カテゴリー「日本共産党」の記事

2023年9月 4日 (月)

関東大震災と渡辺政之輔

土井洋彦さんのFacebookから紹介します。
関東大震災から100年 学ばねばならないことは多いです。
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●『戦前の日本共産党と渡辺政之輔』(治安維持法国家賠償要求同盟千葉県本部、2019年)「Ⅳ 関東大震災と渡辺政之輔」から
さて、第1次弾圧で渡辺政之輔(渡政)らが獄につながれていた1923年(大正12)9月1日、東京と首都圏をマグニチュード7・9の大地震が襲いました。関東大震災です。大地震とそれに続く火災の発生による未曾有の混乱のなかで、翌日あたりから市民の間に「鮮人が暴動を起こした(当時多くの国民は朝鮮の人々のことを蔑称で〝鮮人〟と呼んでいた)」「井戸に毒を入れた」などというデマが飛び交うようになります。
これは、警察や軍隊を使って、彼らが意図的に、公式に流したのです。千葉県船橋の無線局から全国に流したと言われています。そして、地域ごとに自警団と言われる組織、あるいは暴徒によって、多数の朝鮮人や中国人が殺されました。その数は6000人以上と言われています。
それに続いて9月3日から4日、東京東部の南葛地域で活動していた労働者ら20代の若者を中心に10人が亀戸警察署の特高によって連行され、4日から5日未明にかけてと言われていますが、亀戸署を警備していた軍隊によって虐殺される事件が起きました。いわゆる「亀戸事件」です。ここに派遣されていたのは、習志野にいた陸軍の騎兵連隊でした。このなかには、渡政と南葛労働会で一緒に活動していた川合義虎も犠牲者に含まれていました。彼はその年の4月に結成された日本共産青年同盟(共青)、現在の日本民主青年同盟の前進ですが、その初代委員長でした。
さらに9月16日には、陸軍の憲兵大尉だった甘粕正彦という軍人が無政府主義者の大杉栄と伊藤野枝の夫妻、そして7歳の甥っ子の橘宗一という子どもを殺し、憲兵隊の井戸の中に投げ込んでいたという事件も起きています。まさに国家的テロ行為だったわけです。
渡政は、家は亀戸にあったのですが、幸か不幸か市ヶ谷刑務所に投獄されていたために、この「亀戸事件」では、虐殺からは免れました。ただし当時、市ヶ谷の刑務所でも、実は軍隊が、投獄されていた運動家を引き渡せという要求をして押しかけ、押し問答があったようです。当時の刑務所長はそれを断ったのです。もし、所長が軍の要求を受け入れていれば、当時の共産党の幹部の人たちも殺されていた可能性は否定できないと思います。「亀戸事件」については、加藤文三氏が『亀戸事件』(大月書店)という本を1991年に書かれています。また、川合義虎についても加藤さんが1988年に『川合義虎』(新日本出版社)という本を書かれていますので、詳しくはそれらを参照してください。
関東大震災では首都圏を中心に10万5000人以上の死者・行方不明者が出ています。東京府が7万人余り、神奈川県が3万人余りで、この2府県が圧倒的に多いのが特徴です。ちょうど昼時で火災が発生したので、この2県の被害が非常に多かったのですが、千葉県では1346人の死者・行方不明者が出たと言われています。
私は最近『千葉県の歴史』という本を読んでみて知ったのですが、県内では、地震の被害は、安房、特に内房の地域、館山などの一番地盤の柔らかい地勢での住宅全壊が一番ひどかったようです。同時に、千葉県内でも朝鮮人虐殺事件が頻発しました。この『千葉県の歴史』、これは千葉県が出した県の歴史ですけれども、その記述を抜粋してあります。9月3日に現在の松戸市の馬橋停車場付近で朝鮮人の男性6人が殺害されています。特に船橋は虐殺事件が多発したということです。現在の東武野田線、北総鉄道の工事に従事していた朝鮮人労働者が九日市、現在の船橋駅北口付近ですが、ここで発生した事件によって、政府の調査でも38名が殺されるという事件もあったと言われています。
同時に、千葉県にいた軍隊もこの虐殺にいろいろ関わっていたということで、「習志野騎兵第14連隊と市川町の野戦重砲兵第1連隊の将兵は、9月3日に東京府南葛飾郡大島町(江東区)で、約200人の朝鮮人(中国人との見方もある)を殺害しているし、習志野騎兵第13連隊の将兵は、5日に亀戸警察署内で労働運動家の平沢計七・川合義虎らを殺害した(亀戸事件)」ということが『千葉県の歴史』に書かれています。
後に作家・俳人となる越中谷利一という方の回想記を載せておきました。この方は日大の夜間部に入って、当時から社会主義運動に関心を持っていた方だそうですが、1921年に習志野の騎兵連隊に入隊していました。関東大震災の時には22歳です。その後、プロレタリア文学運動に参加して『戦旗』という日本プロレタリア作家同盟の機関紙の1928年9月号、震災から5年経ったときの「震災追想記」という欄に「戒厳令と兵卒」という回想を書いています。
「そして亀戸に到着したのが午後の二時頃、おお、満目凄惨! 亀戸駅付近は罹災民でハンランする洪水のようであった。と、直ちに活動の手始めとして先ず列車改め、と云うのが行われた。数名の将校が抜剣して発車間際の列車の内外を調べるのである。と、機関車に積まれてある石炭の上に蠅のように群がりたかった中から果して一名の朝鮮人が引摺り下ろされた。憐むべし、数千の避難民環視の中で、安寧秩序の名の下に、逃がれようとするのを背後から〔白刃と銃剣下に次々と〕仆れたのである。と、避難民の中から、思わず湧き起る嵐のような万歳歓喜の声。(国賊!〔朝鮮人はみな殺しにしろ!〕)」
こういうことを紹介しています。彼はそういう場所に居合わせましたが、いわゆる「亀戸事件」は、当時は知らなかったというふうに言っています。越中谷という人は、習志野騎兵連隊の一員として、この亀戸地域に出動して朝鮮人虐殺の現場に立ち会った。こういう異常な雰囲気のなかで、軍隊や警察が、朝鮮人、中国人、そして社会主義者弾圧の先頭にたったのです。民衆もテロに加わったという歴史は、決して忘れてはならないと思います。
その後、全国各地で「亀戸事件」の抗議集会が行われました。渡辺政之輔は、1924年2月17日、南葛労働会の仲間たちとともに東京の青山斎場、ここで亀戸事件犠牲者追悼会を営みました。これがわが国で最初の労働組合が主催する労働組合葬だったと言われています。
そして渡政は、この年『潮流』という雑誌に「社会運動犠牲者列伝」という連載企画が掲載されたときに、「亀戸事件」で殺された3人の追悼文を書いています。加藤高壽、山岸実司、近藤広造という3人ですが、この3つとも『著作集』に入っていまして、なかなか胸を打つ内容です。そのうちの「近藤広造君」の文章の一部を紹介します。
「野田の大争議の時であった。われわれは応援に行くことになったので、僕が近藤君を誘いに行った。君は耐えられないほどの腹痛で病床に横たわっていたが敢然一緒にいくから連れていけと跳起きてきた。病気だから無理をしては駄目だといったが、君はどうしても承知しなかった。ストライキを応援に行って倒れるのなら男子の本懐だ、といって、脂汗を流し、腹痛を耐え、とうとう野田まで、十三里の道を雨にうたれながら歩いていった」
このとき、南葛労働会のメンバーは20人規模で野田醤油の争議の支援に駆けつけていくという記録が残っています。野田では、1921年、日本労働総同盟の野田支部が結成され、1923年の春、3月から4月にかけて、2600人が参加するゼネラルストライキがおこなわれました。ここに渡政らも駆けつけました。
1970年代に、かつて共産党千葉県委員長も務めた小松七郎さんが書かれた『千葉県労働運動史』をみますと、南葛労働会の労働者20余人とともに野田に行き、さらに銚子に乗り込んで、ヤマサ、ヒゲタの労働者に働きかけ、千葉市で演説会を開くなどして争議を支援するため東奔西走したというふうに書かれています。
そして渡政は、それに続いて、関東大震災の時、彼は獄中にいたので、後で話を聞いたわけですが、近藤広造の活動について、こう書いています。
「殺される前日であった。鮮人を虐殺している現状を見るに見かねて、自警団に注意したために今少しで彼らに殺されそうになったという話がある。そういう場合、近藤君の気質としてどんな迫害があろうとたとえその場で殺されようと黙ってその暴虐を見ていられないのであった、そういう美しい精神をもっている人こそ、真の労働運動者であるのだ。そうだ近藤君こそ、本当の労働運動者であった。革命児近藤君は、とうてい畳の上で死ぬような人ではなかったのだ、コミュニスト近藤君の死所はヤハリ街頭であった」
なかなか烈々たる追悼文を書いています。渡辺政之輔と同じように近藤広造も朝鮮人差別を許さない立場にたっていて、そして目の前で起きている朝鮮人虐殺という暴虐に対して立ち向かった。これを渡政が「本当の労働運動者」として称えているわけですが、私たちもこういう先輩がいたということを誇りに思います。
関東大震災での朝鮮人虐殺問題は、今も歴史認識の重大な争点になっています。昨年と今年と(2017~18年)、従来、東京都知事が追悼文を送っていた、日朝協会が行っている墨田区横網町公園での関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典に対して、小池百合子都知事が追悼文を送るのをやめるということがされました。これは本当に、民族差別を背景にした朝鮮人虐殺、加害の歴史を風化させる、忘れさせるということにつながるものです。
日本共産党都議団も厳しく抗議したわけですが、こういう意味でも、関東大震災の下で何が起きたか、それに対して共産党や労働運動の先輩たちがどう立ち向かったか、学び語り継いでいくというのは、今日的にもたいへん大事な課題だと思います。(以下略)

