く後押しをし、奮闘します。
  2021年12月17日 文化団体連絡会議(文団連)第八回幹事会

日本映画復興会議桂壮三郎さんインタビュー

以下文団連の行事です。
2021年12月22日(水)20:00ー21:00 
日本映画復興会議桂壮三郎さんインタビュー
劇映画 わが青春つきるとも-伊藤千代子の生涯 撮影を終えて
(インタビュアー文団連事務局長 大津留公彦)
Zoomアドレス
ミーティングID: 879 2153 4073
パスコード: 093957

2021年10月 7日 (木)

「表現の不自由」如何にに立ち向かうか(文団連全国交流集会記事)


10月6日赤旗記事のテキストをお送りします。
参加した人ならではの報告者を全て的確に網羅したいい記事だと思います。
ーー
「表現の不自由」に立ち向かう
文団連がZoomで集会
2021年10月6日【文化】

 文化の民主的な発展を願う団体の連絡協力組織である文化団体連絡会議(文団連)は9月26日、ウェブ上で全国交流集会を開きました。「『表現の不自由』にどう立ち向かうか」をテーマに、今年7月「表現の不自由展」を開催した大阪と名古屋の実行委員が発言し、埼玉、川崎、東京からも表現の自由をめぐるたたかいが報告されました。

 「表現の不自由展・その後」をつなげる愛知の会の高橋良平さんは、開幕後、施設での郵便物破裂を理由にした施設休館で展覧会が中止になり、すぐに再開を申し入れたところ、「名古屋市が根拠もなく休館決定したとわかり、不当性を明らかにできた」と告発。多くの市民の支援も得て、再開を求めていくと述べました。

 「表現の不自由展かんさい」の岡田大さんは、開幕前に施設管理者が脅しなどの妨害を理由に使用許可を取り消したなか、法的手段により開催できたことを報告。情報公開請求で吉村洋文大阪府知事の関与が明らかになったことを示し、「見たい作品を裁判までしなければ見られないことがおかしい」と強調しました。

 さいたま市で起きた公民館誌への「九条俳句」掲載拒否は不当だと訴えた問題では、九条俳句市民応援団世話人の石垣敏夫さんが掲載を勝ち取った裁判の経緯を説明。事前検閲の危険性に触れ、「公平・中立とはすべてのものをきちんと表示すること」だと話しました。

 川崎文化会議議長の城谷護さんは幅広い市民が参加する「平和をきずく市民のつどい」に対し、川崎市が集会アピールの安保法制や憲法9条の文言が「市の中立性を損なう恐れがある」と後援を取りやめたこと、その後話し合って後援拒否を撤回させた経験を報告。アーティストでアクティビストの戸山恢(こやまかい)さんは自身が出品した「オリンピック終息宣言緊急展」「小さな抵抗展」を紹介し、日常を壊してくるものに抵抗するための制作や市民運動への思いを語りました。
ーー

映像はこちらです。
文団連全国交流集会「表現の不自由」にいかに立ち向かうか
2021年9月26日
東京・愛知・大阪・埼玉・神奈川より
https://youtu.be/1nhyR-_rTWU
以上

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2021年10月 3日 (日)

文団連全国交流集会の動画です。

9月26日の2021年第二回文団連全国交流集会の動画です。

30名の参加でした。

開会挨拶を私がやっています。
ーー
「表現の不自由」といかに闘うか
2021年9月26日
東京・愛知・大阪・埼玉・神奈川より
https://youtu.be/1nhyR-_rTWU

2021年9月25日 (土)

9・26文団連全国交流集会のご案内

文団連の大津留公彦です。

9・26文団連全国交流集会のご案内です。どなたでも参加出来ます。奮ってご参加下さい。

トピック: 文団連第二回全国交流集会オンライン
「表現の不自由」にどう立ち向かうか 
日時: 2021年9月26日 13:30ー16:30
(15分前から入れます)

Zoomミーティングに参加する
https://us02web.zoom.us/j/87258888120?pwd=UUlqVHpRbkp1WFdzK3pjN2xHRlNnQT09

ミーティングID: 872 5888 8120
パスコード: 449600
以上です。
参考

「表現の不自由」にどう立ち向かうか 
(司会 柴田昇 川崎文化会議事務局長)
13:30 明石武美文団連代表幹事挨拶
13:35 第一部 報告(各20分以内)(報告者)
1,名古屋
・(7月6日から8日のクラウドファンディング等独自資金での)「表現の不自由展」一部開催の報告
(「表現の不自由展・その後」をつなげる愛知の会』事務局長 高橋良平氏)
2,川崎
・川崎市の後援拒否を撤回させた経験の報告
(川崎文化会議議長 城谷護氏)
3,大阪
・「表現の不自由展かんさい」で起こった事
(「表現の不自由展かんさい」実行委員 「慰安婦」問題考える会・神戸などの市民運動家 岡田大氏 )
4.埼玉
・九条俳句裁判の報告 <公民館誌に掲載されなかった俳句:梅雨空に『九条守れ』の女性デモ>
(九条俳句市民応援団世話人、「表現の自由を市民の手に全国ネットワーク」会員、安保法制違憲訴訟埼玉原告 埼玉県平和資料館を考える会  石垣敏夫氏)
5,東京・一般
「アート・貧乏・小さな抵抗」(「五輪終息宣言緊急展」「小さな抵抗展」について )
(電気代一時不払いプロジェクト共同代表、武器取引反対ネットワーク(NAJAT)等で活動
アーティスト、アクティビスト 戸山灰(こやまかい)氏)
主に直線を用いた抽象作品を手掛け、社会の不公正に対して声を上げることをライフワークにしている。
第二部 パネルディスカッション
申し込み方法は添付チラシをご覧下さい。

