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カテゴリー「映画」の記事

2026年8月21日 (金)

中村哲医師と共に歩む1

2026年8月21日(金)

中村哲医師と共に歩む1


400万人の

飢餓状態が医師中村哲を

 水路建設技師に変える


「命こそが大事」

「命こそが大事」「命こそが大事」

 用水路完成式にて中村哲は


「対テロ戦争」

と言う悍ましい言葉に与しない

 我らは用水路建設に汗


この灯りを

絶やしてはならない

暗ければこそ火を焚く意味がある


この川は

既に自分の一部になった

 自然は人を裏切らない


「濁流に

沃野を夢みる河童かな」

 中村哲は筑後の河童


民族の

単なる違いでしかないものを

 善悪で判断してしまう不遜


平和とは

理念ではなくなく現実の力

 緑の大地は無限の恵み


https://youtu.be/M5em0uf77yU?si=OvTAYiVQOgF8XMtq

2026年8月20日 (木)

映画「荒野に希望の灯をともす」 を観て 3

2026年8月20日(木)

映画「荒野に希望の灯をともす」

を観て 3


武器よりも
水を人々へ届けたい
 それが戦争を越える営為だ


武器よりも

運河で荒野に水を引き

 生きる希望を地に蘇らす


国境を
越えて人々助け合う
 
そこに平和の根は生まれたり


荒野には
希望の明かり灯るだろう
 命を守る人いる限り


戦争は
大地を荒野に変えるけど
 平和は
そこに暮らしを築く


国境も
宗教さえも越えてゆく
 命こそ宝と胸刻む人


中村哲

歴史を作りし先輩の

 後を継ぐのはあなたとわたし


カカナカムラの

遺志は消えずに受け継がれ
 大地に緑の広がりており

https://youtu.be/rgc3pSFiZ8s?si=ielw3a-WqubcHtji

2026年8月19日 (水)

映画「荒野に希望の灯をともす」 を観て 2

2026年8月19日(水)

映画「荒野に希望の灯をともす」

を観て 2


人殺す
金を使わずに井戸を掘る
 
中村哲の選びし平和


憲法の
九条胸に思い出す
 武器ではなくて命を守る道


「国を守る」
言葉の陰で誰を守る
 
銃では守れぬ民のいのちを


水あれば
人は畑耕し生きてゆく
 
平和の仕事はここから始まる


荒野にも
希望の灯りともるなら
 
日本も戦争加担するなよ


荒野にも
人の暮らしと笑顔あり
 
ともに汗する哲のまなざし


自衛隊派遣

「有害無益」と言い切りし

 国会参考人の中村哲医師


中村哲の
残した水路見つめつつ
 砂漠が緑に切り替わるなり


https://youtu.be/rgc3pSFiZ8s?si=ielw3a-WqubcHtji

2026年8月18日 (火)

映画「荒野に希望の灯をともす」 を観て1

2026年8月18日(火)

映画「荒野に希望の灯をともす」

を観て1


一筋の
水を求めて荒野行く
 
中村哲の手に鍬ひかる


病人を

減らす力は水である
 
命を救う井戸を掘る医者


戦争で
荒野となりし大地にも
 水を引きゆく平和の人よ


「何のため」
問えば答えは人の命
 中村哲の背中が語る


平和とは
遠い理想と言うなかれ
 
一本の水路が大地を変える


戦争を
なくす力はここにある
 人を殺さず人生かす道


武器捨てて
水路を拓く手の中に
 平和の意味が輝きており


荒野へと
爆弾落とす国があり
 水路を拓く人もいるなり


https://youtu.be/rgc3pSFiZ8s?si=ielw3a-WqubcHtji

2026年8月12日 (水)