2023年8月28日 (月)

野党は共闘!

つなぐ・つながる通信2023/8/12から転載します市民連合と「市民と野党をつなぐ会@東京」

市民連合と市民と野党をつなぐ会@東京の野党共闘を進める為の柔軟且つ継続的な活動には頭が下がります。

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(1)立憲民主党(泉健太代表、岡田幹事長、大串選対委員長)。

市民連合(佐々木、高田、福山、竹内)、

市民と野党をつなぐ会@東京(松井、鈴木、韮澤、大西)

*泉代表: 立憲民主党は論憲の政党である。我が党は9条狙い射ちの改憲

にはくみしない。広い国民支持を集めるために、中道から穏健保守までを

含めた幅広い層からの支持を集めたい。いかに多数派を形成していくかに

取り組んでいる。今日のお話も受け止めて前へ進んでいきたい。

*岡田幹事長: 単に政党同士の野党共闘ではなく「市民と野党の共闘」

と考えている。市民連合の政策にそれぞれ政党が賛同するという

ブリッジ形で共闘していくというスタンスは変わらない。

 

 

(2)日本共産党(志位和夫委員長、小池書記局長、田村副委員長)

市民連合(中野、高田、土井、福山、竹内)、

市民と野党をつなぐ会@東京(松井、韮澤、岡本、山下)

*志位委員長: 要請の趣旨は全面的に賛同です。政治の現状に対する

危機感は同じ。市民と野党の共闘は難しい局面があるが、乗り越えていく

努力をしていきたい。単なる候補者調整ではなく選挙協力を求めたい。

 

(地域ごとの共闘合意の形成については)中央レベルでの合意が

ないと難しい。地域で合意しても全国レベルで実現される保証がない。

また候補者調整は対等平等で譲り合っていくことが大事。

全国的な調整が発生してくるので、やはり中央での合意は必要。

選挙協力をやりましょうというよびかけがあれば、(泉発言を)撤回

しますと言わなくても同じことなので構わない。

 

(市民と野党の共闘の経過と到達点について)2015年から足掛け8年

市民連合と一緒にやってきた。共闘が危機になったときには、

いつも市民連合に背中を押していただいた。2021年総選挙の評価は

『野党共闘の失敗』と一部メディアは書いたが、私共はそう思っていない。

20項目の政策合意はいい内容だった。立憲との政権合意も出来た。

59の選挙区で共闘候補が勝った。自民党の大物を落とした。これは

野党共闘の成果。しかし残念ながら立憲・共産が比例で落とした。

これは政党の側の問題で、共闘の失敗ではない。

ここまでやってきた到達点をさらに前へ進める必要がある。

野党共闘の道へ踏み出して良かったと考えている。

 

(中野晃一さんからの「野党共闘か?党の主体性強化か?という

問題設定は誤った2択だ」という提起について)比例の問題は政党の

責任で努力すべき問題であり、誤った2択については同感である。

それぞれの党が魅力を発信した上で共闘をしていくことが大事。

 

 

(3)社会民主党(福島みずほ党首、服部良一幹事長)