文化団体連絡会議(文団連)
事務局長 大津留公彦

2021年3月15日 (月)

森志らべさん (日本美術会) インタビュー

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文団連のFacebookから転載します。

ーー

みんなで見に行きましょう!
第74回 日本アンデパンダン展 
3月18日(木)~29日(月)
国立新美術館 一階展示室 (六本木)
主催:日本美術会

ーー
ぶん文訪問記 2
森志らべさん (日本美術会) インタビュー

2歳から絵を描く
2月21日、東京芸術座の森路敏さん(インタビュアー)と青年劇場の福山啓子(記録係)で、第二回「ぶん文訪問記」インタビューのために、日本美術会の森志らべさんにお会いしました。
新座にある森さんのお宅は、二階が絵の教室の部屋。三階のアトリエでお話を伺いました。冒頭、森さんが2歳で第一美術協会展に入選した時の記事が載っている週刊読売を見せていただいてびっくり。画家である叔父さんの直江兼博さんと一緒に森さんが写っています。

―森さんは2歳から絵を描き始めたんですか?
そうそう、でも自分の意識はないので、プロになったのは30過ぎてからなんです。この時は近所に叔父がいたので通っていた時にたまたま入選したという感じです。

―その後専門的な絵の勉強をされた?
日本で絵描きっていうと美大にいくのがメジャーじゃないですか。私は師弟関係なんです。日本に画壇がありますけど、そこのお師匠さんと私と言う関係で、いろんな先生について現在に来ています。一般的なアカデミック教育とちょっと違うんですね。その先生が持ってる技術、筆も持ち方一つとっても、その先生の持っているDNAからもらって、ミックスブレンドされてる感じの人だと自分では思います。例えば、芸大のなんとかゼミとかそういうのは無いんです。

―美術学校に行くとやるような系統立てた学習とかは?
最初についたのはこの叔父なんですけど、叔父は第一美術協会で審査員をされていた人なんで、日本美術界の祖、岡田三郎助の流れの人です。黒田清隆が日本に西洋画を持ち込んで、その後にいろんな方が出ましたけど、岡田三郎助さんに皆さん教わってるんです。その中に今の芸大の前身である東京美術学校の先生もいますけど、その一つ下がこの叔父の世代。実際には青木繁や藤田嗣二から教えを受けてるわけです。
私は20台の後半から水彩画を始めて、その時指導してくれた先生が「油もやった方がいい」と言ったんで、急に方向転換して30の頭に今度は、油絵の先生の所へ行って、その人が20年くらいで長かったんですけど、オーソドックスな、デッサンから始めて、ものの立体を極めてというのを淡々とやってたんです。そのあと、いろいろとアトランダムにいって今日にいたります。

日本美術会が私の血と肉を作っている
 今の私の血と肉を作ってるのは日本美術会です。直江さんの息子さんがずっと日本美術会で活動されてたんで、知ってはいたんですけど、東日本大震災があって、その前後くらいに日美の会員さんと急に深くなったんです。あの地震の直前まで磐梯熱海に住んでいたので、生徒さんが随分亡くなりました。それもあって日本美術会の哲学とか精神とか、そういうものに一気に気持ちが流れていって、そこから日美で活動するようになったんです。
 その前までの所と離れているわけじゃないですけど、ある意味基盤の部分が終わった感じ。骨の部分が終わって、その次に、アスリートでいえば筋肉をどうつけていくか、どういう練習に入ろうかっていう40台の半ばくらいに変革期が来た。それまでは社会的なことや哲学性はあいまいだったと思う。
なんで故郷に帰れないんだろうとか、自分が動物が好きだったせいもあるけど、なぜみんな動物を置いていくのだろうと思った。「牛とか豚とか家畜の場合はいろんな対策があるのだろうけど、なぜペットも持ち出せないんだろう。普通の生活を壊した原発って何」とそれまで考えなかったことを考えるようになりました。
福島から東京へ電気が来てますよね。原発に関係する電線の鉄塔は赤色で、普通の鉄塔と違うとか、知らないことが一杯分かるようになってきた。この辺の新座の鉄塔にも赤いのがあるので、この電気は福島から来ているんだとわかりました。
日美でチャリティーの係になったので、そこから現地の人の話を聞くようになりました。福島にある「NPO法人ふくしま30年プロジェクト」という、放射線量を測る団体や、「特定非営利活動法人 野馬土」さんという地域貢献の団体に絵の売上金を送るなど支援しています。調べて行くといろんな事が政治に関わっている事が分かるようになりました。日本美術会に関わった事もあるけど、3・11は私を変えたと思います。