映画「日本のいちばん長い日」を観て

戦争を終わらせることの難しさを、今こそ考える

映画「日本のいちばん長い日」を観た。

1945年8月14日から15日。

ポツダム宣言を受諾し、戦争を終わらせるまでの、わずか24時間を描いた映画である。

しかし、その24時間は長かった。

あまりにも長かった。

日本が敗戦を受け入れ、戦争を終わらせる。

それだけのことが、なぜこれほどまでに困難だったのか。

映画を観て、そのことを改めて考えさせられた。

「本土決戦」。

「一億玉砕」。

最後まで戦う。

そんな言葉が、戦争を終わらせようとする動きを阻んでいく。

しかし、その「一億」の一人ひとりには、名前がある。

家族がいる。

暮らしがある。

夢がある。

戦争は、その一人ひとりの人生を奪う。

戦争とは「国家」の問題である前に、人間の命の問題なのだ。

そう強く感じた。

そして、この映画を観ていて恐ろしくなったことがある。

戦争は、始めるよりも終わらせる方が難しい。

一度、戦争が始まれば、

「ここまで犠牲を出したのだから」

「負けるわけにはいかない」

「最後まで戦う」

という論理が動き始める。

その先には、さらなる犠牲しかない。

広島に原爆が落とされた。

長崎にも原爆が落とされた。

沖縄では地上戦が行われた。

日本全国の都市が空襲を受けた。

それでもなお、戦争を続けようとする力が存在した。

私は、この映画を過去の話として観ることができなかった。

むしろ、現在の日本への警告として観た。

いま日本では、防衛力の強化が叫ばれている。

軍事費は増え続けている。

長距離ミサイルが配備されようとしている。

「敵基地攻撃能力」という言葉も普通に語られるようになった。

そして「戦争を抑止するために軍事力が必要だ」という。

しかし、本当にそうなのだろうか。

軍事力には軍事力で対抗する。

ミサイルにはミサイルで対抗する。

その先にあるのは、際限のない軍拡競争ではないか。

そして、ひとたび戦争になれば、最も大きな犠牲を払うのは政治家でも軍需企業でもない。

普通の市民である。

子どもたちである。

若者たちである。

戦争を決める人ではなく、戦争を選べない人々が犠牲になる。

だからこそ私は、日本国憲法第9条を守りたい。

戦争をしない。

武力によって国際紛争を解決しない。

この原則を、時代遅れだと言って捨ててしまっていいのだろうか。

むしろ、戦争が世界各地で続いている今だからこそ、その価値は大きくなっているのではないか。

平和とは、何もしないことではない。

外交すること。

対話すること。

相手国の市民の命も尊重すること。

戦争を始めさせないために声を上げること。

そして、軍事力だけに頼らない安全保障をつくること。

それが本当の「国を守る」ということではないか。

8月は、戦争を考える月である。

広島。

長崎。

沖縄。

そして8月15日。

私たちは毎年、戦争を振り返る。

しかし、ただ「悲惨だった」と言って終わってはいけない。

歴史から何を学び、今の政治をどう変えるのか。

そこまで考えなければ、戦争の記憶を未来につなぐことはできない。

「日本のいちばん長い日」は1945年8月15日に終わった。

しかし、平和を守る私たちの闘いは、そこから始まったのだと思う。

二度と戦争をしない国にする。

二度と若者を戦場に送らない。

二度と原爆を落とされる国にも、落とす国にもならない。

そのために憲法9条を守る。

そして、憲法9条を世界の平和のために生かしていく。

それが、戦争で亡くなったすべての人々への、私たちの責任ではないだろうか。

「戦争を知らない世代」だからこそ、戦争を学ばなければならない。

「戦争を知らない世代」だからこそ、戦争をさせてはならない。

平和は願うだけでは守れない。

平和を求める声を、社会の大きな力にしていかなければならない。

8月15日を、単なる「過去の日」にしないために。

あの日から81年。

私たちは今、再び問われている。

戦争する国へ向かうのか。

それとも、戦争をしない国を守り抜くのか。

私は後者を選びたい。

そして、そのために声を上げ続けたい。

2026年8月11日 (火)