市民連合(中野、高田、土井、福山、竹内)、

市民と野党をつなぐ会@東京(松井、韮澤、岡本)

 

*福島党首: 市民連合の働きかけに心から感謝。思いは一緒です。

憲法破壊と軍拡を変えたい。そのためには市民と野党が共闘して、

未来を提言することが大切。政党ごとに違いがあるのを承知したうえで、

悪政を変える立場で、こういう社会を目指しているという大きなところで

一致して進めていきたい。社民党はつなぎ役も担える位置にいる。

選挙協力の場合、社民党はギブ&ギブになる。それは悪政を変えたいから。

各地域で5党と連合のそれぞれの関係は異なる。

各地域の実情に合わせて組んでいくべきだと思う。

 

 

(4)れいわ新選組 (くしぶち万理共同代表)

市民連合(福山、竹内)、

市民と野党をつなぐ会@東京(松井、鈴木、韮澤)

*くしぶち共同代表: いただいたご意見の趣旨に大いに賛同です。

れいわは、国民の利益を第一に考えて、前回の衆議院選挙で、

消費税5%を約束して候補者を降ろしてきた。東京8区(山本共同代表が

選挙区から比例に回った)では残念な状況があり、これについては、

きちんとした総括が必要だ。通常国会でも戦う野党の復活をかかげた。

野党共闘は、国民のために政策を実現するためのものでなければならない。

日本には、平和憲法や民主主義を培ってきた経緯がある。核についても

どちらを選ぶのかの岐路に立たされている。維新の東京進出は阻止したい。

立憲にはブレずに戦う姿勢をもってほしい。そこが共闘のもとになる。

 

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・泉発言の公式撤回にはこだわらないという志位委員長発言は大きな

一歩です。引き続き、プランAとプランBの両方で推し進めましょう。

 

プランA:政党の中央で選挙協力の合意をつくり、

地域で共闘を進める正攻法。

プランB:もし中央での合意が中々出来なかったとしても、

勝利の可能性のある小選挙区においては、候補者の一本化を追求する。

共闘の立場に立つ候補者(地域によって所属政党は異なる)を

数多く当選させることによって、政党内部で共闘路線が

力を得ていく好循環をつくり出す。

 

・写真と報告は、つなぐ会HPに公開しています。

https://tunagu2.jimdofree.com/

・市民連合HPで、要請文書と報告詳細もご覧ください。

https://shiminrengo.com/archives/7055

 

2022年5月31日 (火)

大門実紀史さんの最新本「やさしく強い経済学」を読みました。

大門実紀史さんの最新本「やさしく強い経済学」を読みました。

多くは今まで見聞きしたことでしたが体系的に整理されていたので体系的に理解出来ました。

私が付箋を貼ったところを演説に使えるように箇条書きで紹介します。

1,1980年には実体経済と金融資産の額はほぼ同じでしたが、80年代以降は金融資産が急膨張し、リーマン・ショック前の2007年には金融資産が実体経済の3.5倍強に達しました。

2,新自由主義の4つのウソ

  • 企業の利益が増えればいずれ国民に分配される。

(岸田首相が「成長から分配へ」と言っているのはトリクルダウンを日本語にしただけ)

  • 市場原理に任せておけばすべてうまくいく
  • 税のフラット化、累進課税から税率一律にし、大企業減税進めれば経済が活性化する
  • 「多様な働き方が経済を活性化し、人々のニーズにこたえる」

3,日本は成長できない国になった

名目成長率   米国 3.65%、英国1.48% 日本0.06

実質賃金伸び率 米国1.41倍、英国1.48倍、日本1.05

4,共産党の内部留保課税案の三つの効果

  • 行き過ぎた大企業優遇の現在を一部取り戻す
  • 賃上げ分は課税対象から外すので賃上げ促進効果がある
  • 国内設備投資額を課税対象から外すので「グリーン投資」を促進する

(この間の不公平な減税が内部留保の原因であり減税し過ぎた分を返させるもので「二重課税」には当たらない。消費税こそ我が国最大の「二重課税」

5,格差是正こそ経済成長につながる

岸田首相は「新自由主義は経済成長をもたらしたが弊害もあった」というがそれは違う。

経済成長に寄与するどころか格差を広げ成長の足を引っ張ってきた。だから日本はこの20年成長できない国になった。新自由主義に弊害がったというより、新自由主義そのものが弊害だった。

6,所得1億円を超えると所得税の負担率が下がる

株式譲渡所得(キャピタルゲイン)への税率が一律20%(所得税15%、住民税5%)

給与所得や事業所得が最高45%課税されるのと大違い。

富裕層は株式譲渡所得が所得の多くを占めているため。

7,「富裕税」を創設せよ

純資産が5億円を超える部分に対して0.53%程度の範囲で累進課税する。

対象は千人に一人の富裕層

8,消費税を減税せよ

33年の合計で消費税分は法人税現在にほぼ等しい

消費税税収は476兆円 

法人3税は324兆円減+所得税・住民税289兆円減=513兆円減

9,消費税減税は世界の流れ

コロナ禍と物価高の中世界81か国で現在している。

  • 国民生活支援
  • 中小企業・事業者支援

10、インボイスなんかいらない

インボイス制度導入の最大のねらいは更なる消費税増税への布石

複数税率のもと正確に消費税額を把握するためというが欧米と違い二段階しかないので従来の仕入れ税額控除で十分計算できる。

11,賃上げと社会保障が日本を救う

最低賃金1500円で月21万円になり一定の生活水準が確保出来る

同時に中小企業を支援する

米国では最低賃金を41%上げ540万人の賃上げを行い8800億円の中小企業を支援した。

OECD14位で韓国より低い

米国はバイデン政権で時給15ドルになりドイツのショルツ政権は年内に1580円にする。

12,社会保障の充実が日本を救う

経済成長率と税と社会保険料の国民負担率の間に相関関係はない

経済波及効果という点でも社会保障は優れている。

・・

ジェンダー平等やデジタル社会論や教育改革にも見るべきものがありますがこの位にしておきます。

 

ひらがなが非常に多く、安倍晋三の名前などにフリガナが付いているのに驚きましたが読みやすくする配慮なのでしょう。

全体的に非常に平易です。

深い内容を読みやすくしてくれています。

著者の前書きから紹介して終わります。

 

「新自由主義が閉塞感のただよう時代にしてしまいました。しかし、たたかいは絶望からはうまれません。希望からうまれます。本書が希望を見出す一助となり、現場のたたかいを少しでも勇気づけるものになれば幸いです。