コロナ下での出会い
その後、コロナで安倍さんが2月28日に非常事態宣言の話をして、一年間蓋が閉められた感じになって、薬屋さんに大勢並ぶ姿も、人が変わって行くのも見ました。
4月5月と動けなくなってずっとこの部屋にいました。私は死ぬまで2020年のことを忘れないと思う。換気の為に窓をあけてここで絵を描いていると、ピアノ教室や名取さんや三味線の音が朝八時から夜九時まで聞こえて来るのに気付いて、ああ、みんな表現者なんだなと涙が出てきました。世の中にはいろんな表現者の人がいて、みんな表現が出来なくなっているという事に5月に気付いたんです。
7月に入って「文化芸術継続支援金」が出来て、その申請を担当しました。日本の文化芸術の状況を調べることになり、絵以外の分野の人と交流するようになりました。
その頃ドイツのメルケルさんが素晴らしいことを言いましたよね。「生きるために芸術は必要だ。ドイツは芸術家を守る」という発言を聞いて、日本の為政者と比べるようになりました。その頃ツイッターなどで芸術家のつぶやきが一気に出始めた。私も喚いているものだから、「文化庁と会いませんか」と手筈を整えて下さった人がいて、衆議院第二議員会館で文化庁の参事官さんと会えることになりました。権力には怖いイメージがあったけど、会って良かった。そこからまた一つ眼を開いた感じ。参事官は普通のいい人だったんです。ただ現場を知らない。滞りなくきちんと書類を書けて必要な所に持って行けるプロの人であって、文化庁だからと言っても文化のプロじゃない。絵描きさんに障害者がいるというという事も知らないし、年金生活者やネット環境のない人がいることは全く知らない。絵描きと言えばベレー帽被って、パイプ持って軽井沢に別荘でも持っている人だと思っているんじゃないかというイメージ。私がこんな狭い所で描いているというのを見せたい位。
演劇で言えば、日劇などでやっている人が演劇人で、ちっちゃな小屋でやっているような人は知らないという感じ。紫綬褒章でも貰うような人が役者だと思って、サントリーホールでやるような人を声楽家と思っているような感じでした。
私はカルチャースクールで先生をやっていますけど、コロナの時期になって、コロナだからこそ文化は大事だとすごく思いました。来てくれた生徒が「絵を描かないと死んじゃう」と言う。絵が好きだからではなく心の問題です。心の部分に絵が有り、音楽があり、芝居があるという私たちの生きて行く上での血と肉と食物が文化。実際的なツールの物以外にね。実際に文化庁の方と会って、会うことが大事だと思いました。会えるものなら菅総理にも会いたい。天皇陛下にも会ってみたい。会ったらきっと変わると思う。会うという事も文化。生きることが既に文化だし、楽しむことが文化だという、ポジティブな部分での理解度が日本人はまだ低いと思います。
戦争の清算も出来てないし、もっと言えば戦争した時点で止まっているという感じがしている。そうして現代に至っています。

数字にならない芸術
―今の世の中では、いかに社会に役に立つかという尺度が強くなっていますね。
私は絵が好きで描き始めたけど、大企業のように数字で出てくるものや結果論ではないものが文化芸術だと思う。むしろ結果に結びつかないものの方が多いと思う。数字にならないものの方が圧倒的。だから国の役人さんたちには一番厄介なのだと思います。データで生きてきた人には数字が全てで、それは確かに分かり易いですよね。
今回の文化芸術継続支援金もそうだけど、報告書の項目は全て数字。言葉で書くことは殆どない。だからいかに数字として言葉を彼らに伝えるかを考えながら書いていた。数字にも魂があって、役人さんたちに通じるのは数字の中に込められた秘密なんです。  
私が20代後半から30代半ばまで上野でやっていた会に、絵画クラブなどを持っている党派に関係ない複数の政治家が、自分の描いた絵を出品していました。自分が政治家をやって、なんで油絵を描いているかという事を考えている人がいました。あの当時の政治家の人は寄り添ってくれていたんです。分かろうという努力をするのではなく、自分が描いているから分かる。
今そういう人いるかな? 暇がないからという問題ではないでしょう。暇が無くてもご飯は食べる。 食事や歯磨きも文化。昔から政治家は割烹に行ったりしていたと思うけど、それだけじゃなかった。鳩山さんは合唱団でコーラスやったりしていた。そういうことを聞かなくなりましたね。
萩生田さんが号令かけて、文化・芸術の支援金を受ける人は増えていますが、一人一人に違う文化と芸術があります。それを分かった支援が必要だけど、今の論理はやはり数の論理。多数決で何でも決まって行くから、人数を投入すれば物事が解決すると思っている。人が少なくても解決することはあります。そういう中に画家や役者も含めて私たち芸術家はいるような気がするんです。それはサークルなどで教えている中で感じます。女子美に行っている子がうちにいるけど、メンタル面の学科が出来たというので、大学もそういう事を考える時代に来ているんだなと感じました。
絵が好きで描きに来ている人は、以前は皆私より年下でしたが、今は70代の方など私より年上の人が多くなりました。震災以後は超高齢化が一気に進んだ感じです。
私は3・11の前の年の1月に磐梯熱海に引っ越しました。それまでは八王子に居て、若い人たちの中にいましたが、福島に行ったら50年位前にタイムスリップした感じでした。
義理の父に言われて空き家をアトリエにしてのんびり暮らしていましたが、母の具合が悪くなり、介護の為に急遽3月3日に、新座に戻って来ました。その一週間後に3・11が来たんです。
その頃、新座には年配の方が多いと思いました。それから10年が経ち、今は磐梯熱海と変わらない位に高齢者が多い気がします。それはいろんな人が無意識に感じていることなのだと思う。
カルチャースクールのようなものは街のあちこちの公民館などに今はあるけど、私の若い頃はこんなにはありませんでした。逆に「御稽古事」は今はあまりない。若い人は月謝袋と袋に書いてあっても「今日の手数料です」と言います。私は今59なので来年還暦ですが、この年代の人は今一番いろいろ考えていると思う。