映画「木の上の軍隊」を観て

映画「木の上の軍隊」を観て

――戦争は終わっても、戦争を終われない人間たち


映画「木の上の軍隊」を観た。

胸に残る映画だった。

沖縄・伊江島。
激しい戦闘の中で二人の日本兵がガジュマルの木の上に身を潜める。

そして二人は、戦争が終わったことを知らないまま、実に二年間も木の上で生き続ける。

これは実話に着想を得た物語である。
井上ひさしが原案を残し、舞台作品となったものが、戦後80年の2025年に映画化された。

映画を観ながら、何度も考えた。

いったい戦争とは何なのだろうか。

木の上にいる二人は、敵が来れば殺されると思っている。
だから銃を手放せない。
食べ物もない。
いつ終わるのかも分からない。

それでも「戦争はまだ続いている」と信じている。

しかし、地上ではすでに戦争は終わっている。

この「時間のずれ」が、何とも恐ろしい。

戦争は、銃声が止んだから終わるのではない。

戦争を信じ込まされた人間の心の中には、
戦争が終わった後も戦争が残り続ける。

この映画が恐ろしいのは、そこだと思った。

「命令」と「自分の命」

堤真一演じる山下少尉は、軍人としての使命を背負っている。

一方、山田裕貴演じる安慶名は、沖縄出身の青年である。

二人は同じ木の上で生きながら、戦争に対する思いが少しずつ違っていく。

「国のために死ぬ」という価値観と、
「生きたい」という人間としての本能。

その二つが木の上でぶつかり合う。

しかし、最後に残るのはやはり、

「生きたい」

という極めて人間的な願いなのではないか。

国家は「命を捨てろ」と言うことができる。

軍隊は「命令だから戦え」と言うことができる。

でも、一人の人間の命は、
国家の命令よりも重い。

映画を観ながら、そんなことを強く感じた。

沖縄の戦争は「過去」ではない

この映画の舞台となった伊江島では、沖縄戦の激しい戦闘が行われた。

沖縄戦は、日本軍と米軍が戦った「戦場」であると同時に、
そこに暮らしていた住民が巻き込まれた「住民の戦争」でもあった。

だから沖縄戦を考えることは、
単に「昔の戦争」を学ぶことではない。

戦争になれば、
最初に犠牲になるのは誰なのか。

兵士だけなのか。

いや、そこには普通の暮らしをしている人々がいる。

子どもがいる。
高齢者がいる。
女性がいる。
農民がいる。

その日まで普通に暮らしていた人々の生活が、一瞬にして破壊される。

それが戦争なのだ。

ガジュマルの木が語っているもの

この映画で忘れられないのが、二人が身を寄せるガジュマルの木だ。

木は二人を隠し、
二人の命を守る。

同時に、その木は二人を戦争の時間の中に閉じ込めてもいる。

何とも皮肉な存在だ。

人間が殺し合っている間も、
木はそこに立っている。

雨が降れば雨を受け、
風が吹けば風を受け、
太陽が昇れば太陽を受ける。

人間は戦争を始める。

しかし自然は戦争を始めない。

そんなことまで考えさせられた。

「戦争が終わった」と誰が伝えるのか

二人が木の上に残された最大の悲劇は、
「終戦を知らなかった」ことだ。

情報が届かない。

戦争の現実が見えない。

そして何より、
「戦争はまだ続いている」と思い込んでいる。

これは、現代にも通じる問題ではないだろうか。

戦争では、情報そのものが武器になる。

何が真実なのか。
誰が何を伝えているのか。

それを見極めなければならない。

戦争は銃やミサイルだけで始まるのではない。

「敵は悪だ」
「戦わなければならない」
「国のために命を捨てるのは美しい」

そんな言葉が、人間の心を戦争へと向かわせる。

だからこそ、
戦争を始めないためには、戦争を美化する言葉に抗わなければならない。