2022年5月 大門実紀史」

以上です。

参考 路上のラジオ

https://youtu.be/Xi8YlB_SBxQ

2022年5月26日 (木)

ある人との会話

Facebookでのある人とのやり取りを紹介します。

7項目あります。★が私の意見です。

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大津留公彦様 ご丁寧に参考資料としての「日本共産党第22回大会決議抜粋―憲法を生かした民主日本の建設を」をご紹介頂き、有り難う御座います。早速、拝読させて頂きました。貴方が平和主義者であることは十分に理解しております。そして、私も可愛い子供や孫の時代に、残虐な戦争で、個人的に何の恨みや利害関係のない他国の人たちと殺し合うことは避けるべきとの強い考えを持っております。その点では、同じ立場ですが、共産党の決議に対しては、以下の疑問又は批判を提示させて頂きます。 1.憲法とは法体系の最上位に位置するもので有り、政治運営の基本方針は憲法に合致する事が法治国家ということです。即ち、憲法で戦力としての自衛隊の存在を認めるかどうかを明確にし、その上で、自衛隊の存在を決定する必要があると思います。

 

★1、憲法は法律の上の最上位のものであることは論を待ちません。

その憲法に違反する事態は是正されなければなりません。

憲法9条で軍隊は持てませんからアメリカの意向で軍隊でない警察予備隊を作りそれが自衛隊になった訳ですが政府は軍隊ではないと言い続けてきました。軍隊を無くすのが筋でする。

ましてや外国の起こす戦争に参加する。安保法制は廃止すべきです。

 

2.文学や思想の世界では理想や夢を語ることは個人の頭の世界で有り、自由です。一方、法律の世界では、現在の現実の世界を対象としており、全ての事に対して、適用可能な明確な判断基準を規定する事が必須です。

★2 憲法は「文学や思想の世界」の話ではありません。憲法9条は世界で最も進んだ平和規程であり、アメリカと一緒に戦争をしたい立場からは9条が邪魔ですが、国民の多くは9条改定に反対です。

3.紹介頂いた共産党決議に以下の様に記載されております。「我が党は、改憲派がとなえる様な自衛隊の現実にあわせて9条を取り払うという方向での解決でなく、世界史的にも先駆的意義を持つ9条の完全実施にむけて、憲法違反の現実を改革していくことこそ、政治の責任であると考える。」。自衛の為の軍隊が必要で無い世界は、人類の将来の理想や夢であり、思想や文学の世界では優先的に考えるのは構わないが、現在の現実の世界に適用する法律体系の最上位の憲法においては、夢や理想を語っては駄目だと言うことです。

★3 日本国憲法は自由民権運動の成果を含んでおり憲法9条は「夢や理想」ではなくこれからのは国際政治を考えた場合最も現実的だと思います。

4.即ち、法律体系の最上位の憲法は、戦争がまだありうる現実の世界を対象とし、自衛の為の戦力保有の方針を明確にする必要があると言うことです。

★4 憲法の9条を変え日本を戦争できない国という高級ブランドを捨てて戦争をする低級ブランドにしてはいけません。

5.憲法第九条で、戦力としての自衛隊の存在を否定しながら、現実には自衛隊の存在を容認するという考えは、憲法そのものをないがしろにすることです。

★5今の保守政権の元の自衛隊増強と9条改定に反対です。民主的な政権が出来きた場合の自衛隊も使った自衛が当然です。

参考

 

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik22/2022-04-24/2022042404_01_0.html

 

6.自衛の為の戦力が必要の無い世界になった時点で、憲法で戦力不保持を明記すれば良いのです。それまでは、自衛の為の戦力も持つ限りは、憲法違反とならないように、憲法ではっきりと自衛の為の戦力保持を明記すべきです。

★6憲法違反とならないよう現実をこそ変えるべきです。先人の作った世界一の憲法を御都合主義で変えてはなりません。

7.大会決議で以下のように記載されております。「第一段階は、ーー―また世界でも軍縮の流れが当り前になっていく時代に、軍拡に終始をうって軍縮に転じることも急務となっている。」。独裁国家中国が、軍事費を増強し続け、最近では日本の軍事費の56倍となり、南シナ海の岩礁を軍事化しないと言いながら今では軍港と基地を備えた軍事基地化した実態、尖閣諸島周辺での領海侵犯拡大、更に独裁国家ロシアによるウクライナ武力侵略という現実を全く無視した認識である。まだまだ、自衛の為の戦力を必要としない世界は先の話です。外交努力は重要であるが、残念ながら、外交努力が通用するのは民主主義国家間であり、独裁国家に対しては限界があるということです。

 

★7 各国を縛る国連の憲章がある訳ですから、独裁国家に対しても国際憲章と国際法と決議の遵守を迫るべきだと思います。国連軍なら別ですが個別の国が排除の軍事論理で自民党にように先制攻撃でことを起こそうとすることは結局は戦前の日本のように破滅的な結果に至ります。

2022年1月28日 (金)

共産党の「4中総」決定と参院選

ペガサス・ブログ版の「共産党の「4中総」決定と参院選」

が読ませる。納得する点が多い。特に私にとっては少し関わりがあっただけに

「2006年に同様の、野党共闘を求める運動に対して、「市民運動による無原則的な政党への介入」と口を極めて非難し、否定した[注7]。その時は野党共闘はダメで、現在は可という判断の違いについて説明を聞いたことがない。」

という点は今後の市民と野党の共闘を考えるなら少し時間が経っているが遡って自己批判すべきことだと思う。

詳しくは全文を読んで頂くとして「志位委員長の幹部会報告について」の部分を紹介します。

 (b) 志位委員長の幹部会報告について
総選挙の総括では、「野党共闘で政権交代を」という最初のチャレンジとして歴史的意義を強調している。最後の一週間に共産党の勢いの失速が起きた、「支配勢力の必死の攻撃に対して、それを上回る必死さで反撃する点で弱点があった」、早い段階でも勢いを作れなかった、と述べている。要するに、戦略・戦術についての分析は見つけられず、ただ「頑張りが足りなかった」としか言っていないように思える。