―ここまで経済的観念が染み付いてしまうと、それ以外はないように感じるところがありますね。
昭和40年に東京五輪があり、ビートルズが来て、まだ戦後の臭いがありました。昭和37年生まれの私の作品は日本の復興の象徴でもあって、それで3歳の私が入選したんだと思います。
当時いわさきちひろさんの家がある杉並の上井草に住んでいて、松本善明さんと私の父は仲が良かったんです。当時家の前が養鶏場で、毎朝必ず鶏と、卵を拾い集めている人が見えました。アスファルトはなく全部砂利道で、ダットサンがエンストするとみんな自然に出てきて押している時代でした。食用ガエルも近所に居て、夕飯に食べている人もいたし、近くには飯場があり、そこの子はいじめられていたし、出稼ぎで親がいなくて同じ服をずっと着ている子もいたし、下着が洋服のような子もいました。既製服がないので親が作るからばらつきがあったけど、皆が貧乏で、貧乏が一つの文化だった。
私の回りには戦後色がプンプンでした。親は会計士だけど作曲もやっていたので、「あかつきコーラス」という看護婦さんたちのコーラスの指導もやっていました。家の中にピアノやステレオがあったり、いわば中流家庭ですね。母はパタンナーという仕事をするデザイナーで、おばは、映画関係者で、祖母は長唄の師匠だったので、取材対象にし易かったのでしょう。私の記事が載っているこの週刊誌はこの時代をよく表していると思います。「危険!放射能ばらまく」と書いてあります。あれから何も変わっていないってことですね。父が大事に取っておいてくれたものですが、いいものを残してくれたと思います。「こんな時代があったんだよ」と、いろんな方に見て貰っているんです。
過去に捕らわれてはいけないけど、過去があるから今があると思います。今の日本ってうやむやにしたい、消したい部分があって、全部新しい方に持っていこうとしているようです。でも3.11だってコロナだって問題は沢山あるから、侃々諤々になっている。だからこそ、私は絵描きなので、決して政治家ではないから、自分たちに出来る表現をしていこうと思ってるんです。私は個展をやってるんですけど、会場に、ただ絵をポンと置いて、感じる人が感じてくれれば良いと思っているんでね。
大々的な事は日本アンデパンダン展という団体がやっています。最初にアンデパンダン展に出した時、面白いなあと思ったんですよね。いわゆる美術展とは全然違っていて。作品は素晴らしいものが並んでいます。きら星の様な画家達、今の日本美術会を作り上げられた方達の作品です。わあ、私こんなところに籍を置いているのか、なんて幸せなんだろうって思ったりする。そういう方達は、戦争って言うモノを、永井潔先生が特にそうですけど、たぶん思いっ切り見てきた人ですよね。戦後、レオナルド藤田さんの事なんかで揉めた話も永井先生の本を読むと出て来ますけども。そういう時代から、その後一気に高度成長でバブルが来ちゃって、ディスコで踊りまくる時代が来て。それもリアルタイムで私は見ていました。山一証券が倒産して、社長が泣くって言うのを生まれて始めて見て「社長って平気で人前で泣くんだ」と思いました。まああの後、色んな議員さんが平気で泣く様になっちゃいましたけど。
私ってスゴいしゃべる人なんですよ。だから授業中も絵の話しよりこんな話しばっかりしてるんです。授業が2時間あって1時間は、こういう話。その後絵を描いてるんで、それも私なりの関わり合い方です。こういう絵描きが、もしかして今少ないんだったら、多くなった方が良いようにも思います。昭和の時代は変な絵描きがいっぱい居ました。私なんか全然変じゃない、常識人でまともだと思ってるんです。政治家だってハマコーみたいに、国会のマイク握って「政治家はなんの為にあると思ってるんだ。未来の子どもたちの為だろう」って叫んでみろよ自民党って、そう思います。そういう人は今居ない。
だから私の中に含まれてる、色々な蓄積されたモノと関わる事で、元気づけられたりしてくれる人が居るんだったらソレはソレでいいと思って、仕事のコンセプトとしてやっています。