「戦争をしない」という選択

映画を観終わって、私は改めて思った。

戦争には勝者も敗者もない。

あるのは、
死んだ人と、
残された人と、
傷ついた人だけだ。

そして戦争が終わった後も、
その傷は何十年も残る。

だから必要なのは、

「どうすれば戦争に勝てるか」

を考えることではない。

「どうすれば戦争を起こさないか」

を考えることだ。

軍備を増やせば本当に平和になるのか。

相手より強い武器を持てば戦争を防げるのか。

それとも、外交によって対話を続け、
相手国の国民もまた人間なのだと認めることの方が、
本当の安全保障なのではないか。

「木の上の軍隊」は、
そんな問いを静かに投げかけてくる。

戦後80年の夏に

2025年は戦後80年だった。

しかし80年たっても、
私たちは沖縄戦を語り続けなければならない。

広島を語らなければならない。
長崎を語らなければならない。

そして、
戦争で亡くなった一人ひとりの命を忘れてはならない。

なぜなら、
戦争を知らない世代が増えることと、
戦争を忘れてよいことは、
決して同じではないからだ。

むしろ体験者が少なくなった今だからこそ、
私たちが記憶を受け継がなければならない。

映画館を出た後、
私は空を見上げた。

あのガジュマルの木の上から、
二人の兵士はどんな空を見ていたのだろう。

「敵が来る」と怯えながら見上げた空。

そして、
戦争が終わったことを知らずに見上げ続けた空。

同じ空の下で、
今私たちは生きている。

だからこそ思う。

もう二度と、木の上で戦争の終わりを待つ人をつくってはいけない。

戦争を終わらせるのではなく、
戦争そのものを始めさせない。

そのために、
過去を知り、
現在を考え、
未来を選ぶ。

「木の上の軍隊」は、
私たちにそのことを問いかけている映画だった。


映画「木の上の軍隊」を観て

(短歌)

https://ootsuru.cocolog-nifty.com/blog/2026/08/post-ad3e1a.html

2026年3月16日 (月)

昭和15年の「武器なき敵」に 

https://youtu.be/KDCecCpqmcw?si=g_j0WaA0Fxrsppo9

昭和15年の作品です。必見です。


スパイ防止法

通った未来を知るだろう

昭和15年の「武器なき敵」に 公彦

2025年11月28日 (金)

映画「氷雪の門」をYouTubeで観た

昨夜かみさんと映画「氷雪の門」をYouTubeで観た。

樺太の真岡郵便局電話交換手9人の敗戦後の悲劇の物語である。

この映画は半世紀前の1974年に作られているが(映画会社のソ連への忖度で?)全国公開されなかったようだ。

俳優陣がすごいメンバーで東映の力が入っていた事がわかる。

二木てるみや最近亡くなった木内みどり(脱原発の集会などでお会いしていた)や岡田可愛や藤田弓子や丹波哲郎や浜田光夫などの面々です。

観ながら夫婦で千島・樺太交換条約を調べたりした。

高市首相の「台湾有事発言」で世は騒然としているが、戦争を引き起こすということはこういうことになるという意味で、知られざる戦前・戦後史であり学校の平和教育の教材としても向いているだろう。

映画情報はこちら

https://eiga.com/movie/55540/

ーー

気になった2点をChatGPTに聞いた結果は以下です

 

①映画「氷雪の門」でソ連軍が終戦後も攻撃を続けたのはなぜですか?

 

ChatGPT:

映画「氷雪の門」で描かれる「終戦後もソ連軍が攻撃を続けた理由」は、史実に基づいています。
主な背景は以下の通りです。

 

◆ なぜソ連軍は終戦後も攻撃を続けたのか?