野党共闘を評価し今後も発展させるという方針、それにはもちろん大賛成だが、一方で、過去にこれに背を向けたことへの反省は、これまでも一貫して見られない。今回、「市民連合」の役割を高く評価しているが、2006年に同様の、野党共闘を求める運動に対して、「市民運動による無原則的な政党への介入」と口を極めて非難し、否定した[注7]。その時は野党共闘はダメで、現在は可という判断の違いについて 、これまで共産党の側の説明を聞いたことがない。私には大差ないように思える。さらに、もしその時点で野党共闘の努力が追求されていたら、その後の十数年に及ぶこの国の政治の劣化も相当程度食い止められたかも知れず、安倍の登場を許さなかったかも知れないとも思う。

総括がないという点では、原発問題も同様。「脱原発」派を「科学の進歩を否定するもの」と批判した過去がある。原水禁運動の分裂の原因についても総括がないのは同様である。(原水禁運動の分裂問題の私なりの総括は「日本の科学者」2020年4月号に掲載の文章を参照下さい。[注8])

(c) 報告にも結語にも出てこないこと
c-1関西生コン労組弾圧事件
労働組合「関西生コン」の通常の組合運動や争議行為に対して、2018年8月から大阪府警・滋賀県警・京都府警による組合員の大量逮捕・起訴という事件が起きている。「1960年の三井三池争議や86年の国労への攻撃にも匹敵する事件」[注9]とも言われるこの件に今回の総会で触れなければならないというわけではないが、しんぶん赤旗や党幹部がこれに言及したことは全くないのではないか。社会新報や岩波「世界」は数年前から詳しく取り上げているが、共産党の無関心が目立つ。

これは、単に労働事件への無関心の問題にとどまらず、社会運動、労働運動への党の姿勢に関わるもので、ひいては選挙にも大きく影響する。2(1)の項で述べたように、大衆行動、直接行動を等閑視し、選挙だけを偏重するという誤りにつながるからである。

c-2 南西諸島の軍事要塞化の問題
南西諸島(琉球弧)の自衛隊新基地建設による軍事要塞化問題の位置付けが弱い。それどころか、報告でも結語でも全く触れられていない。焦点となっている奄美大島、馬毛島、宮古島、与那国島、石垣島の地名も全く出てこない。辺野古の新基地建設問題も重要であり、当然強調されているが、差し迫った戦争につながるリスクという意味では、辺野古より格段に重要である。

これらと密接に関連する尖閣問題では、「日本の領有権」を一面的に強調し、1972年の日中共同声明の際の尖閣諸島問題の「棚あげ」合意には全く触れられることがない。このような共産党の姿勢を、弁護士の内田雅敏氏は「領土ナショナリズムの陥穽にはまってはならない」という題の論説で批判している(東愛知新聞、2020年12月28日[注10])。バランスを欠くという点では、2の(3)で述べた北朝鮮のミサイル問題への共産党の対応とも共通する。

2019年11月 7日 (木)

11月6日の衆議院予算委員会での共産党塩川鉄也議員の質問とそれへの回答の要約

11月6日の衆議院予算委員会での共産党塩川鉄也議員の質問とそれへの回答の要約
この前の無所属の今井議員の時の安倍総理のヤジが問題になっているがこちらのベネッセの話も問題です。
要約及び意訳を箇条書きで書きます。
詳しくはyoutubeを見てください。
ーー
Q 2大臣は適材適所だったのか
A (総理)副大臣をどちらも務め適任と思った
Q 答えてない。答えられないなら不適格だった事になる。
A 本人達が説明責任を果たすと言っている
Q参考人として読んで頂きたい→(議長)理事会で検討する
6団体の英語の試験を2度受けるこの制度は地域格差や経済格差を生み教育の機会均等に反しないか?
A機会均等は大事
Q延期したから済む問題でない。教育再生実行会議は安倍総理が実行している会議ですね。
A私が議長です。
Q責任をどう感じるか?
A(萩生田)一年で結論を出す。
Q総理の認識を聞いている。
大学入学共通テストを民間に丸投げしたのでは機会均等を確保出来ないのでは?
「何れにせよ」という答弁をやめて欲しい
A(役人)一般競争入札で記述式問題の採点は、5年間で約61億円で「学力評価研究機構」に発注した。
Q これはベネッセの出資企業ですね。ベネッセは英語試験団体GTECジーテックもやっている。
ベネッセは成長目標7%で対策本でも利益出せると経営戦略を掲げている。出題と採点が同じ企業は問題ではないか?
A (以下萩生田)内部で部門を分けているので大丈夫。
Q ベネッセは秘密漏洩事件を起こしている。民間丸投げは間違っている
A民間ありきではない。その事も含めて一年間かけて検討する。
Q そこまで延期した2024年は共通一次テストをやめる年でありそれに合わせただけではないか?理科や社会にも記述試験を導入する年でもある。
萩生田大臣は辞任すべきであると要求して試験を終ります。
以上です
映像
https://youtu.be/njQkTNTjZdc

 

2019年9月25日 (水)

資本論の歴史を追ってー不破哲三氏の講演から

『資本論』の歴史を追って

新版『資本論』刊行記念講演会『資本論』編集の歴史から見た新版の意義

不破哲三党社会科学研究所所長の講演(詳報)

から太字部分を引用しながらコメントします。

(写真)講演する不破哲三氏=20日、東京都新宿区

1、『資本論』の歴史を 振り返る

「『資本論』には37年の歴史があります。

1865年の大転換

 不破氏はまず、『資本論』とその草稿全体を執筆順に並べて紹介しました。

 (1)『1857年~58年草稿』 『資本論』の最初の草稿で、7冊のノートから成りたっています。

 (2)『経済学批判』(1859年刊行) 経済学研究の最初の部分、商品と貨幣の部分をまとめたもので、草稿ではなく出版されたものです。

 (3)『1861年~63年草稿』 23冊の膨大なノートです。

 (4)『資本論』第1部初稿(1863年~64年夏) 題名を『資本論』と変えてまず書いた草稿です。

 (5)第3部第1編~第3編(1864年夏~12月) 第2部「流通過程」を飛ばしたのは、執筆するにはまだ研究不足と思ったからと思われます。

  ここまでを“前期草稿”としマルクスが1865年に第2部第1草稿を書く中で「恐慌の運動論」を発見した後と区別した。

 前期の草稿と後期の草稿と何が一番違うのか。それは、「恐慌の運動論」の発見により、資本主義社会がなぜ没落して社会主義社会に変わるのかという資本主義の没落論が大きく変わったことです。

 “前期草稿”では、「利潤率の低下の法則」を革命に結びつけて、利潤率が下がるから恐慌が起きる、そして恐慌が起きるから革命が起きるという「恐慌=革命」論に立っていましたが、新しい恐慌論は、恐慌は利潤率の低下から起きるのではなく、資本の再生産過程に商人が介入することが恐慌を引き起こすことになると変わった。