―絵を鑑賞するってどうすればいいのか、良く分からないんですけど。
私は思に油絵を描くんですけど、ファンの方から愛されてる、良く買っていただいてるのはもう圧倒的に水彩画が多いんです。色んなタイプの絵をいっぱい描いてます。絵本もね。絵を家に飾ると、絵って窓になるわけですよね。その窓から、希望を見出したいって言うのもあるじゃないですか。明るいでしょ、水彩の方が。だから圧倒的に買って下さるのは水彩画が多いわけです。油絵はもうどっちかって言うと展覧会用。 

3.11から絵が変わった
―絵を描く時に心がけている事ってあります?
3.11から絵が変わったんです。それまではホントに具象だったから、目に見えるモノを描いてたんですけど。今、妖精の森って言う絵本をお渡ししたんですけど、私の絵が先にあり、後から作家の方が物語を付けてくれました。見えないモノを、描く様になったんです。3.11でお身内を亡くされた方がいっぱいいましたよね。その後、風の電話って出来たじゃないですか、丘の上に。あの電話ボックスから電話をして亡くなった人としゃべる。そうすると、その人にはお父さんの声だったり、お子さんの声が聞こえるという。私、そういうのってあるのかもと思っています。
3.11の後皆見たって言うでしょ、幽霊を。お父さんが立ってた。座ってた。それから縁側に居たとか。私それは嘘じゃないと思っています。きっとこの世の中には、目に見えない何かかがあるし、見えてるモノだけでは出来てなんだと思う。あいだみつおさんの詩にもありますよね、大切なモノは見えないって。星の王子様、ムーミンもね。童話とか寓話とか物語の中に見えないモノ・事っていうのを書いてることがとても多いことに気付きました。
日本の政治家が、「お父さんが縁側に座ってる」って被災者が言った時に、こう胸を詰まらせたり、グッて来る人がどれぐらい居てくれるかなって思います。もしグッときたら政治が変わるんじゃないかと思う。例えば海の底って見えないじゃないですか。誰もまだ見た事がない。土の中ってどうなってるの。コアの部分まで見た人が居るかっていったら誰も見た事がない。じゃあ宇宙は。意外と私たち物理学的な事で言っても大抵のモノを実は見てないと思うんですよ。物理が100だとしたら0.01位しか見てないのに、見えてるモノだけを信じて生きてるんじゃないかなって思います。SNSだけを見て信じてる。YouTubeだけを見て信じてる。それ以外の部分ってどうなんだろうって思った時に、「あ、こういう部分に焦点を当てて描いて行ってみよう」と思う様になりました。だから今は「この世は決して見えてるモノだけで出来てはいないんだよ」っていうのをコンセプトにしています。それが色々な作品に繋がっているんです。

―今は共感する力が弱くなってるんじゃないかと思います。
そう思う。人間、感動して泣かなきゃダメですよ。老人ホームの話だけど、認知症がだんだん進行して行くと顔から表情がなくなるって言うでしょう。喜怒哀楽がスゴく大事。私は絵画教室で大事にしてるのは、どれだけ笑かせて帰らせようかということです。絵なんか上手くなくたって良いの。皆がチョットでも沢山笑ったり、私の絵を見てワーって言ってくれたり、もしくは心に動きが出来たら今日の授業O.K.なんですよ。やっぱり喜ばせたいんですよね。芸術家なんだけどチョット芸人さん的。笑わせたい、喜ばせたい、面白がらせたい。で、相手が元気になってくれる。みんな元気になる。感染するの、幸福っていうのは。だから元気がない人が居るとだんだん地域も元気がなくなってくると思うのね。元気にする力の一部に芸術家もいると思う。
母に聞くと、昔は映画観に行くって言うと着物を着て、おにぎり持って、もう一大事で家族みんなで行ってミカンを食べながら皆でワイワイいって、映画見ながら泣いて笑って。時には自分の気に入らない映画だとスクリーンに向かってミカン投げたりする人が居たって。ああいうのが、たぶんなくなってるんでしょうね。バーチャル・リアリティとは違うと思います。