① 日本の降伏をソ連は“即時停止命令”とみなさなかった

1945815日の玉音放送は日本国内向けでした。
ソ連軍は「日本軍が正式に停戦に応じて武装解除されるまでは作戦行動を継続できる」という立場をとり、前線部隊への「戦闘停止命令の伝達」が遅かったことも理由の一つです。

② 領土拡大のための“既成事実作り”

ソ連はヤルタ会談(19452月)で米英から千島列島の占領を認められていました。
そのため 終戦後であっても、千島列島全域を迅速に占領して既成事実化することを目指して作戦を継続しました。

映画で描かれる占守島(しゅむしゅとう)戦はまさにその一環で、
818日〜21日(日本はすでに降伏を表明済み)
という終戦後の戦闘として知られています。

③ 米軍より先に千島列島を抑える必要があった

当時、アメリカ軍が北海道北部への上陸を検討していたという情報がソ連にはありました。
そのためスターリンは、一刻も早く千島を占領してアメリカに先手を打つよう軍に強く命じていました。

④ 前線の混乱と通信の遅延

815日以降も満州・樺太・千島の現場部隊は混乱しており、
戦闘停止の命令が明確に届かないまま攻撃が続いた
という状況もありました。

 

◆ まとめ

映画「氷雪の門」でソ連軍が終戦後も攻撃を続けたのは、
ソ連が千島列島の領有を確実にするために、終戦後も作戦を継続した歴史的事実が背景にあります。

特に

  • 領土的野心(千島の既成事実化)
  • 米軍より先に占領するための急ぎの作戦
  • 終戦命令の伝達遅延
    が大きな理由とされています。

 

②映画「氷雪の門」と史実の違いをお願いします。

 

ChatGPT:

映画「氷雪の門」は史実をベースにした作品ですが、
ドラマ演出上の誇張・省略・再構成 があり、実際の出来事とはいくつかの違いがあります。
代表的な相違点をわかりやすく整理します。

 

◆ 映画「氷雪の門」と史実の主な違い

① 若い“電話交換手の集団自決”の描写

【映画】
13
人の若い電話交換手(女性たち)が、ソ連軍の迫りくる中で集団自決する姿がドラマチックに描かれる。

【史実】

  • 実際に自決したのは9名とされる(資料により10名の説もあり)。
  • 全員が電話交換手というわけではなく、通信隊・事務員・看護婦など職種が混在していた。
  • 自決の方法や状況は映画ほど劇的ではなく、混乱の中で個別に亡くなったケースもあった。

人数・職種・状況が映画的に単純化・美化されている。

 

② ソ連軍の襲撃描写(演出強化)

【映画】
ソ連軍が残虐に迫り来る侵略者として描かれ、
女性たちへ乱暴しようとするようなニュアンスのシーンも暗示される。

【史実】

  • ソ連軍による占守島戦は実際に苛烈だったが、
    女性通信隊に直接乱暴を加えたという記録は確認されていない。
  • 「襲われる直前に自決した」という構図は映画の象徴的演出であり、
    史料上は “迫る戦闘の混乱の中で自決した” とするのが主流。

ソ連軍の直接的脅威を強める描写は映画的演出。

 

③ 自決の時系列が整理されすぎている

【映画】
自決は「820日のある時刻」に、13人が横一列で、
完全な集団として同時に行ったように描かれる。

【史実】

  • 自決日時は 820日未明~早朝の間で曖昧。
  • 全員が同じタイミングで一斉に亡くなったわけではなく、
    時間差があり、亡くなった場所も完全に一致しない。

映画は“集団殉難”を象徴化して一つの劇的シーンにまとめている。

 

④ 日本軍側の描写(美化されている部分)

【映画】

  • 日本側の部隊は、女性通信隊を守るため奮闘する姿が強調される。
  • 指揮系統も比較的一貫して描かれる。

【史実】

  • 占守島守備隊は奮戦したのは事実だが、
    連絡の混乱や命令の遅延が多かった。
  • 戦闘停止命令の伝達も遅れるなど、状況は映画ほど整理されていない。

 