  マルクスの経済学の要は二つあります。第一は、なぜ資本主義が封建社会にかわって生まれ発展したのかを解明した部分で、マルクスはこれを資本主義の「肯定的理解」と呼びました。第二は、資本主義がなぜ矛盾が大きくなって次の社会に交代するのかを解明した部分で、マルクスはそれを資本主義の「必然的没落の理解」と呼びました。

 不破氏は「第2部第1草稿での新しい恐慌の運動論を軸にして『必然的没落』の理解がすっかり変わってしまった。このことを『資本論』の歴史を見るときにしっかりつかんでいただきたい」と強調しました。

 エンゲルスは大転換以前の第3部の初めの部分と発見後の後の部分を同じように考えて編集してしまうという大きな問題が残ったのでした。

直ちに新しい没落論へ

 この時期マルクスは第一インターナショナルの仕事をしながら資本主義のもとでの生産手段の巨大な発展が次の社会の物質的土台を準備するとともに、搾取と貧困、抑圧の増大に対する労働者階級の闘争、「資本主義的生産過程そのものの機構によって訓練され結合される労働者階級の反抗」こそが資本主義の没落の推進力となることを解明した。

むしろ第一インターナショナルの仕事をしていたからこそこの転換に至ったのかも知れないとも思う。

2、エンゲルスの編集史と 後継者の責任

 エンゲルスは、残された第2部、第3部の膨大な草稿にもとづいて、『資本論』編集の仕事にかかりました。

 しかし、これは容易な仕事ではありませんでした。

マルクス流「象形文字」の解読 

 編集にとりかかるには、まずマルクスの草稿を解読する仕事がありました。マルクスの筆跡は「象形文字」といわれるほどの悪筆で、それを読めるのはマルクス夫人亡き後はエンゲルスだけでした。

10年かかった第3部の編集 

 第3部は1885年2月から口述筆記を始めて7月には完了しました。このとき、エンゲルスは第3部を読んで受けた感銘を各方面に書き送っています。

 口述が終わり、1888年から第3部の編集が始まりましたが、編集は困難を極め、最後の2編を印刷所に送ったのが94年5月でした。10年近い歳月をかけて生み出されたのが現在の第3部で、これで、『資本論』全3部を世界が手にすることができるようになったのでした。

 その10カ月後、1895年8月、エンゲルスは死去しました。「まさに『資本論』に命をささげたといっていいと思います」(不破氏)

悪条件のもとでの編集作業 

 不破氏は「こういう困難を極めた歴史的条件のもとでエンゲルスは最善を尽くしたと思います。その努力があったからこそ、『資本論』の全体像が後世に伝わることができました。これはエンゲルスならではの歴史的功績だったと思います。私は今回、改めてその全経過を振り返って、その意義を痛感しました。後の機会に、エンゲルスの苦闘の経過をまとめて紹介する仕事を自分の課題にしたい気になりました」と語りました。

エンゲルス編集の歴史的到達点に安住せず、その問題点を調べて解決するのは、新しい条件を得たわれわれの責任だと思います。その責任を果たしたのが、今回の新版の大きな特徴・成果だということを報告したいと思います」と強調しました。

3、現行版の編集上の問題点

資本主義の「必然的没落」論と恐慌論 

 エンゲルスの編集の現行版の最大の問題点は、現行の『資本論』への発展の起点となったと意義付けた第2部第1草稿における新しい恐慌の運動論が見落とされたことでした。

  そこから二つの問題が生まれました。

 第1は、マルクスが克服した「利潤率の低下→恐慌→社会変革」という古い没落論が第3部に残ってしまったことです。そのため、第1部で展開した労働者階級の闘争を軸にした新しい革命的な没落論が全面的にはとらえられないようになってしまいました。

 第2の問題は、新しい恐慌論の本格的な説明が欠けたことです。第3部第4編の「商人資本」論の中である程度の解明はあるのですが、「商人資本」の特殊な説明として受け取られ、読み過ごされる形になってしまいました。

 新版では、第2部第1草稿の恐慌論の全文を掲載して、マルクスの恐慌論の到達点を正確に示すことにしている由。

そのほかの一連の問題

マルクスは、本文とは別に参考記事を書いて試行錯誤しているがそれが本文に入り込んでいる由。「蓄積と拡大再生産」(第2部第3編第21章)など

 新版では、『資本論』に入るべきではなかった草稿が部分的に入り込んでしまった事実が分かるようになっている由。

未来社会論の取り扱い

 重要な問題として、第3部第7編第48章「三位一体的定式」の最初に近い部分にある未来社会論の取り扱いがあります。

 ここでマルクスは、社会における人間の活動を二つの部分に分け、社会を維持するための物質的生産に参加する時間を「必然性の国」、それ以外の自分が自由に使える時間を「自由の国」と呼び、自由の時間を持つほど人間は発達することができる、未来社会=共産主義社会ではみんなが平等に労働して労働時間が短縮され、みんなが豊かな「自由の国」を持つようになる、それがまた「必然性の国」に反作用して労働時間が短くなって社会は発展するという壮大な未来社会論を展開しました。

 不破氏は「私たちも、新しい党綱領をつくるときに、初めてこの文章を発見しました。これほど重要な未来社会論が見落とされたのは、この章の編集の仕方に一つの原因がありました」と述べました。

 ここは大事な所です。

元横国大の萩原伸次郎さんは社会主義・共産主義のキーワードは「自由な時間」だと先生から習ったと挨拶で語っていた。みんなが豊かな「自由の国」を持つようになる事が社会主義・共産主義の目的なのでしょう。

 新版では、未来社会論を、マルクスの草稿どおりこの編の冒頭において区別を付けて、その独自の意義の分かる訳注を付けたようです。

4、新版『資本論』刊行の 歴史的な意義

 「今年は、エンゲルスが『資本論』第2部を刊行してから134年、第3部を刊行してから125年にあたる年です。この間、日本でも世界でも『資本論』の多くの諸版が発行されてきました。しかし、エンゲルスによる編集の内容そのものに検討を加え、残された問題点を解決して、マルクスの到達した理論的立場をより鮮明にする、こういう立場で翻訳・編集した『資本論』の新版の刊行は、これまで世界に例がないものです。