―なんか変に清潔になってますね。
そうなんですよ。白黒で音なんか無くったって自分の頭ん中で妄想でバーチャル・リアリティしなさいよって思ういます。そしたら変わる。それこそ、学術会議で任用されなかった6人の方達はみんな人文系でしょ。ダメなんだよ、ああいう人達を去らせては。人文学っていうのは一番大事な世界だと思います。私の友達が妄想健康法って言うのをやっているんです。妄想して健康になる。「これ、志らべ良いよ」って言うけど、そう思います。世界中の人が妄想健康法になってくれたら良いなって思います。好きな時に好きなとこに行けますからね。宮沢賢治だってそうでしょ。妄想して銀河鉄道が見えて、あんな素晴らしい話しが出来たんだから。「共感する力」がこれからキーワードに成ってくる気がします。
政治家さん達も、絵画クラブとか作れば良いのにね。安倍さんの周りで呑んでるよりは絵を描いてる方が絶対違うと思います。それが嫌だったら鳩山さんみたいに歌えば良いんですよ。そっちの方に何で行かないんだろうなって思いますね。私もお酒好きですけど、それとは一寸違うんだよな。

―政治家がお酒を飲むっていうのは普通の人のお酒を飲むって言うのとは違う感じですよね。
そう。うちのアトリエはお酒O.K.なんですよ。だからみんなお酒飲みながら絵を描いてるんです。ボトルキープもしてます。つまみも出すんです。私が最初に居た洋画研究所がそうだったんです。昔だからサントリーのダルマか、角のどっちかなんだけれど、あれをキャップでチビってやりながら絵の稽古をしてるんです。それをたまたま引き継いでいるんだけど、絵を描きながらのお酒はイイですよ。呑めば呑む程、腕が上がってくる人も居ますしね。お酒の力があるから良い絵が描けてる人も居る。それはまた独特で良いかなと思います。自宅でやれてるからできるんですけど。テナントとかカルチャーセンターだと難しいかも。それもあって、自宅での稽古場が私は好きなんです。ココだと生徒さん達の雰囲気を見て、よし今日はこのまま飲み会やっちゃえとか、いけるじゃないですか。そういうのも、文化だから。

―僕らも「稽古が上手くいったから今日は呑もう」とか、そういうのがあります。
やっぱり今、心が育ってない感じがします。人間食べて飲んでるうちに大人に成って老けては行くんだけど、心の部分の成長に関しては、血も肉も骨も成っていないんでしょうね。なってる人も居ますけど少ない。昔の政治家さんに比べるとホントに子どもだよね、幼稚だよねっていう政治家居るでしょう。

―心に一寸ゆとりがないって言うか。
現代人は忙しいって言うけど、前の時代なんて洗濯機もないし炊飯器も無い。子供のオムツは布でしょ。もっと忙しいんです。核家族じゃないし。私が子供の時の住宅環境は、6畳と3畳の床べりの台所。風呂は銭湯、トイレは外。みんなで共同の井戸を使ってたらしいです。その6畳に、もうスゴいの。私が生まれるまでは母、父、祖母、叔母、父の姉夫婦と子供が2人居たみたいですよ。8人6畳に居たんですって。24で嫁に来ていきなりその暮らしですよ。昔はそれが当たり前だった。私が生まれて増築をしていって、そのうちに叔母夫婦が出ましたけど。だから核家族じゃなかったんです。どれだけ大変だっただろうって思う。うちの家族は朝10合、お昼10合、夜10合、1日30合食べていた。炊飯器は無い。食事後片付けて、みんなの洗濯物を干すのも母です。嫁がやるのが当たり前だったから。よっぽど昔の人の方が隙間無い様に思うけど、ちゃんと読書してたみたいです。新婦人にも入って。それで言ったら今、ゆとりが無いって言うのは一寸違う様な気もします。うちの母の世代を見てるとね。「水道は無かったの」って母に聞いたら、「貴女が生まれた頃には有ったけど、嫁に来た頃にはみんなで使う井戸だった」って言ってました。うちの母が来た時には、うちの地区に1つ屋外の共同トイレがあっって、それを3軒の家が使っていた。だから「自分の家にトイレがあるっていうのが夢の様だった」って。私が小学校に入る頃にわりにまともなお家になって、当時にしてはオシャレなお家だったみたいです。
だから、急に良くなったんですよ、日本って。ついこの間まではもう大変だったんだと思います。50数年前まではそんなだったんですよ。これは凄い事よ。日本って一気に遣り過ぎちゃったんだと思います。

―私の感覚でいうと、この30年位が凄く変化が激しかった様な気がします。
今、日本って、一気に来ちゃった反動がきてるんだと思う。この間横浜で展覧会をやっている時に、みなとみらいから反対の方向へ歩いて行ったら、県庁の古い洋館がドンってありました。何か良いなあって思ったんですよね。フランスのパリは凄く家賃が高いそうだけど、築200年の建物を残すために自分たちの家賃でそれを補填、保全してる感覚だって聞いた事があります。すごく意識レベルが高くって、自分たちの国にホントに誇りを持ってるし、自分達の文化を愛してるんだなって思いました。日本ってやたら愛国心愛国心って言うけど、古い建物を直ぐ壊して何が愛国心だって思う。