⑤ 自決の動機の描き方

【映画】

  • 「女性としての貞操を守るため、自ら死を選んだ」という明確な動機として描かれることが多い。

【史実】

  • もちろん当時の価値観で恥辱を受けるくらいならという思いはあったと考えられるが、
    実際には
    ・迫る戦闘の混乱
    ・命令の混乱
    ・逃げ場のなさ
    ・自暴自棄的な状況

    が重なった複合的な事情だったとされる。

映画は理由を1本化して“物語化”している。

 

⑥ 千島列島戦の軍事的背景の説明の省略

【映画】
ドラマ部分を中心に描き、ソ連軍の千島侵攻の軍事的意図(米軍牽制、領土拡大)などは簡略化。

【史実】
背景には

  • ソ連の既成事実づくり
  • 米軍より先に千島を占領する戦略
    があり、これはかなり重要な要素。

映画では説明が少なく、戦争背景の複雑さが描かれきれていない。

 

◆ まとめ

映画「氷雪の門」は、占守島の悲劇を伝える貴重な作品ですが、
史実よりもドラマ性・象徴性を重視した演出 が多く含まれています。

特に大きな違いは:

  • 亡くなった女性たちの人数・職種・状況
  • 自決の同時性の誇張
  • ソ連軍の脅威の強調
  • 自決理由の単純化
  • 軍事的背景の省略      ーー

2025年11月 5日 (水)

ひまわり〜沖縄は忘れないあの日の空を〜2

2025115(水)

ひまわり〜沖縄は忘れないあの日の空を〜2

 

宮森小と

沖国大米軍基墜落事故を繋ぐもの

 日本と映画「ひまわり」を貫く

 

沖国大の

学生たちのコンサート

もう沖縄に基地なんて要らないと

 

「先生に

ひまわりをあげる」と一平は言った 

 のに叱ってしまったと泣く私

 

「なんで米軍基地で働いているのか」「皆無くなった方がいいと思っている」

 

「ワンが一平にミルク給食さぼれと言った」「ブランコで死んだ」宮森小学校墜落の日に

 

三線響く

1959年6月30日

宮森小学校で亡くなった人の為に

 

絶対に忘れない

忘れてはいけない

 一平もひろ子もみんなも

 

青い空や

綺麗な海が戻ってくるように

 長塚京三の三線響く

 

参考

http://www.ggvp.net/himawari/

2025年4月 3日 (木)

映画「顔」を観た

カミさんは今UーNEXTの松本清張の映画にはまっている。

昨日は「点と線」を見て自分がいた香椎が出てきたと言っていた。

 

今夜は一緒に「顔」を観た。

サスペンス映画で音楽が実におどろおどろしい。

ストーリーは省くが主人公の周りの男が3人も彼女が手を出していないように見えるが死んでしまう。主人公の悩みを出すためか殺人鬼には仕上げていない。

 

この映画は原作とはかなり違うようだ。原作を読んだことのある人は違うものとして見ないといけないようだ。

 

若い岡田茉莉子が実に魅力的だ。

68年前の映画で私が幼稚園の時に作られた映画だが当時の銀座や日比谷を見られるだけでも価値がある映画だと思う。

 

解説

小説新潮所載、松本清張原作の映画化、スリラー篇。脚色は「裸の青春」の井手雅人と「君美しく」の瀬川昌治の共同、「歌う弥次喜多 黄金道中」の大曽根辰保が監督、石本秀雄が撮影にあたる。主な出演者は松竹京都初出演の岡田茉莉子(大安吉日)、「雲の墓標より 空ゆかば」の大木実、笠智衆、「ここは静かなり」の佐竹明夫、ほかに山内明、千石規子、小沢栄、十朱久雄、宮城千賀子、森美樹、永田光男など。

1957年製作/105分/日本
配給:松竹
劇場公開日:1957年1月22日

 

映画.com

https://eiga.com/movie/72456/review/

Wikipedia

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/顔_(松本清張)

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