 それだけに、私たちは当事者としてその責任の重さを痛切に感じています。

 私たちは、エンゲルスが十分に読み取る機会と条件のなかった『資本論』成立の歴史を、資料の面でもこれだけ明らかになった現在、この仕事をやりきることは、マルクス、エンゲルスの事業の継承者としての責任であり義務であると考えて、この仕事に当たってきました。そして、今回、発刊する新版『資本論』は、エンゲルスが資料も時間も十分に持たない中で行った編集事業の労苦に思いを寄せ、その成果を全面的に生かしながらマルクスの経済学的到達点をより正確に反映するものになったことを確信しています。現代の日本で、また広くは現代の世界で、マルクスの理論を指針として社会の進歩と発展に力を尽くそうとする多くの人々が、この新版『資本論』を活用していただくことを心から願って、私の話の結びとするものです」

――

説得力のある話でした。

草稿を全部机の上に並べて真ん中辺りの本から前期草稿と後期草稿に分けての説明はビジュアル的で印象深いものでした。

マルクスの「恐慌の運動論」の発見が、恐慌は利潤率の低下から起きるのではなく、資本の再生産過程に商人が介入することが恐慌を引き起こすことになると変わった事は、革命論の根本が変わったと言ってもいいかもしれません。

「恐慌の運動論」というのは不破さんの命名だそうですから、「不破哲三」の名前は「恐慌の運動論」の名づけ親として残るのかも知れません。

引用ばかりになりましたが全文を読んで頂くか映像を見て頂ければと思います。

 

思い起こせば不破さんの話を最初に聞いたのは通っていた大学の講堂で半世紀近く前です。

 今回JCPサポーターメールで案内があり抽選に応募したら当たったので同時配信の映像を見てもよかったのですがやはり参加して不破さんの元気な姿を見ることが出来て良かったです。

最後に少し高くなった演壇を降りる時にずっこけそうになられたのにはハラハラしました。

来年1月に90歳になられる不破哲三さんのご長寿を願います。

 

2019年925日 大津留公彦

 

文字)新版『資本論』刊行記念講演会『資本論』編集の歴史から見た新版の意義

不破哲三党社会科学研究所所長の講演(詳報)

映像)

本)新版『資本論』

畢生の大著ー資本論 志位和夫氏の挨拶から

畢生の大著

新版『資本論』刊行記念講演会「ルールある経済社会」と『資本論』――新版『資本論』刊行によせて志位委員長のあいさつ これまでの訳書を全面改訂―それを可能にした二つの条件

からの引用とコメントをします。

新書版の完結からちょうど30年で改定が可能となった二つの条件

 一つは、マルクスが残した『資本論』の膨大な草稿の主要な部分が、『資本論草稿集』などの形で日本語訳としても刊行されて、マルクス自身の研究の発展の過程を、私たちが読む条件がつくられたこと

 いま一つは、その『資本論』の草稿の研究によって、エンゲルスによる『資本論』第2部・第3部の編集のたいへんな苦労や功績とともに、その問題点も明確となり、それを前向きに解決して、マルクスが到達した理論的な立場を、より明確にする条件がつくられたこと

この背景にはインターネットの発達で全ての関連文書は直ぐに見る事が出来るようになった事が大きいと思う。それでマルクスが引用した各種英国資料が直ぐに読めるようになったと同時にエンゲルスによる編集上の問題点も検討・解決し、訳文、訳語、訳注の全体にわたる改訂を行うことも出来たのだと思う。

マルクスが到達した理論的立場が奥行きをもって立体的に――「ルールある経済社会」の基礎となる諸命題も

一例をご紹介。

 日本共産党綱領は、当面する経済の民主的改革の内容として、国民の暮らしと権利を守る「ルールある経済社会」をつくることを中心課題にすえています。『資本論』には、私たちの綱領のこの方針の基礎となる大事な解明が、随所にちりばめられています。

“大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!”……」――資本への社会的規制が不可避になる

 たとえば第1部第8章「労働日」の叙述です。

 マルクスのこの言葉は非常に有名ですが、志位さんはカンブリア宮殿でのやり取りを紹介しています。

 私は、以前、2008年のリーマン・ショックの後に「派遣切り」が問題になったさいに、それを主題にしたテレビ番組に出演したときに(09年1月放送、テレビ東京「カンブリア宮殿」)、テレビ局の側から「『資本論』からの引用で一言でわかるものを紹介してください」という注文を受けまして、たいへんに難しい注文でありますが、次の命題を紹介したことを思い出します。

 「“大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!”これがすべての資本家およびすべての資本家国民のスローガンである。それゆえ、資本は、社会によって強制されるのでなければ、労働者の健康と寿命にたいし、なんらの顧慮も払わない」(新書版(2)464ページ)。

 この一文を読み上げましたら、司会で作家の村上龍さんが「マルクスはやっぱりいいことをいいますね。いまでも生きていることを」といい、女優の小池栄子さんが「マルクスといま初めて触れ合いました、私」とのべ、マルクスが現代に生きているということが、この一文で伝わったということを、とても印象深く心に残っています。

この番組は私も記憶があります。両司会者が納得していたのを覚えています。

 資本は、最大の利潤をくみ上げるためには、労働者の健康や寿命に何らの顧慮も払うことなく、労働時間の非人間的な延長を追求する。しかし、そうなれば、労働者階級全体が精神的にも肉体的にも衰退し、社会全体が成り立たなくなる――「大洪水」がやってくる。その「大洪水」を止めるには、社会による「強制」によって、労働時間を規制するしかない。社会のまともな発展のためにも資本への民主的規制から避けて通れなくなる。マルクスは、このことを痛烈な言葉で語ったのであります。

この文章は誰にでも納得性のある言葉だと思います。特に非正規労働で苦しめられている人たちには、維新の労働者分断の訴えよりも胸を打つものだと思います。

労働者の役割と労働組合の存立の基礎だと思います。

 「自分たちを悩ます蛇にたいする『防衛』のために、労働者たちは結集し、階級として一つの国法を、資本との自由意志的契約によって自分たちとその同族とを売って死と奴隷状態とにおとしいれることを彼らみずから阻止する強力な社会的バリケードを奪取しなければならない」(新書版(2)525ページ)。

 「社会的バリケード」という言葉はこの版ではじめて使われたそうです。前の版がどういう言葉だったのか気になります。労働基準法などの 「社会的バリケード」がどんどん壊されて行っているがそれは社会そのもののバリケードも壊して行っていると思う。