―ものの価値というのも分かり難くなってる。
すごくそう思う。それこそブルドーザーって言われた田中角栄さんが大改造でワーって、もう良いモノも悪いモノも、一気にザーッて更地にして、タヌキを追い出して多摩ニュータウンを建てて、自然を破壊した。都心には凄い勢いでビルが建って、摩天楼に成って。いかにも経済大国的には成ってるけど、表面上なっただけで、中を見たらスッカスカに劣化してる。これが反動の証明なんじゃないか思うんです。
イタリアには高いビルなんか1つもないですよ。街中が美術館みたいで、美しい彫刻を見せるが為の間接照明で、夜になったら真っ暗です。あんな歌舞伎町のようなギンギラギンなんか何もなくて。その中で、みんなの心の中にはちゃんと蓄積されて育ってます。アレを経済大国って言うんだと思う。心の豊かさが経済であって、表面だけ繕った物理的なモノが経済じゃないと思うのね。日本では見えてるモノしか信じられなくなってる。想像力の欠落した部分が凄くあるのかなって思うので、だから頑張ります。何か最後締めちゃいましたけど、そういう事を伝えていきたいって思ってます。
―ありがとうございました。

みんなで見に行きましょう!
第74回 日本アンデパンダン展 
3月18日(木)~29日(月)
国立新美術館 一階展示室 (六本木)
主催:日本美術会

2020年10月12日 (月)

日本学術会議任命拒否問題に関する文団連の要望書

各位
文団連は昨日内閣府に以下要望書を送りました。
ーー
内閣総理大臣 菅 義偉 殿
日本学術会議への政府の介入に強く抗議し日本学術会議会員として拒否された 6 人の任命を要求します。
菅首相は日本学術会議の選考委員会の議を経て推薦された次期会員候補 105 人のうち 6 人の任命を理由も示さず拒否をしました。6 人の欠員は学術会議法第 7 条 「日本学術会議 は、二百十人の日本学術会議会員(以下「会員」という。)をもつて、これを組織する。」を 満たさない法律違反です。これを承知でかつてない暴挙に出たことに私たちは強く抗議し ます。
内閣府は 1983 年の同会議法改定の際の「任命は形式的なもの」「推薦をしていただいた者は 拒否はしない」などの一連の国会答弁は認識しているとし、内閣法制局も「推薦に基づき全 員を任命する」とした文書の存在を明らかにしました。菅首相の任命拒否が、国会審議で確 定した法の解釈をねじ曲げた違法な行為だと事実上認めた形です。 一方で、内閣府の大塚幸寛官房長は、一連の国会答弁を認め「法解釈は変更していない」と しながら、「憲法 15 条の公務員の選定罷免権が国民固有の権利であるという考え方からす れば、任命権者たる総理大臣が推薦の通り任命しなければならないというわけではない」な どと強弁しました。しかし憲法 23 条の「学問の自由は、これを保障する。」という条項は憲 法 15 条の一般規定に優先するものであり、認められるものではありません。
政府の暴挙は研究者の自由な研究を委縮させ、「学問の自由」を奪うものであるとともに、 「表現の自由」を奪うものでもあります。文化を担う我々はとても認めることは出来ません。
黒田官兵衛は「異見会」という異論を認める自由闊達な議論により黒田藩を 200 年継続さ せました。人事権の行使で異論を排除するやり方は、日本の将来に禍根を残すことになりか ねません。 今まさに問われているのは菅政権の在り方であり、決して「日本学術会議の在り方」ではあ りません。 嘗て「京大事件」や「天皇機関説事件」からの「学問の自由」を奪われる過程の中で日本国 民は痛苦の歴史を背負いました。 政治家は「学問の自由」を尊重しなければなりません。 社会の進歩に学問の自由は不可欠です。
我々は日本学術会議会員として拒否された 6 人の任命を要求します。
                  以上 文化団体連絡会議(文団連)2020 年度第 57 回総会
2020年10月10日(土)

                      加盟団体  日本民主主義文学会
                            詩人会議
                            新日本歌人協会
                            新俳句人連盟
                            東京労音
                            日本のうたごえ全国協議会
                            日本映画復興会議
                            日本美術会
                            美術家平和会議
                            安保体制打破新劇人会議
文団連は 1983 年の学術会議法の改悪時にも声明を出しておりますので参考までにそれを添 付します。
文団連第18回総会声明文 1983.5.14
学問と思想、表現の自由を守るために学術会議法の改悪に反対する
いま、国会に学術会議法の改悪案が自民党から提出されています。これを今国会のわずかの 会期中に、押し通そうとすることは、一九四九年の発足いらい、つねに平和と社会進歩に貢 献してきた学術会議の使命をぬき去り、会員から選挙権を奪い、同会議を一律に政府の機関 に変質させるところに、深い狙いがあるといわねばなりません。
そのため、国会で充分時間をとった審議がおこなわれることは、政府のこうした反動的意 図が国民の前に明らかにされることを意味し、それは広範な人びとの怒りと反撃をよびお こさずにはおきません。そこで自民党は、この悪法に手をかす公明・民社党などの力をかり て、急遽今国会で通過させようとしているのです。
今日、とめどない核軍拡競争がすすむなかで、やすやすアメリカ支配者のアジア戦略にく みこまれていく危険な中曽根内閣の戦争とファシズムの政策に抗して、学術会議が政府か らの独立と、学問・研究の自主的発展の道をすすむことは、創立の精神にそうことでもあり、 広範な人びとの期待でもあります。
それはまた、国民の民主的権利と学問と思想、表現の自由を守ることにつながっています。
文化・芸術の現在と未来に責任をおう私たち文団連は、この視点から学術会議法案の改悪 に対し、断固反対の意思を表明するものです。
  一九八三年五月十四日
文団連第十八回総会

2019年12月28日 (土)

自衛隊の中東派遣の閣議決定の中止を求めます!

12月24日に以下各マスコミに送りましたが掲載はないようです。

閣議決定されて残念です。

ーー

文団連事務局次長の大津留公彦です。


政府は27日に自衛隊中東派兵の閣議決定を行おうとしています。


昨日文団連幹事会にて決議した「(声明)自衛隊の中東派遣の閣議決定の中止を求めます!」をお送りします。宜しく掲載下さい。

以下の通りです。

ーー

自衛隊の中東派遣の閣議決定の中止を求めます!

 政府は御用納めの27日(金)に自衛隊の中東派遣の閣議決定を国会審議を経ずに行おうとしている。
 防衛省設置法第418号「所管業務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」に該当するとして特別措置法を制定せず閣議決定だけで行うという。
 自衛隊はアフリカ東部ジブチに基地を持っており「調査・研究」はそこで日常的に行っているのではないだろうか。この時期「調査・研究」を名目に部隊を派遣する理由は有志連合の支援のためとしか考えられない。

 自民党の石破茂氏も「中東への自衛隊派遣の根拠」を防衛省設置法の「調査・研究」とする政府方針に対し、「派遣は自衛隊法で位置付けなくてよいのか」と、自衛隊員の活動の正当性と、万が一の事態発生に関わる担保に言及している。

 政府は批判を予定し、対象地域にホルムズ海峡は含まないとか、一年の期限を付けるとか、国会に報告するなどとしているが、未だに派遣のための予算も示されておらず、この閣議決定は、国会と国民を無視するものである。
また、この派遣は憲法に基づく法治主義の原則を時の為政者の判断で変えてしまうものである。

文団連は自衛隊の中東派遣の閣議決定の中止を求めます!

2019
1224
文化団体連絡会議(文団連)幹事会

2019年6月 9日 (日)

文団連第55回総会行われる

文団連(文化団体連絡会議)は6月8日に都内で第55回総会を行いました。
たなかもとじさんの『小説「大地の歌ごえ」を書き終えて』という記念講演を頂きました。原発ゼロを目指す運動の中で原発をテーマにした小説の構想を固めて行ったお話がされました。総会では活動報告と方針が確認され12加盟団体からの活動報告があり、21団体からメッセージが寄せられました。
代表幹事には秋村宏、大西進、鈴木龍男、田島一、美濃部民子、事務局長には明石武美の各氏が留任致しました。採択された声明は別紙の通りです。
たなかもとじさんの講演の映像です。
その1
https://twitcasting.tv/kimihikoootsuru/movie/549045366
その2
https://twitcasting.tv/kimihikoootsuru/movie/549041309
その3
https://twitcasting.tv/kimihikoootsuru/movie/549037645

文団連第55回総会声明 
F35の浪費的爆買いを止めて もっと文化を! 

日本の文化予算は非常に少ない。
2019年度の文化庁予算は1167億円にすぎない。先進六カ国のなかでも最下位。比率で見ても下から二番目の五位。国家予算に占める割合は0・11%である。...
それと比べて現在政府が買おうとしているF35は一機116億円、147機総額では1・7兆円以上。10機で文化庁予算に達してしまう。十五年分以上の文化予算がこの戦闘機に使われようとしている。
F35は機体がレーダーに映らない攻撃型スティルス戦闘機であり専守防衛のためであればそもそも必要ないもの。これはトランプ大統領に言われて安倍首相が勝手に約束したもので自衛隊幹部でさえ使い道が判らないというしろもの。米政府検査院によれば900の欠陥のうち800がまだ未解決ということだ。4月に青森で墜落したF35のパイロットの細見三等空佐の遺体は一部発見されただけである。
また、防災の要である消防庁の年間予算は147億円。F35一機墜ちればほぼ年間予算が飛ぶということになる。
この予算を国民のために使えば教育や福祉にも大いに役立てることが出来る。
この際、攻撃型スティルス戦闘機F35の浪費的爆買いを止めて もっと文化を!

2019年6月8日 文化団体連絡会議 第55回総会

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