工場立法の一般化は、未来社会にすすむ客観的・主体的条件をつくりだす

 「工場立法の一般化は、……新しい社会の形成要素と古い社会の変革契機とを成熟させる」(新書版(3)864ページ)。

 マルクスはここで、二つ側面から「社会的バリケード」のもつ意義を解明しています。

 第一は、古い生産の諸形態をしめだし、労働過程の全体を「社会的規模での結合された労働過程」に転化することを促進し、「生産過程の物質的諸条件および社会的結合」とともに、資本主義の胎内で「新しい社会の形成要素」を成熟させるということです。

 第二は、工場立法の一般化によって、労働者に対する「資本の直接的なむき出しの支配」が産業全体に広がり、「資本の支配に対する直接的な闘争」を一般化させ、「古い社会の変革契機」を成熟させるということです。

 こうして『資本論』では、この工場立法を、社会変革の客観的条件と社会変革の主体的条件という側面の両方から、統一的にとらえています。

 「綱領でのべている『ルールある経済社会』とは、資本主義の枠内で実現すべき目標ですが、それを綱領で『ルールある資本主義』と表現していないのは、『ルールある経済社会』への改革によって達成された成果の多く――たとえば労働時間の抜本的短縮、男女の平等と同権、人間らしい暮らしを支える社会保障などが、未来社会にも引き継がれていくという展望をもっているからです」

『ルールある経済社会』かという『ルールある資本主義』という問題については思い出がある。紅林進さんの「民主制の下での社会主義的変革」の中で[「ルールある資本主義」や「よりましな資本主義」の主張にとどまるのでなく、資本主義自体の問題性と限界を明らかにし、資本主義に代わる社会主義のビジョンを積極的に提示してゆくべきである。]という部分が誤解であり『ルールある経済社会』へと日本共産党がまさに今、努力している事だろうと書きこれは紅林さんの激励的提起だと書いた。(「社会主義って何だ、疑問と討論」所収)

このルールは未来社会を作り出す契機となる事でしょう。

恐慌の運動論」の発見はマルクスの資本主義観、革命論を大きく変えた

「ルールある経済社会」の基礎となる一連の解明は『第1部完成稿』で初めて行われた

 いわゆる『61~63年草稿』にも、これらの命題の萌芽となり、起点となる考察がのべられています。しかし、『第1部完成稿』では、それが階級闘争の生き生きとした歴史的叙述をふくむ大長編の叙述に大きく変わりました。そのことについて、マルクスはエンゲルスにあてた手紙で、「『労働日』に関する篇を歴史的に拡大した」「これは僕の最初のプランになかったことだ」(1866年2月20日)と書き送っています。

  これらは、『61~63年草稿』から66~67年の『第1部完成稿』までの間に、マルクスの資本主義観に大きな転換が起こったことを示しています。

破局的な危機を待つのでなく、労働者階級のたたかいによって革命を根本的に準備する

 それは、マルクスが、1865年前半の時期に、恐慌論にかかわって大きな発見を行ったということです。

不破さんの命名だという「恐慌の運動論」は「恐慌=革命」説を乗り越えて資本の再生産過程に商人が入り込むことによって、再生産過程が商品の現実の需要から独立した形で、「架空の需要」を相手にした架空の軌道を走りはじめ、それが累積し、破綻することによって恐慌が起こるというものです。歴史的にも恐慌即革命とはならないのは最早自明でしょう。

 この「恐慌の運動論」の発見は、マルクスの資本主義観を大きく変え、革命論も大きく変えるものとなりました。すなわち、あれこれの契機から始まる破局的な危機を待つのではなく、資本主義的生産の発展のなかで、社会変革の客観的条件と主体的条件がどのように準備されていくかを全面的に探求し、労働者階級のたたかい、成長、発展によって革命を根本的に準備していく。これが革命論の大きな主題となりました。『資本論第1部完成稿』には、こうした立場にたった資本主義の「必然的没落」論が、全面的に展開されることになりました。

 「ルールある経済社会」論の基礎となる『資本論』の命題はこの中から生れて来たくので重要である。

マルクス畢生の大著を理解するうえで大きな意義

 エンゲルスが編集した現行版の『資本論』の大きな問題点の一つは、マルクスが「恐慌=革命」説を乗り越える前の古い理論が第3部の一部に残ってしまっているうえに、マルクスが1865年前半に、恐慌の新しい発見を叙述した『資本論第2部第1草稿』――「恐慌の運動論」をのべた部分については、エンゲルスが編集のさいに「断片的な草稿」で「利用できなかった」と扱ってしまったということにありました。

新版では、これは第7分冊になる予定だそうです。

 私は、昨日、メディアのみなさんに、世界で初めてのことだと紹介したところ、「それでは新版『資本論』を英訳や独語訳で発刊する予定はありますか」という質問を受けまして、なるほどと思いましたが、これは世界で初めてのものであり、独自の科学的価値をもつものになると思います。

是非各国語訳を出して欲しいものだと思います。

 この到達点を理解することは、『資本論』が展開している資本主義論、革命論の全体を理解するうえでも不可欠であり、新版『資本論』は、私たちがマルクスのこの畢生(ひっせい)の大著を理解するうえで、大きな意義をもつものと確信をもって言いたいと思います。

 この畢生の大著を福岡、名古屋、大阪に次ぐ東京で四度目の正直で3年がかりで一昨年やっと読み終わったが更に今回の新版の中身をフォローして行きたい。2019924日 大津留公彦

参考 「民主制の下での社会主義的変革

社会主義って何だ、疑問と討論

新版『資本論』刊行記念講演会「ルールある経済社会」と『資本論』――新版『資本論』刊行によせて志位委員長のあいさつ

動画 

文章

弊ブログ

紅林進さんの「民主制の下での社会主義的変革」を読んだ

啄木とゴータ綱領批判

2019年3月23日 (土)

今日の南越谷と三郷の共産党の映像

今日の南越谷と三郷の共産党の映像

今日の共産党の南越谷駅での演説会の様子です。メイン弁士はいい方の小池さんです。参院選予定候補と越谷の各市議と越谷の金子まさえ県議と草加の平野あつ子予定候補と三郷の苗村京子予定候補も喋ってます。みんなガンバ!!

https://www.facebook.com/kimihiko.ootsuru/videos/2375310872519636/

今夜収録したインタビューです。

埼玉県議候補(三郷市区)苗村京子ワクワクインタビューパート2(政策編)

https://twitcasting.tv/kimihikoootsuru/movie/533638143#


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2018年8月 9日 (木)

【生放送!とことん共産党】山口二郎さん共産党本部に初めて入る

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